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NO.51 バッハの《クリスマス・オラトリオ》を聴く季節がやってきた

12月になると《クリスマス・オラトリオ》が聴きたくなる。

僕が初めてこの曲をちゃんと聴いたのは2015年の12月。ヘレヴェッヘ指揮コレギウム・ヴォカーレによる1989年の演奏だ。

その時僕はこんな風に書いている。

「祝祭的な喜びに満ちた冒頭の曲の軽やかなティンパニの連打を聴いていると、信仰とは関わらず少し浮き浮きした気持ちになるのは、年の瀬のもたらす魔法だろうか。

たとえこの世は浮かれている場合ではないくらい愁いに満ちていても、少なくともこの音楽を聴いている時間は美しく敬虔な感情に身をまかせることができるのだ。」

それから8年が経ち、コロナの時代があり、ウクライナでの戦争は終結する事なく、イスラエルでの戦争では「民族浄化」という言葉さえ聞こえ、国内政治は一層混迷を加え、世界はもはや末世かとさえ思う程だけど、ニュースではどこの番組でも大谷翔平がどのチームに行くのかを予想する事で浮かれていて、愁いは増すばかり…

そんな日々の中、昨日は終日バッハの《クリスマス・オラトリオ》を小さな音で流しながら自宅で仕事をした。

演奏はアーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる2006年の録音で。アーノンクールらしい明晰でキビキビとした劇的な音楽の運びが嬉しい名演だ。

年末にかけて、せめてこの曲を聴きながら、しばし浮世の愁いを(忘れる事は難しくても)少し払いたいと思う朝だ。




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