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何の花が好き? と、メールで聞いてはみたものの。 【物語・先の一打(せんのひとうち)】44

宮垣のところを辞去して、社内の打ち合わせを終え、なんとか定時で仕事を終わる四郎だった。明日の予定の組み立てはできている。実績記録の日誌は家へ持ち帰ることにした。

宮垣といろいろ話をした帰りに、ふと思いついて奈々瀬にメールを打ってあった。

——何の花が好き? もし好きな花教えてくれたら、時間があったら花屋で見て帰る。

一行半。

たったの一行半。

この一行半に十六分の推敲をした。すなわち、花見の花と勘違いされて桜や梅などの回答が帰ってきそうな余地をどう防ぐか。高橋雅峰の日本画の画題と勘違いされて桔梗竜胆女郎花などの秋の花や連綿たる春の野原の話題に飛んでしまいそうな余地をどう防ぐか。時間がとれなくてがっかりさせる危険性をどう防ぐか。花屋に寄れなかったら。花屋で適当な花を見いだせなかったら。云々。

はあはあと少々荒い息をついて推敲を終え、メールを打ったときには、

——あら、あんた面白いもの書くのね。

と言ったカルメン・バルセルスが自分の横で大笑いしているような、そんな気分ではあった……かえってすがすがしかった。

一行半に十六分の推敲を入れるほど、自分はこのたったひとりに……ほかならぬ額田奈々瀬に……嫌われたくない。きらわれたくないのだ。好かれていたいのだ。ああ、どうしてここまで関係性を一心に保とうとするのだろう、どうしてここまで希望と期待を捨てられないのだろう。

高橋に奈々瀬をゆずってしまって、ひとりでどこかへ姿をくらまそうと思うほど、苦しむのに。

花は一輪でいい。

なぜだかそう思った。

そしてどきどきしたことに、

……メールの返事は、夕方にさしかかっても、なかった。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!