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24.  せめてイブくらいは


 そりゃあ、わたしは三流だし、プロといってもぎりぎりなのはわかっているけど、これはちょっと”ない”。

「それでさ、次の日起きたらもうクリスマスじゃん? でも一晩でも寒くなったりしないようにさ、気を付けてたわけよ。空気穴塞がないように、とかさ」

 クリスマスイブだぜ? なのにどうして、過去話なんか暴露しなくちゃいけないんだ。しかも強風吹きすさぶ屋上の、さらに上の給水タンクの上で。

 そういえば初めて登ったな、給水タンク。ホラー映画とかスリラー映画ではお馴染みなんだけど。そういえば何が入ってんのかな、この中。

 まあ、しょうがない。不満はいろいろあるけれど、飲み込んで解決しなくっちゃ。これでも一応プロですから。

「で?」

 相手の少年は寒そうにコートの中で丸まって、話の先を促した。

 いくらファー生地の上着でも、寒いだろうな。下は病院着一枚だし、裸足だし。でも、本人が戻りたくないというのに、病室に戻るわけにもいかない。やらかした事が事だけに、もう少し心の準備をする時間が、必要なのはよくわかる。

 対照的に、階下では騒ぎが落ち着いてきた気配がする。

 大方、相方がうまく丸めこんでくれたのだろう。

 わたしの相方は単純な体力強化能力バカだけど、結構いい仕事をする。年の離れた弟がいるらしく、子どもに甘い。少なくとも、見た目ほど悪い奴じゃない。事務所の下っ端同士で組まされた当初は、正直運が悪いと思ったけどね。

 まあ、外野はどうせ屋上に入ってこれないから、落ち着く他にないってこともあるだろうけど。ドアノブをへし折ったのはやりすぎたかな。必要経費として、事務所で払ってくれるといいんだけど。

「それで? ウサギなんて、おばあちゃん喜ばなかったとか?」

 少年は返事をしないわたしにいら立ったのか、質問を重ねた。ずいぶんぴりぴりしているな。まあ、五分前に窓から飛び降りたばかりだから、当たり前なのかもしれないけれど。

 いや、それとも足場が悪いせいかな? 給水タンクのバーにしがみついてるのは、ひょっとして寒いからだけじゃなくて、高いところが苦手だとか?

 飛び降りくんの頭は手術とために丸められており、包帯が全身そこここに巻かれていて、よりいっそう青白く見える。コートからはみ出た足首は痛々しい程細くて、なんだか哀れだ。迷惑はかけられたけれど、この子だって、わざわざクリスマスに入院したかったわけじゃなかろうし。

 ああ、でもこうしている間にも、憧れのクリムゾン・ホークスとか、事務所のセンパイたちは、悪の組織のクリスマステロに立ち向かっているのかなあ。バイオテロって対応したことないなあ、楽しそうだよなあ。現状を思い出すと、貧乏くじ引いたよね。ちょっとばかりげんなりしちゃうのは、確か。

 わたしは軽く頭を振り、そのヒーローらしからぬ思考を追い出した。

「や、喜んだ喜んだ。ウサギなんて世話も簡単だし、ばあちゃん、これで独り暮らしでも寂しくないねって、みんなで喜んだもんよ」

 わたしはできるだけ軽い口調で、のんびりと話を続ける。自殺少年はくだらない、といった風に片眉を上げてみせた。別に、こっちだって好きでこんな話してるわけじゃねえからな。お前の気分転換のためだよ。

 病院は小高い山の上にあるからか、ずいぶん遠くまで見通せて景色がいい。

 まだ夕方には早いし、乾燥した空が青くて、気持ちがいい。これで、もうちょっと暖かかったらよかったんだけど。山に近いからなんか変わった鳥が飛んでるな、とんびかな。仕事のユニフォームを着てなくて、お弁当でも片手にこんな風に空をのんびり見上げてたら、もうちょっとましな気分になれたんだけどな。

 あんまりデザイン可愛くないんだよね、制服。能力上体型が出るのはしょうがないにしても、ぜい肉がついてない代わりに出るとこ出てないから、子どもっぽく見えちゃうのが嫌なんだ。支給品だから我慢してるけど、せめてはっきりした原色なら、まだアメリカンでかっこよかったのに。

 自殺少年が、催促替わりのくしゃみをした。

 「ごめんごめん。あんまり景色がいいから、ちょっとぼんやりしちゃった。そんで、ばあちゃん喜んだけどさ、その後みんなで一通りプレゼント開け始めて、あれ、ばあちゃんは? と思ったら、裏庭から、何かの断末魔の叫びが」

「何の?」

「ウサギ」

 わあ、と少年はドン引き顔だ。

 そうか、よく考えたら、都市部ではウサギを〆て食べたりする機会はないもんな。うちの田舎ではよく食べたんだよ、昔はね。害獣駆除と食糧難がいっぺんに解決できるからさ。

「ばあちゃん農村の出だから、ペットにするって発想はなかったのよ。おじさんの買ってきたちょっとお高い長毛種、きれいに血抜きされて、クリスマスのお昼にオイル煮にされちゃった」

 ひどいオチだろ、実話なんだぜこれ。おい、人のトラウマ晒してやったんだから、少しは笑え。

 本格的に寒くなる前に帰ろう、と提案したのに、自殺少年は少し考えて、首を振った。強情なやつだ。唇まで真っ青のくせに。お姫様だっこして無理やり降ろしてやってもいいんだぞ。

「僕もペットが欲しかったな」

 飼えばいいじゃん、と言ったけれど、少年が恨めしそうに睨むのを見て、これは返事をしくじったかな? とちょっとヒヤッとした。しばらくの沈黙に、窒息しそうだった。

「もうサッカーできなくても、世話はできるのかなあ」

 少年が呟いて、露骨に胸を撫でおろさなかった自分を、褒めてやりたい。それにしても、本気か、医者。よりによってイブに、そういう告知する?

 わたしはもう一度、飼えばいいじゃん、と繰り返す。飼ってみて、だめなら食べちゃえばいいじゃん。

 自殺少年はじっとわたしの顔を見つめていたが、眉間からすっと力が抜けたかと思うと突然、「お姉さんの能力っていつわかった?」となんの脈絡もなく話題を変えた。おばさんと呼ばなかっただけ、昨今の子どもとしてはましな方か。

「生まれつきだよ」

「事故とかで突然発生する後天タイプって、本当にある? 僕も可能性あるかな。その能力、重力変換だよね? どうやって重点の変更してるの」

「あるよ、あるかもね、感覚派だから、それはよくわかんないや」

 我ながら、横着な返答をした。だって、この会話に実があるわけじゃない。取り留めなく思いついたことを絶え間なく質問し続けるのは、単なる時間稼ぎだろう。だからわたしは、わざと適当な返事しか返さなかった。

 少年は、ふと目線を遠くに投げかけて口を閉じ、例えばさ、呟いた。

「例えば僕が、ここからもう一度飛び降りるだろ。力いっぱいやったら、多分あそこの網の向こうに行けると思うんだ。例えばそのパイプを折ることができれば、水が噴き出して邪魔になるかも。地面まで、数秒しかないわけじゃない。また僕のこと受け止められると思う?」

 なんだ、そんなことを聞きたかったのか。

 わたしは肩をすくめたが、思い直して、できるだけ自信満々に見えるように微笑んだ。少年の顔は青を通り越して真っ白で、何かを誤魔化すのに擦って赤くなった目の、瞳の中に光が入り込めないように顔を伏せてしまっている。

「できるよ」

 さっきのように、壁を走って移動するなら、時間は足りないだろう。でも落下する力を加速させ、地面に衝突する直前に重力点を変更すればなんとかなる。飛び降りた時の衝撃はどうしようもないけど、そこは回転を加えれば和らげられるだろう。

「やってみる?」

 けがの一つ…で済めばいいけれどな。

 でもまあ、しょうがない。それを正面切って受け止めるのも、ヒーローのお仕事でしょ。命くらいかけてあげなきゃ、イブなんだから。

 少年が微笑んだ。と、同時にその姿が視界から消えた。

 わたしは助走をつけて、その方向へと走り出す。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。