滝口悠生さんの「小さな笑い」

最近はまっている作家さんがいる。若手作家の滝口悠生さん。

はまるきっかけは、みんなのミシマガジン「本屋さんと私」のインタビュー。http://www.mishimaga.com/hon-watashi/205.html

このインタビューの語り口がとても素敵だったので、彼の作品を読んでみたいと思い、最近出た『茄子の輝き』(新潮社、2017年)という短編集を読んでみた。まだ途中なんだけれどもとても良い。

例えば、「わすれない顔」。コーヒーを一杯飲む間に読み切れるほどの小品で、とても素敵な作品だ。

ストーリーとしては、数年前に離婚した妻との旅行を、写真を見ながら追想する男の話。明るい話ではない。主旋律も「記憶」について。深いテーマだ。

ただ、僕が魅力的だなと思うのは、そのメインテーマもさることながら、ところどころに描写された小さな笑いだ。ゲラゲラではなく、クスッとする笑い。

例えばこんな場面。主人公の男が妻と宿泊した民宿に2匹の犬がいる。そのうちの1匹が家の外に飛び出す。もう1匹は家の中で吠え続けている。そんなシーンの描写。

「ちなみにこの二匹は親子で、外に出ていった方が父、そこで吠えているのが息子なのだが、どうも最近では父子というつもりが双方にないようで、どちらかというと兄弟といった感じ」(『茄子の輝き』p.41)

僕はこの描写を読んでクスッと笑ってしまった。普通子供のほうが飛び出すよな。しかも、その外に飛び出した犬に、「お父さん」ではなく「父」というかための言葉が当てられていることのギャップ。その「父」が走り出しちゃうことのある種の滑稽さ。

戻れない過去に戻りたい男の悲しさ、切なさだけではやりきれないのだけど、このような小さな笑いによって、ちょっと世界に余白ができる。

この小さな笑いこそ、滝口悠生さんの魅力なのだと思う。


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