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俺のCD棚 第33回

今回は予告通り、Kendrick Lamar 「Good Kid, M.A.A.D City」

Kendrick Lamarはアメリカのラッパーで、地元コンプトンに根を張りながら身の周りで起こった出来事を忠実に、しかし切実に切り取った作品を発表し続けており、その内容が評価されて、グラミー賞は勿論、クラシック/ジャズ以外の音楽アーティストとしては初となる、ピューリッツァー賞受賞という快挙を無し遂げた人物。

最早、彼自身については説明不要なのかもしれないが、現時点で最も偉大なラッパーであるという事だけは伝えておきたい。

このCDは、そんな彼が2012年にリリースしたメジャーデビューアルバムで、前段の受賞のきっかけとなった、極めて重要な作品といって差し支えないだろう。

このCDとの出会い

実は、リリース当時から入手していたわけではなく、当時はyoutubeで視聴するくらいに認知していた程度で、英語が読めない自分にとってはそれほど惹かれる存在ではなかった。

しかし、彼や彼自身の作品が世間で評価されていくにつれ、何故それほどまでに聴かれているのかを知りたくなり、数年前に購入。

歌詞の翻訳を読み、楽曲を聴き込む事によって、自分の価値観、意識がとてつもなく変わるような衝撃を受けたのは記憶に新しい。

楽曲の構成

当時は珍しかった、多重録音やトラップの要素を取り入れつつも、HIPHOPマナーの上で成り立っている良曲揃い、といった技術的な特徴も挙げられるが、このアルバムの真価は全く別にある。

というのも、最初から最後まで楽曲同士が密接に繋がっていて、まるで映画を観せるように、ラップで彼自身のストーリーを語っていく、という構成になっているため。
まるでドミノが倒れるように(曲中でも、度々ドミノがメタファーとして出てくる)悪い連鎖が広がっていく、不穏ながらもドラマチックな展開は、この楽曲群をこの順番で聴くからこそ感じられるものである。

さらに付け加えるなら、歌詞の内容が理解できるとよりその世界観に没頭できるので、既に聴いた事がある人も、一度でいいから歌詞の翻訳を片手にもう一度聴き直してほしい。

ちなみに自分の場合、去年発行された彼のムック本を購入したのをきっかけに、再度聴き込むことに…。おかげさまで、現時点でのムック本と歌詞の翻訳冊子はこんな感じでボロボロになってしまった。

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知識欲というのは底が知れないな、と実感した次第である。

歌詞について

全体を通して語られているのは、彼が10代の時に経験した、地元コンプトンでの壮絶なエピソードであるが、驚きなのは、そういった危険な出来事に対して、環境に飲み込まれてしまった弱者の視点で多くを語っているのだ。

これは、それまでのギャングスタ・ラッパーとは真逆の姿勢で、過酷な環境から成り上がってきた、というようなマッチョな精神性がラッパーには求められていたために、長らくタブーとされてきた表現だが、Kendrick Lamarはあえて自身の弱さを見せることで、リスナーは彼に対し、憧れだけではなく、共感を抱くという効果を生んでいる。

恐らくこれが、アメリカ全土で多くの人に聴かれる事になった、一番の理由ではないだろうかと思う。
その後のエモ・ラップの台頭なども考慮すると、HIPHOPシーンを見事に書き換えた張本人と言えるだろう。

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また、翻訳を素直に読んだところで、その真意にはなかなか近づけなかったりするのも面白い。それは、仲間同士でしか通じないような言葉遊びであったり、同じ環境の人にしかわからないような比喩表現を用いたりしているためである。

これにも理由があるようで、楽曲と同じような境遇の人からすると一発で理解できるような表現を用いることで、より当事者意識を持って彼らと向き合っている、という意思表示とのこと。

そういった事を踏まえて再読すると、また新たな発見が待っているので、繰り返し聴きながら翻訳冊子を眺める、なんてことを今でもしょっちゅうやっている。

正直、こんな事は他のどのアルバムでもやってこなかった。
新しい音楽との向き合い方、味わい方を教えてくれた、正に自分にとってのマスターピースである。

ジャケットについて

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家族写真のようなポートレイトなのだが、その目には黒いラインが…。
どこにでもいるような家族でも、コンプトンでは犯罪者になってしまう可能性がある、というような怖い想像をさせてしまう、なんとも不穏な空気が真空パックされているかのよう。

こういった部分もまた、現実を鋭く切り取るジャーナリズムとも見て取れる、このアルバムを象徴するグッドデザイン。

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以上、第33回でした。
次回は、この楽曲でネタとして取り上げられているラッパー、50CENTのCDを紹介します。

それでは、また。






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