見出し画像

いつも、手をつないで。ーー秋の月、風の夜(57)

四郎にどういうところが好きかとか、かっこいいかとかを、全部説明してあげるつもりの奈々瀬だ。
高橋には、ただ黙ってゆだねていると、思いもかけない体験へと、さらわれるように連れていかれる。
そして、ふたりともにドキドキしていた自分に、奈々瀬は圧倒されていた。
でも、今は四郎だけが自分にドキドキしていて、自分は妙に落ち着き払っている……

奈々瀬は黙って、そっと四郎の近くに、手を投げ出してみた。
バックミラーでそんなしぐさがキャッチできたからか、高橋が「今日は思う存分、後部席で仲良く、いちゃいちゃしてくれ」と念をおす。

「ええーっ、はずかしい……」
奈々瀬が真っ赤になってうつむいた。

やっと四郎が奈々瀬の手に、ふれようとしたとき……
車は、駐車スペースに停まった。

「……っ、ごめん、俺反応おそい……?」
四郎が二人に聞く。

「遅いというより、いろいろ考えて苦しいかな。ぐるぐる回っちゃうよな」高橋はそんな風に言って、キーを抜く。
「そうねえ……何、考えちゃうの?」奈々瀬がたずねた。
「ええと、手にぎってもええんやろうかどうやろうか。それに俺おちついとれんで、えらい恥ずかしい」

「落ち着かなくて、ドキドキする、私も。でも、四郎がもし手を握ってくれたら、私うれしいな。払いのけたりしない」

「ほんと?」
「確認したら、大丈夫そう? 逡巡せずに握ろう」高橋は、笑いをかみ殺しながら、真面目にこたえた。

「俺、ばかすぎる?」テストでいい点をとれない小学生のように、四郎は高橋にきく。
「ううーん、ばかじゃない。ご先祖さまと奥の人が、生まれた時から体の中にわんさかいる前提では、無理もない。でも昨日あんなに恫喝して釘をさしたからには、みんなおとなしく協力してくれるはずだから、反応を速くしても大丈夫じゃないかなあ」
「そうか……」
四郎は「もうちょっと、はよするでな、遅かったら言って」と、高橋と奈々瀬に頼んだ。

自動車を降りたら、四郎は今度は、奈々瀬の手をつないだ。
「うれしい」と、奈々瀬が言った。
「うれしいんか、手つなぐの」四郎は奈々瀬に、確認する。

「うれしいの。いつも、つないで」
「……わかった」


次の段:カレの服選びから行ってみましょう。ーー秋の月、風の夜(58)へ 

前の段:気もちをごまかして生きる訓練はまずかった!しくった。ーー秋の月、風の夜(56)へ

マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!