見出し画像

【英日対訳+訳者あとがき】地元で重要な話題である慰安婦の窮状を伝えるNY発祥のミュージカル、グレンデール訴訟の地元ロスで無事開演|LAタイムズ(2019.8.16)

はじめに

終戦74年目を迎える今年。世界各地では、戦争の犠牲者の数々が年々減るなかで、昨年から世界に広がった #MeToo 運動などに後押しされて、現代の性暴力被害者だけでなく戦時の性暴力被害者にも光が当てられるようになりました。

4月には、オーストラリアで『バンカ島の虐殺』と呼ばれる日本帝国軍兵士らによる集団殺害事件の年次追悼集会の報とともに、現地BBCにより特集記事が組まれました。(拙訳

8月には、フィリピン政府の干渉など紆余曲折を経てフィリピンの首都マニラのカトリック教会に記念「像」ではなく記念「碑」が建立されました。

そしてもう一報、日本で広く報じられない出来事が、アメリカで起きていました。かのグレンデール慰安婦像問題の焦点となったカリフォルニアのロサンジェルスにおいて、終戦記念日の15日にミュージカルが開演していたというのです。

戦時性暴力を現代の性暴力とリンクして捉えるこの世界各地での動き。19日付LAタイムズの「アート」欄が伝えた内容を全訳しました。「アート欄」だけあって原文の構成が独特なので、通常の時事調の「翻訳」ではなく意訳的に「超訳」しました。

本編

Musical centering on plights of comfort women, a topic with local significance, opens in Los Angeles
地元では重要な話題である慰安婦の窮状を伝えることを核とするミュージカル、ロスで開演

MARK KELLAM著

AUG. 16, 2019

15日、第二次世界大戦中に日本帝国軍により性奴隷として扱われた女性たちの物語を伝える新しいミュージカルがロスのダウンタウンで開演した。グレンデール中央公園に、慰安婦と言われる被害者たちを追悼する像のある地元では反響を呼ぶだろう。

A new musical telling the story of women who were held as sex slaves by the Japanese Imperial Army during World War II opened Thursday in downtown Los Angeles.

It’s a topic that resonates locally because a statue in Glendale’s Central Park honors the victims, known as comfort women.

[慰安婦]像は、伝統的なコリアン衣装を纏った若い女性が、誰もいない椅子の隣に座る姿を描いでいる。グレンデールの警察によると、先月、この像に何者かが正体不明の粘着性の物を擦り付けた事件があった。このとき、記念碑付近の幾つかの植木鉢が壊されていたという。

The statue depicts a young woman in traditional Korean dress sitting next to an empty chair. Last month, Glendale police said someone smeared an unknown brown, sticky substance on the the statue. Several flower pots around the memorial were shattered.

グレンデール警察のTahnee Lightfoot報道官は、像がこうした無法者による文化物破壊の標的にされたのは、初めてではないという。

Tahnee Lightfoot, a Glendale Police Department spokeswoman, said it wasn’t the first time the statue had been targeted by vandals, although a specific number of incidents was unavailable.

ニューヨークに住む劇作家でディレクターのDimo Hyun Jun Kim氏は、韓国の首都ソウル出身。ロスで開演された“Comfort Women: A New Musical” (仮題:慰安婦 新たなミュージカル)を手掛けた。

本作はアジア系の男優や女優を登場されることに拘りを持つ、ニューヨークで活動する製作会社Dimo Kim Musical Theatre Factoryによるプロデュース作品だ。

Dimo Hyun Jun Kim, a native of Seoul, South Korea who lives in New York City, is the director and playwright of the L.A. show called “Comfort Women: A New Musical.” His New York City-based production company, Dimo Kim Musical Theatre Factory, produced the show and is dedicated to featuring Asian actors and actresses onstage.

このような社会的にセンシティブで感情的な問題のミュージカル化は異例といえるが、Kim氏によると、彼はただミュージカルを作っているのだという。

While making a musical about such a controversial and emotional issue may seem unusual, Kim points out that he only makes musicals.

「私がもし作家だったら、このことに関する本を書いていたかもしれない。私が映像作家だったら、映像作品を作っているだろう」

"If I were a book writer, I may write a book about this. If I were a filmmaker, I may make a film about this,” he said.

日本政府は2012年頃に、慰安婦たちは自ら日本兵士について行った売春婦であると彼女らを貶めるネガティブキャンペーンを展開し始めた。

Kim recalled that in 2012, the Japanese government began a campaign to dishonor comfort women’s stories, calling them prostitutes who went with the Japanese soldiers willingly.

Kim氏は振り返る。

「彼女らの歴史を消し去ろうとしていたんだ」

“They were trying to erase their histories,” Kim said.

それがこの問題に彼が関心を持つきっかけとなった。

That was his impetus to look into the issue.

この作品は、ベテラン製作者であるキム氏の手ですでに二度製作されており、いずれもオフブロードウェイで上演されてきた。LA作品は8月25日まで上演される。

The show has been produced twice before, both times Off-Broadway in New York City, said Kim, who has a long list of other theatrical credits. The L.A. production will run through Aug. 25.

慰安婦の問題は相当にセンシティブな問題とされており、2015年の初回製作時には、何人かのコリアンミュージシャンに作曲を依頼したものの、すべて断られたという。

The issue was so controversial that when Kim approached several Korean musicians to write music for the initial production in 2015, they all turned him down.

「『いや、とてもセンシティブな問題から』『危険だから』と、いうような感じだった」

と、Kim氏。

“They were like, ‘No, it’s too sensitive. It’s dangerous,” he said.

He then approached a friend who is Jewish, Bryan Michaels, who said he would write the music and lyrics. However, Kim still wanted an Asian sound in the production, so South Korean composer Taeho Park was brought on board to co-write the score.

ユダヤ人の友人であるBryan Michaels氏を頼ると、作詞・作曲を手掛けてくれることに同意してくれた。ただ、Kim氏としてはアジアンな音楽の要素をなんとか取り入れたかったので、スコアは韓国の作曲家であるTaeho Park氏にも共同制作してもらうことになった。

Kim氏自らは、慰安婦の窮状に個人的な感情を持たないという。ただ、このプロジェクトを始めたとき、二次大戦中、子どもだったときに、村に日本兵たちがやってきて10代の女の子たちがさらわれていったことを祖母が話してくれたことがあった。

Kim said he doesn’t have a direct personal connection with the comfort-women’s plights, but when he started working on the project, he recalled his grandmother had told him about Japanese soldiers coming to her village when she was a child during World War II and taking away teenage girls.

Kim氏の祖母の家族(当時10代のいとこたち)はさらわれるのを恐れ、子どもたちの顔に灰を塗りたくって地下に隠したという。

The family members of his grandmother’s teenage cousins were fearful, so they put ash on the girls’ faces and hid them in the basement to keep them safe.

ミュージカルの製作にとりかかる頃には、祖母の体験は、性奴隷として連れていかれた女性たちを目撃した体験なのだと。それが現代にいう「慰安婦」なのだという認識を持った。

As he began working on the musical, his grandmother reminded him that her experience was about young women being taken as sex slaves, women who are now known as comfort women.

ニューヨーク市で劇作に関するクラスを受けていたとき、Kim氏は慰安婦の短いシーンを挿入できないか提案したことがあった。その時、クラスの誰もその問題や歴史を知らないことに驚いたという。

When Kim was in a play-writing class in New York City, he proposed writing a short scene about comfort women, and he was surprised that no one in the class knew about the issue or its history.

「本当に衝撃を受けた。15、6の時、韓国の学校でホロコーストのことは全て学んだのにと。だから、この話は伝え続けなければならないと思った」

“I was really shocked … When I was 16 and 15, I learned everything about the Holocaust in school in Korea,” he said.

“It’s a story that has to be told,” he added.

グレンデールでは、慰安婦を追悼する像が2013年に建立された。約500キログラムの金属製の肖像は、第二次大戦中に性奴隷化を強要された朝鮮、中国、フィリピン、インドネシアを含む様々な国の20万人に及ぶといわれる女性たちを表している。

In Glendale, the statue memorializing comfort women was installed in 2013. The 1,100-pound metal memorial represents an estimated 200,000 women from countries including Korea, China, the Philippines and Indonesia who were forced into sex slavery during World War II.

記念碑の設計は朝鮮姉妹都市協会が行い、その費用を負担した。グレンデール市は韓国の二つの町、枯損市と金浦市と姉妹都市関係を結んでいる。

The Korean Sister City Assn. designed and paid for the memorial. Glendale is sister cities with two South Korean towns, Goseong and Gimpo.

2014年、グレンデールの住人Gingery MichikoとGAHT-US Corp.という慰安婦を認めない団体が、グレンデール市が越権行為を働き、合衆国政府の外交権に抵触した等と主張し、像の撤去を求めて提訴した。

In 2014, a Glendale resident named Michiko Gingery and GAHT-US Corp., a group that opposes recognition of comfort women, filed a lawsuit that sought the removal of the statue, arguing, in part, that Glendale overstepped its bounds and infringed on the United States’ ability to conduct foreign affairs.

この主張は米地方裁判所では市は連邦法に違反しておらず原告の主張には根拠がないとして退けられ、2016年には控訴裁判所で原告敗訴となり、2017年には最高裁で審理そのものが拒否された。

The suit was rejected by a U.S. District Court, and a judge said the city broke no laws and the plaintiffs had no standing. The decision was upheld again in 2016 at the appellate level and, in 2017, the U.S. Supreme Court declined to hear the case.

「被害者の物語だから」

「慰安婦のミュージカル」について、Kim氏は慰安婦にまつわる政治的問題にしたくないという。

Regarding the comfort-women musical, Kim said he doesn’t want it to be about the political issues associated with comfort women.

“It’s about the victims,” he said.

“Comfort Woman: A New Musical” (『慰安婦 新たなミュージカル』)は、以下の劇場で上演中:Los Angeles Theatre Center, 514 S. Spring St., Los Angeles

詳しい情報やチケットについてはこちらを参照

“Comfort Woman: A New Musical” is being presented at the Los Angeles Theatre Center, 514 S. Spring St., Los Angeles. For more information or to buy tickets, visit https://dola.com/events/2019/8/17/comfort-women-rkmknyn

訳者あとがき

記事にある通り、このグレンデール公園の「平和の少女像」はかつて、日米を跨がる歴史修正主義者らの #主戦場 だった。映画『主戦場』にも描かれた通り、連中はここを始めとした世界各地での’主戦場’で自ら仕掛ける’戦争’に破れ続けている。

記事にあるように、グレンデールの訴訟では最高裁まで上告したが米国の司法は相手にしなかった。サンフランシスコで慰安婦像の新たな建立が検討された時には、時の大阪市長が #姉妹都市解消 を楯に中止を迫ったが、かえって相手を憤慨させ60年に及ぶ関係に終止符が打たれた。

「慰安婦像があろうがなかろうが、
グローバルな戦争の記憶から消えることはない」

かつてグラックがこう述べたように、強制売春による性行為の強要等の戦時性暴力の記憶が世界から消え去ることはない。それは今回の公演のように、あらゆる形でその記憶が紡がれてゆくからだ。

サンフランシスコ市議会で慰安婦像建立の議論に本来は中立の立場であったが一転して賛成票を投じたカンポス委員は、委員会での所見として

「これだけの年月を経ても否定し続ける人びとがいるのならば,尚のこと,その証となるものの存在が重要になる」

と説いた。その通りだ。

今回西海岸のロスで行われた公演は、東海岸のNYでの成功を期に、かつてグレンデール慰安婦像問題をめぐる主戦場となったロス郡で展開された。製作者のKim氏は自身がこの問題に思い入れがあったわけではない。だが身近な証言に気付かされ突き動かされた。

彼ら「気付いた人たち」に対して歴史修正主義者が自ら仕掛ける’戦争’で敗北し続けているのは、そもそも彼らのように「戦争の記憶を表現する者」と同じ土壌にないからである。「モニュメント(記念碑)」が持つ意味を、連中は忘れてしまっているのだろうか。だから連中の訴えは心の琴線に響かないのだ。

今回の記事の発見と翻訳が、公演後になって本当によかったと思っている。歴史修正主義者らはグレンデールでもサンフランシスコでも少ない数ながら物量に物を言わせる人海戦術で嫌がらせやハラスメントを展開してきた。今回、公演「中」にそういったことを誘発せずに済んだことを幸運に思う。

(参考) ⚡️ “【訳者あとがき】2015.9.17にSF市議会のカンポス委員が「恥を知りなさい」と発言した前後の内容を全て書き起こし+翻訳した理由”

Twitterモーメント



noteをご覧くださりありがとうございます。基本的に「戦う」ためのnoteですが、私にとって何よりも大切な「戦い」は私たち夫婦のガンとの戦いです。皆さまのサポートが私たちの支えとなります。よろしくお願いいたします。