黒い服を着なければ外に出られない日のこと

 黒い服を着ることに理由があるなんて考えたこともなかったけれど、半ば急ごしらえの実存を無理矢理に抱きしめるような感じで、この文章を書いている。まるで、すべての窓を開け放った真夏の部屋みたいな才能、炎天も夕立も蜩の静けさも全部正面から酔いしれる、生活の塊みたいな才能に弾かれる感じで。表現も人生もピンボールだ。大きななにかにぶつかって、自分の物語を獲得していく。

 黒い服を着るやつは、夜を着てるんだよ、と、言ったのが誰なのか忘れた。贈り主のわからない、貰い物みたいな言葉が自分の中にはたくさんある。言葉も、色も、ほんとうは自分だけのものなんてなに一つない、だれかの放った言葉や色が、自分の中に根を張って、何食わぬ顔で咲いている。

 なのに。

 子どもの頃に描いた絵は、誰も知らない色を見つけようともがいた爪痕のようなものに似ていた。空は青で、雲は白、周りの子供がそうやって描いているのがなんとなく嫌だったのか、空を描くために黄色の絵の具を使い、立体感が欲しくてオレンジを足した。黄色とオレンジは家族だから、緑か青を入れてやらなければ窒息してしまう。赤い方面に手を出していないので次はピンクにしようとか、その次は灰色、のような感じで、カウンターのためのカウンターを重ねながら筆で紙面を引っ掻いた。

 最終的に、空はあの、ものものしい色に染まった。

 絵の具だから、質感があった。圧があった。色という、単なる平面に与えられた特性だったものが、れっきとした空間に、成長したみたいだった。小さな机に奈落の底。ピンクや緑の亡霊の声が、今にも聞こえてきそうだった。

 全ての色を混ぜると黒になると、知ったのはその時。光は白くなるのにね、と随分後に思ったけれど、その間の期間、それから今までも、僕は笑ったり泣いたりしてきた。感情にもきっと色があって、だから僕自身もそれなりに青くなったり赤くなったりしてきた、ということになるけれど、それらがたまりにたまって黒くなるのだと、なんとなく今は思う。

 黒を着なければ外に出られないと思うのは、きっとそういう日だ。

 朝起きて、もう一度眠るつもりで、黒を着るときがたまにある。なんでもないブランドのタートルニットとユニクロの黒いジーンズ。雨の日が多いけれど、晴れている日もあって、決まって髪は伸びている。そういう日の黒は優しくて、僕は、まるで誰にも当たることのない弾丸みたいに、街を飛び抜けることができる。

憧れの森の中 歩いてるけど目は閉じたまま

 部屋の扉を結び目に、一日かけて黒い輪を作り、枕の上で夢を見る。黒い大きな帯が、雨の街を、ゆったりと優しく包んでいく夢を。




#小説 #エッセイ

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