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2019ベルリン観劇記録(16)『Status quo』

10月21日

Status quo 現状維持(ラテン語の成句)

劇場 Schaubühne シャウビューネ

作 Maja Zade

演出 Marius von Mayenburg

舞台美術 Magda Willi

衣装 Nehle Balkhausen

音楽 Jacob Suske

ドラマトゥルギー Maja Zade

照明 Erich Schneider


シャウビューネ所属のドラマトゥルクMaja Zadeの劇作家デビュー作。先日観た第二作abgrund と構造が似ており、短いシーンの連続で一つのテーマを表現すると言うもの。今回は大まかに言えばセクハラのミラーリング効果を狙った作品だ。男女の見た目と性別はそのままに、ジェンダーが逆転している。就活の面接で子どもを持つかどうかを聞かれたり、面談で妙に近寄られたり、「君、めっちゃかわいいね」とナンパされたり、コーヒーを淹れるよう求められたり、上司からのセクハラを同僚に相談しても「あの世代ってみんなそうじゃん、ふざけてるだけだって」と真剣に取り合ってもらえなかったり、「私、芸術のためならできます!」と脱いだり、「見ろよ、立派なモンじゃねえか」と局部を評価されたり、街を歩いているだけで変な声をかけられたり、「土日だけ料理をするのは家事じゃなくて趣味でしょ!」とパートナーを詰ったりするのは、すべて男性なのだ。



その姿を私たち観客は皮肉と捉えて笑いながら観ているわけで、少々悪趣味ではあろう。しかし、職場での地位によっては、男女誰でも、LGBTQPAの誰でも、セクハラやパワハラをされる恐れがあるし、してしまう可能性もまたあるのだ。笑って楽しく見られたということは、セクハラやパワハラは楽しいということの証左でもある。下品だろうが常識はずれだろうがコンプライアンス違反だろうが、それで許されるなら私もしてしまうかもしれない、だから気をつけよう、と省察することが肝心だ。

主人公を演じるのは、最近めきめきと頭角を現してきているMoritz Gottwald。2012年に『民衆の敵』で初めて見た時から注目している俳優なので、今作では特に身体能力の高さと役者としての想像力の豊かさを確認できて嬉しかった。そして、次から次へとキャラクターを変えて主人公にセクハラを仕掛ける女優陣は、小柄ながら大変な力を持つJenny König(オスターマイアー演出ラース・アイディンガー主演の『ハムレット』で、オフィーリアとガートルードを演じている。初演時は弱冠22歳!)、Katie Mitchell ケイティ・ミッチェル演出という、大変緊張を強いられる舞台 Schatten(Elfriede Jelinek) に主演するJule Böweなど。典型的なセクハラ/パワハラ男性の引用が驚くほど巧みだ。

Maja Zade 作品は、細切れのシーンの連続でテンポよく進むため面白く気軽に見られる代わり、あるテーマに対する作家の主張や視点は薄く、個人的には物足りない印象だ。(所属俳優をよく理解しているドラマトゥルクだからこそ書いてしまったシャウビューネの二次創作、という感じ……そう想定すると、二作目の方がコツを掴んでいるようだ)けれども、だからこそ、(ドイツ)演劇初心者に勧めたい気持ちが湧く。status quo のマリウス・フォン・マイエンブルク、abgrund のトーマス・オスターマイアー、どちらの演出も非常に明確だ。台詞の聞き取れない箇所があってもあまり気にならない。起こっていることと台詞、声の調子、身体の状態が自然にリンクしているため、ドイツ語表現の使い所や使い方の勉強にもなる。例えドイツ語が一切わからなくても、舞台上で起こっていることは読み取れると思う。

ドイツで観られるお芝居の本数が増えたり、資料を購入し易くなったり、作業をしに行くカフェでコーヒーをお代わりできたりします!