7/29 くさいものを人に嗅がせる

 先日、台所でコーヒー粉をぶちまけてしまったのを掃除機で吸ってからというもの、掃除機をかけると、排気口からコーヒーの香りがするようになった。少し埃っぽいコーヒー粉の香り。埃コーヒー。すぐに、先日のダメダメだった自分のやらかした一連の出来事を思い出す。『香りは記憶と直結している』……って、これは少し違うか。

 決していい匂いではないのだけれど、ついつい何度も嗅いでしまう匂い、というのがある。長時間巻きっぱなしにしていた指先の絆創膏の匂いとか、汗くさくなっているのにそのまま数時間放置してしまった衣類とか。嗅いだら、「うがっ!」ってなるのがわかっているのに、においのもとを鼻先に持っていくのを繰り返してしまう。本能では惹かれているのか? フェロモン的な? それとも、怖いもの嗅ぎたさ?

 そして、そういう類の匂いは、わたしは身近にいる人に共有したくなる、ようだ。被害者は主に旦那さん。「ねぇ、これくさいよ~、嗅いでみてよー」と誘ってみる。が、大抵の場合、丁重に断られる。曰く、「何でくさいとわかっているものをわざわざ嗅がなくちゃいけないんだ」。ごもっとも過ぎて何も反論できない。でも、その臭さを共有して、いっしょに「うわー! 本当にくさいー!」と分かち合いたいのだ。その気持ちをわかってもらえなくて、と、においを分かち合えなくて、さびしい。

 昔、書店バイトだった頃、大量の雑誌付録を雑誌に入れ込む処理を頑張っていたら、汗をかいて、自分の汗くささが気になった。狭い空間で、いっしょに作業していた大学生の女の子に「ごめんね、わたし汗くさいよね」的なことを言って謝った。ら、その子は、わたしの胸元に顔を近づけてくんくんと嗅いだあと、「……ゆずっぽい香りですね、くさくはないです」と言った。そして平然と作業に戻った。わたしは、その子の顔が突然至近距離まで近づいてきたことも、汗くさいと言っているのにもかかわらず直接近くで嗅がれたことも、汗のにおいが「ゆずっぽい」と言われたことも、結果「くさくない」と認定されたことも、全部予想外で、びっくりして、混乱した。その子は、かわいくて、おもしろい子だった。元気にしているだろうか。

 わたしが人からくさいものを「嗅いでみて?」と勧められたら、どうするか。言ってきた人が信頼できる人で、対象物が判明している場合で、そのにおいがある程度推測できそうなら嗅ぐ、だろうか。対象物が不明で、どんなにおいがするかまったく予想できず、の場合、言ってきた人との関係性にもよるけれど、多分嗅がない。本気でくさいにおいって、殺傷能力(までは言い過ぎか?)あると思う。実際、わたしは魚の腐ったにおいを嗅いだら、数時間は体調崩して寝込める自信がある。

 そういう意味では、「くさいの嗅いでみて?」と言われても嗅がない旦那さんは、自己防衛能力が高い、とも言える。安心だ。……って、あれ? わたし、かなりひどいことしてる?

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