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箕輪編集室での1年。


7月4日ちょうど今日で箕輪編集室に入って1年らしい。なので全力で振り返ってみた。

将来『前田高史』という本が出版されるなら、間違いなく「箕輪編集室での1年」は大見出しだ。僕にとって人生の大きな転機になった。そして、今もまさにリアルナウ転機。箕輪編集室はいわば僕にとって第2の任天堂。デザインが好きでたまらない僕がおもいっきりフルスイングできる場所だ。

1年前、箕輪編集室がデザイナーを募集しているというので入ったみた。僕は「躊躇しないキャンペーン」というのを掲げていて、臆せず興味持ったらやってみる。そういうことをやっていた。幻冬舎の箕輪さんという人がサロンを始めるのはイケハヤさんのツイートで知っていた。「編集室」ということなので、気になるけどデザイン関係ないと思っていた。ある日、ロゴを作りたいからとデザイナーを募集していることを知り、箕輪編集室に飛び込んでみた。

箕輪編集室のFaceBookグループに入ってドキドキしなから自己紹介をした。そして箕輪編集室のロゴ案を3案くらい投稿した。でも、あんまり反応なく…その前にデザインした人の案を絡めてデザインしたけど特に交流は生まれない。箕輪さんはたしかセブ島に行ってた気がする。多分見てない。いつのまにかロゴが決まっていて、これまでロゴ案を作った人に敬意と経緯がなく正直「なんじゃそれ」ってなった。まぁ、でも、それはいいデザインが提案できなかったんだと思う。

設立当時の箕輪編集室は今とかなり違ってコミュニケーションが消極的だった気がする。おそらく、メンバーにとって「編集を学ぶ場」だった。質問スレッドがあって、箕輪さんが本や編集について教えてくれる。今から思うとぜいたくな話だ。僕も装丁について質問したら丁寧に答えてくれた。僕もサロンは学ぶ場としての認識があったのだろう。「月5,940円を元を取らなきゃ!」というせこい考えだった。2ヶ月くらい過ごしたら、もう辞めてもいいかなと考えていた。

そうするうちに箕輪さんから「電子書籍を出そう!」というプロジェクトがスタートした。以前から知人であり、仕事仲間の浜田綾さんが編集リーダーとして手を挙げた。noteの有料コンテンツ「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」の電子書籍化だ。浜田さんなら力になりたいし、コミュニケーションとりやすい。どうせ入ったんだから何かを残したいからデザインで関わることになった。

箕輪さん、イケハヤさん、はあちゅうさん、渡辺さんのラフの似顔絵イラストをパパッと描いて、投稿した。箕輪さんが「おもしろい」とのコメントがきてうれしかった。これがデザインに対するはじめての箕輪さんからのコンタクトだった。その後、箕輪さんがそのラフをツイートしていた。その時は「ええ!!」と困惑したが、後になって「アップデート主義」「観客を共犯者にする」という考えを理解した。こうやってあたらしい考え方を実践とともに吸収していった。

この「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」はいろんなプロモーションバナーをたくさん作ってTwitterで展開した。浜田さんと宮本武蔵さんと僕とで3人で嫌われ者のTwitterアカウントを盛り上げた。仕事ではない、チームでやるプロジェクトは想像以上に楽しかった。今まで培った経験をどんどん盛り込んだ。箕輪さんが「君たち、どんだけクリエイティブなの?」とコメントくれた。1年間やってきて。箕輪さんからのリアクションでこれが一番うれしかったコメントだ。このプロジェクトでやりきった感があったので箕輪編集室を脱退した。やっぱり、自分のことがんばらないという焦りが生まれたから。人のためにがんばってる場合じゃないって。この時の僕はほんとにギブ&テイクの世界で生きていてお恥ずかしい。定例会が豪華だから、元が取れると本気で思っていた。重ね重ねお恥ずかしいかぎりである。

その後、「波の上商店」の森さんからのHPを作りたいとお声がかかった。森さんは初期から僕のデザインを理解してくれていた一人でうれしかった。その時は箕輪編集室でというかお仕事として。zoomで打ち合わせ。箕輪さんとちゃんとしゃべったのはこの時がはじめてだった。前日に木内くんとキンコン西野さんのイベントで会ったことを伝えると「キウチって誰だっけ?」と言っていた。箕輪さんのデザインのオーダーは明快だった。「CORKみたいなおしゃれじゃなくて、海のそばにある何売ってるかわかんない怪しいお店。」非常に面白いオーダーでデザインするの絶対楽しいと思った。それに、今の箕輪書店に通づるものがあっておもしろい。この打ち合わせはかなり高揚した。そして、その後一緒にHPを作っていた浜田さんにも説得され、箕輪編集室へカムバック。もう一度この高揚を味わいたかったのかもしれない。そして、それをきっかけにだんだん箕輪さんに惹かれていった。

このあたりから、箕輪編集室でのデザインはとにかく作りたくてしかたなかった。自分が何より楽しいから。もっとバットを振りたい。『モチベーション革命』や『東大から刑務所へ』販促ポスターとかかなり実践的だった。15年所属していた任天堂はソフトコンテンツ会社それの販促をずっとやってきたそういう面でも箕輪編集室と僕の相性はすごくよかった。

箕輪編集室で箕輪さんにふれるにつれ、考えや人間性に惹かれていった。そして、箕輪さんの親友たち、前田祐二さん、キンコン西野さん、箕輪さんの本のち著者たち、定例会のゲスト。箕輪さんがいろんな優秀な人の原液を吸収するように僕も吸収してる。いろんなすごい人には、共通点がある。ワンアクションでみんなが幸せになることをごく自然にやっている。この考えは今すごく自分の中で活きている。

箕輪編集室にいるということは、箕輪さんを通じて、TOPで旬のアウトプットとインプットを繰り返せるということ。箕輪編集室はビジネス書2.0だと思った。ここでバット振るだけで完全にたくさん良質な体験をもらっている。だんだん恩返ししたい気持ちになっていった。今度は箕輪編集室を良くしたいと考え始めた。デザインで箕輪編集室をよくしたい。2018年になって運営チームができてから箕輪編集室は一気に加速する。できるかぎり、箕輪さん、箕輪編集室のブランドを考えデザインしてきたつもり。ライターチームと映像チームが異常な稼働をはじめ、相当刺激を受けた。いつのまにか月額いくら払ってるとか、元取るとかまったく頭から消えていた。1年間のデザインを振り返ろうと思ったけど、あまりにも数が多すぎて振り返りきれなかった。とにかく夢中にデザインした。そして、自分のオンラインサロン「前田デザイン室」を作ることも箕輪さんは快諾してくれた。

4月末GWに箕輪さんからデザインチームに依頼が来た。「NewsPicks Book1周年」のキャンペーンのデザインだ。スケジュールはあまりない。大変だ。でも、箕輪さんからの信用を感じうれしくなった。やるっきゃ騎士。そして、超バリバリプロの平岡さん、ガッツあるカズさん、谷下さん、デザインチームで成し遂げられた。1年の集大成だった。このプロジェクトを期に一気にいろんな人に会えるようになった気がする。箕輪さんがいろんな人と「熱狂」でつながっているというのはこういうことだろうか。箕輪さんが佐渡島さんにタクシーの中「NewsPicks Book1周年」の件を話してくれたことをきっかけに、佐渡島さんから声をかけてもらい、コルクと前田デザイン室のコラボが決まった。箕輪さんが「どこに所属してたじゃなく、なにをやったか。プロジェクトを語る」というのはこういうことなのかな。「何をやったか」を残せば、どこかで語ってもらえ伝搬してゆく。

まだまだ語り尽くせない漏れている大事なことがたくさんあるが、キリがないので閉めます。箕輪編集室での1年はとにかく前田高志という人間をむき出しにしてくれた。これは決して自分ではわかりえなかった。感謝しかありません。ありがとう!箕輪編集室。

前田高志


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