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ディベートの授業なんてやめた方がいいと思うんだよね

対面にせよSNSにせよ、たまたま誰かと話をしはじめて、最初の一瞬で「これは早めに逃げなきゃ」と思うことがある。というか、twitterでよく目にする議論なんて、ほとんどそうだ。

理系文系とかいうのを持ち出すのはあまり好きではないのだけど、一般に理系的な学問で、Aと思ってる専門家とBと思ってる専門家同士が話をするときって、お互いが、「正しい、あるいは、より正解に近い」Cを探すために協力してる」という心理的な前提条件があるわけよ。たとえば何かの設計案の話で意見が割れたのであれば、「君の案はどこが良いと思ってる? 僕の案はここが良いと思ってるんだけど、両方の良いところを合わせる方法はないかな?」的な。それで、AよりもBよりも良い案Cが得られ、双方の知識や考え方は高まる。こういうのがディスカッションの基本だと思ってる。(数学のように正誤が明確に決まる問題は、ディスカッションじゃなくて相互確認が必要なだけなので、そういう話はここでは除いてる)

それで、僕なんかはどちらかと言うとそういうのに慣れてるのだけど、どうやら「Aと思ってる人」と「Bと思ってる人」が話をするのは、AとBのどちらが正しいかを争うというのが基本姿勢な人が結構いるんだよね。ディスカッションとディベートが同義語みたいな。(工学の設計問題なんかでもそういう状況になることはあって、いわゆる設計思想の相違ってやつだけど、単なる議論なら双方が「そこはまあ設計思想の問題だね」で終わりにするし、本当の設計課題であれば、選択を決定する人には責任が伴うので、結論が出るのは後だ)

それで、本来はディスカッションなはずなのにディベートをしようとしてくる人の話だけど、僕の場合は、うっかりそういう場面になった場合は基本的に、一目散に逃げる。「なるほど、たしかにそうですね。」とか言って、終わらせる。だって、議論に時間を使っても、なんにも得るものがないんだから。ちょっとはあるかも知れないけど、消耗するものが多くて割にあわない。

そもそも世の中でディベートが必要な場面なんて大してないんだから、もし授業とかでやるなら、「はい、Aの意見の人とBの意見の人でディスカッションして。終わったら、それぞれの人が、ディスカッションの中でどれだけ新しい気づきがあったかを発表してください。気づきをたくさん発表できたチームが優勝。」みたいな方がいいと思うな。

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