平野 貴裕

英治出版のプロデューサー、書籍編集者。『恐れのない組織』『insight』『Learn…

平野 貴裕

英治出版のプロデューサー、書籍編集者。『恐れのない組織』『insight』『Learn Better』などを担当。京大文学研究科博士課程中途退学→NPO育て上げネットを経て現職。哲学・思想などの人文学がベース。様々なことを読み解き、意味を編むことに関心があります。

マガジン

  • Collective Dialogues

    • 70本

    創造的で豊かな対話を実践するための工夫やヒント

最近の記事

不可知性を描く——マイリス・ベスリー『ベケット氏の最期の時間』(早川書房、2021年)を読んで

コルクの佐渡島さんが主催している文学サークルでマイリス・ベスリー『ベケット氏の最期の時間』を読んだ。 サミュエル・ベケットという文学者の名前は知っているものの、その作品を読んだことはない。前提知識が必要な作品だったらどうしようと思っていたが、思考を刺激してくれる作品だった。 おそらく、サミュエル・ベケットの作品を読んだことがあったり、彼の生涯についての知識があればまた別の読み方が可能なのだろうが、そのような知識なしにどのように読めるのか、解釈の一つの可能性を考えてみたい。

    • 政治をより身近なものとして――宇野重規『未来をはじめる』

      政治とはなんだろうか。 それは選挙のことだろうか。それとも、選挙で選ばれた代議士による様々な活動のことであろうか。 本書の著者である宇野重規さんは、サブタイトル(「人と一緒にいること」の政治学)からも分かるように、「政治」をもっと身近なものとして説明している。 本書は高校生(一部、中学生)を相手にした講義をまとめたものであり、若者に政治に関心を持ってもらうための、一種の方便なのか? と読みながら考えたが、そうではないようだ。 むしろ、宇野さんが専門としている政治思想が

      • 本との幸福な出会いについて――『ゲド戦記』を読んで

        本は「変化しないメディア」です。 いったん印刷すると、その内容は固定され、紙の消耗などはあるにせよ、何百年と保存されます。だからこそ僕たちは昔の本を読めるわけです。 一方で、本は「変化するメディア」でもあります。それは読む人によって様々な解釈や価値を生み出すからです。 変化しないメディアだからこそ、いつでも出会うことができる一方で、いつ読むかによってその意味を変えるという二面性が本の面白さなのかもしれません。 『ゲド戦記』を読みながら、そんなことを考えました。 なぜ

        • 2020年読んで良かったマンガ8選

          今年もいろいろとマンガを読みました。1年の振り返りを兼ねて、オススメの本をご紹介したいと思います。 まず1作品目。 ダントツに良かったのが、以下の作品。 基本的な世界観としてはファンタジー。主人公のバクちゃん(動物のバク)が、地球にやってくる話。 なんだけど、重ね合わされるのは「移民」の問題という現実。 ファンタジーとしても読めるし、現実を照らす物語としても読める。その塩梅が素晴らしく、マンガの可能性を感じた一冊。 2冊目。 仮想の東ドイツを舞台に、サイボーグ化

        不可知性を描く——マイリス・ベスリー『ベケット氏の最期の時間』(早川書房、2021年)を読んで

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        • Collective Dialogues
          70本

        記事

          2020年読んで良かった本ベスト5+α

          今年もあと数日というところまでやってきたので、今年読んで印象に残っている本を紹介したいと思います。 コロナの影響で家にいることが増えたけれど、かといって読む量が特に増えたわけでもなく、人間には1年間に読む適切な量というのがなんとなく決まっているのかもしれないな、なんてことを感じます。 さて、1冊目。(ちなみに、本の紹介の順番には特に意味はありません) 2020年最初に読んだ本。障害、排除、介護など多岐にわたる問題が扱われているが、全編を通して読むと、「家族」というテーマ

          2020年読んで良かった本ベスト5+α

          哲学者と切実さを共有することーー『はじめてのスピノザ』を読んで

          哲学というと難解なイメージがつきまとう。 難しい概念がたくさん出てきて、何を言っているのかが理解できない。 私自身も難解さに挫折を繰り返してきたが、それでも哲学が好きだ。 なぜだろうか。 それは哲学者の切実さを感じるからだ。 文章を書くのは大変な作業である。それも膨大な量の文章となるとなおさらだ。 哲学書というのは一つの構築物である。その壮大な構築物を前にすると、これを作り上げた苦労と、それを突き動かした切実さを思う。 哲学を難解だと感じてしまうのは、その切実さ

          哲学者と切実さを共有することーー『はじめてのスピノザ』を読んで

          二人の詩人

          フェルナンド・ペソアの『ポルトガルの海』という詩集を読んだ。 とても魅力的な詩集だったけど、この詩人の特徴は何だろう? ということを考えていて、好きな詩人の一人、長田弘さんのことを思い出した。二人の詩はとても対照的だ。 ことさら詩をたくさん読んできたわけではない。 たまたま古本屋で、長田弘さんの『世界はうつくしいと』という詩集に出会い、それ以来彼の詩が好きなだけなのだが、本のタイトルからも分かるように、僕にとって長田さんの詩は「世界を祝福するもの」だ。 僕たちは、普段

          二人の詩人

          村上春樹は"A Small, Good Thing"をどう訳したか

          予備校に通う電車の中で『ねじまき鳥クロニクル』を読んで以来、大半の村上春樹作品を読んできたが、彼の翻訳を読んだことはなかった。 とある読書会の課題図書が『レイモンド・カーヴァー傑作選』だったこともあり、先日、村上春樹の翻訳に初めて触れることとなった。そして、とても驚いた。 それは「ささやかだけれど、役に立つこと」という短編についてだ。 内容もさることながら、深く印象に残ったのはそのタイトルである。 「ささやかだけれど、役に立つこと」 このタイトルの原題は、 "A

          村上春樹は"A Small, Good Thing"をどう訳したか

          『大本営参謀の情報戦記』ーー数珠つなぎ読書2

          加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読んだ際、実際の戦闘などのハード面ではなく、情報など戦争の「ソフト」面が結構強調されていたことに関心を持った(そのときの記事はこちら)。 その関心から、堀栄三『大本営参謀の情報戦記』を読むことにした。 「情報」という観点から太平洋戦争を振り返った本だが、日本の意思決定システムの問題点が、戦争の最前線を経験した情報参謀により描かれている。危機的状況下で、「〜であってほしい」「〜であるはずだ」という希望的観測に基づいて意思

          『大本営参謀の情報戦記』ーー数珠つなぎ読書2

          小説の読み方が変わるーー阿部公彦『名作をいじる』(立東舎、2017年)

          阿部公彦さんの『名作をいじる』が面白過ぎた。 この本読んだら、小説の読み方が確実に変わる。ひいては本の読み方そのものも変わる(かも)。 なんとくなく、「本」という体裁になっているだけで、ちゃんと読まないといけないと思いませんか?  少なくとも私はそう。でも、それが本との心理的な距離を作ってしまっている。名作になるとなおさら。 そこで阿部さんは「いじる」という方法を提案する。 簡単に言い換えると、ちょっとした違和感に気づき、それを簡単な言葉にするということ。それだけで

          小説の読み方が変わるーー阿部公彦『名作をいじる』(立東舎、2017年)

          靴下をえらぶところから

          小さいころから服とか靴とかが好きである。 よく母親から、小さい頃のエピソードとして、お店にあった茶色の革靴が欲しいと泣き叫んで、お店の人と母親を困らせたという話を聞かされた。まったく記憶にないのだけど、その当時から好きだったんだなぁと不思議な気持ちになる。 小学生のときは、古着ブームというかヴィンテージジーンズブームで、さすがに本物のヴィンテージは無理だったので、Levi's 501XXのレプリカを買ってもらったり。キムタクがドラマ『ラブジェネレーション』で使っていたポー

          靴下をえらぶところから

          『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』ーー数珠つなぎ読書

          発売した当初から評判がよく、小林秀雄賞を受賞したこともあり、存在は知っていたけど、なかなか読む機会がなかった。 たまたま本屋の文庫コーナーに並んでいるのを見かけて、何となく手に取り読んだ。小林秀雄賞を受賞したのも頷ける、面白い本だった。 東大文学部教授の加藤陽子先生が高校生を相手に講義したものを本にまとめたもの。テーマは戦争と日本近代。この二つのテーマは切っても切り離せない。戦争を考えることは日本近代を考えることであり、日本近代を考えることは戦争を考えることである、それく

          『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』ーー数珠つなぎ読書

          自分自身で創造性を定義せよーー映画『天才たちの頭の中』

          この前、『天才たちの頭の中』というドイツの映画を観た。 とてもシンプルで、90分というコンパクトな映画。 この映画を特徴づけるのは2つの要素。 それは、「シンプルだが強い問い」と「監督の行動力」である。 この映画を貫くシンプルだが強い問いとは、以下のようなものだ。 Why are you creative? では、この問いをどのような形で映画にしているのか。 それがこの映画の特徴の二つ目、監督の行動力につながるのだが、監督自身が創造的であると感じる芸術家やミュー

          自分自身で創造性を定義せよーー映画『天才たちの頭の中』

          町のイメージの変化ーーウィーン滞在記

          町のイメージその町を訪れたことがなくても、その町のイメージを心に抱きつつ、多くの人は旅をするのだろう。そのイメージ通りの何かを発見し、あるいは、イメージを裏切られるような経験をする。それが旅の醍醐味の一つなのかもしれない。 ウィーンという町。私のこの町に対するイメージは、幼いころに読んだヴェートーヴェンの伝記マンガによっている。内容はほとんど覚えていないが、ハイドン、モーツァルト、ヴェートーヴェンなどクラシック音楽史に名を刻む人々が生きた芸術の町。 フランクフルトから飛行

          町のイメージの変化ーーウィーン滞在記

          時間術とは「実験」であるーー『時間術大全』

          分かってはいたものの、Netflixを契約し、Nintendo Switchを導入したところ、驚くほど時間が奪われています。もちろん、どちらも面白いからそれはそれでいいのですが、もし仮に、1日の終わりに充実感を感じられないとするならば、それはきっと時間の使い方がおかしいということなんだろうと思います。 そんなことを考えていた矢先、本屋さんで、とある本が目に入りました。 『時間術大全』 最近、『○○大全』という本が増えており、ちょっとどうかなと思ったものの、よくみると『S

          時間術とは「実験」であるーー『時間術大全』

          アップデートとは原点を確認すること--『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

          先日、岩波ホールにて、映画『ニューヨーク公共図書館』を鑑賞してきました。 なんと休憩入れての3時間40分!! こんな長い映画を観たのは初めてかもしれません。ランチにカレーを食べたあとに、真っ暗な場所で3時間以上拘束されるという構造上の問題で、ところどころ寝落ちしてしまいましたが、とても考えさせられる映画でした。私が観たときは、岩波ホールでしか上映していませんでしたが、順次色々なところで上映されるようなので、ぜひ、多くの人に観てもらいたい映画です。 以下内容について。(少し

          アップデートとは原点を確認すること--『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』