生きていなければいけないって義務感・責任感だけが僕をつなぎ留めてます…

たまたま診断メーカーで出てきた言葉が…僕の信念と合致したから、こんな話をする。

突き詰めると、そうなんだよ。

いや、死んだほうが世のため人のため…控えめに言っても、俺が死んでも明日明後日困る人間は別にいない。

だから、もし死ねるならさっさと死にたい。

ただ、この国では自殺すると止められるか、未遂だと医療費やら周囲からの追求でかえって制約されるし…かと言って、安楽死も認めてくれない。

…そういうものがさっさと認められてるなら、23歳で、心も体も仕事も何もかもがダメになった時点で…多分死んでる。

社会制度に生かされてるのかもしれない。

でも、そこに恨みしかないし、むしろ社会に「生かさず殺さず」にされた人間だからねぇ…そんな僕にとって、生も肉体も欲求も規律も牢獄しかない。

生きていることを楽しめるやつなんか限られてる。

そこから、就活に失敗した22で?いや、受験でろくなところに入れなかった18歳で?

…いや、もっと前。

それは多分毒親持ちで、転勤族の親がいるという「頼れる人を積み上げづらいハードモード人生」の時点で…あるいは、発達障害で、突き抜けてる部分のIQが130以上なかった時点で…加えて、20代でレールに乗ってなかったら何十倍も努力しないと日の目を見ることすら許されなくなるこの国の社会構造では…僕は人生を楽しむ側じゃなかったんだろうね。

「どうやったらうまく行っただろう」

と考えて泣くことも昔はあったよ?

でも、うまく行ってもはみ出し者になっただろうし、そもそもほとんどのケースで自分という人間は人生が楽しめる側に行くことはない人間だってことしか考えても考えてもわかんなかった。

人生には「ゲームオーバー」はあっても、「ゲームを終わる権利」はない

本当に、テレビゲームだったら「ゲームを辞める」という選択肢も常にあるんだけど…人生にはそんなことがないんだよ。

泣き笑いしながら「生きていなきゃいけない」と言うのは、そういうこと。

泣いているのは「勝てもしないゲームで勝つか、降りるには失敗した時のことを一切合切考えない無謀さがない人間にとっては生きていることこそ地獄」だから。

笑ってるのは…そうだなぁ〜「僕の性格が悪すぎて、開き直っちゃった」から??

僕のことをいいやつだと思ってる奴がいたら…それも正しいよ。
自分の会話のできるやつ…愛情とか趣味とか思考とか…そういうもので繋がっていられる人間にはとことん優しくありたいし、とことんカリスマでいたいから僕は性格がいいよ?

それを美意識と呼ぶのか、自意識と呼ぶのか、宗教と呼ぶのか…知らんよ。
ただ…「尊敬している人、自分と価値基準が似てる・共感し合える人には嫌われたくない」んだよね…。それは自分よりも自分な部分がある人、もしくはなれないけどそうありたかった自分に嫌われることだから…遠回しな自己否定・自己矛盾ということになるから。

自分大好きマンと言うよりは…自分が自分に幻滅しすぎない、自分で自分を見捨てない程度の自己肯定だけはキープすることで自己を保ってるんだと思う。

自分が、勇者じゃなく魔法使いでも、武器屋の主人でも、スライムでも…そう生まれちゃった以上、そしてそのゲームを投げ出せない以上は自分を最低限度好きでいること…この役柄の人間が幸せになるために考えること責任感ぐらいはあるんだと思う。

「生まれてこなければ本当に良かったのにね」

なんて詩があるけど…それの責任をしょうがなく果たす…果たすための倫理感を維持するために、自分は優しい人間を、性格のいいやつをやってる。

表面上の性格が悪いとか、友達がいるとか…同じ趣味のやつに好かれてるとかってのは…最低限度それをやっておかないと「自分のことがもっと嫌いになる」「もっとありたいという自分が目指すところを見失って壊れてしまうから」なんだと思う。

…心理学や哲学で…こういうアガペではない…深層心理ではエゴに近いけど、表面上はエゴとも似つかないそれは愛の形をなんていうのか…そもそも、アガペなんてものは実在するのかはどう議論され、解釈されているのかは僕はよく知らない。

いや、僕が知らない程度には世の中に説明できてないから、そういう学問ってホンマにクソやな、発表させない社会やテレビはもっとクソやな…とさえ思ってるけど、最も根源的なところだからきっと議論ぐらいはされているのだろう。議論すらされてないなら、僕ですらそういう人よりも優秀ということになっちゃうからされてないと僕がそういう人達になんで負けてることになってるのかという理不尽に苦しむから議論しててほしい。

じゃあ、性格が悪い方では何を考えているか?

キレイな言い方をすれば、このゲーム…つまりは、人生を楽しむためにどうしたら良いかを考えてる。

いや…この言い方はキレイすぎるか。

・自分が楽しむ側に入ることで、誰を蹴落とすか
・自分を生きづらくしてきたヤリチンやバカ女をどんな立場になれば、彼らのプライドを辱めて、自分の復讐心と被害者意識が供養できるできるだろうか…。
・どのような価値観を浸透させ、どう生活することが…さんざっぱら僕を生かさず殺さずにしつつ、全面的に否定してきた社会と規律を最も否定することになるだろうか。

サドかマゾかというと…どっちでもあるんじゃないかな?

ただ、共通しているのは「思考すると不安になるから、快楽・興奮・カラダの感覚が冴え渡るほどの極限でいられるかどうか」だけを考えてる。

そういう意味で僕はセックスもデートも好きだよ?
目の前の女の子をどうしてやるか考えてたら他のことを考えられなくなって、僕は僕をやめられるし、そこに共犯関係が生じる限り、その時間は覚めない夢でいてくれるから。何を愛と呼べばいいかがわからないから「愛しているか」と聞かれたら困るけど…一緒にいると不安がなくなるほど夢中でいられる相手のことは特別にいじめたくもなるし、他の予定を無視してでもそれだけに熱中していたい。

そんで、その願望の中で「いい人スイッチ」が入らないで…それこそ、オモチャで遊ぶ子どもみたいに余計なことを考えないで遊んでしまうスイッチを入れてみたい気持ちはあるんだよね…。
「いい人スイッチ」が入っちゃうと自分が愛とか女性にどう接してわからないことがそのまんま自己嫌悪になったり、欲が(美・自)意識に負けないようにバランスを取ることができなくなった時に敗北感・後悔を感じて辛いから、ホンマにぶっ壊れてもいい何かをほしいんだろうね。

そういう意味では「人体実験感覚で、恋愛とセックスをしたい」願望なんだろうなぁ…それもサディスティックな意味よりもむしろ…お酒やタバコのように消費する感覚で。


そういう意味では、ブログを書く、ネットを見ながら意見を書くのは好きだよ?
形にしている時は他のこと考えなくていいから。いいものができると、周囲がどう思うと勝手に高笑いして、勝手にドーパミンなのか、アドレナリンなのかよくわかんない脳内物質が出て、興奮できるから…。

他の世界でどれだけ偉い人でも、ブログとなれば潰せるから。

いい人であろうとなかろうと…つまり、リミッターに悩むことなく自分でいることそのものが人から認められるし、自分でいることに否定的な人間を強い意志で突っぱねられるから。


こういう心理…心理学とか哲学だったらなんて言うんだろうね?
「現実逃避」とか「昇華」でも説明できる気がしないでもないんだけど、もっと細かいニュアンスで言い当ててもらいたい感じはあるなぁ…。


だって、特に女の話については…現実を逃避はしてないんだよ。

むしろ、
お金がないなど諸処の事情→モテないという結果→生い立ちやネット上の著名人が言ってるクソみたいなミサンドリー発言・勘違い発言で虐げられている感を覚える
って現実に対して
好きでもない人間を言いなりにしてやりたい放題して虐げ返したいから、お金とかモテのことも考えたい。性格が悪い・悪趣味なことを自覚してもなお、そう言い続けることでかろうじて資本主義や生物学的な序列と向きあおうとしてる
これは、現実逃避か?


もう一個の「現実社会で話を聞いてもらえない・関わることができない人を、ネットの言論・ブログ収入・ブログを書けなかった日でも寝て起きた時に収入が発生しているという会社員・経営者には決して味わうことのできぬ安心感を達成することで、彼らを超えたい」は昇華だと言えなくもないよ?


でも、前者は処世術のためにしょうがなく作った…あと一歩踏み外したらほとんどジャック・ザ・リッパー同然の動機の執着ってホンマに「現実逃避」なのか?
むしろ、マジック・リアリズム的とかに近い部類…嘘みたいな話がむしろ緻密な現実を捉えてしまっている状態にこそ近い話なんじゃないか?


話を終わらせよう。

僕はね…生き続けなければならない以上、義務感とか責任感で「生きていても許して貰えそうな自分」を維持して、性格の悪い自分を強引に作って「お金と性と序列社会に復讐したい願望」みたいなものを作ってかろうじてゲームに参加してるわけです。


これを「しかたなく生きてる」と言わずになんといいますか!?

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三沢文也

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