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【物語・先の一打(せんのひとうち) 72】-完結

(ご無沙汰しています。みなさん、お元気ですか。僕らは元気です。
フリーWIFI環境から、粗い原稿ですが、いちどきに載せておきます。一度に読む量でなくて、ごめんなさい。情景描写と「時・所」の味わいのための描写がはんぱで、ごめんなさい。
年内はたぶん、これがつながりおさめでしょう。
みなさん、どうか、よいお年を。僕らも元気でいるようにします。)



高橋が、物件第二号の借り受け手続を進めていた。社会人になったばかりの四郎は、高橋の横にぼけっと座って、交渉事が魔法のように進むさまに、目をみはるのみであった。
生まれてからずっと実家の中の奇妙なルールだけに忠誠を誓わされていた四郎だ。「自分で家を借りて住む」などというありようを一切しらないでいた。それだから、

「世の中には、こうした”逃げ”方、も、ある(らしい)。
だがそれを、自分がやっていいものか」

という、ありえないほどの罪悪感や動悸をかんじて、高橋の横で、ひそかにふるえていた。

どうやら、「家からは逃れられない、逃げは死以上に卑怯」というような、いわば無用の洗脳が、幼少期の四郎をまるごとむしばんでいるらしかった。
こういうのは、健全なルールの下(もと)で育った人からみると「逃げてみればいい」と軽くしか言いようがない。なぜ、どういう世界観とどういう背景で動悸やふるえに至るのか、を、体感し得ないからだ。

一方で、虐待洗脳を受けた身からすると、
「学習性無力感と選択肢への理解不能感から、逃げる初速と持続とを持ちこたえられない」のだった……誰かがむりやり連れ出して、保護と再育成につなげてくれなければ。
電流を流され続けた犬が、サバイバルの中でまず強烈に学習してしまうのは、「うずくまって電流をしのぐこと」。
そのことを、電流を流されたことのない人たちは、外から追跡学習してみないかぎり、知らない。
電流を流されて育てられた側は、「自分や自分の大切な人が苦しむルールは、採用しなくてよい」という見えない大憲法を自分ごととして運用できるようになるまでの学習練習を、これでもかというぐらい重ねない限り、脱出力を養い得ない。

基本的人権も憲法25条も、小中学校で繰り返し習う。けれども虐待をしのぐために鈍った脳の当事者感覚にダイレクトにそれをつなげるには、ものすごい工数がかかるのだった。


四郎と少々似た境遇にはあったものの、殴るけるで痛めつけられたわけではなく、むしろ社会との接触「を」幼少期から担わねばならなかった高橋の方は、
「自分で何とかしなければ、待っていてもなんとかしてくれる人はいない」
という別の学習によって、
「他人の力に委ねきることを知らず、自分でなんとかしてしまう」
いわば、「行動オバケ」に、育ちあがってしまっている。
だから、ただうずくまる、という心情にはならない。うずくまったら座死が待っている、と、こちらもまた自由な選びはできていない。ただ、「単純動作」レベルに行動の動作分解をして、作業を進めてみることしか、知らない。

「業務分解の魔術師」、とも称される高橋は、準備が丁寧だった。
「しごとの八割は、段取りで勝負がつく」
と、何度も四郎に教えてくれる。
そして「しごとの段取り」というものは、
<互いにどう価値観が違ったとしても、「人と人」どうし、こんなやりとりが可能である> という、やりとりのおおざっぱな把握感がなければ、ぶつぎれてしまい、流れがわからない。
四郎は「自分を殴ったり蹴ったり友達を作ることを禁ずるものが、自分の外から理屈を超えて痛めつけてくる、その不意のことにたいする身構えが無意識に続いてしまい外れない」という感覚から、互いに人と人どうしという地平へと脱出できないでいるのだった。
いわば、モーセに連れられて奴隷の地から導き出された旧約の民が、互いに同胞として仕事のやりとりをできるようになるために踏んだであろう地平への脱出を、まだ手にできていなかった。
ともすれば四郎が手を付ける段取りというものには、時間が余計に食った。高橋は、
「過剰品質になろうとしている部分があるなら、それはイメージ不足に由来する不安から来る可能性が高い。他人が一連の同じプロセスをやるところの観察によって、いい意味での適当さを含んでいるかどうか、みるようにして」
と、つけくわえた。

四郎はもうひとつ、伝書のたぐいを全部本家に置いているものだから、見に行くか知らんふりを決め込むかの判断をつけきらずに、あれこれ考えこんでいた。

考えてとうとう、「信頼できる人に意見をきく」という、なれないことをやってみる。
そもそも小学校中学校高校の12年間において、自分の状況を打ち明けられる人が周囲にいなかったため、人に対して秘密を持つ行動だけは長けていた。人の意見を聞くという行動は取ったことがなかった。どう質問していいかもわからなかった。学校における同年齢の「ヒト」が質問する様子など、自分の状況には絶えて応用できないものだったため、観察もせずほうりなげていたのだから。
そのため、「どう質問していいかはわからないのですが」、というくだくだしい前置きをつけて、きいてみた。

すると、

「そういうくだらねえもんは、燃やしっちまやぁ、罪がないんだけどなあ、四郎よ」
と、宮垣耕造はくだをまく。一方、
「ヒントになる可能性があるなら、しれっと見に行けばいい。僕がついていくよ」
と、高橋は、訣別してきた実家に、厚顔無恥に舞い戻ることもよし! ともとれるようなことをいう。

四郎はほぞをかんだ。なにがいけなくて周囲の意見をきかなかったのか、如実にわかった。今の自分では、ひとつひとつの意見に衝撃を受けすぎてしまって、意見をひとつの視点として、じょうずに自分の総合判定のために使うことが、できない。

四郎がこうして、周囲の意見に翻弄され、動揺しているさなかのことだ。
「ねえ、どうして私には意見を聞きたいって言わないの?」
と、こともあろうに、奈々瀬が四郎にたずねたのだった!

懊悩していた四郎は、奈々瀬のそのことばに、背後から刺されたほどのショックを味わった。
「なんで、てって………………!!!」
四郎は口ごもった。
なぜならば。十六、七歳の「小娘」は、ご先祖様たちのなかでは「数に入らないもの」であって、四郎も知らずのうちにその価値観に毒されていたから。なぜならば。奈々瀬は「常識的に定石どおりに考えを進めれば、このような線が妥当であろう」という思考展開をしない存在であるから。つまり、
「おはねちゃん」
だから。
だから奈々瀬の意見は聞くに値しない、と
自分のなかで
「演算終了、結論、おわり」
その状態になっていることに対し、四郎は二倍の衝撃をうけたのだ。

数にならないなら、なぜ愛せる? 常識や定石をやりとりできないなら、どう一緒に歩む? その四郎じしんが持つ、切り捨て去ったような価値の固定を、このひとにどう告げうる? 傷つけずにはおらないのに!

目の前の四郎の動揺ぶりを、奈々瀬はひどく落胆した表情でみていた。
四郎の動揺は、
(行動できる人同士、高橋と奈々瀬のほうが結局似合いやん。奈々瀬がぴょんと跳ねるとこの背景論理は、高橋なら1ステップずつ補完できるんやし)
という、やさぐれた離別感へと流れ出しているものだから、さらに奈々瀬はうんざりしていた。ああ、いちいち<どうせ&だってワールド>を逍遥してしまうこの人に、いつまで苛立ちが限界を超えずにつきあえるかしら!?

そして奈々瀬は言った。
「味方になってくれるかどうかって、味方になってくれる人がなにかにすがりたいときには、味方になってもらうなんてところからもっと、土俵際に相手が寄っちゃって、力を借りられないのよね。
私も自分で自分の考えの飛躍っていうか突発的な行動っていうか、一足飛びなところっていうか、そういうのを自分で持て余してるから、四郎にも信用されてないのはよくわかるわ」

そうなのだ。奈々瀬はどうしようもなく「身体情報読み」なのだ。
四郎は動揺しながらも、
(それでか)
と、あることに気づいた。
「そうやん。奈々瀬は、おとうさんゆずりの身体情報読みなんやなくて、自分の内側の必要からどうしようもなく出てきて磨いた身体情報読みなんやん。自分の内側で一歩ずつ論を進めるてってやりかたが最も弱いもんやで、そんで外側の人間の身体情報からその人間の言動の背景を汲み取ることで一足飛びに正しい結論に飛ぶのが、もともと少し得意やったのを、達人レベルにしてまったんやん」

四郎が話すことばを、
「結論が正しいとは思えてないわ。だって自分も他人も、びっくりさせて、危険にさらしてばっかりいるんだから!」
と、奈々瀬は怒ったようにさえぎった。どうやら「図星」らしかった。癒えない傷の図星をさされると人は飛び上がって怒る、四郎はそれは知っていた。
四郎は、こともなげに答えた、
「ええて。その程度の危険からなら、俺守ったれるで」
と。

四郎もまた、自分でそんなことを言うとは予想していなかった、体から無意識にでてきたことばだった。
そのなんでもなさに、こんどは奈々瀬が衝撃をうけた。四郎はこともなげにつづけた。

「そうや、強行突破をやったとしても、それは迷路の壁ぜんぶぶち抜いてゴールにたどりついとるだけなんや。奈々瀬の意見は、おれ、聞かんならん……俺が、奈々瀬のことを正しく理解せな、というところができとらんかっただけやった。ごめんえか」

おそるおそる、奈々瀬は確認した。
「本当?結論は正しい?」

四郎は、ただしい、とひとこと、相槌をうった。
「使う労力を最小化する目的は、奈々瀬は持っとらんらしい。ただ、解決した状態というもんを、一挙につかみにいく、という意味ではプロセス最短で結論が正しい。俺もそこはわかる」

奈々瀬は目をみひらいた。
今まで、そこを言語化できていなかった。今まで、そこを説明するすべをもたなかった。それが、奈々瀬の不都合であったらしかった。奈々瀬の表情が、あきらかにほっとした。
今まで周囲のものから非難を浴びていたのは、「その程度のことなど、問題なく守ってやれる」とケロリといえるレベルの身体能力を、周囲の誰も持っていなかったから、らしかった。スキルがないので、もてあます。もてあましていることが不快であるので、奈々瀬が責められる。それだけ。
いまそこには、
「トンネルの暗闇の向こうの、あの光」が、たしかに、ちいさく、きらめいていた。

四郎もそうだった……支えるスキルがない父親と周囲とが、四郎をもてあます。
もてあましていることが不快であるので、父親はなぐるけるで「しつけ」ようとする。
どうやら、支配に人が走るのは、なにか単純な理屈らしかった。

「じゃあ、結論というかゴールを、わたしなりに言うわ」
と、奈々瀬は自分の新しいことばを獲得しながら、四郎に伝えた。
「伝書が参考にならないなら、参考にならない事実を見極めるために、見ておくべき。参考になるなら、参考になるところまで、見ておくべき。必要な個所を探し出すのが大変で、おうちに滞在しなきゃならないなら、私と高橋さんで何かをでっちあげて、段ボール箱何個分になってでも、四郎のいるところへ持ってきてあげる。伝書と四郎のことは、 ”やらない後悔よりやった後悔がまし” ってジャンルだと思う」
(俺もそう思っとった)
と、瞬時に返しそうになって、やっとのことで四郎は言葉をのみこんだ。
道がついたとたんに、ぎゅうぎゅうに詰められていた自尊心がはねあがって、こういう、他人がしてくれたことにたいする感謝のかけらもないことばが、反射的に飛び出るのだ。
ちょっとやそっと、こういう不愉快なことを言ったって許してもらえるような、持ちつ持たれつの厚い信頼関係は、築けているとは限らない。安心して関係性のうえにあぐらをかいたら、不愉快に思われることが積みあがって、関係性を崩してしまうかもしれない。
高橋と奈々瀬だけは、自分の人間関係リストから除外してはならない、あとがない。
あとがない、と自覚できる慎重さを、かろうじて持ち合わせている四郎だった……それは、宮垣の重ねての密度の高い施術によって、二十二、三歳までは寿命が延びている、という証左のひとつ、とも言えた。

とっくに命数が尽きているのなら、あとがない人間関係をも壊滅させて、ただ、滅んでいくだろう。なにかしら次の手がありうる、ならば命数はつきていない。


「志」と「忘」という字は、非常によく似ている。
この衝撃を、四郎は伝書の一冊から受けたのだった。
手習いをしている頁があった、そこに、志と忘とが並べて書いてあった。書き手が、なにかを絶望的に手放したにおいがした。
すっぱりあきらめるならば、そこに悔いさえ残らないだろう。別の道へと顔を上げて足を急げるのならば!
奥の人たちが怒りにふるえながら、
--いちども、この境地をしらぬ。われらより優にすぐれてもおらぬものどもが伝え、守り、われらの手のよこを通り過ぎて行った。われらのこうべの上を通り過ぎて行った。
--なんでや、なんで、わしらには、ないんや! なんで、わしらにだけ、ないんや! なんで、わしらには、あらへんのや!!

自負とうらやみと怨嗟を、ふつふつとたきあげてくる。
たきつけられるほうの四郎はたまったものではない。が、心情はよくわかる。

怨嗟とうらやみ、嫉妬が暴走しているあいだは、稽古にならない。それもまた、一人稽古の時間だけが延々と長かった四郎には、よくわかる。
書き文字でかずかずの感情を書いてみて、それを自分の稽古がはじまる気持ちにセッティングできるまで表現をずらしていくことは、四郎にできる数少ないやりようのひとつだ。それだけが、峰の先祖返りたちにはなくて、四郎にはある技能だ。それだけが、友達をつくることができなくて、すでに十四、五年のながきにわたり、本に住み本を友として日々をしのいできた四郎には、できる技能だ。
いや、正確には本読みは読むだけで、書き文字を扱うことはまた別だ。本を読む技能とは、ただ蚕が桑を食うようにインプットをするだけの技能であって、言い換えをする技能は別なのだ。自分の気持ちを紙に書くことと、稽古をセッティングする表現までずらして書き換え続けることとは、それはそれで、してみようとして稽古せねば身につかない。

怨嗟とうらやみ、嫉妬のたぎりは、息苦しく、みぐるしい。本人にも快感はない。青い空をみあげるような心持がない。身に、悪く溜まる。
--どうしてや、どうしてうまくいかんのや!
これらの怒りの、「なんで、どうして」 というなじりの発問を、四郎はつかまえてみる。そして、表現の切り口を少しだけ変えてみようとするのだ。
「ないこと、もっていないこと、できていないこと」については、「なんで、どうして」は数限りなく幅広いため、問うても正解へはたどりつけない。うまくいかない理由は、錯綜し複合しているうえに、真の理由が「ない」のだから。「なんで、どうして」は雲霞のようなもので、そこを払ったり捉えたりしても、「できる、持てる」を掴んだ実感のない、気持ちのわるい状態が続くだけなのだ。
一秒前にたまたま、もたされていなかったのみ、なかったからからないというのみ、うまくいかなかったからうまくいかない、ただいま、過去のいきさつにおいて、そこにとどまっているのみ。
じぶんの性質のゆえでもなく、境遇のゆえでもなく、ただ、一週間後には、一か月後には、あり、もっており、できており、みたされている状況にいてもかまわないもの。
だから、なにかの境遇により、なにかの偶然により、なにかの仕組み不足により、持っていない。それだけ。

自分の内側で、彼らは怒りに震える。
峰の先祖返りのひとりとして、不合格の烙印を押された、この生まれ落ち。もしもできるなら、こころから、伝人のためしにいどみ、かのうてみたい。

その心情が四郎にはよくわかる。だから中途半端にあちこちしてしまう。
何もかも捨てて、新しく幸せを切り開いていくのか。古い人たちの満足を自分もかなえたいのか。古い人たちの満足をかなえたうえで新しく幸せを切り開く、などという欲深いことが、きわめてコミュニケーションに苦労しているこの身に課してもよいボリュームの課題であるのか否か。

そこをあちこちしてしまう。
なので、四郎の場合は書き文字で、あちこちしないでくりかえしの動作が淡々と固定するところまで調整を行う。別の技能を使う人間の場合は絵や音楽や動作や、いろいろなものを使って、怒りに震えてうずくまる地点を脱していく。

ボリュームはわからない。だから、読んだことのある本でいうならば、空条承太郎が絶望的な状況を、際限ない回数のパンチで削り取って削り取って、その先を切り開いていくような、アクションの連続をかさねてかさねてかさねてかさねてかさねてかさねていく。
一人稽古とはそういうものである。
ただひとつ、ひとつのパンチは0.1ミリ単位でよいから、ヒットしていて状況を削り得ているかどうか、という繰り出し方の「当たり」を含んでいることだけは必要だ。動作がくりかえしのなかで、「効いている」という正しさを獲得していきそうかどうか。「効いている」という正しさを獲得したあとは、正しい動作を正しく繰り返しているかどうか。そこだけはたいせつだ。一人稽古において、“野狐禅” を起こさないことだけは、たいせつだ。

宮垣に「先の先」のモックアップを示してもらったとき、ペンで「とん」と打ったのみだった。ペンは込める力のブレが出て扱いにくかった。さてどうしよう、と四郎は思った。

思ってから、
(いや、さてどうしよう、やなくて、そんならどうしよう、という問題の据え方のほうが、ええんやないか)
と思った。
次が出てくるような発問に表現を据えなおす。どうやら、この作業が、四郎には必要らしかった。
それでは、次は、どうしよう?



そして今日もまた、しののめを、もったり、もったりと歩いている。
季節は変わってしまった。手がかりはまだない。
歩きのなかで、手刀を繰り出す。
いつもは手がふさがっている。他人の原稿で手がふさがっている。
そのとき行き会ったらどうする。
小鳥の声がする。つゆを含んだ葉がさやけく光る。朝の呼吸。ああ、朝だ。呼吸がいつのまにか浅くなっていた。ぐうんとのびをする。きらめく陽の光のかけらに、目を細める。


待てよ。
他人の原稿で手がふさがっているとき、行き会ったら、迷わず原稿を持ったままの手で打つのだ、それだけだ。

……そんなことを、ふと思った。

四郎はふたたび、とぼとぼと歩く。ゆっくり、じれったいスピードで、胃や肩甲骨などかずかずが、きしみながら、怒りにたぎりながら、無力にさいなまれながらも、ちゃんと一緒についてきているかどうかを吟味しながら歩く。しなやかだと思い込んでいて、実は疲労が溜まっていた筋肉を、向きを変えたり伸ばしたり、可動部のひとつひとつについて、吟味しながら歩く。

もしも他人の原稿で手がふさがっているときに、行き会ったら、そのときは他人の原稿で打つのだ。
だがそうすると、そこに書いてある文字が読めなくなるほど汚損したらどうしよう、などと思考が構えていく。
原稿を持っていないほうの手を繰り出してみる。ああ。弱い。それよりは原稿を持ったまま、鉤手の手首で打ったほうが躊躇がない。それでいい。
なにせ、受け取った直後に原稿はスキャナで読み取って送ってしまってあるだろう。原本が汚損したとて、とりかえしはつくのだ。


遅々とながらもそこへたどりついて、四郎は朝空をみあげた。すっかり明けていた。
なぜとなく、笑みがこぼれながら、涙を流していた。


「すまん、共同生活ができなくなった」
と高橋が言ってきたのが、あまりにも突然のことで、四郎はうろたえた。
居心地がよかったのだ。はじめての友達だった。高橋がいうには、四郎は、「生涯ひとりだけの親友」だった。
死んだおじいさんの言いつけ通り、友達を作らなかった四郎にとって、人生で望めぬとあきらめていた宝物を、ほいと渡してもらったようなものだった。
人との付き合い方や社会参加のしかたをなにひとつ知らないといっていい状態の四郎に対して、高橋は手間を惜しまず、あいさつのやりようだの、話題のないときの呼び水になるような共通話題だのを教えてくれた。人と一緒に仕事をせねばならぬときのスケジュールの合わせ方も、教えてくれた。都合が悪くなった時にどういえばいいかも、教えてくれた。相手に合わせるだけでなく、自分の要望も三分は通す、という案配も、教えてくれた。やってみると言ってみたもののやはり気が乗らぬときにはどう断ればいいかも、高橋は教えてくれた。それどころか、誰にも打ち明けられない苦しさともがきを、四郎は高橋にだけ、あれこれと打ち明けていた。
どれだけ心に血がめぐり、心が生きることを知り始めたことか知れなかった。
その高橋がいなくなるなんて。よりによって、「ほかのだれか」を助けに行くなんて!

四郎は何に衝撃を受けたかといって、知らず知らずのうちに高橋に深く依存心を抱いていた自分に衝撃を受けた。高橋の手助けを当たり前のように享受して、当たり前のように心地よいと感じていた自分に衝撃を受けた。

動揺を隠していることを、奈々瀬にだけは知られていた。
四郎は少しの時間が過ぎてから、ちゃんと、大いに動揺しよう、とさえ感じた……はじめての友達と、生まれてはじめてわかれるのだから。

「親戚に病人が出て、動けるのが僕だけなんで、共同生活ができなくなりました。安春さん、ちょっと予定より早いですが、こっちへ来られませんか」
と、高橋は奈々瀬の父親に電話でもちかけた。


この局面でも高橋はわざわざ、時間のかかる交渉事や人との合意へのとっかかりの会話を、四郎に聞かせてくれた。
生まれてこのかた19年間、他人と合意するという世界をしらなかった四郎だ。社会人としてやっていく練習のため、「コンビニで品物を買ったら、余分な会話を一つだけして帰ってくる」、という、涙ぐましい努力をはじめたばかりだ。プロセスを見せることなく「代わりにやっておく」のは、本人にとって手足をもぐようなもので、話のもちかけようとか、発生しうるトラブルの予測とふりかえりとかの個々の作業は、どんなに時間を食おうとも、そばで見せてやらねば経験がつめない。

……安春と合流した奈々瀬と四郎とを置いて、病に倒れたひとり親の親族とその子供たちのところへ行ってしまったあとの高橋は、みるみる憔悴していった。
負荷が高いところへいきなり飛び込んだのだ。巷では、引っ越しと転職と離婚を同時に経験すると人は死ぬ、ともいう。それほど心身の負荷は高い。独身状態から病人ひとりと子供二人の扶養者になる引っ越しと転職を同時にやって、高橋は持ちこたえていた。


先の一打  の重要なパーツを自分もできるようになって高橋に教えてやらねば、高橋が持たない。仕事でも看病でも、記録を取って、一度完全に忘れてしまう数時間を間にはさまないと、次のアポイントへの準備や構えがオフの時間中続いてしまっては、燃え尽きてしまうのだ。
生物の状態として、非常によくない。


何をどうするべきか、という実践前の部品については、四郎にはひとつの「あて」があった。ぜんぶ文献から得たものながら、それは確信にちかい「このパーツ」という感覚だった。

過去は知られず、未来はまだ来ず、今このひとときのみ。

ということがらの、自分への応用のしかたを、今までは、凝縮した密度の実践が足りていなかった四郎だった。いちおう、カギとなる部品については、過去いろいろなところで、ヒントになるものは読んできた。
人とやりとりする社会生活の健全でなかった四郎にとっては、生活・対話の大部分は、本の中で起こっていた。有用な助言も、本の中で得ていた……

高負荷の仕事で、修羅闘で、アドレナリンの出すぎて感覚のとがっている状態を、幼い子のいる場面や愛する者のいる場面にそのまま持ち込んでしまうと、相手を苦しめる。介助や見守りが一定のリズムで続いて疲弊して、「少し休ませてくれ」というへとへとな状態が出たら、大事なものたちのいる場面に入っていく前に、それもゆるめてやるのがいい。
大事なものたちのいる場面でまだ自分のささくれや疲れや燃えつきが解決されていないとしたら、「たいせつなものたち、愛するものたちとくつろぐ、ともに生きる」という人生の巨大な滋味をすべてふいにすることになってしまう。

三日四日の休養で解決するものでない病気なら、その場に広げて養生するのが第一となる。だが、もし未病で状態異常を解決できない場合に、養生がととのわず、愛するものへの接し方が不機嫌をともなったり暴力をともなったりしはじめては、本来ともに生きるというところから逸脱したきり不幸にしてしまう。
ではどうするかというと、仕事の「手じまい」にもう一段あって、家庭において戦力となる必要があるのであれば、戦力回復のプロセスは仕事の「手じまい」のうちに加えてしかるべきであるのだ。
たとえば精密機械を扱うまえに防除防塵ルームに入るように、「たいせつなものたち、愛するものたちとくつろぐ」局面に入るには、自分のセンサーが過敏になり疲弊した部分を、すべて洗い流してから。ということになる。
ひとりでぼーっと洗い流すのかもしれないし、人にまじって洗い流すのかもしれない。スポーツジムで自転車をこいで風呂に入ってから帰る、という行動を挟むものもいるかもしれないし、道端の草をデッサンしてから家路につくひともいるかもしれないし、おいしいものを飲み食いしたいひともいるかもしれない。
どう洗い流すかは「ひとそれぞれ」。

人類全体には適用できないであろうことながら、少なくとも自分と高橋にはこれは有効であろう、というものと、四郎は本の中で出会っていた。

弘法大師空海が、留学前後のとがった神経、知識の渦、異文化の奔流を生き延びるために行った「軟蘇の法」しかり。断食をつづけて死の際まで迫っていた釈迦が、一杯の乳がゆを口にしてさとった事象しかり。頭のてっぺんまたは口のどから下へ下へ、温かい、とけたバターかチーズのようなものが、流れていくときの感覚、色、重さを思い出してじっくりと再現体験することでもって、ボディとしての自分を、上から下まで洗ってやるのだ。イメージだけでやるのが難しければ、イメージできるぐらい五感の記憶を積むまで、風呂やシャワーの手助けを借りればよい。
もしも自分でこれがやすやすと身に着けられない状態まで陥っているとしたら、ささくれや燃えつきの段階は、自助の効かない世界へと、進みすぎてしまっていることを意味する。

これをしないものは、ほかにはたとえば、散歩をして夕陽とふたりきりになることで洗い流すであろう。たとえば犬猫をかわいがりながら癒され洗い流すであろう。いるかや馬もしかり。海や川で洗い流すものもいるであろう。山へひとりで入ってまた戻ってくるものもいるであろう。花や音楽に洗い流されるものもいるであろう。
では、なぜ犬猫では癒されてもがんぜない子供や異性によってはとことん洗い流すことはできないかというと、相手に尊重すべき成長せしめるべき自我があるからだ。
また、酒やたばこや遊興や性やサービス業で癒され洗い流された気になっていると、副作用や中毒性や相手の意図する状況へと連れさられて、「たいせつなものたち、愛するものたちとくつろぐ」機会を失うということがあるだろう。何によって洗い流されるかは、少しの吟味が必要なのはこのわけだ。


湯王曰く、日々新これ新。


作者自身が読み返して「名作だ」と涙を流していた、あの「ああ玉杯に花うけて」の一場面。主人公と先生との漢文問答の場面だ。

--毎日おふろにはいって、あたらしくなりなさい。
--いいね! 湯王というのは名前だが、いいね!

名作だ、と泣いたあのひとは、この令和という元号になってまだ、生きるヒントを自分の著作から汲み出している若人がいることを、驚いたり喜んだりしてくれるだろうか。それとも、「ああ、不易だね」というだろうか。

四郎は高橋に電話をしてみた。電話が苦痛な自分が、電話できる数少ない貴重な存在が、電話をしてみても大丈夫だとわかっている相手だ。まだ、ひとりしかいない。いつか、三人か四人に、ふえるかもしれない。

「高橋、ちょっと会えんか。お前がそっちからよう移動できやへんようやったら、俺がそっちの家いくでさ」

何か新しいことを「自分の実践レベル」まで漬け込むには、友がいたほうがいい。たとえ世界でひとりぼっちであったとて、書という友であっても、いたほうがいい。時間と空間を超えた友の残像、書という友であっても、孤独の自分が勝手に友と位置付けているだけの存在であっても。

--ああ、そうだな。ちょっとどこかで会おう。僕は、まったく、どうにかなりそうだよ。

四郎はその声を聴いて安心した。燃えつきや心身変調が二段階三段階とすすみすぎているときは、自助もきかず他からの介入も効きが悪い。「ほうっておいてくれ」と言い始めたとき、それでも介入することは、素人にはむずかしい。

「誰も助けてくれない」という強い失望感に浸りきっている状態と「いや大丈夫」「何を助けてもらうかの判断がもはやつかない、放っておいてくれ」「いっそ死んだほうがましだ」「足をひっぱるだけの自分はいないほうがいい」などの他者をうんざりさせる発言とが同時にぐるぐると顔を出したりその人をさいなんだりし続ける。

高橋については、まだその状態ではないことに、四郎はホッとした。いや、たぶん、その状態をも、過去の人生の中でよく知っているのが高橋なのだろう。そして、そこからひとりで出てくるすべを、いくつか持っている。
ひとりで出てくるすべを持っているからといって、その人をひとりにしておいてよいものではない……四郎が友たるゆえんは、そこへぐいっと手を突っ込む間合い感をもっていることのみだった。

--じゃあちょうどいい、お前の家の伝書の整理に行こうか! 一緒にさ。


「お前の方が、別の人間助けとった状態から、また別の人間助けとる状態に移るだけやと、全然気分転換になっとらんやん……」
四郎はある意味、衝撃を受けた声で答えた。

--うーん。そうだねえ。ただ僕は、美術修復の現場にいるときは、人とのやりとりしてないから、少し休んだ気分になれる。でも当事者のままだ。お前の家の伝書の山を気楽にあちこちしているときは、専門でもないし単なる傍観者だから、かなり休んだ気分になれるんじゃないかな、と思うんだ。
奈々ちゃんがさ、「お前とあの家を切り離すために、2tトラック借りて運ぶコトになってもいいから、伝書全部を持ち出してあげてもいい」 なんて口走ってたぞ。おはねちゃんが飛び蹴りをくり出す前に、常識が一ミリでもある僕らが動いたほうがいい、ははは。

「うわー、かなわん、すぐつれてってくれ!」
反射的にくちばしって、四郎は痛みを覚えた。どうも高橋と話すと、ときどき、奈々瀬を話題にして盛り上がった後、罪悪感を覚える。小学生男子が好きな女の子をくさしたあとに感じるようなそれを、ようやく人生において自分は体験している……が、他人同士の話題で奈々瀬がくさされた、という状況を、そもそも四郎は作りたくないのだ。
甘い甘いひとりじめしたい思い……誰の口の端にものぼらないぐらい、誰の記憶にも浮かばないくらい、ひそやかなところにひとりじめして、あとかたもなく血をすすり肉をなめ取り咀嚼し飲み込んでしまいたいほど好きだ。
好きがそこへ嵩じてしまっていることを、四郎はどうしようもなくかみしめていた。ご先祖さまたちと同じ嗜好。

電話の向こうで、黙っている四郎を、高橋もまた、黙って受け止めていた。


高橋と知り合ってからの四郎は、岐阜の実家に戻るとき、いつも高橋のアウディに乗せてもらっていた。
今日は、二人で電車移動だ。とある会社にもぐりこんだあと役員待遇を手に入れていた高橋は、アウディは業務使用のリース車としていたのだが、自分を投げ込む場所と環境ががらりと変わるとき、車も返上し、自分の身柄も退職扱いにしたためだ。
実体がないのに役員登記を残したまま、というやり方は、なにかしら高橋をして違和感を持たせるものであったらしい。四郎は深く聞かなかった。いや、なにをどう聞いていいのやら、わからないので話さなかった。
電車の中で、景色がうつりかわるようすを、二人同じ方向を向いて吊革につかまり、黙ってながめている。
会話は、話したいことは山ほどあるものの、電車の中で話せることは限られていて、途切れがちだった。
四郎は景色からも目を伏せて、黙って目を閉じた。人が人を放置する、ということが容易に起こる現代だ。なにをどう聞いていいのやら、わからない。なにをどう感じたと表現していいのやら、わからない。なにについてなら触れてよいのやら、わからない。わからないまま放っておく。すると放っておかれた人はなにかしらいちだんとひどい状況にはまりこんでいる、ということが往々にして起こる。
自分はまさに、親友にたいしてそれをしていないか。電車を降りて、ふたりきりになったら、どんな話の水を向ければよいのか。
四郎はそんなことを考えていた。電車を降りて実家へたどりついたら、自分の家の伝書を制限時間内にあさることに没頭せざるを得ず、しぜん高橋の側の問題は放置される、という流れ自体も見通せていないほど、四郎はあれこれのことに翻弄されていた。

「こんにちはー」
高橋がぽかっと明るい声を玄関口で出して、通り過ぎる。四郎もあとへ続く。時間帯は夕方、少年部の稽古がはじまる十分前、父と叔父が道場に行ってしまっている時間。
「あっ、おかえり」
と、母の明るい声がきこえた。母の明るさには影がない。不安になるようなその影のなさは、天然ボケを通り越して何かのショックでネジがはずれたままになって明るいところで止まってしまっていることをあらわしていた。
四郎は「ただいま」と返してみた。うわべだけでも、ただいまでいいのだ、それでいい。
「ちょっと伝書いじって、すぐ帰るでさ」と四郎が言い訳めいたことを言っている間に、高橋が斜め後ろから母親の芙美に挨拶しつつ、半身で入って土産をとりだした。芙美を引き受けて、四郎を廊下の先に進ませる。
「これ、四郎から徹さんと康さんとみなさんに」
といって、高橋は、父と叔父が好きなさわらの西京漬けを、いつ取り寄せたものだか、芙美に渡し、ひとしきりおしゃべりをはじめた。

高橋の
「先に、あたりのついてるところを、あさってろ」
というめくばせどおり、四郎は、床の間の横の部屋へ入り込む。


四郎は箱をいくつか取り出し、あらかじめ自分で少しよりわけておいた巻子本と綴じ本を見つけていった。短いメモを書いた付箋をつけて、対象の巻子本も綴じ本も、箱から出してしまうことにする。

そしてだ。

一切無、一切空、みたいなことしか書いてない。



「これはもう、どうしようもないな」高橋はごろりと寝っ転がった。「カンフーパンダと同じオチじゃん!」
「池波正太郎の『秘伝の声』とも同じ、いろんな創作とぜんぶいっしょ」四郎は陰鬱な声で付け加えた。


「わかった。ヒントにはならない、ということがわかった」
「なあ高橋、ある技能ができる、てって状態を人に伝えるとき、技能ができることと、表現がたくみであることと、二つながら必要やん?」
「そうだな」
「俺のご先祖さまんらは、その二つを同時に兼ね備える、ということが、そもそも、できておらしたんやろうか?」
「表現においてたけていた、という部分は、著しく疑わしいな」
「うん……」

四郎はだまりこんだ。高橋はすっくと立って、ぽん、と手をひとうちした。
「はいざんねんでしたー!帰ろう!」
少年部と青年部の稽古が終わるまでの二時間十分の間に、高橋と四郎が消えおおせたのは、こういういきさつであった。

「ペンじゃ力みが入るか。そうか。
力んでいる筋肉を感じ取れるのは、それは、合っている。
……と、したらなあ……。
じゃあ、いちど、武芸から離れてみるがいいや」

宮垣はそう言った。
四郎は、その宮垣の思案の「間」を、珍しくゆっくりと発語までが長い時間を含む「間」を、なにか好もしく思った。
それで宮垣は、四郎に新岐阜の百貨店のキッチン用品売り場へ行ってみるよう、指示したのだった。
「そこでナ、来月3日まで、キッチン用品の実演販売やってるから。見てこい」
いつもは言われた稽古は一人で黙々とこなす四郎である。が、今回はひとごみだ。立ち回りを伴わない人ごみだ。四郎は躊躇した。
どうしたものか、と高橋に相談すると、「キッチン用品か。……僕も行くよ」と返事がかえってきた。

二人して、平日の昼下がり、仕事を抜け出して現地へ行ってみた。
七十ぐらいのキッチン用品会社の社長が、においで専務とわかるおじさんを販売品の会計準備やかかってくる電話に出る役として連れて、対面実演販売をしている。
「あ、珍しく若い人がきた。兄ちゃんたち、寄って。こっち寄って」
社長に呼ばれて、五十代六十代の女性客が三人程度の半円の真ん中ちかくに、高橋は四郎を立たせた。自分は少し端の斜め後ろに立つ。
「料理用品の実演で、二十代が立ち止まるのは、最近、ほぼないんだよ。男女ともに」言いながら社長は、切れ味のよい包丁で鶏むね肉と長ネギをすぱすぱ切った。「料理に興味のある二十代三十代は、最近、とんと見ないね」焼き鳥の串を手早く二つつくって、じっくり片面ずつ焼き上げる。よくある、油のひいてない調理器具。
「え、じゃあ、僕らの属性、ひとめ見てわかっちゃいますか」高橋は不意にそんなことを聞いた。四郎はどきりとして高橋を見た。
見知らぬ人が、まばらに、でさえいるところで、属性を答えさせないでほしいのだ……四郎は身構える自分をじんまりと感じた。さらりと社長は答える。
「二人とも料理をかなりするんだね。兄さんはプロだ。調理師免許持ってるけど、料理人じゃなくてマネージャーだ」四郎のほうにちらっとまなざしを投げて、社長は言った。「こっちのお兄さんは、刃物のプロだが、台所用品はついでによく研がされる人だ。お母さんに、包丁といでって言われるでしょ」
となりに立っている女性客たちが、「ええー」「へええ」と声を上げる。
ひとなかでの実演をなりわいにしている人は、ひとなかで答えうる範疇と秘匿すべきこととを知っているものなのか、と四郎は自分の構えをほどいた。これとおなじ身構えが、父に対して起こる。なにをされるかわからないからだ。なにをされるかわからないことに対して、身構えるクセが、自分の筋肉に学習されているようだった。
そういうことか、と四郎は思った。
「よくわかりますね、すごいなあ」と、高橋は笑った。四郎は眼を伏せた。社長は答えた。「四十年こうして売って歩いてるんだもん、一目でわかるよ」
料理箸の片方がすっと差し出されて、やきあがりの鶏肉を「さしてみて」と言われる。四郎は渡された一本箸を、鳥につきさしてみた。
「あっ」と四郎は小さな声をもらした。「やらかい、テフロンの焼き上がりと違う」ふと調理器具の材質に気づいた。「セラミック?……ですか?」
「そう、セラミック二層構造。鳥の焼け具合だけで、よく気づいたお兄さん」
社長とのやりとりの中で、自分がどういうとき身構えて、どういう局面で構えを解くか、について、四郎は体感覚の確認をしていた。身構えて身をほどく自分が非常によくわかる。なぜかというと、この実演販売の社長は、ひとなかで実演することに慣れきっていて、まったく身構えがないのだ。筋肉の弛緩がつづいた状態でのやりとりを見せられながらだと、対手の四郎は、自分の筋肉の緊張が非常によくわかる。
そう、対人恐怖者は、相手の身構えや気配を取って無意識同調する機能がよすぎて、緊張を相乗していってしまうのだ。
宮垣が「武芸からいちど離れろ」といったのは、武芸という色がついているかぎり、たぶん、ここの自己認識が得られにくいからだった。
武術の構成要素が、いちいち、ノイズになる。そのすべてをノイズキャンセルした状態で、四郎はいま、相手の筋肉の状態、身構えのなさという動作の繰り出しの根拠、すべてを感じ取りながら、自分の筋肉の誤作動を追尾しているのだった。

じれったいほどの遅さの歩みで、今朝も四郎は歩いている。
高橋が親族のところへ行ってしまってから、四郎の生活にはふしぎな静けさが戻ってきていた。話の通じぬ父親や、どこか理(ことわり)のねじのとれてしまった母親や、こころをつうじあう、という行為のできぬ・わからぬ学校周辺と近隣の人間たち。それらから孤絶して四郎は育った、その、もといた位置に戻っただけであった。
本の中に逃げ込むことだけは知っている。
ことばに言いあらわしきれぬ事象群と感情群に、途方にくれることも知っている。
つながるということを知らぬ。

エサに対して「つなぐ」と「なぞる」をつかうということ、は知っている。

孤立と孤独と孤絶を、どのようにすればそれが実現するかを知らず、無意識にそうでありうる属性、として持っている。

つながる、わかりあう、という状態から引いて孤独になる体験があまりに少ないので、「どのようにすればそうなる」か、は、四郎は知らなかった。
自分の根っからの属性として、孤立と孤独と孤絶を知っていた。
「誰も助けてくれない」感は、幼いころから四郎のあたりまえの日常だった。


……その日はどうしてか、虫のこえが聞こえない中で歩いていた。じれったいほどの遅さの歩み。その周囲を、いつもなら、むしの発するおとの洪水が、取り巻いているものだった。
夏は夏のむしのおとがまわりにあった。秋に入ってからは、千草にすだくむしのこえが、夜を徹してのち、朝早くにもきれぎれに、空気をふるわせているものだ。四郎の人生などおかまいなしに、むしのこえと鳥のこえとは、さわがしく取り巻いていたものだった。
それらが今日は、どうしてか聞こえなかった。無音だった。

それに気づいて
(切り離す、ということはしらない。切り離された状態、というのがどういうものかは、しっている)
ふと、四郎はそう思った。
自分の主な成分が、孤独と孤絶と孤立……であるならば、

とん

と、自分の身にはちきれんばかりにあふれた孤独と孤立と孤絶とを、相手にうつしてやるだけでよいのではなかっただろうか。


自-他の立ち位置が対等性を持つかどうか。この点は、四郎はどうしていいのかわからなかった。
「長年使いこんだからには、相当<盲点化>した関数群だろう」、
「反対に、長年使いこんだということは、幼い子供でも使いこなせた非常にシンプルな感情まじり関数を、長年、1パターンで使っているにすぎないであろう」

それが、四郎と他者との関係性における

「ばかのひとつおぼえ」

であった。

先の先を打つ、ということは、この「ばかのひとつおぼえ」でのあたりかたをやめて、先の先というあたりかたを自分のものにする、ということでもあった。


「なにもかも失うより自分から失ったほうがまし」
という、幼少期にはありがちな癇癪も、とりあえず横に置いておいて、先の先を打つ。

………

ふと、そう思った。

(ああ、そうだ)

と、四郎はなにか、晴れやかに空を仰ぐ気になった。
むろん朝まだきの空は、晴れやかでもなんでもなかった。

りきみを伴う必要がないのだ、

とん

だけなのだから。

立ち止まって空をあおいだ四郎の耳に、不意に、

ぴいぴい、ぴちぴちぴちち!!

と鳥の群れの一斉になくこえが飛び込んできた。

朝が完全に、明けようとしているらしかった。


なにかひとつ成し遂げたあと、いちにち、いちにちを、仲良く暮らしていくことは、それこそが困難なことなのだ。イライラする、口げんかする、あいてに感情をぶつける、などなど。この、などなど。が際限なくわきおこる。

おとぎばなしのさいごのひとこと、

「ふたりは、末永く、しあわせに、くらしましたとさ。おしまい」

この一行で物語が終わらせている、日々こそがむずかしいことなのだ。
時間だけが、自分をとりのこして、どんどん先へあるいていく。
いや、時間はむこうからやってきて、あっというまに過去へすぎていく。
自分には自分のできることからはじめるしか、やりようがない。自分のできることをやりつづけ、工夫してつなげて超えるしか、やりようがない。


「『幼女戦記』読んだことある?」ふいに奈々瀬が聞いた。
「ちょびっとだけ」珍しい本を読んでいるものだな、と四郎は奈々瀬を見た。高橋も奈々瀬も、それなりに文字と漫画とアニメと動画かいわいを渉猟している。そして、四郎と話すとき、それらの話題を出してくる。
「あの話の中の会話の進み方って、互いの思惑が真逆とか、かみあってないとか。いかにも、よくありそうな“かみ違え”で、話が進んでいくじゃない?アレ」

「ああ、うん」
そう、現実において、話はかみあわない。
互いの頭の内側の前提が共有されない、互いの背景が共有できない、互いの価値観は共有不能、互いの世界観は推測不能!

「会話してる同士の心が通じる幻想とか、一体感幻想とか、私も持っちゃうクチなのよね」

奈々瀬が『幼女戦記』の話をするかと思いきや、それは「話のかみ合わなさ」の例示でしかなかった。
四郎は一瞬、何を言われているのかをとらえ損ねた。そして、この身体情報読みの奈々瀬においてさえ、心が通じるとか一体感とかは幻想であるという話をされている、ということに、二秒して追いついた。
身体能力の高さと不釣り合いなその「のろさ」に、四郎は唖然とした。
「え、あの、みんな通じとらんの? 俺レベルで?」
「そう、たぶんそう」
自分の会話理解は「のろい」のだ。四郎はそのことに愕然としていた。書物からのインプットが、一切のアウトプットを伴わずに行われていたため、それは「要約」や「いいかえ」など、他人への説明・うけわたしの技術を伴うことなく蓄積されていたにすぎない。
そして、人間との対話はほぼ、義務教育と高校教育を受けている間、行われてこなかった。

「会話」を、今日ただいまから、練習しなくてはならないのだ! 理解と投げかけのスピード感も含めて!

「ああ、それは、すればいいだけの話だから」奈々瀬は軽々と言った。「会話も、今まで使ってなかった筋肉を使い始めるって意味で、最初から無理させちゃいけないから」
「うん……」
「でもね、四郎、私かなり心が通じる幻想とか、一体感幻想とか、持ってるって話したじゃない? だからね、ほかの人に対して、“言ったら言った通り、やりなさいよ!” なんて勝手にいらだってること、あるのよね」
「え、俺にも?」
「四郎にはなぜだか、思わない。すぐできることと、できるわけがない分野のことは、一応私の中で、理解ができてるから……かもしれない。高橋さんにもそう。あの人は、察して追随するって能力が突出してるから、たいていのことが、小器用にできちゃうのよね。ちょっとつらい能力だと思う。
ほかの人には、お父さんと私の間で心地よかったスピード感というか、一致感というか、そういうものを、ものさしにしちゃうのよね。居心地の悪さだけ感じちゃうから、思い通りにならない不快感を感じちゃうんじゃないかしら。言って聞かせても、やってみせても、ほめてみせても、人は動かじ、ってあたりが、真実なのにね」

「そうか……」四郎は何か、父との間柄のとらえように、ひとつ客観性が増したような気がした。四郎のほうからみた父は、言葉を尽くしても、接し方をあらためても、動かなかったのだった。父のほうからした四郎もまた、無理なことを要求されていた。

「お父さんのこと、考えてる?」
「うん」
「日常生活で、お父さんと触りあわない環境を作ったほうが、いいと思うわ」
「うん」
四郎は、返事が生返事のようだ、と自分で感じた。奈々瀬もそれは、感じ取ったようだった。
「何から離れたくないのかしら。お母さん?」
「いや……」四郎は、何から離れたくないのか、という画期的な質問に、怖じ惑った。離れたくないもの、それは、家でも母でもなかった。まして道場では、さらさらなかった。そして、普段はすっかり忘れていたりする、都合の良いものであった。
「……くすのき」

「……ああ……」


本当に難しいのは「先の先が打てるかどうか」などではない。日常生活において、他者をモノ扱いせず、他者をヒトとして遇することを、局面、局面において問うていけるかどうか、のほうだ。

イベントが重要なのではない、イベントの終わった後のいちにち、いちにちが難しいのだ。
ハレとケでいえば、せんのひとうち……とは、単なる何らかの祭りのようなハレが瞬間に通り過ぎるものだ。ケの連続に耐えられることが、ほんものの英雄性であって、「峰の先祖返り」たちは、そこをやれないのだ。

それだけ、のようだった。


徹三郎が不意をうたれたのは、またもや
……またもや、というのは、前と同じ襲撃場所を選ばれた、ということだった。しかもそれが成功した、ということだった。

母屋の、広めの廊下でだった。

一人息子の徹志が大学受験の準備をしようというときに、「それ」は一足半にさらに半足をたす距離から、こちらの間合いに滑り入ってきた。
滑り入ってきた、というのは、古流の太刀小太刀組打で教えてはいない、たとえば中国拳法の縮地や、自顕流の初手のとどめのようなものに似た入り方をされた、とでも言っていいことだった。

長い長い峰と嶺生とのひとごろしの歴史において、「峰の先祖返り」は、伝人資格をうんぬんするより以前の、「人として教育不能」な、「できそこない」ども、でしかなかった。
その「四番目」もまた、十九はたちで早々に地域のひとびとを殺しまわりはじめてしまう「はずれの惣領」であって、「それ」が例外であろうはずはなかった。にもかかわらず、「それ」は一足半でとどめの間合いに入り、何かの原稿を印刷しなおした校正刷りの束でもって、


とん


と、徹三郎の胸腺をななめに打った。
そして、打ちもしなかったように、なにごともなく徹三郎を置き去りにして、通り過ぎていった。たぶん、高橋の車でそのまま帰った音がした。


伝人口伝には二つのことを問いかける。曰く、
ひとつ。何のりきみもないこと。
ひとつ。命をとりきっていること。              だ。
徹三郎の胸に去来したことばは、


以て瞑すべし

であった。

―終―

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!