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初めての上田(続編)

こちらは続編です、最初からご覧になりたい方はこちら。

ここまで3杯飲んだ。あと2杯フルスイングで飲もう。それなら何を飲むべきだろう。バックバーを眺めるがなかなか決められない。

「次何飲んだらいいですかね」。よくバーで言ってしまうが信頼しているバーテンダーがいるバーでしか言わないセリフがつい口に出る。「あの66ローカルバーレイ、ずっと飲んでみたかったのですが」。

「どちらかというとローカルバーレイはやや粗っぽい感じなので、この流れで来たのならこちらがいいと思いますよ」。

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お薦めいただいたのは65年のスプリングバンク30年。木下商事のラベル。

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レンゲのような白い花からとった品のよい香りと甘みの蜂蜜に潮っ気が薄く入って口当たりがとても柔らかく繊細で女性的。まさに「モルトの香水」にうっとりする。かつての自分だとこれ飲んだら物足りなく感じていたかもしれない。

グラスにウイスキーを注ぐとき、メジャーカップできっちり量るバーもあれば目分量で注ぐ店もある。どちらがいいとか悪いとかは思わないけれど、貴重なボトルをたくさん持っているバーの方が目分量で注ぐところが多い気がするのは気のせいだろうか。

Dejavuさんも目分量。どのボトルいただいても同じ量、それもやや多めに注いてくれる。量ったわけではないけど35mlぐらいか。
あまり少ないとちょっと気になることがあってもう一度飲みなおしても最初に感じたニュアンスが拾えない時があるので、この分量はありがたい。

常連さんと思しきお客さんがいらっしゃって、カウンターの店の扉に近いところに座られた。カルヴァドスを注文され、葉巻を吸われたけれど煙は全然気にならなかった。すごくカジュアルに藤極さんとお話しされる中で「今日は真面目な感じじゃん?」的なことを冗談めかしておっしゃっていたのでちゃんとウイスキー飲みにきた客がいることをわかってくださっていたのだろうと思う。換気がいいだけではなかった気がする。

そして最後の一杯は1952年蒸留タリスカー21年、GMコニサーズチョイス。
5年ほど前にこれのフェイクボトルを飲ませてもらったことがあるのだが、70年代の悪くないシェリー系のシングルモルトが使われていたので十分美味かった記憶がある。

「伝説の」と言われるボトルは何度も飲んでいる人はほとんどおらず、「これ違うんじゃない?」って気づくことはほぼないのでバレることは恐らくないはず。

このタリスカーもバックバーに無造作に置かれていたうちの一本。ラベル中央とその下の部分が擦れてしまっているが、むしろ「ただの飾りじゃないんだよ」とボトルが語りかけてきているような気がして好ましい。

「樹液を吸っている昆虫になった気がしますよ」。藤極さんがそう笑う。

実際に樹液を吸ったことがない私は、樹液はタンニンが強くて苦くて渋いのではないかと思っているのでやや身構えた。家の隣の公園には23区内なのにコナラの木にカブトムシやクワガタが集まるので、今度行ってちょっと舐めてみようか、と酔いの回ってきた頭で真面目に考える。

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実際にはまったく苦さも渋みもないスムースな液体が、上質なベルベットの生地で舌の上から喉を優しく撫でるように胃に落ちていく。オフフレイバーは全く感じられない。上質なカカオの香るミルクチョコレートのような、そしてオールドのシェリー樽特有のダークチェリーのジャムのようなくどさのない甘さが口の中に広がる。加水の43度で半世紀以上前に詰められたボトルがこんな状態で残っているのは奇跡的だと思わせられる。この体験ができるのなら懐が少々寂しくなっても本望だ。むしろお金はこういうことに使うためにあるはずだ。

カウンターの中はゲストからは見えないので確かめたわけではないが、藤極さんは一杯注文されるとワインでよくやるように窒素ガスをボトルに充たした後にパラフィルム巻いて保管されているのではないだろうか。だからこの状態が保てているのだろう。

驚くようなボトルが客が手に取れるよう並んでいて、多少ラベルが擦れてしまっても気にせず、だが飲んでみたら状態は完璧、というのは自己満足のためにボトルを飾ることの対極にあるなあ、と感心した。

ただ状態のいいオールドボトルが飲めただけではなく接客も素晴らしく、久しぶりのバー飲みでいい体験をした。

「この時期地元のお客さんはなかなか飲みにこられないのでむしろありがたいです」。こちらでもそうおっしゃっていただいた。

おそらく一晩で一人のお客さんにチャージできる常識的なお勘定の額を振り切ってしまったのだと思う。私の感覚からすると頂戴したもの対比で(←ここ重要ですので誤解なきよう)安すぎるお勘定が来て、客としての気遣いができず申し訳なかったと反省をする。

丁寧にお礼を申し上げて、さらに静かになった夜の街へ。場違いに明るく光る繁華街によくある案内所の前で、スーツ着てハイヒール履いたお姉さんが手持ち無沙汰にしゃがんでタバコをふかしている。それを横目に見ながら駅に近い宿まで静まり返った街を歩く。

宿で天然温泉の大浴場に浸かって私の長い1日は終わった。

7時半の朝食の予約に間に合うように目覚めた。出来合いのバイキングみたいな朝食を想像していたら、本格的なお膳で温かい料理が出てきてやや驚く。歴史ある旅館を改装したホテルで、古さは否めないけれど皆さん親切でとても居心地が良かった。ここも含め残って欲しいお店やホテルがコロナに押し流されて無くなってしまうとするとそれは辛い。

チェックアウト直前まで差し替えの原稿を書くものの完成せず、駅のタリーズで仕事を続け昼前に仕上がり、完成原稿を納品。「そういえばみすゞ飴の本店限定の商品が売り切れる前にお土産買わなきゃ」と慌てる。

みすゞ飴、手作りでほどよい自然の甘みが楽しめる、昔から頂戴して嬉しいお土産の一つ。

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有形文化財に指定されている立派な構えのお店。

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本店と軽井沢でのみ買える、乾燥させる前の生みすゞ飴。

そして本店のみでしか買えない前日に出来たばかりのみすゞ飴。

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東京に帰ってきてから知ったのだが、上田城の櫓を遊郭から買い戻したのはみすゞ飴の創業者飯島新三郎だったそうだ。

家人への土産が買えてホッとし、ふと時計を見るともう12時を回っていたことに気がつく。バイクをメインテナンスしてもらった時にお蕎麦屋さんを薦めてもらっていたことを思い出し、歩いて数分なので行ってみた。

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前日に昼食で食べた蕎麦がお上品な量でもう少し食べられるといいな、と思ったばかりだったので、ざるの大盛り1000円を注文。並が700円だったので普通に考えると1.5倍もいかないぐらいだろうと思ったら大間違いだった。

東京の上品ぶった蕎麦屋だと喉で味わう細めの蕎麦が手のひらサイズでしか出て来ず1500円、とかよくあるが、刀屋の蕎麦はよく噛まずに喉で味わうと病院送りになるレベル。太くて硬めに茹で上げられた蕎麦をしっかり噛んでいただくスタイル。家訓を守るのに一苦労。蕎麦を軽く食べた後、バイクで千曲川に出て「つけば」で川魚料理を食べようかと思っていた計画が大きく狂う。

代わりにと言ってはなんだが上田の稲倉の棚田を眺めに行ってきた。

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そして白樺湖とビーナスラインを通って茅野まで降り、中央フリーウェイという曲で歌われた有料道路を通って帰宅。

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上田に行ったのは今回が初めて。大河ドラマも全く見ぬまま不勉強なままで行ってこれだけ楽しめたのだから、ちゃんと真面目に池波正太郎の真田太平記読み返していったらもっと楽しめたに違いない。

つけばのうぐいが終わらないうちに小諸、佐久も含めてまた近々訪問したい。



Dejavu藤極さんにはブログでご紹介する旨ご快諾頂戴しております、念のため。

最近プロとしてウェブ媒体/Yahoo!ニュースに文章書いております。旅行記、お酒関係、クルマ関係、それ以外も原稿依頼は喜んでお受けしますので何かございましたらTwitter @tk_whiskeykitan までDMにてご連絡くださいますようお願いいたします。


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