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静かで普通のこころのままで

私には昔から自分の中に生まれた感情や感づいた真実っぽい何かのことを異常といえるほど大事にしたがる傾向があって、それは綺麗なものや嬉しいものに限らない。

大きな悲しみとか、怒りとか、それに満たない「なんかよくわかんない」としか言いようのないものも、喜びや心の洗われるような感嘆とまったくおなじ比重で大事だ。私が生まれて、生きて、その中で生じた感情なのだから。その中を彷徨って出会った、替えの効かない瞬間なのだから。

自分の中に何かが波打ち、音や光が見え、今思考という旅の中差し掛かった景色をどこかに書いておいたほうがいい、と思うとき、「もっとここで考え続けて、なるべく緻密にたくさんのことを”ちゃんと”書くように努めたほうがいいのではないか?」という、ある種欲望のようなものが芽生えることがある。きっとこの感情はとんでもないものだから、とんでもない文章にしなければ、といったような、自己に期待をあえて過剰にかけようとするような思考だ。さらに解剖していくと、その中には自信のなさのようなものも同時に含まれている。今の私では、このきっととんでもない感情にふさわしい言葉を探せないから、もう少し精進してから満を辞して書こう、というような、一見まともそうに見える逃避願望。

どちらもまったく的はずれな意見ではないのだけれど、机の上で「書くか、書かないか」を悩んでいる(正確には、悩んだふりをしている)だけでは見えないほうのやわらかい真実に、いつも本当の大切なことは隠れている。

街を歩けばわかる、同じ瞬間が二度とないことが。日々を追われるように早歩きで通り過ぎていけば、もうわかる。どんなに大事にここに置いておきたい宝石のような感情だって、もっと細やかに観察して分析していきたい複雑な色の感情だって、生きている限りは絶対にこの手から離れていってしまう。出会った時の胸のすくような心の針のふるえかた。この喜びは、離れて行ってしまうということをはじめからちゃんと含んでいたから、きれいだったのだ。

車の外に流れていく景色が、そのまま目で見ただけの色や温度だけじゃなく、もっと豊かな奥行きをもって映る時、そういうふうに感じている今この瞬間に、この瞬間のこと、手放しながら生きていかなくちゃ。何かを、忘れたくない、と願うとき、かたく眼を閉じたその瞬間にいかなくちゃ。

ゆるやかに変わっていく砂の質を、足の裏の神経だけで静かに感じ取りながら、騒ぎ立てずに、静かで普通のこころのままで、離れていく美しかった瞬間にわざわざさよならも言わないで、だっていつだって言っているつもりで生きているから。けろっとした顔で歩いていく。

光はいつも、真実の”愛してる”と”さようなら”を告げています。

The Light always says “Good-bye” and “I love you” !

人生というフィルムがいつかどの瞬間で切り取られても、最後の一コマがちゃんと、これって私ってかんじするなあ。私の人生ってこんなだったよね。って君に言えるように生きていよう。理想論とか言わないよ、本当に思っていることしか言わない。思っていても言わないことだってたくさんあるのに、君に言えることだって限りがあるのに、そこにわざわざいつか嘘になる理想なんて注がない。


https://sheishere.jp/voice/201804-makototoda/

そんな、大事にしなきゃいけないから「いつかきっと書こう」と決めて箪笥に仕舞いかけながらも、やっぱり今書こうと試みた、ごく最近の出来事のお話がShe isさんという懐の深いメディアさんに掲載されているので、よろしければnoteを読んでいるみなさんも読んでみてください。

She isさんには毎月テーマのようなものがあるのですが、今月は「夢」でした。私には目標や理想としての夢はいつか大きい犬を飼う、くらいのものしかなく、また眠っている時に見る方の夢についてはあまり考え込んだことはありませんでした。それでも、人生というもの自体が夢のようなものなのだとずっと、思っています。

また、だいぶ毛色は違いますが発売中のTV Bros.6月号にも連載「肯定のフィロソフィー」が掲載されているのでそちらもぜひ。月刊誌のたった1ページですが、文字数制限を毎月大幅に超え、だいたい3000~3500字+その月に見た映画や漫画やライブなどカルチャーの紹介もしています。誰にでも言える無責任な肯定ではなく、自分の足で世界と脳みその中を怪我したり怒られたりしながらくたびれるまで歩き回り、どんなにしんどくても諦めなかった時にだけなんとか見つけ出せる方の、ボロボロで継ぎ接ぎだらけの肯定です。

細胞が腐って新しいものに押し出されていく、それを繰り返す人間というナマモノを、私たちは現在進行形でやっているのだということを、なるべく忘れないで生きていたいです。この瞬間に何かを手にしたような気がして、その空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐き出す頃にはもうそれを失くしてしまっている。それがいい。それで、また新しくなりながら君と出会う。君もそういうふうでいてもいいよ。


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戸田真琴

AV女優です。ごく普通の日記を書いています。

幸福論

幸せになるために生まれてきたのではなく、美しく生きるために生まれてきた私たちの、だからこそ目指すべき幸福のために書いていきます。不定期。
2つ のマガジンに含まれています

コメント1件

2つの文章読みました。内容は違うけれど繊細な出来事の描写や色から同じ人が書いたと合点のいくものでした。
もともとあった日本人の気質がネットの普及のせいで目に見えるようになったのかもしれないですが、皆が同じ方向を向く瞬間に時々恐ろしさを感じます。
誰だって間違えるのだから、そのあとが大切なはずなのに。余白を与えずに根絶やしにしてしまおうとするのはなぜなんだろう。なんの得があるのだろうって。
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