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#64〜66.雑談 ザキヤマ、降臨。

皆さん、こんにちは。トビタです。

生徒との昔話を1つにまとめました。どうぞ。

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年度切り替えの時期。3月。個別指導塾に通う新中3からの問い合わせ。私のところも個別指導ということもあって、こういうパターンは珍しい。成績は県内の公立どこにも全く引っかからないくらい。公立のどこでもいいからねじ込んでほしいというのが要望の一つ。

はちゃめちゃ元気なお母さんいわく、色々な塾に通わせたがいっこうに勉強しなかったとのこと。塾をサボることもあったが、塾から見放されているのか、その連絡すらもこなくなったらしい。子どもの姿勢と塾への不信感から転塾を考えているようだった。

体験授業に来た彼は全く緊張しておらず陽気だった。例えるならこんなキャラ↓

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息子もはちゃめちゃ元気。かくかくしかじかあり、彼(以下ザキヤマと呼ぶ)は私の塾に移ってきた。一般的な個別指導塾というのは、時間割を学年で区切っていないため、一つの授業に様々な学年の子が混在する。ザキヤマが授業に来たときの内部生の反応は「満面の笑み」だった。話を聞くところによると、ザキヤマは中学校で有名人らしく、学年問わず彼のことを知らない生徒はいないらしい。

近隣の中学校では行事としてお笑いコンテストが毎年開催される。M1グランプリみたいにステージに上がって全校生徒の前でネタをやる。もちろんこれは有志。そこに2年連続で出場していった猛者がザキヤマである。だから有名だったのだ。

そんな彼がやってきて以来、塾の雰囲気はパッと明るくなった。というより、ちょっと面白すぎる。面白いのはいいが、依然として成績がやばすぎる。「受験ダメだったら吉本興業に履歴書送ったるよ」「先生、俺芸人なんてやだよ〜。俺は俳優になるんだよ〜」と、ここまでが塾の定番の笑いだった。

塾のお仕事をやるにあたって、最初に驚くことの一つに「色々な子がいる」という当たり前のものがある。学生時代、誰しも関わらないグループがいたと思う。仲間外れにするとかではなく自分とは気が合わないなって。そういった自分が学生時代に関わらなかったようなタイプでも、塾に来るのであれば受け入れなければならない。私にとってザキヤマはまさにそんな存在だった。

転塾してきてからの3ヶ月間、手を焼いた。具合が悪いから休むと言って電話してきたが、実は元気にジムで汗を流していたなんてこともあった笑
ちゃんとチクってくれる内部生がいたので、毎回その度にシメる。その繰り返し。そんなザキヤマもいよいよ夏期講習を迎えるのだが…

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6月の三者面談。学習状況の報告はもちろん、夏期講習の提案をする。

時々塾をサボることもあったしそれはその都度伝えていたが、ここでも改めて伝えた。塾に来ている間は真面目にやっているが、入試を見据えると勉強量は物足りなかった。数学は中3の内容に入れているが英語は中1レベル。他科目はノータッチ。

私が提案したのは講習プランに存在する上限いっぱいのコマ数。夏も通常授業は並行して行われるため、その月謝と合わせると20万を超える請求となる。私がいた塾ではここまでかかるのも珍しい。

かなり厳しい話もしたし、相当なお金がかかるということで重苦しいムード。それでもザキヤマの両親は承諾してくださった。ザキヤマ本人は終始静かだった。

「この夏、自分が思っている以上に頑張らないと公立入れないよ」
「はい」

文字では書き表せないが、言葉が届いていないことがわかった。彼が終始静かだったのは、反省しているフリだと感じていた。

「心の中で舌出して笑ってるだろ。ちゃんとしなきゃいけない場面だけ反省したフリして。今までそうやって乗り切ってきたんだろ。20万だよ?家族で旅行に行けるような金額だよ?それだけ君にかける意味わかってんの?」

ザキヤマは涙目になっていた。面談で暴言に近いことを言ったのは、この時くらいだと思う。正解かはわからない。だがようやく覚悟が決まったのか、目の色が変わったのがわかった。

いよいよ7月になり夏期講習を迎えた。夏期の分だけで1日最低4コマはいたと思う。6時間。勉強に慣れてない子にとっては大変なこと。

午前から連コマだと、一緒にお昼ご飯を食べることもある。ザキヤマが鞄から取り出したのは大きなタッパーだった。タッパーの中にはスイカが3切れほど入っている。

「まさかそれが昼飯か!?」
「お母さんが勉強だけじゃなくダイエットもしろって…」
「今頑張らなくてもwww」

大きな体の中3男子がスイカだけで足りるはずもないので、私のパンをわけてあげた。ザキヤマは嬉しそうにスイートブールにかじりついていた。

そんなこんなで9月になると、なぜかダイエットに成功していた。いつもぴちぴちのタンクトップを着ていたのに、ゆったり着られるようになっていた。

学力も随分と上がった。学校の先生からは「人が変わったようだ」と驚かれたそうだ。たしかに顔つきが良くなったと思う。ヘラヘラした感じは減った。あの面談以来、授業をサボることなんて一度もなかった。

気づけば11月、最後の定期テストを終えた。成績は全部で9個上がって、数学は4がついた。中2の成績はダメダメだったが、中3で挽回できた。公立にねじ込める土俵に立てた。

そして志望校を決めるときが来た。

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12月。志望校は今の内申で戦える公立に決定。冬期講習に突入すると、ザキヤマは凛々しい顔つきになっていた。もう完全な受験生。勉強自体もよく頑張っていたと思う。

私個人としては、年末は勝負の時期だった。複数教室合同の集団授業で講師を務めるからだ。担当は英語。60分勝負。半年間訓練していたが、デビュー戦ということでそれなりに不安もあった。上のクラスは対話文読解、真ん中のクラスは適語選択、下のクラスはリスニングだったと思う。板書が下手くそなので、模造紙など小道具の下準備に力を注いだのも覚えている。結果、授業アンケートの結果は上々だった。

さて。高校受験は夏というより冬にぐんと伸びる。冬が受験の天王山。これまでのザキヤマの伸び具合や頑張り具合を見て、これはいけそうだなと感じていた。現に余裕を持って彼は合格した。

ザキヤマの代の卒塾を見送ってから、私は他の教室に異動した。それから忙しい日々が続いたが、その後、偶然にも私の教室を引き継いでくれた人を部下に持つことになった。

久々に元いた教室に顔を出す。中は少し模様替えがされていて変わっている。ただ私が作った教室ルールの掲示物や私物の遊具などはそのままだ。

今でこそ真面目な顔をしている(?)が、当時は遊びも重視していた。生徒と一緒に料理したり、クリスマスパーティーやったり。小型ゲーム機で遊んだり。生徒から漫画を借りて読みまくったり。先生というよりは近所のお兄ちゃんくらいの感覚だったと思う。教室のあちこちを見てはそんな思い出が蘇った。

帰り道、部下と一緒にどこかでご飯でも食べるかと駅まで歩いた。すると商店街に見慣れた顔がいる。顔が濃いのですぐわかる。ザキヤマだ。部活帰りに出くわしたのだった。以前いた教室に顔を出して、まさかその日のうちに教え子と道でばったり会うとは思わなかった。

高校のバスケ部で汗を流しているからか、さらにスリムになっていた。彼女もできたらしい。もうスイカとスイートブールをかじっていたときの面影はない。昔話に花が咲いた。

「俺、あの頃めちゃくちゃ勉強しましたよね」
「勉強しなきゃ吉本行きだったからな」
「まぁ俺あんなに勉強しなくても受かったと思うんですよね」

何だとコノヤロウと思ったが、ザキヤマは続けた。

「でもあの時本気で勉強して良かったと思う」

この一言はずっと忘れないと思う。入塾した頃の彼からは想像がつかないような言葉だったから。こういった成長を見ることができるのが、この仕事の醍醐味だと思っている。

彼いわく、それまで一生懸命になったことなんて一度もなかったらしい。高校受験に向けての勉強で初めて本気になれた。そして成績を上げて結果合格した。

高校での成績は学年でも上位だったようだ。今現在、彼は推薦で大学に合格して学生生活を送っている。家族の中の問題児だった彼が今は妹たちの勉強の心配をしている。ザキヤマは大人になった。

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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

ザキヤマシスターズ(二人)についてはまたどこかでお話したいと思います。

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いつもお読みいただきありがとうございます。教育者の端くれとして、自分が持っているものを他の人に伝承していきたいと思っています。今後とも宜しくお願い致します。