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2023-002【絶望のカタナと希望のミライ】ラジオドラマ脚本0107

多伽子(たかこ) 刀匠を目指す女性
豊洲 平(とよすたいら) 刀匠

医者「刀鍛冶の仕事は、脳にある玉鋼を摘出するまで無理です。生死に関
   わる事です」
多伽子「わかりました」

多伽子(M)アニキ、ごめんね…。

【SE】犬の啼き声

平  「ワン、ほら、昼ごはんだ」
多伽子「もしもし、豊洲平さんでしょうか」
平  「そうですが?」

平(M)会の方から「弟子にして欲しい」と、女性から電話がかかってくるから
    気をつけるようにと…。

平  「あのね、女性は…」

多伽子(M)またか、ここもダメなんだろうか?でも、当たって砕けろだ!

平  「歴史的に見てもね。女性はさあ…」
多伽子「歴史上、一人の女性は存在…」
平  「短刀だよね…」
多伽子「そんな事は、体力の問題だと…」
平  「憧れじゃないんだ」
多伽子「そこは、現代の技術で…」
平  「三尺の長刀、2週間で作るだけの体力が必要なんだ。女性には到底…」

多伽子(M)ここでも、また、女性の体力問題が出てきた、バカにしないで!

平  「もう、切るぞ」
多伽子「待ってください!」
平  「なんだ?」
多伽子「刀匠会会員名簿九州地区、上から順番に来て、今、16人目です」
平  「お前の勝手だ」
多伽子「合うだけでも…」

【SE】電話の向こうで、ふいごの音

平(M)私としても、この消えゆく職業。大分の豊後刀を後世に残すことも
    私の使命だと…。

平  「もっと、楽な職業があるだろう」
多伽子「私にとって。刀は…」

多伽子(M)ふいごの音。あの時の記憶が蘇る。アニキ、私がいけなかったんだ。

平  「絶滅危惧種だぞ」
多伽子「自分に課した十字架なんです」
平  「将来が見えない職業なんだが…」
多伽子「4年、この時間がどうしても必要。研修会が…」

多伽子(M)私からアニキへの贖罪の時間でも…。

平  「研修会か、容易いものじゃないし、忖度なんてしない世界だぞ」
多伽子「せめて、一振り…」
平  「知ってるなら、悪いことは言わないから諦めろ!」
多伽子「なんで、諦める理由を見つけないとダメなんですか?」
平  「きつい仕事だからだ」

平(M)俺が、死んだ師匠に弟子入りを志願した時と同じか。師匠、女子の弟子
    受け入れる時代でしょうか

平  「話は、聞いた、電話切るぞ」
多伽子「ありがとうございます」
平  「お礼を言われても、困る。まだ、決まったわけじゃない」

平(M)どうせ、大槌を打つことが出来ずに、ねをあげるに決まってる…。

【SE】呼び鈴の音

平  「誰だ、こんな遅くに…」
多伽子「すみません?」
平  「誰だあ!」
多伽子「先ほど、電話で弟子志願を…」
平  「なんだ?えっ」
多伽子「私の気持ちをわかってもらうには、これしかないんです」
平  「ダメ!」

多伽子(M)もう、このガンコおやじ!

平  「玄関を開けると思ったら大間違いだ」

多伽子「私の人生がかかってるんです」
平  「勝手にどうぞ」

平(M)無茶苦茶なやつだよ。大分の山の中だぞ、ここは…

多伽子「いや〜!」
平  「どうした?クマが出たか!」

多伽子(M)ごめんなさい!

【SE】玄関の開く音

平  「お前!ふざけるな」
多伽子「すみません、これしか思いつかなかったので…」
平  「この時間じゃ、街に出るまでに、熊に襲われるかもな…」
多伽子「あ、ありがとう」
平  「タメ口は、やめろ!」
多伽子「申し訳ありません」
平  「ぼーっとするな!さっさと、家に入れ、熊に喰われるぞ」

多伽子(M)厳しそうな師匠だ。

平  「なにっ、笑ってんだ?まだ、弟子にすると一言も言ってないぞ」

多伽子(M)ここまでくれば、なんとか、そう、なんとかなるよね、アニキ
      …。

【SE】朝、玄関前を清掃する、多伽子。

多伽子「この猫、全く動かないけど…。名前は?」
平  「にゃーだ」

【SE】多伽子、大声で笑う

多伽子「にゃーって、どうしたら、そんな安直な名前を…」
平  「お前には、関係がないだろう!」

多伽子(M)にゃーじゃ、いやだよね。いい名前考えてあげる。

平  「朝飯食ったら、帰れ!いいな」
多伽子「朝ご飯、やった!」
平  「タメ口!」
多伽子「師弟関係でもないのだから、言葉使いなんてどうでもいいでしょ!」

平(M)いかん、いかん、いかんぞ。相手のペースに巻き込まれるな。

平  「バスの時間に遅れるぞ!」
多伽子「ここにいさせてください!」

【SE】たたら場に響くふいごの音

平(M)ちきしょう、あいつの調子にのせられた…。

平  「ほらみろ、言わんこっちゃない」
多伽子「大丈夫です」
平  「手を見せてみろ、お前なあ、こんなに豆が出来て痛くないのか?」

多伽子(M)痛いに決まってる。でもね、弱音は吐いちゃいけないんだ。

多伽子「本当に、弟子には…」
平  「ダメだな。仮免をと思ったが、今の調子じゃ、大槌を打って事故でも
    起こされたら、たまらんよ」

多伽子(M)そんなこと言わなくても、わかってる。アニキをみてたから…

多伽子「男女差別で、労基に訴えます」
平  「お好きに…」
多伽子「これから、行きますよ」
平  「そのまま帰れ!」

平(M)そんな脅しに、のっていたら、こんな職業を選んでないんだよ。

平  「それにしても、そこまでして、刀匠になりたい理由は…なんだ」
多伽子「それは…」

多伽子(M)大好きだったアニキの意思を継ぐ…、そして、アニキの夢を。

平  「言いたくないなら、いいが…」
多伽子「すみません」
平  「手の治療をしてこい」

平(M)とんでもない弟子だな。情熱だけでは、なさそうだが…。

平  「ついでに、夕飯の支度も頼んだぞ」

多伽子(M)きっと、理由を言えば、同情されるに決まってる。誰にも同情
      なんてされたくない。

【SE】台所から、包丁の音

平  「おっ、生姜焼きか?いい匂いだ」
多伽子「平さん、夕飯できました」
平  「仕事の後のビールは、美味いな」
多伽子「お嫁さんは、貰わないんですか?」
平  「自分のことは、隠すくせに、俺のことには興味があるんだ?」
多伽子「すみません」
平  「別に、いいけどな。嫁さんなんか、この暮らしで持てると思うか?」
多伽子「そんなこと…」

平(M)俺も、情熱があればと思った時期もあるが、歳をとると、誰かと一緒に
    いるのも面倒に…。

多伽子「私の兄も、駆け出しの刀匠でした。研修会も終了…」
平  「そうだったのか?で…」
多伽子「私が、いけないんです…」

多伽子(M)大槌で、玉鋼を叩いてる時に、目に玉鋼のかけらが…。

平  「たまにある事だ」

多伽子(M)私が、玉鋼を叩いてる時に、アニキに声をかけたのがいけ
      なかったんだ…。

平  「事故だ、もう、諦めろ!」

多伽子(M)同情なんて、いらない。私は、刀匠になりたいだけだ!

多伽子「この国のルール上。誰かの師匠について4年間、修行をしないと研修会
    に参加出来ないんです」
平  「4年を待たず、今帰れ!」
多伽子「弟子に、なんとかしてもらえませんか?」
平  「えっと?名前は?なんだっけ?」
多伽子「多伽子です」
平  「えっと、多伽子さん…」
多伽子「出来ない理由を探さないでください。できる理由を考えてください」

平(M)俺が師匠に言った言葉と同じ事言いやがる。最後は、気持ち…。

多伽子「お願いします。一年で、短刀一振り。平さんのお眼鏡に敵わないようで
    あれば、潔くあきらめます」
平  「今、諦めろ!」
多伽子「私の人生に、イチャモンを付けないでください」
平  「しつこいぞ!」
多伽子「ここしかないんです」

多伽子(M)自分の人生、責任は、私がとるんだから、黙っていて…。

平  「俺は、お前の師匠になるんだ。わかるか?師匠の言葉は絶対だ」
多伽子「そんな時代じゃない1」
平  「お前にあるのは、情熱だけだ。昔、俺にもあったものだ」

多伽子(M)私にあるのは、情熱だけじゃない。ミライに対する希望も…。

平  「刀を作るのに重要なことは、玉鋼を叩いて不純物を取り除くこと、
    わかるか?」
多伽子「なんですか?」
平  「叩き直すってことだ」
多伽子「えっ?」
平  「お前みたいな偏屈な奴は、徹底的に不純物を出さないとな」
多伽子「弟子に…」
平  「勘違いするなよ。今のところ、仮免期間だぞ」
多伽子「ありがとう」
平  「まずは、そのタメ口から、叩き直すか?」

【SE】たたらばに響くふいごの音と、玉鋼を叩く音

【完了】

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