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整えられた髪

彼は子どものころに祖父につれられて初めて理容室にいった。

部屋の中央に一つだけおかれた、子どもにはあまりにも大きすぎる革の椅子に座り、髪をきってもらった。きってもらっているあいだじゅう、祖父と理容師のおじさんは話をしていた。何を話ていたのかはまったく覚えていない。

切り終わったあとに、肌に泡のクリームをぬられた。肌の表面があたためられ、カミソリがすっと空気をはらんだ泡をすくっていく。終わった後もその感触は彼のなかにのこっていた。そしてそれから祖父が髪を切られる様子をみていた。あいかわらず二人は話をしていた。

その10日後にも、彼は祖父につれられて理容室にいった。髪は短く整えられ、刃は泡をすくっていった。

そのだいたい10日後にも、祖父に連れられて理容室にいき、そしてそのだいたい10日後にも理容室につれていかれた。最初にいったときから、だいたいそのぐらいの間隔で祖父と理容室にいった。

二人の髪はいつもたいてい決まった長さで整えられていた。長く伸びてすぎてしまうこともなく、かといって、短くなりすぎることもなかった。

いつしか、祖父から誘うでもなく、ごく自然に一緒に理容室にむかうようになった。今日はそういう日だというのが、まるでどこかで決められてたかのように、二人はすっと家からでていって髪をきりにいった。たいてい天気のいい日の朝になることが多かった。

理容室には、きまっていつも他のお客はいなく、おじさんは座って新聞を読んでいた。そしておじさんと祖父はいつものように話をした。野球や野菜のはなしだったり、思いだしたかのように会話の内容はかわっていった。まだ革の椅子は彼には少し大きかったけれど、だいぶしっくりくるようになっていた。

髪はいっていのペースできられていき、彼はいつのまにか大人になっていった。

専門学校を卒業して仕事についた。

シフト制の仕事だったので、休みは平日に不定期にやってきたけれども、土日の街の混雑にまきこまれるよりは、その方が彼もありがたかった。映画館もさほどこんでいないし、理容室もこんでいなかったので、予約をせずにさっと切ってもらうことができた。先にお客がいたとしても、おわるまで持ってきた本を読みながら待った。

10日おきにとはいかなかったけれども、2週間にいちどのペースで髪をきりにいった。

彼の髪は2週間にいちどきられた。

アイロンがかかったシャツにセーターを羽織り、スラックスとローファーを履いて家の近くのカフェにいった。彼はいつもたいてい、そのような格好を好んでし、それは大人になるにつれあまりなにもそれに対して考えるでもなく、そのような格好をしつづけるようになっていった。

それは彼の整えられた髪にとてもよく馴染んでいた。

コーヒーを飲みながら読書をした。しばらくたってコーヒーがなくなると、お代わりをもらい読書をつづけた。

どれくらいか時間がたって、窓の外がすこし暗くなってきたので、読書をやめてカウンターにいきビールをたのんだ。それを飲みながらお店のスタッフとしばらく話をした。何を話ていたかはあまりおぼえていない。

野球にはあまり興味がなかったし、もちろん野菜の話をするわけでもなかった。

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