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宿泊施設のデジタル化の重要性(1) 〜デジタル化とデジタルマーケティングについて

はじめに

これまで筆者は日本の宿泊業や旅行業におけるさまざまなデジタル関連の仕事に携わってきた。宿泊業・旅行業を営む人々の中には、デジタル化にしっかりと取り組まないと今後ビジネスが立ち行かなくなると思いつつ、何をしたら良いのか分からず右往左往している人が多いのではないだろうか。そこで、筆者のこれまでの経験を生かして、デジタル化の一端となるデジタルマーケティングの重要性と、宿泊業でデジタルマーケティング戦略を実現するための組織体制について提言する。このことが少しでも日本の宿泊業界発展のための一助となればと考えている。

1. デジタル化とは

デジタル、デジタルと言うが、企業がデジタル化するというのは一体どういうことを指すのだろうか。それはウェブ系の技術導入という小手先の話ではない。唐木 明子氏,と岡崎 良氏が日本企業のデジタル化とCDO (Chief Digital Officer): Disrupt, Develop, Drive and Disappearで述べている「デジタルによる事業環境や消費者・顧客のマインド、行動変化に企業が対応するための変革行動」という定義が適切ではないだろうか。つまり、社内の部門横断的なプロセスの改善や顧客との接点の持ち方そのものを変革することである。
この変革行動は、デジタルマーケティング部門の役割の一つであるが、すべてではない。デジタル化の方向性を示すのは、間違いなく経営陣である。

1.1 宿泊施設におけるデジタル化とは

では、宿泊施設におけるデジタル化とはどのようなことを意味するのだろうか。アコーホテルズのCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)であるモード・ベイリー氏がHotel News NowでTerence Baker氏 (2018, 訳・注は引用者による)に述べている6つの方法から捉えるのが分かりやすい。

1. 状況の変化にすばやく対応できるITインフラの構築
2. データ収集とその最大限の活用
3. パーソナライズしたサービスを顧客へ提供するためのITインフラとデータ
4. ロイヤリティプログラムを単なるプログラムから収益を生み出す仕組みへ
5. 顧客とのタッチポイントをシンプルで、明確で、スピードのあるものへ
6. 状況の変化に敏捷に対応できる組織体制や企業文化

2. デジタルマーケティングとは

デジタル化の一端を担っているデジタルマーケティングがどのような定義か理解している人は果たしてどれくらいいるだろうか。

2.1 ウェブマーケティングやEコマースの違い

マーケティングの観点から見ると、「ウェブマーケティング」と「デジタルマーケティング」はいったい何が違うのだろうか。
ウェブマーケティング」は、企業が運営するウェブを主眼としたマーケティングの考え方である。一方、「デジタルマーケティング」はそれよりも広い概念で、ウェブサイトはもちろんのこと、Eメールやスマートフォンアプリ、SNS活用も含めたマーケティングの考え方で、カバーする範囲がとても広い。
活動の観点から見ると、「Eコマース」と「デジタルマーケティング」はどう違うのだろうか。
Eコマース」とは、インターネット上で行われる商品やサービスに関する取引・決済であり、あくまでウェブ上での商品販売、購入が中心である。

2.2 デジタルマーケティングの定義

一方、「デジタルマーケティング」については、現時点では、牧田幸裕氏のデジタルマーケティングの教科書 (2017)にあるデジタルマーケティングの以下の定義が一番的を射ていると筆者は考える。

デジタルマーケティングとは、データドリブンでターゲット消費者へ製品やサービスを認知させ、消費者の購買前行動データに基づいて興味・関心・欲求を醸成し、購買データを取得する。購買データと購買後の消費者の評価データを基に製品開発、サービス開発への示唆を得る。これらのデータを、ECチャネルとリアル店舗から取得し、消費者に最適な購買体験を提供する、一連の活動をいう。これらの活動の目標は、消費者との関係性を深め、最終的に消費者のエージェント(代理人)になることである。

つまり、デジタルマーケティングとは、ウェブを使ったプロモーション機能があるだけではない。また、ビックデータ分析やデータをセグメント化した広告配信、およびインターネット上での商取引の機能だけでもない。デジタルマーケティングの定義とは、データを活用して商品開発を行い、顧客にとって最適な購買活動を提供し、顧客との関係性を深めることなのである。

2.3 従来のマーケティングとデジタルマーケティングとの違い

デジタルマーケティングを前述のように定義した場合、従来のマーケティングとデジタルマーケティングの関係はどのようになるのだろうか。
これも牧田幸裕氏のデジタルマーケティングの教科書 (2017)で述べている以下の関係性が一番的を射ていると考えている。

デジタルマーケティングは従来型マーケティングを包含し、上書きする、言い換えれば進化させる関係となる。

デジタルマーケティングに携わるのであれば、マーケティングを知らなければならないということになる。

2.4 マーケティングはプロモーションだけではない

宿泊施設のマーケティング部門は、広告配信やPRがメインの、いわゆるプロモーション担当である場合が大多数となっていないだろうか。もしかすると、オペレーションが重んじられすぎるあまり、マーケティングミックスの4PのうちPromotion (販売促進)の他のProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)に携われる機会が少ないのではないだろうか。
各施設のマーケティング部門と同様に、デジタルマーケティング分野を担う者においても、オンライン広告を配信することがメインの仕事になっていないだろうか。

本来、マーケティングというのは決められた商品をたくさん売るためのプロモーションだけではなく、宿泊施設が提供する製品を作り出し、適切な価格をつけ、然るべきチャネルへと出すことだ。従来のマーケティングかデジタルマーケティングかによらず、マーケティング部署は、製品を作り出す段階から流通させるまでの全過程に関われるような環境が必要だと考えている。

第ニ回へ続く

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この記事は第11回 タップアワード  最優秀賞を受賞した論文を一部抜粋・再構成したものです。

参考資料

• Terence Baker (2018) “6 ways AccorHotels is transforming its digital strategy”,
http://www.hotelnewsnow.com/Articles/290231/6-ways-AccorHotels-is-transforming-its-digital-strategy(2018年9月5日アクセス).
• 逸見 光次郎 (2017) 『デジタル時代の基礎知識『マーケティング』 「顧客ファースト」の時代を生き抜く新しいルール』, 翔泳社.
•牧田幸裕 (2017)『デジタルマーケティングの教科書 5つの進化とフレームワーク』, 東洋経済新報社.
• 唐木 明子, 岡崎 良 (2017) 『日本企業のデジタル化とCDO (Chief Digital Officer): Disrupt, Develop, Drive and Disappear』, https://www.strategyand.pwc.com/reports/2016-cdo-jp(2018年8月26日アクセス).

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