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次世代ミュージシャンのオンガク活動ハンドブック(著:永田純 Rittor Music)を読む。

ミュージシャンが「売れたい」と思うのは一体どういう感情から起こるものなのだろうか。

やはりお金を純粋に稼ぎたいというのはあるだろう。一曲でもヒット曲を出すことができれば印税生活も夢ではないし、好きなことで収入を得られるというのはとても素敵なことだ。しかし、実際は地道に働いて貯金をしたり、小規模でも資産運用などをした方が現実的だし、稼ぎもいいのではないだろうか。正社員になれば各種保障もしっかりしているし、芸能とは別の専門的な職業についてスキルを磨いた方が将来潰しも利くだろう。飯を食う手段としてはどこか心もとない。もちろん制作はお金が掛かるから、趣味として活動していくために作品を売るということもある。作品をつくってそれを売って、そのお金でまた作品をつくる、、そんなサイクルが出来ればどんなに幸せだろうか。今の世の中、「売れたい」と思うのはむしろこういった持続性を求めている場合が多いのかもしれない。

またもうひとつ「売れたい」と思う源泉として、自己実現というものがあるだろう。自分が思っていることを音や映像などで表現したり、興味のある技法を駆使して作ったものを発表し、それが人に見られ評価されたときの嬉しさは計り知れない。それに評価されることで生まれるコミュニケーションもある。全然知り合う可能性のなかった人と出会ったり、バンドだったら、共同制作をしたり、ライブイベントに誘われたりといったことがあるだろう。だからこそ多くの人に自分の存在を知ってもらいたいと思って「売れたい」と望むことは当然のことだ。この場合、金銭的に売れたいと言うよりは「顔を売る」とか「作品を周知する」といった「評価的に売れたい」ということになるだろうか。

実際は金銭的にも評価的にも売れたいというのが正直なところだし、エゴや社会的使命みたいなものが綯い交ぜになった感情があるということもあるだろう。本当に音楽をやるために生まれてきたような人もいるだろうし、なんとなく働くのが嫌だからバンドをやっているとか、生きるために音楽をやるしかなかったという人ももちろんいるだろう。簡単に白黒割り切れるものではないから、理由にも様々なグラデーションがある。しかし、多くの場合はこの二つが「売れたい」と思う理由なのではないだろうか。

それではどうやったら売れるのだろうか。ネットや技術革新により制作コストや広報に関わるコストは低下したものの、実質賃金が低下しているというニュースもある。個人で使えるお金がますます低下している中でいかに効率よく売ることができるのだろうか。またコンテンツ飽和と言われて久しい昨今、どのようにしてお客を引き込むかというのも重要になるだろう。

そこで、活動のヒントを提供してくれる本がこの本「次世代ミュージシャンのオンガク活動ハンドブック」だ。著者は音楽エージェント・プロデューサーの永田純。YMOのワルードツアーに同行したり、大貫妙子や矢野顕子、たまなどのマネージメントを担当したりと、日本のポップスに深く関わってきた人物である。他にも手がけた仕事は多岐にわたり、羅列するだけでも大変な作業なので割愛させていただくとしよう。

それでは本の内容に移ろう。この本は様々なオンガク活動(バンドや楽曲制作をしている人だけではなく、音楽のニュースサイトやライブハウスを運営している人、マネージメントを担当している人など音楽に関わる活動全般を指す)をしている人にインタビューをして、どういう思想を持っているのか、活動の背景にあるものやその活動自体に関することなどを取り上げて、今後の音楽シーンがどうなるのか、また活動をしていく上で必要になることは何なのかなどのヒントを与えようというもの。章はcase study、 yellow page、 considerationsという3つに分かれている。case studyは今活躍しているミュージシャンやライター、音楽エージェント、市議などのインタビューが載っている。yellow pageではサービス、ライブスペース、メディア、サポートといったオンガク活動を支える仕組みやその中の人の話が書かれている。そして、最後にconsiderationsでは副題に「よりよいオンガク活動を続けるために今考えるべきこと」とあるように今のミュージシャンが知っておくべき、考えるべきことが書かれている。具体的にはセルフマネージメントや著作権扱い方といったものだ。

この本の良いところはなんと言っても、case studyとyellow pageのインタビュー記事だ。一人あたり4ページ程度なので、そんなに多くのことが書かれているわけではないが、それぞれの現在のオンガク活動に行き着いた経緯や、今後の音楽業界に関する考えなどが読めてわくわくする。個人的にはtofubeatsとMusicman-NETの山浦正彦の記事がいいなと思った。tofubeatsは中学の時点でもう曲作りをしてなおかつネット配信をしていたというのだから驚きである。また父親とのエピソードなども面白かった。山浦正彦氏の記事でおもしろいと思ったのは、メジャーレコード会社の洋楽部門で働いて、様々な仕事を担当しながらも、それで満足せずに多くの仕事をこなしていったところだろうか。記事によると山浦さんは1947年生まれでレコード会社を退社したのが77年。その年にパンクブームに乗っかってパンクを歌い始めたというから面白い。もちろんその間にもバンドをしていたのかもしれないが30代でパンクデビューできるのかと驚いた。山浦さんはパンクについてはすぐに辞めてしまったもののその後スタジオ経営などをこなし、89年に八代卓也さんと出会いmusicmanをつくるに至るのである。音楽業界に不満があり何か変えてやりたいと思って様々な活動をしていくのは純粋にかっこいいと思った。

またパート3であるconsiderationsは面白くないのかと言われれば断じて違う。今後、音楽活動をする際に必要なもの(HPや各種SNSのアカウントについて、写真はどんなものがいいかなど)についてのチェックリストがついていたり、音楽プロデューサーの牧村憲一さんの話が載っていたりとためになるものばかりだ。正直、売れるためにどうすべきかといった話はネットでも腐る程あるのでなにかひとつでもお気に入りの記事があるならそれを参考にすればいいだろう。しかし、何もわからないよという人はこの項を読んでみてもいいかもしれない。またこのconsiderationsの一番重要で有用な部分は著作権に関わる部分だろう。著作権は(というか法律に関すること全般にいえることだが)本当にわかりづらい。どういう時に問題になるのかとか、どういう種類の著作権があるのかなど、混乱することが多い。しかし、この本では非常にシンプルに著作権の基本について学ぶことができるのでおすすめだ。JASRACの人や音楽出版の方の話も載っているので、実務部分でも考えるきっかけを作るには良さそうである。最近、音楽を無断で使われたとか、著作権管理がよくわからないという人は読むべきかもしれない。

それではまとめ。オンガク活動をしていくにあたって人によっては様々な悩みがあるだろう。オンガク一本でやっていきたいとか、趣味として地道に活動したい、制作はできないけれど何か音楽に関わってみたい、もっと音楽をひろめたいなどなど、、。この本にはそれらの悩みを解決するきっかけになるようなことが沢山書かれている本だ。全部は書くことが出来なかったが、音楽を売るためのサービス(アグリゲーター:iTunesなどの配信サイトに音楽データを置くための手続き等を請け負ってくれるサービス。デジタルディストリビューターとも)やそれを広めるための各種サービスの経営者の話も載っているので、「ただひたすら情熱や夢を語るだけの本」にはなっていないので安心して読んでほしい。また音楽についての本だが、それ以外の活動をしている人もためになると思うのでぜひ読んでみて頂きたい。

それでは最後にマキシマム ザ ホルモンのW×H×U×~ワシかてホンマは売れたいんじゃい~の弾いてみた動画を見ながらお別れしましょう。

以上、お相手はとばりのカシオが務めました。


読んでくださってありがとうございます。サポートしていただいたものは、読みたい本がいっぱいあるので、基本的に書籍代に当てたいと思っております!