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スズメの秘密を知っていますか?

スズメってどんな鳥?」と聞かれて,すぐにイメージできる人はどれくらいいるだろう。

とりあえず小さい。全体的に茶色っぽかった気がする。頭はそんなによくはない気がする……などなど,なんとなくぼやけたスズメ像なら,簡単にえがくことができるかもしれない。しかし,「どんな鳥?」と聞かれると,いささか答えにくい。

そんな,地味で,特筆すべき点がなさそうなスズメを研究対象としているのが,総合研究大学院大学 先導科学研究科 特別研究員の加藤貴大さんだ。
(4月からは大学に籍を残したまま,NPO法人バードリサーチにも所属)

3月4日,八王子駅にある「Nature cafe & dining bar Hidamari」では,加藤さんを迎えて,Liferbird主催の鳥のサイエンスカフェが開かれた。
(サイエンスカフェのためにカフェをつくっちゃった人たちの話は後日)

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※スクリーン左側に座っているのが加藤さん。右側にいるのは,Liferbird代表の北村さん。

スズメってどんな鳥?

春になると道ばたや公園でスズメをよく見かけるようになるが,スズメはなにも冬に南の国へ渡り,春に戻ってくる,渡り鳥のような生活をしているわけではない。スズメは基本的にその土地の周辺に定住しており,秋から冬にかけて群れで巣を作って冬を耐えしのぎ,春になると繁殖を行う。

繁殖期のはじまりは4月。ちょうどもうすぐ,スズメは樹洞や瓦屋根,都会では電柱の隙間などに繁殖のための巣を作りはじめる。巣ができると,スズメは卵を1日1つずつ,5個前後なるまで産み落とす。ヒナが孵るまでは約10日。孵化したヒナは,さらに2週間程度で巣立ちをむかえる。この間,約1か月だ。

スズメの産卵期間は,4月から8月頃までつづく。つまり,スズメは年に何度も産卵から巣立ちまでのサイクルをくりかえしている。

実は,加藤さん曰く,このスズメの産卵の過程で不思議なことがおきているというのだ。

スズメは産まれる前に死んでいた?

カラスなどをはじめとしたスズメ目(広い意味でのスズメの分類)の鳥類は,産卵した卵の約9割が孵化することが知られている。しかし,私たちのよく知るスズメの卵は,孵化する確率(孵化率)が約6割しかない。スズメ目の中でも,突出して低いというのだ。

単純に考えると,生き残る個体数が多ければ多いほど,その生物が生き残る可能性は高くなるように思える。つまり,孵化率の低いスズメは,簡単に絶滅してしまいそうなのだ。

しかし,今,現代にいるスズメはどういうわけか孵化率の低いスズメだ。生物は,その時々の環境に適応できたものが生き延びてきた。つまり,一見不利に思えるスズメの孵化率の低さも,実はスズメにとっては環境に適応した,非常に有利な条件といえるのかもしれない。

なぜ,スズメの孵化率は低いのか。この謎を解き明かすべく,加藤さんはスズメの調査に乗り出した。

死ぬのはいつも,オスばかり

加藤さんの調査は,まず孵化しない卵の性質を調べることからはじまった。

605巣ものスズメの巣を調査して見つけた卵は3221個。そのうち,孵化しなかった卵は1376個。実に,42.7%だ。加えて,孵化しなかった卵の多くは,受精後,比較的早い段階で死んでいることがわかった。また,死んでしまった卵に,産み落とされる順番や卵の形状・模様などの共通点は見当たらなかったという。

そこで,次に加藤さんが注目したのは,ヒナの性別だ。

卵が受精していれば,DNAからその性別を調べることができる。加藤さんが性別の調査のために使用した卵の数は,218個。うち,8個は未受精の卵だったため,実際に性別を調べた卵の数は210個だ。加藤さんはこれらの卵で,産卵直後胚発生(ここでは受精卵が初期の細胞分裂を行った状態)の後の性別を調査し,さらに孵化直後や巣立ち時のヒナの個体数と性別も確認したという。

その結果が,次の表だ(データは加藤さん提供)。

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卵(個体数)の総計の減少は,死んでしまった卵(ヒナ)があることを意味している。この結果を見る限り,産卵直後(卵のとき)から胚発生の段階になったところで,オスの割合だけが減少していることがはっきりと分かるだろう。
(それ以降の減り方は性別に差がみられない)

つまり,孵化しないスズメの卵の多くは,オスだったのだ。
(※ここまでの内容の詳細はこちら。)

オスが孵化しない原因は環境にあり?

いったいなぜ,オスは卵の段階で死にやすいのだろうか。

実は,子供の性別を産み分ける生物は結構多い。そういった生物は,周囲の環境に応じて,有利になるように子供の性別を産み分けている。では,スズメにとって,オスの割合を減らしてメスの割合を高めた方が有利になる状況とは,どのような状況だと考えられるのだろう。

スズメをはじめ,カラスなどを含めたスズメ目の鳥では,オスは巣立った場所にとどまりやすく,メスは巣立った場所から離れやすいことが知られている。(カモは逆だとか)つまり,もし本当にスズメがオスの割合を減らすように卵を産み分けているなら,メスの巣立ちの場所から離れる性質が,その環境で生き残るために有利にはたらいているはずだ。

そこで,加藤さんはある仮説を立てた。

同じ種類の鳥が多すぎてエサの取り合いになってしまったり,みずからの天敵となる生物が多かったりする環境では,巣の周りにとどまり続けるオスよりも,より競争の少ない場所に移動するメスの方が有利に思える。

つまり,

エサや安全性の高い巣といった資源を得るための競争が激しい環境では,オスの卵が孵化する割合が減る

という仮説を考えられるのだ。

スズメの超高密度住宅をつくって仮説を検証せよ!

競争の激しい場所では,孵化しない卵が増えるのだろうか。そして,孵化しない卵はやはりオスばかりなのか。

仮説が真実なのか確かめるには,それぞれの環境を再現し,実際に孵化率やオスの割合を調べるほかない。いわゆる「仮説検証」である。

加藤さんはまず,スズメの巣箱を低密度,高密度になるように設置し,それぞれの環境で巣にできる卵の調査を行った。

イメージとしてはこんな感じだ。

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加藤さんの調査の結果,確かに巣箱の密度が高い,周囲のスズメとエサの取り合いになる確率が高い環境ほど,孵化しない卵が多かった。さらに,そういった環境で産まれてくるオスの割合も低かった。

また,巣箱は,ほかの種の鳥との間で取り合いになる場合がある。実際に,加藤さんの調査した地域では,コムクドリやアリスイ,シジュウカラなどから巣を守ろうとするスズメのようすが確認された。そして,こういった外部との競争が多い場合にも,巣箱が高密度に設置されている場合と同じように,卵の孵化率が低下する傾向がみられたのだ。

スズメ社会もストレス社会?

巣が高密度であったり,外部との競争が激しかったり,卵の孵化率が低い環境のスズメは,大きなストレスを抱えていそうだ。

加藤さんは「資源競争が激しくなるとストレスが多くなる」という推測をもとに,実際にスズメにストレスホルモンを投与し,産まれてくる卵の観察を行っている。実は,親スズメが高いストレスを受けている状態では,卵の「卵黄」内にストレスホルモンが多くたまることが知られている。ストレスホルモンも,ある種の化学物質だ。加藤さんは,このストレスホルモンの影響で,オスの卵が孵化しなくなってしまったのではないかとにらんだのだ(下のイラストは加藤さんの仮説のイメージ)。

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実験の結果はまさに加藤さんの推測通り,ストレスホルモンを投与したスズメで,卵が孵化しない割合が高かったという。

加藤さんは,「まだ親スズメの実際のストレスレベルについては研究途中で,具体的なことがいえないのが歯がゆいところです」と話す。しかし,加藤さんの仮説が正しければ,スズメはみずからのストレスの量を基準に,その環境に最も適応できるように,卵の産み分けならぬ「死に分け」を行っているといえるのかもしれない。

私たちのよく知るスズメには,実はこんな裏の顔が隠されていたようだ。

街中や動物園などで何気なく見かける動物たちにも,私たちの知らない秘密があるのだろうか……。なんの特徴も無い普通の生物なんて,いないのかもしれない。

4月1日(日)には,Liferbird主催の第一回八王子ネイチャートーク像のUNKOで紙を作る人の1ヶ月アフリカ滞在記」が開かれる。像のうんこで紙を作ることで有名な中村亜矢子さんのお話や,昨年から世間をにぎわすUNKOの話が好きな人にはたまらない会になること間違いなし。気になる方は,ぜひ参加してみてはいかがだろう?

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