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そうだ、親友のおじさんに手伝ってもらおう。ーー秋の月、風の夜(25)

忙しい中で五分だけと断って、高橋は店の外に出て、さきほど直通を聞いておいた捜査責任者に電話を入れた。
「有馬先生のさし絵担当の高橋ですけど」
聞き出す内容は、今日ぶじに、事情聴取と実況見分が終わったかどうか。
こういうとき、有馬先生や四郎に事実確認をしてはならない。あくまで警察にがっつり聞かないと、当事者は主観にまみれて事実関係の深堀りができないものだ。時間があれば彼らに連絡するていどの劣後事項あつかいでいい。

「えっ、明日も?何が長引いてるんです?」
聞いて高橋は、額に手を当てた。有馬先生より和臣先生より、四郎の実況見分が終わっていない。そりゃそうだ。ついつい指で、自分の頭蓋骨をトントントントンと叩く。

「それって、動きがよくわからないってことですか。たとえば組手の相方が入って再現できればいいとか?
……本来、逮捕協力で表彰モンですよね。どうしたら明日の午前中で終わらせることができますか。

ってのは、僕達すでに半日、有馬先生の次の原稿ご執筆の打合せを、捜査協力のお日にちに譲ってしまっているんですよ。

このままだと来月号休載に追い込まれます。前代未聞ですよ参りましたーー。
たとえばですね、動きの記録が十四名分約十分ずつですめば、二時間ちょっとで終わりますよね?実況見分調書と現場見取り図その他の効率的な作成が問題なんですよね?」

騒いでみる。このぐらい押さないと、たぶん放免してもらえない。

むこうの言い分を聞きながら、高橋はふと閃いた。
「それなら仮に、嶺生(ねおい)四郎の所属道場の師範が、実況見分に参加することは認められますか?録画を見りゃ、動きを再現できる技能は持ってますから、記録の作成には、大いに貢献すると思います」
ぺろりと半分舌を出して、淡々と相手の言い分を聞く。

「はい、はい本人今ちかくにいます。嶺生四郎のおじ、父の弟です。しばらくお待ちください」

店の中に半身入り、奥の康三郎に手招きをする。康三郎は店の外に出、高橋の話をきく。
「康さんさあ、唐突なハナシだけど。四郎が有馬先生の稽古先の道場トラブルで逮捕協力して、警察の実況見分終わってなくて。相手が十四人なんで記録取りと書類作成に時間かかっちゃってるらしいんだ。効率よく終わらすために、明日の朝大津に一緒に車に乗ってって、つきあって貰えない?僕が撮った録画があるから見て、現場の道場の実際位置で、入り身とか足払いとかの記録用の再現説明」

「うわ」康三郎は急に、四郎に気もちが貼りついて離れなくなっていた時の目の色に戻った。「四郎留置所?」
「ちがいます」高橋は眉間にしわを寄せて睨んだ。
「代わって」ひったくるように康三郎は電話をかわり、
「もしもし、四郎のおじですが。どんなふうにしたら、四郎ゆるいてもらえますかな」とつっこんだ。

みなまで聞かずに、「明日朝一番で顔出しますでえか、あんまり厳しいせんとおいたってください。まだほんの十九歳やもんで。はい、はい、よろしくお願いします」と、頼みこむ。

電話は切れた。
「あれ、切れちゃった?」高橋はスマホを取り戻した。「まあいいか。ごめんね康さん、樟涛館(しょうとうかん)の剣道教室にさしつかえるよね」

「いや、四郎さまが道場より何より大事やで、俺の命より大事やで」
「……さま?」
「……ええと」もぞもぞと言葉をにごした康三郎は、重ねてそっと高橋に聞いた。「なあ、手錠かけられたり警官にいじめられたり、しとらんやろうかーー」
「ないです。あ・き・ら・か・に・妄想です。僕の親友を、脳内で勝手にいじくるのやめて」
ツカサで対策したことが無意味なぐらい熱がこもる康三郎に、高橋は切り返した。
「すっぱいなあ、康さん」
「む……」康三郎は苦い表情で口を結んだ。シャープなあごがいっそう男前だ。

高橋はそっと釘をさした。
「四郎に目の色変わっちゃうとこ、ツカサには、見せないでやって」
「すまん」

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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!