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2021-012【ラジオドラマ脚本】 笑顔の黄色いオムライス

【SE】学校の放課後を知らせるチャイムの音が浜に鳴り響く。

政子「みんな、お腹いっぱい、食べてね。お代わりしていいんだよ。その代わり、
   食べ残したら、皿洗いの刑だからね…」
子供「カレー、残すわけないよ。もう、僕は、3杯目のおかわりだよ」
政子「特製オムライスもあるからね」
子供「失敗した、オムライス食べ損なった」
政子「今度、また、作るよ!」
子供「皿洗いするよ。お腹いっぱいでもね。
僕も、何か手伝いしたいもん!」

政子(M)海の見える、ここにきてよかった。故郷と同じ匂いがする、ここで
     正解かな?

子供「将来、食堂のコックになるんだ!」
政子「なんで?」
子供「だってさあ、かっこいいじゃん!政子さん!」

政子(M)美海、ここにいてくれたら、よかったのに。叶わない夢か。

【SE】犬の吠える声

政子(M)うるさいね。もう!

【SE】朝日が登り始め、波の音が遠くで聞こえる。

政子(M)なんだよ、パック!こんな早朝から、顔を舐めるのはおやめ!

     息ができないよ!

政子「溺れるかと思ったじゃないか」
政子(M)どうしたんだろう?パックが、朝から、じゃれつくなんて。

政子「もう、いい加減におし!」

【SE】パック、吠えながら、政子から、逃げていく。

政子(M)パックが、あんなに慌てて、走っていくなんて、今まで見たことも
     ない。

政子「よく寝てもいないのに、体が軽く感じるね、なんでだろう?」

【SE】2階、部屋の窓を開ける。

政子「4時か、パック、絶対に、とっちめてやる、覚悟しとけよ!。朝ごはん抜き
   の刑だからね!」


【SE】政子さん、2階からまんまる食堂に降りる。

政子「また、食堂に泊まったんだ…。美月」

美月(寝言)必要とされる人にならなきゃ。過去は、もう、忘れよう、そう、
      忘れなきゃ…。

政子「必要としてるよ。あたしが居なくて美月なら、大丈夫…」

【SE】食堂内に、冷たい風が吹いた。美月、くしゃみをひとつ、大きな音

美月(M)なに?この冷たい風?窓、開いてる?

美月「こんな真夏みたいな格好じゃ、この風は冷たすぎるよ。あれ?棚の上のラジ
   オが…、夜、消したよね?」

【M】ラジオから、フジファブリック「若者のすべて」が流れる。

政子「美月、熱が出てたら、まずいよこの時期さあ、ちゃんとしておくれよ!」
美月「今年も、花火見れなかった」
政子「ほれ!仕込み、仕込み…」
美月「お店の掃除しようっと。昨夜の洗い物もあるし、起こられる前に」
政子「コロナと、インフルの区別がつかないんだよ、気をつけないとダメだよ…」

【SE】キッチンから、食器を洗う音

美月「Tシャツ短パンだからかだなあ、また、ブルっと、きたっ!」
政子「ほら、そこの皿、泡をちゃんと、切って…」
美月「パーカー、あったかな?」
政子「ほら、中途半端にしない!何度も、教えたのに…」
美月「残暑が厳しい。今年最後の夏なのに、もう秋の風みたいだよ」

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

政子(M)美月が、まんまる食堂にきて、もう、2年か…。コロナが、まだ、客船
     だけの流行だと思っていたときだった…。

美月「クラクラするよ、ご飯もろくに、食べてないし、バイト見つけないと」

美月(M)大声出さなきゃ、やっぱ、ダメだよね。大声かぁ〜、腹に力を…。

【SE】引き戸を開ける音

美月(弱々しく)「あの〜?」

【SE】食堂の奥から、包丁やら、鍋振りの大きな音が響く。

美月(M)聞こえないのかなあ?大きな声、出すと、お腹が減るもんだと初め
     てしったよ。

美月「あの〜、す、すみません」

政子(M)誰か?入り口に…。

政子「誰だい?」
美月「あの〜、すみません〜」

美月(M)本当はさあ、聞こえてるけど、意地悪でされてるとか?もう
     、やめてよ〜

政子「うるさいね!まだまだ、仕込み中だよ!」

美月(M)やっぱり、聞こえていたんだ、なんだよ、意地悪しないでよ〜、お
     願いだからさあ。

美月「あの〜、すみません!」
政子「誰が、しわくちゃばあさんだって!」

美月(M)しわくちゃなんて、ひとことも言ってないよ。いじわるばあさんだ
     きっと。

政子「ツルツルだよ!」
美月(小声で)「しわくちゃなんて、言ってませんよ〜」
政子「はっきりと大きな声でいいなよ!聞こえが悪いんだから、オンボロ耳な
   んだからさ!」

美月(M)コミュ障の私には、拷問に近い仕打ちだよ。やっぱり、帰ろうかな?
でもさあ、今月の家賃払えないんだよ。勇気出してよ!美月さん!

美月「あの!」
政子「まだ、まだだよ!声が小さいね…、聞こえないよ〜早く要件いいな

   よって!」

美月(M)完全に聴こえてるじゃんよ〜

美月「あの〜」
政子「声は、腹から出すんだよ!腹からさあ!」

美月(M)そ、そんなにいじめないでください。本当は、しっかり聞こえてる
     んでしょ。

【SE】美月のお腹の音が、食堂内に大きく響いた。

美月「わぁ〜わぁ〜」

美月(M)恥ずかしい!もう、帰る!

政子「お腹減ってるなら、最初っから、いいなよ!」

美月(M)働かざるもの食うべからずの状況なんです。こんな恥ずかしい思
     いしたから、もう、帰る。

政子「ちょっと、待ちなよ!特製カレーなら、すぐに出せるから、待ちなって!」
美月「いや、で、でも…」

美月(M)暑いのに、カレーって…。お金足りるかな?特製だよ、特製っ
て言ったら…普通、高いよね。いくらだろう?カレーは???

政子「ごはん、大盛りにしてあげるよ、おばちゃんからのサービスね!」
美月「だ、だいじょうぶです」

美月(M)そんなに大食いに見られてのかなあ?これでも乙女だよ。

【SE】ランチ、ざわめく店内。

政子「足りなかったら、ご飯も、ルーも好きなだけよそっていいよ。ただし、残し
   たら」
美月「なに、の、残したらって…」
政子「それは、お楽しみだよ!わっはっは」
お客(笑)「政子さんにやられたね。そして、気に入られたみたいだね」
美月「えっ?うそ、そんなことありません!困ります!」
政子「いい具合に、特製カツもあがったよ」

政子(M)美海も、よくあんな表情してた。自信なさげなオドオドした表情。
     
【SE】食堂にラジオが静かに流れる。

美月(M)このおばあさん、特製だと、客が喜ぶと思ってるのかな?私的には
     、特製はなしにして欲しい…。募金箱?

政子「ほら、カレーの上に乗せてあげるよ」
美月「あの〜、このカツ、ちょっと…」
政子「美味しそうだろ、豚バラを何十にも巻いて作ったんだよ、ニンニクも挟んで
   、スタミナ満点。旨そうだろう。特製だからね」
美月「えっ、ニンニク、匂いがさあ〜」

美月(M)どう見ても、厚み5センチはあるよ。罰ゲーム、確定かも…。
1500円以上は絶対するな、明日から、一日、おにぎり3個生活に決定。

美月「こ、こ、こんなカツ、美味しいって、笑顔で食べるのは高校生男子だよ」
政子「美味しいかい?初めて、作ったんだよ、涙が出るほど、美味しいんだね」

美月(M)このばあさん、笑う悪魔だよ。

美月「美味しいけどさあ、涙が出てきた、限界かも…」


【SE】美月の嗚咽

美月(M)もう、頭の上まで、カツが…。

美月(弱々しく)「持ち帰りは、だめですか?」
政子「持ち帰っても。罰ゲームだからね。わっはっは」
美月「えっ、そんな?」

【SE】ラジオから、天気予報が流れてくる。

お客「特製!」
政子「特製ね。今日は当たりだよ、最高の特製だからね」

【SE】パック吠える

政子「パック、お前も特製が食べたいかい?」
お客「最高の特製、旨かった。ごちそうさま。募金箱に入れておくよ」
政子「いつも、すまないね」
お客「何、言ってんだよ!元気でね、明日、また、夜、覗きにくるよ。今日みた
   いな最高な特製、食べたさせてね」
政子「嬉しいね!」

【SE】ランチが終了し、静かな店内にラジオが流れる。

美月「あの〜」
政子「まだ、いたんだ?」
美月「罰ゲームは、困るんで…」

美月(M)いいずらい感じだよね。さて!

政子「ところで、あんたさあ、ここで働く気はない?」

美月(M)ばあさんから、言ってもらえて、助かったよ〜。もしかして?た
     だ、あっ、ただ働きが罰ゲーム、だったりして…。

美月「あっ」
政子「あんたさ、人と関わるのが苦手なんだろう?」
美月「やる気…だけは」
政子「私が、ただで、叩き直してあげるけど?どう」

政子(M)必要とされてない人生だと思って自信を無くしてるだけなんだよ。
     美海と同じ。大丈夫だよ。大丈夫。

政子「チャンスは、自分でさあ、取りに行かないと掴めないんだよ、わかっ   てる?」
美月「チャンス?」
政子「誰にでも、あるのさ、気づくか気づかないかなんだよ」

美月(M)チャンスなんてくるわけないじゃん。必要とされたてないんだもん。

美月「構わないでください」
政子「チャンスの神様を敵にまわしてどうすんだい」
美月「嫌われ者ですから!」

美月(M)あっちゃ〜、また、訳のわからないこと口走ちゃったよ。

政子「だろ!だからさあ、その性根を私が直すんだよ。素敵な話じゃないか」
美月「治らないと…」

美月(M)本当に治せるの?相当、こんがらがってるけど…?大丈夫。

政子「さあ、どうする?今のままで、いるか?それとも」
美月「は、働きマンです!お、お願いします」

政子(M)なんだ、働きマン?わけがわからい言動も、美海と一緒だ。こりゃ、 いいよ。

政子「働きマンって?あんたのこと?」
美月「あっ、今、誰って顔した!」
政子「どう見ても、できれば働きたくないって、顔に書いてあるよ。ほれ、鏡!」

政子(M)働き者っていう奴に限って、使えないけど、まあ、いいか。目
     つきがさあ、そう、目つきだよ。

【SE】犬が、食堂の奥から、美月のテーブルめがけて駆けてきた。

政子「パック、こら、そっちに行くな!こっちにこい!」
美月「可愛い犬、名前は、バッグ?どうして、鞄なの?」
政子「パックして、真っ白になったみたいな犬だからだよ、パック!」
美月「パック。名前間違えて、ごめんね〜」

美月(M)滑舌が悪すぎなんだよ。ばあさん!

政子「特技は?」
美月「極度の人見知りと…なんだ?」

美月(M)そんなこと急に聞かれてもさぁ。

政子「自分のことはわかってるみたいだね」
美月「当たり前です!」

美月(M)ラジオのヘビーリスナー。ただし、サイレントリスナーだけどさあ。

美月「あった、特技じゃないけど、ラジオが大好き!」
政子「ほお〜」
美月「家に居る時はずっとラジオ」
政子「深夜放送でさあ、変なDJがいてさあ、売れない曲ベストテンとか流すんだよ」
美月「売れない曲?」
政子「DJ独自の目線、大衆に迎合しないスタイルがさあ、心地良かった」
美月「その人の番組は?」
政子「死んだよ。真夏の聖夜祭って名前の番組だったかな?」
美月(笑)「今なら、人気なさそう」
政子「ほぉ〜、よし、採用するよ!今日から、働く事」
美月「ばあさん、身元とかさあ…。それと、明日からにしてください!」
政子「ばあさんは、やめろ!政子だよ」

美月(M)あっさり、決まって、内心、ほっとした。今月の家賃なんとかな
     りそうだ。

政子「そうだ、あんた、名前は?」
美月「美しい月と書いて、美月です」
政子「まんまる食堂に、ようこそ!」

政子(M)美しい海な訳ないよね…。なに、期待してるんだろうね。バカだね。

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

美月「忙しすぎるよ!」

【SE】ランチ時、お客さんの注文の声

政子「美月ちゃん、3番、お呼びだよ」

美月(M)暇そうな店だと思ったのに、人見知りなんて、言ってられ
     ない状況だよ。

【SE】ホールとキッチンの間をウロウロする美月。

政子「ほら!お客さん呼んでるよ!」
美月「あっ、そ…」
政子「注文聞いてきて!早く!」
お客「新人?名前は?」
美月「あの〜?」
お客「彼氏は?」
美月「えっ、え〜」

美月(M)一度に色々、質問するなよ、こっちはさあ、テンパってるんだよ。

政子(大声)「美月だよ!よろしくね。手、出したら、罰ゲームだからね」
お客「おお〜怖い、怖い」

美月(M)なんだよ、オヤジ、さっさと決めろよ。ニタニタすんなよ、きもい
     なあ。

お客「美月ちゃんかあ、なんにしようかな?」
美月「決まりました?」
政子「ほら!ボォーとしない!他のお客さん、お呼びだよ」
美月「後で…、もう」
お客「ごめんね、カレーでいいや」
美月「カレー」
政子「何番テーブル?ちゃんとおしよ」
美月「3番テーブル!」

美月(M)これじゃ、私の方がもたないよ。政子さん、良くひとりでキリモリしてたもんだよ。

政子「できたよ!カレー、3番さん」
美月「あっ、はい」
政子「次もできるよ!ご飯と、味噌汁の用意して!次の行動を考えろ!」

美月(M)叩き直されなくても、これなら、自然と治るかも?あぁ〜すごい
     量の洗い物だ。涙が出そうだ。

【SE】最後のお客さんが帰る。テーブルで、ボーッとする美月。

美月「政子さんここの食堂、メニューがないんですけど?」
政子「ごめん、説明する前にお客がきたからね」
美月「お会計も?してないよね」
政子「そうだよ?なにか?」
美月「一番大事でしょ!」
政子「どうしたんだい、顔、怖いよ」
美月「そういえば、レジがないよね?」
政子「募金箱だよ」
美月(M)私の給料、ちゃんと払えるのかな?し、しまった、ブラック食堂だ!
    
政子「普通の食堂だったのさ、それがさ、いつの間にか子ども食堂にね」
美月『子ども食堂?』
政子「何かの事情で、家でご飯が食べれない子供たちに、無料でご飯を提供する
ようになったんだ、子供、大嫌いなこのあたしがだよ」
美月「お金持ちなんだ?」

美月(M)こんなのんびりした海辺の街にもあたしと同じような境遇の子た
     ちが…。
    
政子「あったらいいね〜、もう、70すぎたから、多くは望まないよ」
美月(笑)「時給、上がらないね」
政子「今は、昼間は通常の営業。夕方から、子供は無料にしてたんだ」
美月「もしかして、緊急事態宣言?」
政子「子どもたちが家から出れなくなってさあ」
美月「今日の昼間、子供たち、払ってなかったよね?」
政子「今はさあ、お互いに助け合わないとさあ…、持ちつ持たれつってやつだよ」

美月(M)そこまでして、やる理由って?何かあるの?

政子「10年、経ったらさ、開店当時の子供が働き出してさあ…」
美月「あっ」
政子「食べにくるんだよ」
美月「恩返しだ、卒業生の」
政子「だからさ、募金箱にしたんだよ」
美月「金額は?」
政子「お釣りが出ないように、最低1000円税込」
美月「儲からないじゃん!」
政子「ときどき、多めに置いてく卒業生もいるんだよ、ありがたいよ」

美月(M)やば、給料が出ないかも。

政子「食べていけるんだからさあ、いいんだよ」
美月「子供は?」
政子「高校まで、無料」
美月「違うよ、自分の子供だよ」
政子「孫が、居たけど、震災で行方不明」

美月(M)ご、ごめん。

美月「メニュー?どこ?」
政子「この辺りでは、わりと有名なんだよ。だから、クチコミで広まって、何でも
   作ってくれる食堂ってね」
美月(M)ここは、政子さんの想いが詰まった楽園なんだ。楽園の一員になりたいな?あっ、。必要とされないよね。

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

美月「お腹、減った」

美月(M)政子さんの賄いだけが唯一の楽しみだよ。

政子「賄い、美月、任せたよ」

政子(M)そろそろ、適性を見ないとね。美月、限界は、いつでも、自分が作るんもんだ、いいかい。

美月「えっ!えっ、無理だよ…」
政子「材料は、なんでも、使っていいよ。好きなもの作ってね。働いて、半年だろ!大丈夫!」

美月(M)こりゃ、やばいよ。私に対するイジメだよ。やっぱり、ブラック食
     堂だよ!
    
政子「ちゃっちゃと、おしよ!」
美月「ど、どうすれば?」
政子「考えても、何も変わらないよ。さっさと手を動かすんだよ」

美月(M)厳しい〜!

美月「そ、そんな」
政子「もう、一ヶ月も過ぎたんだよ、試用期間は終了だよ」
美月「し、試用期間?」
政子「いい加減、私の味付けにも、飽きただろ?私にも、若い人の味を教えてくれ
   ないかな?」

美月(M)流石、百戦錬磨の強者だ!

美月「で、でも…」

美月(M)自宅でも、料理なんてしたことないし、一人暮らしだから、料理しないんだよ。合理的じゃないもん。

政子「彼氏とかいないの?まさか?」
美月「パワハラ!」
政子「可愛い顔してるのにね、性格だね、問
題は…」
美月「セクハラ!」
政子「なんだよ、なに言ってんだ?」
美月「すみません、彼氏、いません!」
政子「もう、すぐに作れ!」
美月「彼氏は、すぐにできないよ!」
政子「ばか!賄いだよ!」
美月「あっ、だよね」
政子「70過ぎても、楽させてくれないもんだね、神様ってのは!」
美月「す…、す、みません」

美月(M)やばいよ、作れるものなんてさ、ないよ。ここは、手作りクック先
     生を呼び出してと…。

【SE】キッチンから、みじん切りの音と卵をかき混ぜる音、炒め物の音がし
    てきた。

政子「スマフォなんて、見てないで…」
美月「あれ?あっ、うまくいったかも」

美月(M)もしかして・もしかしちゃった?

政子「偶然だね、偶然。オムライスか?見た目は…」
美月「はあ、心臓が、キュンとする」
政子「このLOVEは、余計だね。忖度しないよ」
美月「料理の最後の調味料ですから」

美月(M)上手いこと言ったと思ったのに、ニコリともしないよ。ああ、ク
     ビ確定?

【SE】政子さん、一口食べてみる。

政子(無言)
美月「オムライスだと、わかりますよね」
政子「どこから、見ても、オムライスだけどね。味の方は、さて?」

美月(M)丁寧な言葉使いが怖い。才能なしかぁ…、何をやってもやっぱり、
     だめかあ〜。来月の家賃どうしよう?

政子「だめじゃないよ。ただね、改良すればさぁ、いいだけ」
美月「えっ?」
政子「卵の火のはいり具合は、う〜ん。偶然だろうけど、及第点だね、偶然って、あるもんだね、偶然って、神様に感謝だね」

美月(M)なんども、偶然って、言わなくてもいいじゃんか!

政子「溶き卵に、少しだけ、マヨネーズを入れて、ごらん、特製ルール08番。覚
   えておくように」

美月(M)政子さん?マヨラー?だったの。若い!

政子「メモ、ちゃんと取るように!返事は?」
美月「あっ、はい、はい」

【SE】食堂内を探す音

政子「マヨネーズはね、基本、油だから、オムレツがふんわりするんだよ」

美月(M)メモ用紙、なんてないよ

美月「あっ、スマフォのメモアプリ!」
政子「ケチャップライスかあ、うーん…」
美月「あ、味が薄いですか?」
政子「これは、もう少し、塩胡椒の塩梅、研究課題。鶏肉は必ず入れるように、特
   製ルール11番」

美月(M)研究って?何するの…。

政子「研究ってのはね、毎日、作るんだよ。鍋振りも覚えられて一石二鳥」
美月「げっ、げげ」

【SE】もう一口、食べる政子さん。

政子「美月、玉ねぎのミジン切りだけど、もう少し大きく切るように!」
美月「大きく?」
政子「玉ねぎ、子供の頃、嫌いだったろう?」

政子(M)美海も、玉ねぎ、嫌いだった。

美月「えっ?」

政子(M)美海にも、細かく叩いて入れてたんだよ。

政子「簡単だよ、母親が食べさせようとして、細かく切っていたんだろ、嫌いなも
   のを克服させるためにさあ」


美月(M)わぁ〜、そんなことまで…

政子「料理ってのは、出るんだよ、愛情と人生の味ってやつがさあ」
美月「でも、ミジン切りを大きくって?」
政子「簡単なことさぁ、ここは男性の客が多いだろ」
美月「確かに、それが…」
政子「歯ごたえ、食感だよ!」
美月「…わからないよ」
政子「歯ごたえがあると、よく噛むだろ。満腹感を出せるんだよ。あぁ〜、食べたって思うんだよ」
美月「そうか!そんな気がする!」
政子「今、何番目?」
美月「なに?」
政子「特製ルール24番目だよ!覚えておくように!、携帯なんていじるな!」

美月(M)携帯で、メモ取ってます!えっと?何だっけ…

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

政子「ここ数週間、特製オムライス美月風、最近よく出るようになったね」
美月「ちょっと、その美月風って、やめてもらってもいいですか?」
政子「何でだよ、嬉しいだろ?」

美月(M)え〜、恥ずかしいじゃないですか?

政子「内心、嬉しいだろ?」

美月(M)料理って、こんなに人を笑顔にさせるなんて思いもしなかった。でも、名前がダサすぎ!

政子「少しは、自信が出てきたみたいだね」
美月「自信だ、なんて…そんな」

美月(M)オムライスを美味しいって、食べてもらえると、必要とされてる
     かなって…。

政子「料理って、いいだろ?」
美月「政子さん、料理はどうやって覚えたの?」
政子「今から、10年くらいかな?」
美月「う、うそ」
政子「商売としてだよ、家庭料理は、もう、ずっとだね。もう飽きたよ。美月、頼
   んだよ。あんたの時代だよ」

美月(M)海辺の老舗洋食屋かと思ってた。旦那那さんが亡くなって、政子さん
     が味を守ってるもんだと思ってた。

美月「えっ!うそ」
政子「相手を思いやれば、自ずと答えは出てくるもんさ」
美月「必要とされてて、羨ましい」
政子「食堂やって、子供たちが美味しいって言うからさあ、無料にしたんだよ」
美月「子供、嫌いだって…」
政子「今でも、嫌いだよ」

美月(M)素直にさあ、可愛くないよ。

政子「子ども食堂を始めたら、農家が傷物野菜をくれるんだ、見た目は変でも、味
   は同じ。見た目じゃないんだよ!」

政子(M)傷物でも美味しい野菜。人間だって同じだよ!美月、わかった?

政子「煮たり炒めたりすればさあ、美味しくなるもんさ、美味しい野菜なんだか ら、人間のエゴだよ」


美月(M)見た目じゃないよね。

美月「政子さん、修行したでしょ?」
政子「修行なんてしてないよ、大家族の長女はさあ、何でもやらされたんだよ、昔
   はね」

美月(M)嘘、カッコつけてるだけでしょ

政子「この建物は、老舗なんだよ、何十年も続いたお店を居抜きで借りからね」
美月(笑)「汚い感じが老舗の味かな」

美月(M)老舗の貫禄十分だよね。政子さんも。

政子「古くてもいい味出せるんだって」
美月「ここの料理、食べたら、笑顔になれるよ」
政子「美月、自信を持て。誰でもさあ、誰かに求められるんだよ、生きてる限り
   さあ」
美月「政子さんは天才だからさあ」
政子「天才だよ、私はね…」

政子(M)限界を作らない天才なんだよ、正確にはさあ…。美月、お前にも才
     能はあるんだよ、自分を信じるんだよ。

美月「自信か…、持てないよ」
政子「あんたの悪い癖だよ。自分の可能性を自分で、摘んじまってどうすんだ  い!」
美月「政子さんみたいには…」

美月(M)このままで、いいのか?美月!政子さんのためじゃなくて、自
     分の人生なんだよ!

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

政子「さてと…、今日の賄いは」
美月「ちょっと、昼寝でも」
政子「はい、フライパン」
美月「もう、オムライスは、飽きたよ」

美月(M)研究って言ってさあ、毎日はキツい…。もう、勘弁してください。

政子「美味しくなったよ」
美月「及第点ってこと?」
政子「甘いよ!バカタレ!継続は力だよ」

【SE】パックが、美月に向かって吠える。

美月「もう、パックまで、私に厳しいんだ」
政子「次の課題だよ…」
美月「オムライスだけで、手一杯です。ごめんなさい」
政子「次だよ」
美月「無理ですよ、そんな…」
政子(M)やれない理由を見つけるんじゃなくて、やれる理由を見つけるん
     だよ!

政子「よくお聞き、美月は、料理のコツを覚えるのはいいけど」
美月「そんな訳ない!」
政子「自信がないことが邪魔するんだろうね」
美月「才能ないもん」
政子「なんで、限界を作るんだよ。自分の可能性を信じるんだよ」
美月「できません!」
政子「お客さんとのやり取りも、板についてきたし、次のステップだよ」
美月「誰からも、相手にされなかったから、今の状況が信じ…」
政子「ばかだね〜、信じるだよ、自分の人生だよ」

美月(M)実の両親からも、疎まれてきた20年なんだ!私は…。

美月「お客さんは、常連さんばかりだし、みんな優しいから、やれてるだけだよ」
政子「美月が、ここに来た時、まあ、ヒドかった。あのーしか言わないんだか
   らさあ」

美月(M)コミュ障のこんがらがった性格ですよ!。期待しないでください。

美月「今も変わらりませんよ」
政子「オムライス、美味しくできるようになったじゃないか!お客さんからのリピ
   ートも多くなってるよ!」
美月「でも、政子さんの方が絶対的に多いよ」

美月(M)いまだに、オムライスだって、おっかなびっくり作ってるんだよ。わかってるでしょう!

【SE】パック、美月に飛びつき、吠える!

政子「ほら、パックも、応援してるよ」

政子(M)美月、自分を信じなきゃ。限界を自分で決めちゃだめだって言っ
てるだろ。超えていかないとさ…。私は、あんたを信じてるよ!

美月「やでも、やるんだよね」
政子「課題は…、豚の生姜焼き!」
美月「それには、かないません!ごめんなさい」

政子(M)大丈夫だよ、今の美月ならさあ…。私が、もう決めたんだよ。そう、決めたのさ!、いずれは。

政子「まんまる食堂の第2位の生姜焼きに、革命を起こして欲しい!」
美月「あの〜」
政子「特製生姜焼き美月風としてメニュー化されます!」
美月「また、美月風?」

美月(M)ネーミングセンス、ゼロ。ダサいよ

美月「それだけ?」
政子「評判が良ければ、翌月から、給与アップ!どうだ!」
美月「そんなの無理に決まってる〜」
政子「何度も、言わせないでおくれ。限界を決めちゃダメ!この食堂の主人は私
   だからね」

政子(M)限界なんて、ないんだよ!

美月「自信ないよ〜」
美月(M)聴く耳なしか。やるだけやるしかないみたいだよ。政子さんは甘く
     ないからな。

政子「肉の漬け込みもあるから、明日の賄いに作ってね、返事は!」
美月『あっ、はい、はい』
政子「では、至急、オムライス作るように!」

美月(M)返事しちゃったよ…、どうしよう。

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。

政子「さて、よろしくね」
美月「ちょっと、漬け込みが浅いかも、生姜の風味はいい感じだと…」
政子「豚肉、食べやすように切ってるけど?どうしてだい」
美月「一口サイズだと、火の通りもわかりやすいしさあ、ご飯おかわりすると
   き、判断しやすいでしょう?」
政子「成長したね」
美月「もう、一年過ぎたんだよ…」

美月(M)政子さんのやり方見てたから、料理は気持ちだって!

政子「よし、明日から、メニューに追加」
美月「給料も!」
政子「調子に乗るなよ。それは、お客が決めること」

【SE】食堂内に一陣の冷たい風が…。天井からぶら下げてる調理器具、ぶつ
かり合う音

政子(M)コロナので、この食堂も、変わった。メニューができた。ランチ3品だけ。金額は1000円税込


美月「さてと、今日のランチは何にしよう。政子さん、降りてこないけど、どうし
   たんだろう?」
政子「特製生姜焼き美月風にしたら?」
美月「そうだ、今日のランチは、豚バラがあるから、肉入り野菜炒めにしよう?」
政子「なんで、豚の生姜焼き美月風にしないのよ!このばかたれ!」
美月「豚バラもあるし、教わったミルフィーユかつニンニク風味も、ランチに加え
   よう、さぁ、仕込み!」

美月(M)いい天気だけど、風が冷たいよね。政子さん、遅いなあ。

政子「ちゃんと、お聞きよ!美月!人の話を聞かないところだけは治らないね」

【SE】(70年代邦楽)ラジオから、音楽が流れてきた。


お客「美月ちゃん、生姜焼き、お願い」
美月「はい!」
お客「ごめん、特製じゃなくて、政子さんの生姜焼きのほう、できるかな?」
美月「えっ、あ、はい」

美月(M)この間、美味しいってご飯もりもり食べてたのに?

政子「どうしたんだい?」
美月「なんでも…」

【SE】パックが、美月の足にじゃれついてきた…。

美月「パック、どうした?お腹減った?」

美月(M)パック、心配かけて、ごめんね。私は、大丈夫だから…

お客「美月ちゃん美味しかったよ、またくるよ、募金箱にと…」
美月「ありがとうございます」

美月(M)あれ?今、1000円以上、入れていかなかった?この店の不文律。
     募金箱は閉店後以外覗かない。

美月「今日の賄い、政子さん、生姜焼き作って?」
政子「お安い御用だけど、どうしたんだい?」
美月「よくくるお客さんで、政子さんの生姜焼きを頼んだお客さんがいたんだ」
政子「へぇ〜」
美月「私の生姜焼きと何が違うんだろう?」
政子「今日は、あの子の誕生日なんだよ」

美月(M)どういうこと?

政子「あの子は捨てられた子でさあ、この食堂で誕生日をね、」
美月「祝ってたの?」
政子「生姜焼きが大好物でさぁ、社会人になったら、自分の誕生日には、私の生姜
焼きでお祝いなんだよ」
美月「募金箱に気持ちを入れてるんだ」
政子「ばかだよね、自分のために貯めればいいのにさあ」

【SE】ラジオから、2度目の緊急事態宣言のニュースが流れて来た。

美月(M)ここで、働いて1年半近く。やっと、料理に自信が持ててきたのに。
     ばかやろ!

政子「困ったもんだ…」
美月「うちも、また、時短営業する感じ?」
政子「私の好き勝手に、やらせてもらうよ。私らの若いうちに散々、好き勝手さ
   せられてきたからね」

美月(M)こうゆうときの政子さんは、本当に逞しく感じる。私も、そうなり
     たい。

美月「ここにいてもいいんだね」
政子「当たり前だよ、美月の居場所は、ここなんだから、遠慮なんかするな」
美月「いつも通りに仕込みしなきゃね」
政子「本当に、困ったね」

【SE】冷たい風が、食堂内に流れてきた

美月「また、冷たい風が…」
政子「なんとか、一人前になった感じかな」
美月「こんなに、長く続くとは…」
政子「かれこれ、2年になるんだよ」
美月「私が、きて、もう2年かあ」
政子「最初の頃は、美海の代わりだと思ってきたけど…」
美月「政子さん、どうしたんだろう?」

【SE】冷たい風が食堂内に吹き付ける。

美月「パック、どうした?」

【SE】パックの大きな鳴き声。美月の腕に噛み付く。

美月「痛いよ、どうしたんだよ!はなせ!どこに連れて行くんだよ!」

【SE】階段を駆け登る音

美月「もしかして!」

【SE】ドアを開ける音、パック駆け寄り、吠える。

美月「パック、静かに!」
政子「見つかったね」

【SE】パックの鳴き声

政子「そうか、美月を呼びに…かあ」
美月「どうしよう?」
政子「いつもの通りに、ランチの営業だよ!」
美月「きっと、お客さんを笑顔にしろって、怒鳴るだろうな」
政子「伝わってるね」
美月「パック、政子さんのそばに居てね」

【SE】パック、かよわく吠える。

政子「パック、一緒にいよう」
美月「今日のランチは、オムライスだけ!ケチャプで…」

【SE】玉ねぎみじん切りの音

美月「いらっしゃい!今日のランチは、特製オムライス美月風のみになります」
お客「美月ちゃん!特製で!」
美月「はい!」

【SE】鶏肉入りのケチャップライスを炒める音

お客「LOVE?」
美月「最高の調味料です!」
政子「いい目つきになったよ」

【SE】冷たい風が食堂に吹いた。
   


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