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映画『ある画家の数奇な運命』(2020.10.2公開)

映画概要


ドイツ語タイトル Werk ohne Autor
英語タイトル Never look away

監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
脚本 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
製作 クイリン・ベルク、マックス・ヴィーデマン
音楽 マックス・リヒター
撮影 キャレブ・デシャネル
編集 パトリシア・ロンメル

出演 
トム・シリング
セバスチャン・コッホ
パウラ・ベーア


長編映画監督デビュー作『善き人のためのソナタ』でアカデミー賞®外国語映画賞を受賞したフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の、祖国ドイツの歴史の闇と、芸術の光に迫る最新作。第75回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で高評価を獲得し、第91回アカデミー賞®外国語映画賞にノミネートされた。主人公・クルトのモデルは、オークションに出品すれば数十億円の価格がつくことで知られる、現代美術界の巨匠、ゲルハルト・リヒター。監督が映画化を申し込んだところ、1か月にわたっての取材が許された。ただし、映画化の条件は、人物の名前は変えて、何が事実か事実でないかは、互いに絶対に明かさないこと。そんなミステリアスな契約のもと、観る者のイマジネーションをさらに膨らませる作品が誕生した。
クルトの苦悩と葛藤は、信じるものに向き合い、命をもかけることで、希望と喜びへと昇華していく。今日の悲しみを、未来の幸福へと変える術があることを、美しい絵画と共に見せてくれる感動の物語。(公式HPより)


『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが監督、トム・シリング主演。セヴァスチアン・コッホほか『帰ってきたヒトラー』でヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチらが出演。

個人的に嬉しかったのが、ベルリン・シャウビューネ劇場看板俳優のラース・アイディンガー(映画では『ブルーム・オブ・イエスタデイ』など)と、『僕たちは希望という名の列車に乗った』で重要な役を演じたベルリン・ゴーリキー劇場所属の若手俳優ヨナス・ダスラー

オンライン試写会に招待いただき一足早く拝見致しました。上映館はあまり多くないようですが、より多くの方に観ていただきたい映画です。一人の映画好きとして、とても気に入っています。芸術学部で学んでいたのもあり、当時の記憶や感覚が引きずり出され、強制的に自分と向き合わざるを得なくなりました。

ある表現者にとっての世界の見え方を描いた映画といえば、例えば『永遠の門 ゴッホの見た未来』を面白く観た方にもお勧めします。

橋爪勇介氏(ウェブ版「美術手帖」編集長)によるドナースマルク監督インタビューの記事がとても興味深かったです。「退廃芸術展」や「フォト・ペインティング」の再現についてなど、舞台の裏側を知りたい方はご一読ください。

※ヘッダー画像はミュンヘンのレンバッハハウス美術館に展示されていたゲルハルト・リヒターのインスタレーション 10 Scheiben (WV931-1)。


極私的な感想


三時間強に様々な要素が詰め込まれている。個人史の積み重ねで歴史を表す、という枠組みがとても私好みだ。台詞や情景で描かれる交感の様子が実感を込めて記憶に刺さる。相似と対比の連続がとても美しい。

ヨーゼフ・ボイスをモデルにした教授による講義や主人公との対話シーンで思い出したがのが次の二つ。学部時代のレポート課題「極私的な芸術体験を書きなさい」(選択科目の応用芸術論だったと思う)と、ある舞台演出家、俳優の方に投げかけられた言葉「まずは自分を癒す作品を作りなさい。自分さえ癒せなくて誰を癒せると思う?」だ。


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※ヘッダー画像と同じくレンバッハハウス美術館の展示より、ヨーゼフ・ボイスのインスタレーション vor dem Aufbruch aus Lager I(1970/80)。ボイスについては映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』公式ページの解説が参考になります。


内発的動機、その後の自分に多大な影響を与える芸術的原体験、最初の理解者
なぜ、表現するのか? なにを、表現するのか? だれに向けて、表現するのか?
君はだれだ? 芸術は主体性を必要とする
自分のルーツ 基盤となるもの 偽りなく主張できるものは?
君が認識する世界はどんな風?

Wer bist du?  君は誰だ?
Das bist du nicht これは君じゃない
(本編より)

創作の場で何度となく問われること。
「君には独自の言葉がある、世界観がある、それをもっと見つけていきなさい」と言ってくださった教授。懐かしい。私は私独自の言葉を磨けているだろうか。

身を置く場所、時代、人との関わりによって自らの思想や表現指向が評価されたり、されなくなったりする。何かを表現すれば痛烈に批判されることも、非難されることもある。それでも自らの表現を通し「これが私だ」と言い続けた方が良い。あえて「しなければならない」とは言わないでおく。

余りにも安易だけれど、「フォト・ペインティング」のシーンを見て『複製技術時代の芸術』(ヴァルター・ベンヤミン著)を読み返そうと思った。


印象に残ったカットは次の通り。自分のためのメモ。
ネタバレが気になる方はここでお戻りください。


エリザーベトの美しい胸元
バスのクラクション合奏を身体全体で感じる
物には音がある
裸の女性の線画を描くクルト
裸でピアノを弾くエリザーベト
nie wegsehen 目を逸らさないで
alles was wahr ist schön 真実は全て美しいの

真実は美しい、という重み

医師の部屋に飾られた家族写真から読み取れる心的距離
それに気がついてしまう者 気がつかない者の違い
衛生局、優生思想、断種法
「nie wegsehen 目を逸らさないで」
叔母が連行される姿を見つめるクルト
目の遠近感をずらすことでその姿がぼやける
世界の捉え方、認識の仕方、見方

衛生局内?すでに40万人が断種法の犠牲
虐殺されたのはユダヤ系だけではない
対英国戦の激化に伴い病院のベッドを空けなければならない
"無価値”な者を減らす (非生産的な人間、と頻繁に耳にする昨今)

医師の部屋に飾られている娘の描いた絵
「絵の才能は無さそう、むしろ安心?」
部屋の隅

看護婦たちの記念撮影
戦争中の美しくさえ見えてしまう光景
空襲の描写
ガス室

ソ連占領後の東ドイツ
「教授と呼んでくれ」
断種の指示を出していた医師が難産の赤児の命を救う
赤児のための乳房

権威主義、家父長制、名誉
元党員のエリート医師の再就職

仕事を失った父の再就職、掃除夫
フリーハンドのタイポグラフィ

東ドイツの芸術大学へ通うクルト
"自らの姿勢を正し、職人に徹しろ”
"おのずと正しい芸術が生まれる”
正しい芸術?
社会主義リアリズム?

叔母と同名の女性
我、我、我ではなく
社会の良き歯車として生きる喜び
戦前ナチ党員らしく、戦後は同志らしく振舞うエリート医師
医師、あの部屋、子宮の図、執務室の写真
場の記憶
国家保安省

教授という虚像

"私はやる、できるからだ"

西へ
デュッセルドルフの芸術大学
ヨーゼフ・ボイスをモデルにした教授

"自由があるのは芸術だけだ”
"戦後、自由の感覚を取り戻せるのは芸術家だけだ"

芸術は主体性を必要とする
自分のルーツ、基盤となるもの
偽りなく主張できるものは?
芸術的原体験

Wer bist du?  君は誰だ?
Das bist du nicht これは君じゃない

頭に刻まれた原体験

旅行写真
父と同じ掃除夫のアルバイト

写真は真実を切り取る?
偽らざる我を表現する為に必要となる技術は東ドイツで手に入れたものだ

過去を語らず、自らを偽ることで一見安住し続ける義父
写真が真実を暴く?
黙して語らぬ "作者なき作品"  (本当に?)
素人の写真に込められた撮影者の意志




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