見出し画像

食いっぷりのいい後輩女子の話

仕事を辞めて1年半が経った。人と接することは減ったが、あまり寂しく感じることはない。だけど唯一(と言っては何だが)寂しいのが、11時半ぐらいに突然やってくる、「昼ごはん一緒にいきましょうよ!」という食いっぷりのいい後輩女子からのお誘いがなくなったことだ。

彼女は美食家で、宵越しの金は持たないタイプ。体は小さいのに、食いっぷりがいい。昔は酒も強く、私なんて足元にも及ばなかった。優秀で稼いでいるのに「自分、貯金全然ないっすよ」と言いながら可処分所得の多くをレストラン巡りに費やしている。

何の前触れもなく「神田のやまいちにトンカツ食いにいきましょうよ!」とチャットが来て、ほな行くか、と待ち合わせて店に行く。彼女は上ヒレ定食を、大食いのわたしは上ロース定食にカキフライを2つつけてもらう*1。ロース一切れとヒレ一切れを取り替えっこし、カキフライがめちゃ美味いので彼女にも分ける(やまいちはとんかつばかり褒められるがカキフライも絶品)。わたしも相当食べる方だが、彼女も負けてはいない。

お誘いはオフィスからそんなに遠くないところ、具体的には神田が多くて、中華で雲林の時もあれば、洋食だと七條か花乃碗、そばだとまつやか室町砂場、カレーならスパイスボックスなど。一緒にもりもり食べた。

どこに行っても、彼女はオーナーやお店の人に気に入られて仲良くなっていた。一緒に食事していると、自分たちには他の人よりもいいもの出てきてるんじゃない?と思うことがよくあった。

ちょっと離れたところに行き、たくさん食べた後は腹ごなしに歩いて帰ろう、というといつも嫌な顔せず付き合ってくれるのもよかった。

役職がついてただでさえ下の人から気軽に声をかけにくいはずの上、ミーティング以外は自分のオフィスに入って仕事をしていることがほとんどだったので、たまに彼女に声をかけてもらってランチで外に出かけるととてもいい気分転換になった。

スパイスボックスのカレー、付け合わせもルーもどれも本格的で美味い

彼女は国内最高峰の大学の大学院で、宇宙工学だか流体力学だかを学んでいた才女。文字通りのロケットサイエンティストだ。わたしが入社面接をして、「こいつは絶対採用」とゴリ押しした。いつも面接の時に聞く質問に対して、彼女の答えがぶっ飛んでたから。

いつも採用面接の時に学生さんにしていた質問とは、こんな質問。

うちの会社では、(目の前の携帯電話を指し)この携帯電話を売ったり買ったりするトレーディング業務を行っています。

あなたはうちの会社の営業です。

あなたのお客さんから電話がかかってきて、「この携帯電話、1万円で売ってもらえませんか?1万円だったら今すぐ1個買います」と言われました。

うちの会社のトレーダー(いくらで売ったり買ったりするのかを決める人)に「今この携帯電話、1個お客さんに売るならいくらで売りますか?」と聞いたら、「9500円で売る」と言われました。

その時あなたはどうしますか?

値段とその理由を教えてください。
理由の説明に必要があれば自分で好きな仮定を置いてください。

出典:俺

単純化すると、お客さんは「1万円だったら今すぐ1個買う」と言っているのに、うちの会社のトレーダーはお客さんが買ってもいいと言っている値段よりも安い9500円で売っていいと言っている。相場は動くので早く決めないといけないが、この状況であなたは営業としてお客さんに何と言いますか、という質問。


だいたい4割ぐらいの学生が「9500円でお客さんに売る」といい、同じく4割ぐらいの学生が「1万円でお客さんに売る」、という。

「9500円で売る」と答えた学生のほとんどが、理由を聞くと「うちの会社のトレーダーがその値段で売ってもいいと言っているので」という。

「でもお客さんは『1万円だったら今すぐ買うよ』って言ってたから、1万円で買えればハッピーなんだよね?それなのにいきなり9500円で売るの?」

「例えば9800円で売ってあげれば、1万円でいいと思っていたお客さんはちょっと得した気分になるし、9500円で売っていいと思っていたトレーダーというか会社は300円余計に儲かって悪い気はしないし、1万円よりもそっちの方がよくない?*2」

そういうと、ほとんどの学生が下を向いてしまう。

「1万円で」と答えた学生に理由を聞くと、ほぼ100%「お客さんがそれでいいと言っているので」という。

そんな時も、「それが本当に一番いいと思う?」と重ねて聞いた。

「お客さんは1万円で買っていい、と言っているのだからもちろん1万円で売ってあげればいいんだけど、例えばあなたがお客さんの立場だったら、1万円で買っていいって言ってるのにちょっとおまけして9800円でいいですよ、って言われたら、次に何か売り買いする時は必ずうちの会社に声かけるよね?トレーダーは9500円で売れればハッピーなんだし、お客さんが1万円で買う、って言っているのがトレーダーに聞こえていたわけじゃないから、あなたが9800円で売ってきたらトレーダーは喜ぶことはあっても怒ることは絶対ないよね?*3」

こう言うと、これまたたいていの学生さんは黙ってしまう。

秒で落としていたのは、9750円と答えた学生。だいたい1割ぐらいの学生さんがそう答えた*4。本人としては間をとってバランスをとったつもりなのだろうが、トレーダーはお客さんが「1万円でいい」と言っているのが聞こえているわけではないし、お客さんもトレーダーが「9500円でいい」と言っているのが聞こえているわけではないので、9500円と1万円の間を取る理由は全くない*5。

で、話を戻すと、食いっぷりのいい彼女は何と答えて私を驚かせたか。

彼女は「まず12000円と言います」と即答した。

「フェアな取引価格が9500円の商品を、それより高い1万円で買っていい、と言っている時点で、そのお客さんはその商品の現在の相場がいくらなのかを全くわかっていない、ということです」

「だから『お客さん、こんないいもの、1万円ポッキリで買えるわけないじゃないですか、1個お売りするなら12000円になります』と強く言いきります。そうすれば、『そんなものか、1万円で買いたいと言った自分が間違っていたのか』と思ってもらえるはずです。」

「でも、すかさず『でも○○さんだけには1万500円でお売りします、またうちで買い物して欲しいですから』と言います。そして1万500円で1個売ります」

言っていることがややムチャクチャな気もするが、ほとんどの学生が9500円と1万円の間の数字しか言わないのに対し、彼女なりのロジックを持って柔軟に頭を働かせ、1万円を超える数字を答えたのには感銘を受けた。

就活の最終段階に残っている学生さんがStreet Smart*6かどうかを試すこのクイズ、結構な数の学生さんに使ったが、1万円を超える数字を答えた人は、過去彼女ともう一人いるかいないか、だった*7。

日本の会社と違って、誰を採用するかにあたっては人事部ではなく現場の声が絶対なので、大きな声で「彼女は絶対採用すべきです」と強く推した。高度にテクニカルなスキルを持っている人はたくさんいるが、その中で対人スキルが高い人はそうそういない。そして、彼女はチームの一員になった。

先日突然「ご無沙汰しています、今度の火曜日、上海ガニ食いにいきましょうよ」という久しぶりのLINEが彼女から届き、ふとこんな昔話を思い出した。今晩のカニが楽しみだ。



*1  ヘッダーの写真はやまいちのとんかつではない

*2  「フェアバリューが9500円の時に1万円で売ったのが後から露見するとレピュテーションイシューになるので9500円で売ります」「短期的な収益最大化ではなく、長期的に収益最大化を目指すつもりなので9500円で売ります」のようなしっかりした考えに基づいているのであれば、9500円も大正解

*3  上と同じく、「トレーダーの言い値より500円高い1万円というできるだけ高い値段で売って、トレーダーが次に何か特別な商品を売りたい時に、営業の中で真っ先に声をかけてもらえるようにします」のような答えをしっかり言えれば1万円も大正解

*4  残りの人のうちで9800円的な答えを言う人は半分ぐらい、残り半分は「この質問はどういうシチュエーションかわかります?学生さんにはちょっとわかりにくいかもしれないので、わからなかったらもう一度説明しますので言ってくださいね」、と念の為何度か聞いて「わかる」と答えたのに質問に答えられなかった

*5  考えているようで全然考えていない、こういう安易な答えをする人は私のいた業界にはあまりいなかったように思う

*6  Street Smartの対義語はAcadenic Smart。受験勉強ばかりできる高学歴の人が必ずしも頭がいいとは限らず、「世知に富む」いい意味であざといStreet Smartな人が最終的には生き残る、という信念に基づくセレクション、大地震のような大災害が発生した時に、どうしても誰かに家族を預けなければならなくなった、みたいなシチュエーションで「あの人に頼めば多分大丈夫」と顔が思い浮かんだ人はたいていStreet Smartな人だ

*7  お店やってる大阪のおばちゃんに聞いたら100人中100人が「こんないいもの1万円で買えるわけないやんか、でもオバチャンおまけしたげるでー」と言いそうな気もする



昔働いていた頃の話をこちらで少し書いています。ご興味あればぜひどうぞ。









お読みいただきありがとうございました。あなたのシェアが、ほかの誰かの役に立つかもしれません。 「参考になった」「共感できた」という方はSNSなどでシェアをお願いします。 また太っ腹なサポートも、自分が書いたことがどなたかの役に立ったことがわかり、とても励みになります。