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2022-003「希望と最後のキッス」ラジオドラマ脚本 1130

■現在 十三居酒屋ちゃぼ

美野里(M)焼き台が私の定位置。

常連「美野里ちゃん?結婚はまだやろと?」

【SE】プルトップを開ける音。いき良いよくビールを飲み干す。

美野里「まだ、結婚したいと思っているけど…、ダメかしら?」

■過去 同棲

美野里(M)この同棲も、解消しなきゃ。いつでも、あの人が邪魔をする

里志 「もう、暗くなって来たよ…」

美野里「ちゃんと、私の話を聞いて欲しんだけど、ねえ」

里志 「夕飯、まだかな?」

美野里「里志だけのために生きているわけじゃないの!」

里志 「なんだよ」

美野里「もう、いい加減、私の事、忘れてくれない?」

美野里(M)あなたって、優しいから、私がどんな事を言っても、許してくれ
      る。まるで、父さんのようだ。

里志 「もう…」
美野里「ダメ!決心が鈍るから、そういう目つきで私を見ないで…」

里志 「しんぱ…」
美野里「焼き鳥屋で、成功してみせる。大繁盛させるんだから…」

美野里(M)この先、あなたと結婚したとしても、あの人との修羅場、巻き込み
      たくないのよ。

里志 「だから…」
美野里「じゃあ、もう、さよならって、いわせてくれないの?」
里志 「たまには…」
美野里「思い出すことは、ほぼ、ないと思う、里志とは違うから…」

美野里(M)嫌いって、私からは、言いたくないの。お願い、わかって…。

里志 「俺が、賞を取るまで…」
美野里「空手形はいらない」
里志 「作家になるって、今、きめたよ!」

里志(M)肝心な時に、いつでもヘマするんだよ。馬鹿やろう!

美野里「最後のキッスはいいの?」 
里志 「とっておくよ、希望だから…」 
美野里「焼き鳥屋、忘れないでね」

■現在 ちゃぼ店内

【SE】炭を割る音が、店内に響く

美野里(M)大学卒業後、一度、東京で就職。同級生の里志とは、結婚も視野に入
      れて、同棲生活をおくっていた。

【SE】缶ビールのプルトップ開ける音

美野里「仕事が終り、焼き台のところで飲むビールは最高だね?父さん?あれ?」

■過去(バブル) 大学4年生の頃

【SE】学生たちが門をくぐり教室に向かう。

里志 「今日の1限休校だって!」 
友人(男)「里志、就職説明会は?」 
里志 「売り手市場のバブルだぜ!」
友人(男)「それでも、職種くらいは絞れよ」
里志 「朝飯、行かない?」
友人(男)「図書館で、就職用のレポート書くから、わりいなあ」
里志 「司書で可愛い子、いたよな?」
友人(男)「馬鹿やろう!」
里志 「いいんだよ、嘘つかなくてもさあ」
美野里「また、朝食抜き?」

里志(M)ポニーテールがよく似合う。そして、サブリナパンツ。いつ見ても、
     眩しいよ、美野里。

里志 「今日も、きれいだよ」

美野里(M)浮ついたことをさらっと発するよね。その軽さに時々、ついて
      いけないと感じてもいたんだ。

美野里「就職どうするの?」

美野里(M)あの時代、就職、結婚なんて、必修科目みたいなものと思ってた。

美野里「どこかに、潜り込めると思っていると痛い目に合うよ!」 
里志 「じゃあ、美野里を、嫁にする…」

里志(M)やばい、美野里の目がつり上がってるよ。

美野里「じゃあって、何よ。人を何だと思ってるの?」

美野里(M)うかれた言葉を信じてあげればよかったのかも。

美野里「仕事、なにする気?」
里志 「なんだろう?文章書いて、メシ食えないかな?」
美野里「才能なし!」

美野里(M)厳しい事を言い合いながらも、里志との将来を夢見ていたんだ。あの
      頃、未来の想像するだけで、本当に楽しかった。

■現在 十三の居酒屋ちゃぼ

【SE】炭を割る音が、店内に響く

美野里「はい!焼き鳥ちゃぼです!」
未助 「もう、オレの面倒はいいからさ…」
美野里「父さん…、なに」
未助 「このご時世や、ぼちぼち、ええんちゃうんかなあ…」

美野里(M)この数年、父さんは、入退院を繰り返していた。そして、
      Covid-19。

美野里「なに?聞こえない」
未助 「だからなあ…」
美野里「なに言ってんのよ、入院費とか、どうすんのよ」
未助 「なんとかなるやろ…」

未助(M)もう解放してもええよなあ、母さん。

美野里「年金も、国民年金だと、思うよりもでないよ。なんとかんなるなんて、妄
    想みたいなもんだよ」
未助 「あほ、そんなこと…」
美野里「ちゃぼは、私がなんとかやっていくから、大丈夫」
未助 「母さん、死んでから、お前におんぶにだっこやなあ…」

美野里(M)母さんを亡くして、はや15年。焼き鳥ちゃぼの焼き台を任されて、
      私の常連客も増えてきた時なのに。

美野里「大好きな焼き鳥屋、人生だよ…」

美野里(M)東京を引き払う時に、あいつに誓ったんだよ。焼き鳥屋をやる
      って…。

未助 「ひとりだけの人生は、寂しいもんやで…」
美野里「えっ?何か」
未助 「お前の人生、それで、ええのんか?それで…」
美野里「犠牲になんてしてないよ」

美野里(M)愚かな女の意地なんだ。

未助 「継ぎたくなかったやろ、焼き鳥屋なんか…」

美野里(M)父さん、焼き鳥屋の人生は、私が決めたことなんだよ。後悔な
      んてしてないよ。

美野里「焼き鳥屋、楽しいよ!」 
未助 「covid-19で、大変やろ。もう、店をたたむ時期かもなあ…」
美野里「大丈夫、私一人で、なんとかするから」
未助 「あっ、あほんだら!」

未助(M)店のために、お前の人生を台無しにしてもうて、お前が未だにひと
     りもんって母さんに…。

美野里「カツオが入ったから、土佐造り食べる?」
未助 「ビールは?」
美野里「お酒はダメ!何度も、言わせないでよ」

美野里(M)明るい未来だったとは思ってないけど、暗くもなかったよ。で 
      もなあ、あいつとはちゃんと…。

美野里「じゃ、あとで家に届けるね」

■現在 東京 里志自宅

【SE】パソコン、キーボードを叩く音。

龍之助「先生、この間の直木賞、ノミネートされたのに、残念でした」

里志(M)「うつくしのさとし」と名前が新聞に載るのも何度目だろう?こんな
      になっても、連絡なしかあ…。

里志 「万年ノミネート作家だからなあ」

龍之助(M)今回の作品は、先生の学生時代の恋愛もの。今までの作風と変わって
      面白いと思ったのに…。

里志 「才能ないのか…、言われた通りだ」

里志(M)人生の節目での覚悟。今回の作品で書き切れていないもの…。希望
     を信じてここまで来たのだが…。

龍之助「言っていませんよ!」 
里志 「もう一度、ノミネートされて、受賞できなかったら…」
龍之助「絶対に、あきらめないで下さいね。先生!」

【SE】猫が、鳴きながら、タンスからいきなり飛び降りて来た。

龍之助「猫アレルギーなんです。、なんとかしてください」
里志 「捨て猫なんだけど、情が湧いてきてさあ」
龍之助「先生の優しいとこですね」

里志(M)未練がましいだけさあ…。

里志 「直木賞、取ったら誰かに飼ってもらいましょうよ」

里志(M)美野里志(うつくしのさとし)からして、未練たらしいよなあ…。

龍之助「先生、そのこと忘れないでくださいよ。僕、諦めませんから」
里志 「あきらめねえ…」

龍之助(M)先生に、憧れて編集者になったんですよ。諦めないでください
      よお。

里志 「ビールでも飲むか?」
龍之助「マンネリですか?それとも、スランプですか?」

里志(M)そうじゃないんだよ。一度、はまりかけたピースをまたはめる勇気
がないだけさあ…、情けないよ、自分が…。

龍之助「Covid-19の影響で、呑みにいけないことが、かけない原因ですか?」
里志 「承認欲求かもな…」
龍之助「先生って、東京から出たことないんですよね」
里志 「ここも、生家だからな…」
龍之助「結婚もまだ…、あっ、すみません」
里志 「息抜きに、旅行でも行くか?」
龍之助「旅行、いいですね、来週くらいには緊急事態宣言もあけるようですし」

■現在 里志の行きつけ居酒屋

【SE】引き戸を開ける音

里志 「女将、いつもの!」
幸子 「あれ?今日は元気じゃない?いいことあった?」
里志 「おすすめは?」
幸子 「カツオ?どう」

【SE】カツオを炙り、きれいに盛り付ける。

里志 「うまそうだ」 
幸子 「薬味は?」
里志 「この店が潰れたら、俺は、どこで飯を食べればいいんだろうか?」
幸子 「ヤミでもなんでもやるからさあ…、ご飯食べに来てよ」
里志 「無理は、しないでくれよ」
幸子 「いざとなると、女は、肝が据わるものよ、覚悟しておいてね」

里志(M)確かに、うじうじと考えて、行動も起こさないのは、男の方だ。

里志 「にんにくと生姜、二つくれ」
幸子 「なに、これから、まだ、徹夜で仕事それとも…?」
里志 「バカ!免疫力アップだよ」
幸子 「スライスとすりおろし、どっちにする?」
里志 「スライス」
幸子 「ニンニクの匂い、指につくとなかなかとれないのよね…」
里志 「おい、乙女かよ」
幸子 「野暮な男だよ、察してよ」
里志 「男がらみだな。ニンニクくさい彼女じゃ、男は、萎えるよ、確実に」
幸子 「さとちゃん、結婚、考えないの?」
里志 「未練がましいの」
幸子 「なんで、さとちゃんの名声があればさあ…」
里志 「名声なんて、ねえよ」
幸子 「私と温泉は?」
里志 「やめとくよ、怖い人が出てきそうだからさあ」
幸子(笑)「ばれていた?」
里志 「自分のことが可愛くて、決心がつかないだけだよ、未だにさあ」

里志(M)うじうじしていても、なにも変わらないんだよなあ。わかってるさあ…
     俺に必要なもの、それは…。

■現在 美野里、十三の父親自宅

【SE】引き戸を開ける音

美野里「持ってきたよ」

未助(M)食欲ないんだよな。最近、酒さえあれば…。

美野里「土佐造と烏龍茶ねえ」 
未助 「この俺が、土佐造をつまみに烏龍茶、どないなってるちゅーんねん」
美野里(笑)「素敵だけど」
未助 「店は…」
美野里「緊急事態宣言下だよ、毎日、お店に出て、掃除だけしてるよ」
未助 「お客さんが、いつきてええように、ちゃんとしなあかんで」
美野里「来週には、開けられそうだよ」
未助 「本来であれば、なにがあっても、お店を開けることが大事なんやで…」

美野里(M)お店の周り、今にも、潰れそうな感じ。私は、踏ん張るよ。ここにい
      ないとダメだから。

未助 「あっ、店、やめろと言ってたのになあ…、未練やなあ」
美野里「そりゃ、父さんと母さんで、作ったお店だもん、しょうがないって」
未助 「未練がましいすぎるで、ほんま」
美野里「お店は、まだまだ続けるよ…。安心して」

美野里(M)父さんには、悪いけど、やめる気はないからね。だって、あい
つに言ったんだもん。焼き鳥屋をやるんだって。
美野里「焼き鳥焼いてさあ、常連さんとちょっと話して、笑う。そんな笑顔がみ
    たいんだもん」
未助 「せやなあ…」

未助(M)お前も、いつの間にか、焼き鳥屋の沼にハマってもうたか…。それに引
     き換え、あの女は…。

美野里「そういえばさあ、母さんって、焼き鳥嫌いじゃなかった?」
未助 「そうだったなあ」
美野里「私には、鶏皮のブツブツが、もう、ダメだってよく言っていたけど」

未助(M)知っていて、手伝わせていたんだよ。いつかは、慣れるかと思って
     、生活ってそんなもの…。

美野里「結局、慣れずじまいかあ」
未助 「無理強いしたかも…」
美野里「好き勝手やって、楽しかったんじゃないかな」

未助(M)大好きだったから、許すしかなかったんやあ。ほんまに、それで良
     かったんかなあ。

美野里「楽しかったはずだよね」

美野里(M)あれだけ、やりたい放題しても、愛されていたんだから、本望でし
      ょ。それに引換、私は、愚かな女だよ、全く。

美野里「私が、高校の時、母さんさあ、手に鳥の匂いがつくのがいやで、ゴム
    手 袋していたよね」
未助 「あれには困った」
美野里「あそこまで、嫌がるんだから、本当に嫌いだったんだろうね」

美野里(M)親心?だったのかも。梅田で、私が目撃した時だよ。今、思え
      ば…。

未助 「あれ?いつの間にか、付けなくなってたなあ、なんでだ?」

■過去 高校時代 梅田

【SE】高校の放課後をつげるチャイムの音。

美野里「ねぇ、梅田で、お好み焼き、食べて帰らへん?」
由美子「せやなあ」
美野里「あれ?ダイエットじゃ」
由美子「あほ、明日からに決まってます」

美野里(M)いつもの由美子で安心した。ダイエットするほどの体型じゃな
      いのに。ダイエットかあ?

由美子「いい匂いだ」
美野里「君の嗅覚が騒いでいるなら、当たりやな」

【SE】お好み屋さんの木戸を開ける。

美野里「おばちゃん、豚玉と…」 
由美子「すじ玉」
女将 「飲み物は?どないする」
由美子「わてら、お金ないねん。堪忍やで」 
美野里「えっ?」

【SE】二人の笑い声が響く店内

由美子「お好み焼き食べたのバレバレやあ」
美野里「進学はどないすんの?」
由美子「どないしよ」
美野里「もう、決めへんとあかんよ、ほんま」
由美子「すじ玉…白米さま、欲しいわ」
女将 「ご飯あるでえ〜」
由美子「堪忍、ダイエットやでえ〜」
【SE】二人の笑い声が響く店内

由美子「窓の外のあの女の人?あれ?えっ」
美野里「どないした?」

美野里(M)えっ?お店の仕込みのはずじゃあ?よく顔を見て…。

由美子「あっ!やばいよ」

美野里(M)なんや?恋人つなぎなんてして、また、悪い癖が、再発してもうた、
      あかんやつやあ。

由美子「なにも見ぃひんかったからなあ…」

美野里(M)よりによって、親友の由美子の前に現れなくても…。

美野里「別に、いいよ」
由美子「誰にも、言わないから…」
美野里「平気だって!」

美野里(M)由美子にまで、気を使わせちゃった。治ってなかったんだ。男癖。
      でも、今回は若いな。

女将 「あかんで、女子高生が辛気臭い顔しちゃ、あかんって!」
美野里「病気なんです。それも、再発、たちが悪いんです」
由美子「病気かぁ、そりゃしゃあないなあ」

美野里(M)親友の由美子に、母親の病気を見つけられた事が、物凄く恥ず
      かしかった。

美野里「また、どないすればええんやろ?」

美野里(M)前回の時も、父さんは、母さんの病気に目を瞑った。優しさだ
      と思っていたが、相手に、通じない優しさは優しさでもなんで
      もない。

由美子「言わない方が…」
美野里「女将さん、ごちそうさまです」
由美子「私は、見てへんから…」

美野里(M)今思えば、父さんに伝えて方が、よかったと今なら思える。

■現在 十三の父親自宅

【SE】ラジオから歌謡曲が流れる

美野里「あの人が好きな歌だ」
未助 「その後は不思議と、文句も言わずによく手伝ってくれた」

美野里(M)そりゃそうだよ、父さん。後ろめたかったんだよ。私に見つか
      った事がさあ。

未助 「そんな思い出も、捨て去らなきゃあかんのかあ…」
美野里「捨てた方がいいよ」
未助 「未来を見据えないとあかんなあ」
美野里「今だから、明るい未来を約束できないけど、なんとかするよ」
未助 「好きにしたらええ」

未助(M)母さんの事や、店のことで、お前には、迷惑をかけっぱなしやあ、すき
     にしてもええんやで…。

■現在 東京 里志自宅

【SE】携帯の呼び出し音

里志 「はい?」

龍之助「十三の製薬会社に、アポ取れました。取材可能です」

龍之助(M)先生、次回作は、今回の落選作の恋愛部分の続編にしたいん
      です。正直に話せば嫌がるよな。先生、ごめんなさい。

里志 「えっ?十三」 
龍之助「問題ありますか?」

里志(M)十三か、前髪を掴みにいけってことか。この目で、確認しなきゃ、
     人生の後半戦も進めない。

龍之助「じゃ、題材の資料を送りますので」
里志 「ありがとう」
龍之助「取材に関しての諸経費は、社の方で支払いますので、領収書、お願いし
    ます」

■過去 十三 居酒屋ちゃぼ

【SE】炭を割る音が、店内に響く。

未助 「母さんとの水入らず…」
美野里「なにが、水入らずよ、馬鹿、言ってる場合!」
未助 「俺が、面倒を見るんや」

美野里(M)まだ、大好きなんだね、母さんのこと。それが長年、一緒にいる
      ってことなの?変な意地をはらなけりゃよかった。

美野里「容態は?どんな感じなの?」 
未助 「明日の検査次第やなあ」
美野里「とりあえず、明日までは、こっちにいるけど、また、東京に戻るから」

美野里(M)まだ、迷っている。これ以上、父さんに負担をかけられない。

未助 「大丈夫やで…ほんまに」
美野里「なに言ってんのよ、店と看病なんて無理に決まってる」

未助(M)俺が、惚れた女やで。俺の好き勝手にさせてくれ。俺が守るしかな
     いんや。

未助 「今週、店、休みにしようと思ってるんやあ、心配せんでもええ」

美野里(M)心配するに決まってるでしょ!この馬鹿親父!

未助 「ただ、母さんのところに一緒に行ってくれ、堪忍やでえ」

未助(M)ほんまは、検査結果、聞くんが怖いんやあ…

美野里「父さん、大丈夫?」

美野里(M)翌週の週末、里志との思い出をモノクロームに替えて、十三
      に戻った。

美野里「お店のことだけど。私が手伝うからさあ…」
未助 「お前になにができる?」
美野里「母さんよりは…」
未助 「母さんのことだって、ずっと、入院ってことにはならないと…」
美野里「ちゃんと、考えようよ」

美野里(M)母さんよりも、父さんの方が心配だよ。あの人のことは…。

未助 「母さんが、戻ってくるまでやあ、ええなあ…」
美野里「ありがとう」

美野里(M)また、父さんを裏切るかもしれないんだよ。あの人のことだから…。

【SE】炭を割る音が、響く店内

美野里(M)ちゃぼに戻り、父さんから、串うちを教わる毎日が始まった。
美野里「お父さん、お願いします」
未助 「覚えるんじゃないでえ、盗むんやあ…」

美野里(M)里志に、啖呵を切った手前、絶対に諦めない。がんばれ、私。

美野里「ハツの切り方がうまくいかない」  
未助 「ここを持って、こうするんやあ、よくみるんやでえ…」

【SE】ハツを捌く音

美野里「えっ、え〜、さすが!」 
未助 「子供の頃から、不器用な子やったのに、ええ感じやないかあ」

【SE】お店の玄関が開く音

八百屋「みっちゃん、ええ〜、えのきが入ったから、持ってきたけど?」
未助 「どれ?」
美野里「豚バラ巻きに、バッチリやと思うけど?どないやあ?」
未助 「どないやろなあ?」
美野里「いいサイズかも」
八百屋「美野里ちゃん、見る目あるよ」
未助 「おべんちゃらぬかすな、あほ!」
八百屋「厳しいな…、みっちゃんは」
美野里「男を見る目は…、だけど、野菜を見る目あると思うけどなあ…」
未助(笑)「男の見る目を磨け!どあほ」
八百屋「えのき、毎度!ほな」

【SE】扉を開ける音

美野里「新しいメニューを考えたんだけど…」
未助 「まだ、早い!」

美野里(M)切り出すタイミングを間違えた。お父さんの機嫌を見計らうのは、
      男を見る目よりも難しい。母さんがいれば機嫌がいいんだけど。

未助 「いらっしゃい!」

【SE】炭を割る音が、店内に響く

未助 「仕込み、はよせえ!」 
美野里「父さん、この間の新メニューだけど…」
未助 「まだまだやあ〜」
美野里「いつになったら、私のこと、認めてくれるのよ」
未助 (無言)
美野里「そんなに、私を信用できない?」

美野里(M)男と何度も、浮気や駆け落ちを繰り返した、あの人よりも、私
      の方が信じられないの?

未助 「串打ちはぼちぼちやな」
美野里「私も、お店のこと、考えてるのよ。わかってよ」

未助(M)ほんま、このまま美野里を巻き込んでも…。どないすればいいんやあ?

■過去 里志との同棲

【SE】ドアの鍵を開ける音

美野里(M)大学卒業後、里志と同棲を始めて、結婚も視野に入れていた。あの人
      さえ…。

【SE】箪笥から、猫が飛び降りてきた。

里志 「松之助、おどかすなよ!」
美野里「どこ行くのよ、晩ご飯よ」
里志 「ごめん、お腹減ってるんだよな、今、すぐ作るから」

【SE】松之助の啼き声

美野里「留守電のランプが…」
里志 「お腹減ったでしょ?晩ご飯どうしようか?」
美野里「えっ、あっ、うん」

【SE】受話器を耳に当てて、メッセージを再生する。

美野里(M)父の声だ。母、入院。

里志 「どうしたの?何かよくない事でもあった?」
美野里「一番嫌いな人が…入院した」
里志 「お父さん?」

美野里(M)里志には、あの人との気まずい関係は、なに一つ、話してはいない。
      普通の親子関係であれば、父親だよなそこは、やっぱり。

里志 「遅いけど、まだ、新幹線あるよ。送ろうか?」
美野里「別に、明日でもいいよ」
里志 「なんでだよ、入院だろ?」
美野里「明日も、お弁当だよね、頑張るよ」
里志 「そんな事…」
美野里「あっ、ごめん!もう寝る」

美野里(M)あまり、この話を続ける気力が今の私にはないんだ。ごめん、里志。

里志 「電話しなくてもいいの?」
美野里「おやすみ!」

里志(M)大学の時から、美野里の両親の話を聞いた事って?そういえば、な
     かった。

【SE】猫の啼き声

美野里「松之助、朝ごはん、もう少し待ってね」

美野里(M)集中しなきゃ、今は、お弁当に集中しなきゃ。

美野里「痛い!」
里志 「絆創膏、いる?」
美野里「びっくりさせないでよ」
里志 「ちゃんと寝たの?」
美野里「かすり傷、なんともない」
里志 「なに作っているの?」
美野里「お弁当に決まっているでしょ!愛情たっぷりの」

美野里(M)今の私は、弁当を作る事が重要なんだ。母さんの入院よりも、
      お弁当が最優先事項。

里志 「なに言ってんの?大阪に行かないとダメんじゃん」
美野里「いいの」
里志 「入院したんでしょ?弁当なんかいいからさ」
美野里「優先順位だから、大丈夫」
里志 「お母さんだよ」
美野里「そうね、私の中では、4番目かな。あの人は…」
里志 「あの人って、なに」
美野里「死んだ犬が3番目、母親は…」

美野里(M)4番目でも、優先順位高すぎる だよね。私の中では。

里志 「じゃ、行ってくるよ」

美野里「キスは?」
里志 「それよりも、電話して、様子を確認したら?」
美野里「うざいぞ」

■現在 東京 里志の自宅

【SE】パソコンのキーボードを叩く音

龍之助「十三って、製薬会社の街なんですね。今は、工場もなくなり、寂しい街
    みたいですよ」
里志 「日本は、物作りから脱却して、衰退したな」
龍之助「そんなもんですか?」
里志 「もう少し、歴史を勉強した方が…」

里志(M)老人の説教のようで、何か、気分がよくないな。そうだよ、決めな
     いと…。

龍之助「取材旅行の日程出してくださいね」
里志 「そう急かすなよ」

里志(M)十三か、美野里、焼き鳥屋、ちゃんとやってるのか?なんだか、
     未練たらしいな。

龍之助「ケチな編集長が、同行を認めてくれたんです。気が変わらないうちに…」

龍之助(M)先生のびっくりした顔も…。

■現在 焼き鳥屋 ちゃぼ店内

【SE】炭の割る音が響く店内。

由美子「ほんま、ごめん、早く来ちゃって」 
美野里「ええよ、仕込み中だから、適当に、一杯やってて」
由美子「ほな、生、頂戴!」

美野里(M)由美子と会うのも久しぶりだ。東京の会社の人と結婚して、最
      近、こっちに戻ってきたばかり。

由美子「鳥、さばけるとモテそう」
美野里「臭くてさぁ…」
由美子「この一杯めのビールが、身体中に染み渡る」

美野里(M)美味しそうに飲むなよ。仕事中だぞ。こっちは!

美野里「今日は?」
由美子「もう、一杯、お代わり」
美野里「それで?」
由美子「実はさあ、離婚しようかと思ってるんだ」
美野里「本当?」
由美子「もう、裁判も起こせるように準備もできてる」

美野里(M)相談って言いながらも、もう、決めたんでしょ。そう、最後に、誰か
      に背中を押して貰いたい時、あるよね。

美野里「だから、戻ってきたの?」
由美子「あんたが羨ましいよ…」
美野里「焼き鳥屋のおばちゃんだよ」

由美子(M)高校の時、嫌いだった。この町から出ていく背中を見ながら羨まし
      かった。

由美子「今回は、母さんがね…」
美野里「独身の私に、聞いても、いい話できないよ」
由美子「まあね、そうだけどさあ…」
美野里「聞いてほしい事があるんだよね。由美子さん?」
由美子「高校の時さあ、美野里のお母さんを、梅田で見たじゃない…」
美野里「覚えてたの?」
由美子「だって、衝撃的すぎて、ご飯食べれなかったんだから」

由美子(M)お腹の中は、ザマアミロと思ってたよ。浅はかだよ、私は。

美野里「高校生には、目の毒だったよね」
由美子「これは、子供の立場で聞いてほしいんだよね」
美野里「なんか、食べる?」
由美子「真面目に聞いて」

【SE】砂肝、4本、塩で。

美野里(M)あの人の男癖は、ほとんど、病気だった。何度も、再発を繰り
返していた。その都度、父さんは、仕事に集中していた。

由美子「離婚の話は?」
美野里「そのことか、私の家は、だいぶ、変わってるよ。参考にならないかも」
由美子「そうなの?」
美野里「うちの父さんさぁ、あの人のことが大好き。なにがあっても笑顔で許
    してたんだ」
由美子「許せるんだ、それって、愛?」

美野里(M)愛だよ、里志とのことがあって気がついたよ。父さんと同じ人を好
      きになるとは…。

美野里「私が見ていても、愛情に勝る者はない感じだったよ」
由美子「ハイボール、メガでお変わり」
美野里「大丈夫?」
由美子「私も、愛情に酔ってみたい…」
美野里「うちの父さんは、偉いよ。文句も、言わずに、黙々と働いていたもん」
由美子「やっぱり、喉が渇く話だね」
美野里「お腹も壊すかもよ。脂っこい話だからさあ」

美野里(M)そう、本当に、あの人のことは、胸が焼けるような話ばかりだ。
      ただ、父さんがそれに対して、文句も、言わなかったので、私は
      黙っていた。

美野里「由美子は、どうしたいの?」
由美子「早く、離婚を成立させたいんだけど高校生の娘のことがね…」
美野里「高校生なんだし、自分で決めることできるよ」

美野里(M)私は、そのせいで、二人と距離を開けることで平穏を保とうと
      努力した。それが最善作だと信じていたんだ。

由美子「そんなもの?」
美野里「うちみたいに、一方的に相手の事が好きすぎると、相手も好戦的にはな
    らないもんだよ」

由美子「こじれる、こじれるやん」
美野里「ちゃんと話せば、大丈夫だよ」

美野里(M)うちには、話し合いもなかった。父さんが現実から目を逸らし
      ていたのか?好きで誤魔化していたのか?どちらかだろう。


由美子「あんなお母さんでも…、あっ、ごめん…」
美野里「当たってるから」

美野里(M)あんなで十分だよ、あの人は。

由美子「結婚しないの?」
美野里「それを、いま、聞くことですか?」

【SE】店内に響く笑い声

美野里(M)結婚か、こんなおばあちゃん、誰が結婚したがるのよ、由美子。
      作家希望の人は?あっ、直木賞

由美子「東京で、結婚したいと思った人はいなかったの?」

美野里(M)もう、しつこいな。ちょっと…。

美野里「忘れた」
由美子「ちょっと、塩ふりすぎよ」
美野里「おしゃべりが過ぎるから」
由美子「親友でしょ?隠し事なし!」

美野里(M)東京にいて、色恋沙汰の一つや二つあるに決まってるでしょ。

美野里「当然、あったよ」

美野里(M)結婚、意識してた人と、同棲してたんだもん。

由美子「なんで、やめたの?」
美野里「あの人の入院」
由美子「このくらいの歳になると親のことで、人生を考えるよね」

美野里「見た目、若すぎ」
由美子「そっか…あほっ!」
美野里「あの人だけなら、恐らく、無視してたと思うけど、父さんとこの店もあ
ったからさあ」
由美子「後悔は?」
美野里「後悔かあ…」

美野里(M)変に頑固なところがあるから、里志にも、お店を継ぐんだ的な
      啖呵を切った手前、お店をなんとかするまではと…。

由美子「愚かねえ」

美野里「私は、意地っ張りの愚かな女なんです…」
由美子「愚かなところが可愛いって、思う男がいないんだよね」
美野里「鈍感だよ、男どもは」

美野里(M)里志のことは、忘れていない。直木賞候補になったことも、美
      野里志(うつくしのさとし)。

【SE】生、お代わりの注文の声

美野里「で、離婚どうするの?」
由美子「離婚は、するつもり。そのために、お金も貯めたし、仕事もさあ」
美野里「えっ、仕事」
由美子「好きな男と、今度は、対等に暮らしたいんだよ」
美野里「そこか…」
由美子「愚かな女にも、意地があるんだよ」
美野里「肩の力、抜いた方がいいよ」

美野里(M)それは、私も、同じか

【SE】タクシーの止まる音

龍之助「先生ここです。焼き鳥ちゃぼ、SNSの投稿一番」
里志 「予約してるのか?」
龍之助「お店の方針で予約は受付ないんですよ」
里志 「偏屈親父の店か」
龍之助「美魔女らしいんですよ、これが、写真見ますか?」

龍之助(M)先生、昔を思い出して、いい作品書いてくださいね。

里志 「期待しないよ」
龍之助「意固地にならないでくださいよ」

【SE】引き戸を開ける音

美野里「いらっ…。あっ!」
龍之助「すみません、2名、お願いします」
由美子「塩、かけすぎじゃない?」
美野里「あっ、カウンターにどうぞ!」
龍之助「先生、ここにしましょう」

【SE】美野里の斜め前に座る。

美野里「おかえり!」
里志 「えっ?」
美野里「希望なら、まだ、ここにあるよ」
里志 「あっ、ごめん…」
美野里「恥ずかしいからさあ、さっさとやってよ」

【SE】美野里にキッスをする。里志…。

龍之助「ちょっと!」

【SE】スマフォの動画を回す、由美子。

由美子(M)また、先おこされた。だから、美野里のこと、キライなんだ
      よ!もう。

由美子「ほら、皮、焦げてるよ!自慢の逸品」
美野里「由美子、もう帰って、緊急事態宣言が発令したみたいだから。ごめん」

【SE】レジスターの音が響く店内。


【完】
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