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生まれを祝ってもらえる境遇にたどりついたらしい。ーー秋の月、風の夜(48)

去年まで四郎は、弟の徹志(てつし)やいとこの頼子(よりこ)が毎年祝ってもらう誕生会は、見てみぬふりをしていた。
彼らの誕生会には友達がいっぱい来て、誕生ケーキが出る。プレゼントがある。

自分の祝いは三歳のとき、切腹作法の伝授ののち、尾頭付きの祝い膳一回きり。
しきたりの順序の印象が強すぎて、「死に方を上手にできましたのお祝い」として記憶していた。
不浄霊のご先祖さまと「奥の人」をめいっぱい詰め込まれた、肉と骨でできたごみを入れる壺は、たぶん人間とは違って、分類上は悪魔。

――人間の子供には誕生ケーキが出る――

去年まで四郎は、徹志や頼子の誕生会を、そんな無表情の遠い風景として見ていた。

「お祝いしてもらえるなんて、ラッキーだな」高橋は四郎に同意を求める。じいっとケーキを見つめている四郎は、返事ができない。
「二回うたいまーす」ハッピバースディトゥーユー、と早口で歌いながら、奈々瀬が音頭を取る。一番が四郎のため、二番が高橋のため。手拍子に参加しながら、四郎は小さな声で歌詞をなぞった。

生まれた日が幸せだという。生まれたことを祝福されている。

始末に困った不浄霊のご先祖さまと、「奥の人」たちとを、まるでごみをぎゅうづめにするように、めいっぱい詰めこまれて生まれてきた、嶺生(ねおい)の惣領、峰の先祖返り……
先祖返りの信光の子が徹の字のつく一人目、その子が四郎の育て主で大好きだった祖父徹次、その子が父の徹三郎、
血の濃い先祖がえりだと、生まれる前からうすうすわかっていて、産まれてやはり、徹の字のつかないただの四郎と名づいた四郎。

寿命を覚悟したおじいさんから、親戚一同の前で、親しい友達を作るな、進学も就職も結婚も期待しない、警察沙汰にならず早めに死ぬようにと、申し渡されたこども……

弟の徹志には、徹の字がついている。四郎以外の誰もがまともな、嶺生の家。四郎ひとりが厄介者。

――生まれを祝うてもらえるのは、ええもんやな

奥の人がのどを鳴らすように、言った。ご先祖さまの二-三体が、そっと成仏していった。

(そうやな、奥の人)四郎は誰と話すでもなく、「奥の人」と話していた。(生まれてきたのが間違いやない世界があると、ええな)


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→ 「ネタばれミーティング」所収のマガジン:高橋照美の「小人閑居」


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!