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音、音、音。音聴く人々(オーディオテクニカ編 幻冬舎)を読む。

突然だが、これを読んでいる皆さんは中二病に掛かったことはあるだろうか。中二病といえば「邪気眼系」が一番有名だろうが、他にも哲学系、ヤンキー系、女子によく見られるジャニーズ系、お笑い系、BL系など様々な形式が見られる。ちなみに僕は邪気眼系を少々たしなみながら、その思春期特有の病の主軸となる部分は哲学系だった。なかなかの黒歴史である。

哲学系の中二病ってなんだ?という人がいると思うので説明しておくことにしよう。哲学系中二病とは「世の中の自明と思われるような事柄に関して疑問を持ち、そんな疑問を持つ俺かっけー」と思う姿勢のことである。ただ単純に問題提起するだけではなく、「そんなこと考えてる俺、すごくない?」と透けて見えるのが重要である。ちなみに疑問の具体例としては、「人はどうして恋愛するのか」「自分が見ているものは他の人間も同じように見えているのか」「運命はあるのか」などがある。そういった誰もが一度は考えるような素朴な疑問ばかりで「それで哲学系?」と思うだろう。しかし、大抵多くの人が考えるけれども一度やそこらでやめてしまう。だが、哲学系はそう言った疑問にあたるとひたすら考えてしまうのだ。でもやっぱりそこは思春期。マンガや小説などから聞きかじった概念を使ってそれらしい理論をでっちあげ、最終的には思考停止に陥ってしまうのが哲学系の恐ろしいところである。そう、哲学系の行き着く先というのは「どうせ生きる意味なんてない」とかいう「かわいらしいニヒリズム」なのだ。(まぁ、正直今も僕がやってることは変わりないんだけれども…)

改めて説明すると、やっぱり中二病は痛々しいものではあるけれど、そうやって疑問を持つということは結構生活していく上で役に立つ。そもそも考えるだけで退屈しのぎになるのだ。これほどお金の掛からない遊びはない。かかるお金はせいぜい本代の数千円だけ。これも図書館などで借りればお金はかからない。それに加えて方法も単純だ。片っ端から「それはなんで?」と考えれば良い。「なんで人はフィクションを読むの?」、「フィクションってそもそも何?」とかいった具合に。そうして出てきた疑問を本やネットで調べたり、自分なりに考えたりすればいいのだ。そんなことをしていたらあっという間に時間は過ぎている。(考えすぎると、また「かわいらしいニヒリズム」に陥ってしまうので気をつけなければいけない)

とまぁいろいろ哲学系中二病と考えることについて書いているけれど、本編にはほとんどかすってないのは毎度のことである。ただ今回の「音、音、音。音聴く人々」は音楽というより、音そのものについて考えさせられる本だったのでついつい昔のことを思い出してしまったのだ。要するに「自分が聴こえている音と、他人の聞こえている音は違う(かもしれない)」というようなことだ。

「音、音、音。音聴く人々」はオーディオテクニカが創業50周年を迎えた記念に2012年に刊行したものだ。その内容は会社の歴史などを書いたものではなく、本の名前の通り「音」の様々な面を音楽家の坂本龍一や村治香織、エンジニアのアラン・パーソンズなどの「音の専門家」のインタビューを軸にして書かれたものになっている。「知らない人のインタビューなんて面白くない」と思う人でも、音の記録の歴史(オーディオやマイクの技術の話など)や人が音を聴く仕組みなどがやさしく書かれているので誰でも読みやすい本ではないかと思う。

その中で自分が面白いなと感じたところは岩宮眞一郎による「なぜ人は音や音楽に感動するのか」という音とそれを聴くしくみについての記述と、大賀壽郎(じゅろう)の「音と素材の関係」、デニスバクスターの「オリンピックのサウンドデザイン」、あとはコラムの「虫の声」である。最初の二つは音の仕組みについて、後ろのふたつは「楽音」以外の音についてと言い換えてもいいかもしれない。音の仕組み、とりわけ人が音をきく仕組みで面白いと思ったのが、「スキーマ」だ。人は音楽を音楽として理解するために認知的枠組をもっている。それが「スキーマ」だ。西洋音楽の中で育ったなら西洋音楽の「スキーマ」を、アジアやアフリカなどの文化で育ったならその文化の「スキーマ」を持つことになる。今では様々な音楽がCDにパッケージングされて売られたり、ネットで聴けるので個人で各々の「スキーマ」を形成しているだろう。(基本的には西洋音楽のスキーマになるとは思うが。)「スキーマ」を持つと音楽をパターンとして理解するようになる。それをいい感じに裏切ると「名曲だ!」という風になるわけだ。そして、僕はその「スキーマ」が人によって違うというところに面白みを感じているのである。普通に考えれば、人それぞれ蓄積した知識や経験は違うのだから捉え方が違うというのは当たり前に思える。そうなのだけれども、「自分の聴こえている音と相手の聴こえている音は違う」というあの問いにひとつの答えが出たことに僕は感動しているのだ。

また「楽音」以外の音に関する記述というのもなかなか面白い。スポーツを観戦するときに音に関して意識している人は少ないだろう。しかし、テレビで観戦する時に、その熱中度を高めることにおいて、「音」というのはとてつもない効果を発揮しているのである。ボールを打つ音、土を蹴る音、衣擦れ、選手の雄叫び、わき起こる歓声…それらを逃さず伝えることで臨場感が増し、その場にいなくてもスポーツの内容にのめり込めてしまうのである。そしてそれをどう録るか、どう伝えるかといったことが書いてあるのがサウンドデザイナーのデニスバクスターのインタビューだ。音楽ではない素朴な音を録音し、それを生々しく自然に伝わるように加工し、人々の興奮を盛り上げる。それは職人の世界としても面白いし、人が音によって感情が揺さぶられているんだという証拠にもなっていてとても面白いなと思った。

最後にまとめ。この本は音楽家やエンジニア、音響設計者や音声生理の研究者、学芸員など非常に幅広い「音の専門家」の話が読める本になっているし、音を記録し再生するという今では当たり前になったものの歴史も振り返ることができる内容盛りだくさんの良書だ。ヘッドホンやスピーカーの仕組みなんかも書かれているので、音を聴くこと意識しはじめた人は新しい機材を買う前に読んでみるのもいいかもしれない。また音楽や録音に興味がなくても、なにか話のネタになるものはないかとか、雑学が好きな人も読んでみても良いかもしれない。「音」好きになること間違い無し!(言い過ぎ。)

それではまた会いましょう。お相手はとばりのカシオがつとめました!

※動画は昔、dr.シバタに教えてもらったPogoというミュージシャンの楽曲。「楽音ではない音」(壁を叩いたり、スコップで土を掘る音など)を使って、「音楽」を作っているっていうのが今回の本の話(「音」と「音楽」)と上手く絡んでるなと思ったので。


読んでくださってありがとうございます。サポートしていただいたものは、読みたい本がいっぱいあるので、基本的に書籍代に当てたいと思っております!