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アオザイの革新者~悲劇のグエン・カット・トゥオン

 ベトナム民族衣装のアオザイ。ベトナム航空のフライトアテンダントのユニフォームにも採用されており、日本でも有名だ。

 アオザイが現在のような、身体の線を強調するような形になるのは1930年代ごろからとされる。それまでのアオザイはゆったりとしたシルエットで、色も黒や茶など、地味な色合いだった。

 これを現在あるようなボディラインを強調するような、セクシーなシルエットを持ち、生地の色に白や鮮やかな生地を使用したデザインのアオザイへと革新するのに大きな役割を果たしたのが、1930年代のインドシナ美術学校の卒業生、グエン・カット・トゥオンである。

 彼は1912年ソンタイ(現ハノイ市ソンタイ県)に生まれる。インドシナ美術学校に1928年入学、1934年に卒業した。インドシナ美術学校は1925年フランス人ヴィクトル・タルデューを初代校長として設立された美術学校で、トー・ゴック・ヴァン、グエン・ザー・チーなどベトナム近現代美術家を多数輩出した学校である。

 彼は卒業後、ニャット・リンなどが率いる当時の文学運動「自力文団」の雑誌「フォンホア」「ガイナイ」などの文芸誌のイラストやコラムを担当して活躍すると同時に、ハノイの街にテーラーを開き、当時のベトナムのファッションをリードした。彼の提案するファッションは、現在からしても奇抜なもので、いわゆるファッション・モードを目指していたものと思われる。残念ながら、彼のファッション・スケッチは長引く戦乱の中で、失われてしまった。今もベトナム国立図書館に残る、パンフレット"Dep: Mua Nuc 1934"に彼のファッション・デザインを見ることができる。

カット・トゥオンのデザイン画 (Dep: Mua Nuc 1934)

 彼のデザインするファッションは当時としてはあまりにも奇抜かつ大胆にすぎ、女性解放に積極的なインテリ女性か、王族などの一部の人しか着ることはかなわなかったという。

 彼は、アオザイなど被服のデザインのみならず、アオザイの下に着るランジェリーや、アオザイに合うかかとの高いミュールなどを開発し、提案した。そして、被服を通じての女性解放を文芸誌のコラムを通じて訴え、論争を呼んだ。

 また、ハノイにカフェ「ティエン・フォン」を開き、多くの文士、芸術家などのサロンとして賑わった。当時、タンロン学校の教師をしており、その後革命に参加、ベトナム人民軍将軍となったボー・グエン・ザップもこの店の常連だったと伝えられている。

 彼は、発明家でもあったらしく、シクロ(自転車付人力車)の改良や、いまでいうレゴブロックのように自由に形を作ることのできる積み木なども開発した。

 彼には商才もあったようで、自らの事業を拡大し、1940年代には仏印に進駐した日本の軍関係の機関や日本人商人などとの商取引にも携わったようだ。

現代のアオザイ

 先に述べたカフェ「ティエン・フォン」に勤める看板娘で美人のガーは彼の妻の妹だったが、日本語とフランス語に優れ、日本軍の治安部隊の事務所に勤めていた。しかし日本の敗戦がせまる1945年、何者かの手によって彼女は暗殺される。彼女が日本軍のスパイだと疑われたためだとうわさされた。

 1945年9月にはホーチミン率いるベトミンが独立を宣言し、臨時革命政府が樹立され、ベトナムに短い平和が訪れる。彼も関係した「自力文団」のリーダー、ニャット・リンもベトナム国民党の代表としてこの革命政府の閣僚に加わる。しかし、1946年にはいってから、ホーチミンの率いるグループと国民党の対立が強まり、ニャット・リンら国民党系の閣僚は中国に亡命する。

 カット・トゥオンも亡命をすすめられたが、自らは政治的なかかわりはなにもないとしてベトナムに残った。

 1946年12月、ベトミンはフランスとの武力闘争を決断し、その混乱の中、カット・トゥオンは民兵に捕らわれて行方不明となる。残された家族は1954年に南部へ移住し、トゥオンの妻は1979年に南ベトナムで死亡した。

 アオザイの革新に携わったグエン・カット・トゥオンの名を知るものは今は少ない。アオザイ姿の女性を見るたび、この悲劇のベトナムの一芸術家のことを思わざるを得ない。

2011/01/03 新妻東一

<参考文献>
1、Tieu su va su dong gop vao van hoa Viet Nam cua hoa si Nguyen Cat Tuong/Nguyen Trong Hien:THE KY 21 (JAN. & FEB. 2006)/Cty Nguoi Viet (California USA)
2、The Ao Dai Goes Global: How Internatinal Influences and Female Entrepreneurs Have Shaped Vietnam's "National Costume"/Ann Marie Leskowich: Re-Orienting Fashion/Oxford International Publishers Ltd. 2005
3、Trang Phuc Viet Nam/Doan Thi Tinh: Nha Xuat Ban My Thuat 2006
4、About the Lemur Aodai/Bach Trinh: 2010
5、Wearing Modernity - Lemur Ngueyen Cat Tuong, the Press, and Fashion in late colonial Vietnam/Martina T. Nguyen
6、DEP: Mua Nuc 1934/Nguyen Cat Tuong: Trung Bac Tan Van 1934

<写真提供>
右上の写真はベトナム文化史研究家のTrinh Bach氏の提供によるものである。このウェブサイトに喜んで写真の提供をしていただ氏に感謝する。

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