旧透明のウイルスの設計と今後

noteへの移行に伴って、透明のウイルスの制作物また透明のウイルス自体の構造の根本と理論について話すことを決めました。

透明のウイルスのスタイルがよく読まれるようになってから、雑記ブログ+16タイプ論解説、という構成をよく見かけるようになりました。まず究極の誤解として、旧透明のウイルスは雑記ブログではありません。ましてや16タイプ論解説ブログではありません。透明のウイルスで示した階層構造について気づいたのは、僕が知る限り二人の読者の方だけでした。

これが、僕が16タイプ論解説を提供する場所をnoteに移して、the Mick's Today-i-Learned Survey Shipを別で運営することを決めた大きな理由の一つでもあります。そして、哲学としての精神分析シリーズを新たに始めた理由です。

さて、覚えている人がどれくらいいるかはわからないけれど、透明のウイルスは主に上から見ると以下のような構成をとっていました。


題名、透明のウイルス

Frontlines(思想-人権)

Knowledge(学問-科学)

Story(芸術-文学)

その他


これを図示すると以下のようになります。

これを見て、気づく人はすぐ気づくと思いますが、新しく古いヨーロッパ、地球の中心が全くヨーロッパだった時代の、人が人間であることを希求した時代をもとに透明のウイルスは構成されていました。上から説明していきましょう。

"透明のウイルス"は、何度か書いているけど自分のことです。まず、疑いようもなく存在する物としての自分を認識の主体として出発点としています。客体化された自己というのは、そこに存在する自分、くらいの意味です。それで、大きな問いは、人間とは何か?です。この問いは、ヒトは人間ではないという疑義(=人間に普遍的にみられる人間性の軽視)から起こってきた疑問です。この疑問、すなわち、<人間性の不在>対<深い人間理解、人間への絶対的愛>が衝突して、人間とは何か?という問いに返ります。実際の世界と人間の示してきた理想とがぶつかりあった、と考えてもらえればだいたいあってます。

人間とは何か?という大きな問いに答えるために用いられるのが、下位の階層です。思想、学問、芸術、が大きな問いのこたえるために用いられました。各分野ごとに小さな問いがあります。

まず、思想においては、人は人間になるのか?が問いなのですが、これは、人間が与えられないから起こる疑問です。赤ん坊を人間にするべく訓育することで人間は与えられますが、動物としてのヒトが生殖して出産するだけでは人間は生まれません。人間は、人間になるよう育てない限り、まず人間らしい社会生活が送れないという点で、人は人間になるのかどうかにという問いについて着手しました。問いに答える方法として、人間であることにまつわる権利を申し立てました。もしこの申し立てが意味を持たないならば、もうすでにそこには深い人間性を持つ人間しかいないか、人は人間へと育たないということになります。結果は、人は人になるんじゃないのかな、という感想です。透明のウイルスでの申し立てによって、人間らしくなるべく目が覚めた読者の方は多数いたわけですから、人は人間へと変化し成長するものなのでしょう。

つぎに、学問においては、人と神の距離が問いでした。神が作ったとされる世界を、様々な測定方法を用いて測りました。神の創りえた法則を理解するならば神により近づくという観点から、人間性の最たる象徴と思われる神(真の人間性)と人との距離を検討しました。大げさに聞こえますが、行き過ぎたアメリカの小学校の実験プロジェクトだと思ってもらえれば、だいたいあっています。科学的手法に基づいて、世界のありように目を凝らしてみようということですね。ここからわかったことは、個人の頭脳一つでは、真の人間性を解し得るかどうかは、疑わしいという点です。高度に納得がいくあたりの人間性というものに達することはできるだろうが、最もあり得るべき人間性に人間が達するかわからない、ということです。

最後に、芸術においては、人はあったのか?を問いとしました。あったのか、とは、人が人として在るとはどういうことなのかということです。人の存在の理由を考えた、ということですね。方法としては、自ら人間を書き起こすことにしました。人間を書き起こすことで、人間の存在を支持する要素を掴もうとしたわけです。それで、結果はどうかな。この人間の存在それ自体についての検討は今もthe Mick's Today-i-Learned Survey Shipで続けています。答えらしい答えは今のところありません。TiL探査船がオントロジーだけを載せて出航したのは、これだけが未解決だったからでしょう。

そして以上が、16タイプ論を精神分析の哲学として新たに始めた理由です。僕は日本語の16タイプ論コミュニティには色々と出入りしましたが、お前はXXXXだからこうだ、お前はXXXXだからああだ、こんな決めつけばかりが横行していました。人間性の軽視が行き過ぎています。彼らは、僕らが全タイプを全否定していた記事から何を学んだのでしょうか。否定、つまり、なにもないのなら、そこからあとは、自分で作るんです。

僕が運営していた16タイプ論のLINEグループには勉強熱心な男性の参加者の人もいましたから、そういった声にこたえることとして、心理機能についてさらなる考察と実践的な向上のさせ方について、精神分析の哲学として始めています。深い人間理解、人間としてのさらなる成長を軸に、どうしたらより高い次元にいけるかを学びたい方は手に取ってみてください。こんなことは言いたくはないけれど、16タイプ性格論関連分野を日本語で勉強するのなら、僕のところが一番知識が集まっているし実感としても結果が出ると思いますよスイスのユング研究所なんて僕の住んでるところから近所で、電車で行けますしね。まあ、スイスのあの辺りは好きじゃないけれど…。それに僕はフロイディアンだし。


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読んでくれてありがとう。よかったら透明のウイルスnoteのサポートもしてね :)

ありがとうございます
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