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ラオス暴走日記2010 Vol.3 〜メコンの流れとともに〜

※過去日記の転載です

2010年9月25日

7:30起床。

いや、起床と言いつつ、全身がだるくて起き上がれず。
450kmバイクで走るというのは疲れるんだなーと改めて認識。←当たり前だ

しかし今日中にラオス南端の島、Don Detに着くのが目標なので、冷たいシャワーを浴び、ゆっくりと荷造りを済ませ、9時過ぎにどうにか出発。

↓は朝のメコン川。

単車にまたがったはいいが、アクセルを握る右手に力が入らない。

とりあえず朝飯を食べて元気を出すことに。

現地の人が食べている小さなメシ屋で、フーを注文。
ま、ベトナムのフォーとほぼ一緒ですな。ベトナム行ったことないけど。

私は基本的に現地に行ったら現地の人が食うものを食べることを心がけている。
そして、このフーはかなりうまかった。

が、あっさり味でパンチがちと足りず、卓上のラー油的なものをたっぷり入れて激辛に。
汗をかきながらスープまで全部飲み干し、元気を取り戻す。

バイクのオイルをチェックし、ガスを補充。

このすげがさ、ノンラーといって、ベトナムの物。

これから向かうPakseはキン族と呼ばれるベトナム系の民族が多いそうだが、たぶんこのおねーちゃんもそうなのだろう。

不思議なもので、朝の疲労も一度走り出してしまえば、テンションが上がって気にならなくなるもんで、止まるのがもったいないくらいの気分になり、休憩はほぼメシとガス補給のみ。

前回も少し書いたが、なぜ私はこんな無茶をしてまで単車で旅をするのだろうか。

日本にいる時は一人になりたいからだと思っていたが、別に一人だからどう、というわけでもない。

ただ、目的地があるってのはすげーいいことだ。
特に旅行の前半は。

自分は今一人でアクセルを回し、そこに近づいているんだ、と実感するだけで、高級ホテルで贅を尽くしたサービスを受けるよりも、きれいな夜景を見ながらのフルコースを食べるよりも価値があるし、そんなことは全部後ろに置き去りしてかまわないとばかりに、テンションは天井知らずに上がっていく。
そして、また目からしょっぱい水が出てしまう。

そんなことを考えながら調子よく走っていたのだが、どうも様子がおかしい。
南へ向かっているはずが、なぜか目の前から太陽が上ってくる。
ということは、東へ向かっているということになる。

地図とコンパスを取りだして調べてみるが、やはりおかしい。
つーわけで、民家の前で止まり、ピックアップトラックに乗っている兄ちゃんにPakseはどっち方面か聞いてみたところ、
やはり道を間違えていたようだ...。
テンション上がり過ぎた。

というわけで、20kmくらい戻って再スタート。
早めに気付いてよかった。

先ほどのロスを帳消しにすべくフルスロットルで走っていたが、30分ほど経ったあたりで、今度は急に強烈な腹痛が...。
どうもフーを激辛にしすぎたようだ...。

なんだよおい、さっきのテンションを返しやがれ...。

仕方ないので、途中の小さな村の雑貨屋でトイレを借りることに。

めちゃめちゃ田舎な感じなので、トイレには全く期待していなかったが、これが意外にまともなトイレだった。

おばちゃんと子供も英語はほとんどしゃべれなかったが、とりあえず日本人であるということ、感謝の意は伝わったようだ。

そのまま走ること1時間ほど、今度はエンジンが急に元気なくなってきた。
これは...ガス切れだ...。

XR250の難点、それはガスが10ℓしか入らないということ。
そういえば、道間違えたから余計に走ってたんだっけ。

リザーブに切り替えて走るが、どうみても近くに大きな街はなさそうだ。
とりあえず、次見かけたGSでガスを入れようと思うが、こういう時に限ってなかなか見つからないもんで。

ようやく見つけたのが、このドラム缶に入ったガソリン補給所。

カンボジアでは必ずちゃんとしたガソリンスタンドで入れるように、という指示があったので、今回もなるべくそうしていたのだが、背に腹は代えられん。今回は特に指示なかったし。

2種類あるが、ラオスにはハイオクというのはめったにない。
片方はどうみても濁りまくりで明らかに軽油なので、
↓のおねえさんに透明な方を入れてもらう。

ちなみにラオスでは満タンよりも何リッター分入れる、というのが主流のようで、他の給油の際も、「Full!」という言葉と、身振りでどうにか分かってもらった。

ガソリンのせいで止まったらどうしようという一抹の不安をよそに単車は快調に走り続け、14:00、ラオス第2の都市、Pakseに到着。

この町には後日たっぷりとお世話になるのだが、この段階では知るよしもなく、昼飯だけ食ったらさっさと行こうということで、大きな町にしかない中華料理屋に行ってみた。

炒飯と魚香肉絲を頼んだが、日本の中華と比べても最強レベルにうまかった。

満腹になったところで、さらに南下。
旅の折り返し、ラオス最南端のSi Phan Donまではあと少し。

Pakseの砂埃がひどかったので、サングラスを購入。
100円くらいだけど、無駄にRay-Banって書いてあった。

余談だが、こういう大きな道沿いの店の女子は、砂埃を避けるため
↓のようにマスクと帽子で顔を防護している。

さあ、この道の果てに何が待っているのか。

待っていたのは、メコン川。

さて、これをどうやって渡ったもんかと思っていると、
↓の兄ちゃんが、「ドン・コーン?」と声をかけてきた。

バイクは運べるのか、と聞くと、大丈夫とのこと。
うーん、デット島に行きたいんだけど、コーン島とデット島は地続きだから、まあコーン島でもいいかっつーことで、二艘舟にバイクを積んで渡ります。

ちなみに、シー(4)パン(千)ドーン(島)と呼ばれるこのエリアには、Don Kohneと、Don Kohngという2つのコーン島があって、どうも私が向かっているのは、目指していた方の島じゃないんじゃねーかという疑惑が...。

ま、でも運賃は5,000kip(50円くらい)だし、
時間もあるから気に食わなきゃ戻ってくりゃいいやとも思う。

そして、岸に近づくと、大はしゃぎする子どもたちが出迎えてくれる。
いや、単に笑われているだけかもしれないが、
何かうれしくなって、この島がどっちのコーン島だしても、ここにきて良かったんじゃねーかって思えた。

とりあえず単車を降ろし、まずは島を探索。

思ったより広く、そして何もない...。
最初の船着き場に戻り、川沿いのゲストハウスへ。

とりあえず長距離の移動はこれで一段落ということで、荷物を置き、宿に併設のメコン川沿いのレストランへ。
ラオスに来てからの2日間、ちょっとだけ量を控えていたビールで三線に乾杯。

そんでもって、さっきの子どもたちの所へ遊びに。

私がこんな子たちと遊んでたら、日本なら逮捕されかねないだろうな。

この小さな女の子が、「ペンをよこせぃ」と言ってくる。
僕は物乞いは一切相手にしないのだが、
ペンなら勉強の助けになるから良いかもしれん、ということで、予備の安いペンをあげることに。

両手を合わせ、丁寧にお辞儀してくるところがかわいらしい。

ま、とりあえず言葉は分からないながらも、三線を弾くと唄ってくれたり、なかなか人懐っこいやつらだ。

そして、一番小さくて一番元気な子が、なぜか水牛を棒でぺちぺちたたく。

最後ちょっと反撃されかけていたが、大丈夫か。
かわいそうな水牛に一曲唄ってあげることに。

水牛の様子からするに、あまりお気に召さなかったようで。

というわけで、だんだんと日も傾きはじめ、楽しい団らんも終わり宿へと戻る。

今日は前半戦お疲れっつーことで、珍しくステーキなんぞを食ってみる。

ヤギがいっぱいいるけど、まさかこの肉じゃあるめーな。

そして、話しかけてきたやつにまたも三線を持たせてみる。

どうやら彼は船に乗らないか、という営業をしにきたようだ。
まあオレは明日のことは明日決めるから、また明日来なよ、とか適当なことを言う。

夕暮れのメコン川を見ながら、いつにも増してトラブルずくめだった今日を一人思い返してみる。

目的地に向かうとテンションが上がる、というのは分かったが、ではなぜ私はそこへ向かうのか。

たぶん、この偶然とトラブルが生んだ数々の人との出会いが、私の求めていたものだったのかもしれない。

日本にいると、しばしば人間関係というものに絶望してしまう社会不適合者の私は、こんなことでもしないと、自分は他人がいないと生きていけないと再認識できないのかもしれない。

柄にもなく、そんなことを酔っぱらった頭で考えると、ますますビールも進むってもんだ。

そしてこの5時間後、このビールを後悔することになるとは、この時の僕には知るよしもなかった...。

ということで、ラオスの南の果てまで2日間でよく走ったもんだ。
800kmくらい走ったと思う。
翌日からはバンガローで優雅な?バカンスを楽しむことに。

To be continued...

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