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差別を超えてゆけ

「グリーンブック」を観た。もう1ヶ月も前の話だけれど。

劇場を出ながら興奮した頭で、こんなのアカデミー作品賞をとって当たり前じゃん、と思わず口に出してしまった。それくらいの快心の出来だった。腕っ節が強くて、いい加減で、でも情に厚くて心根の優しいイタリア人用心棒・トニーと、孤高の天才黒人ピアニスト、ドン・.シャーリーの心の機微がコミカルにわかりやすく、ユーモラスに描かれていて、大雑把な例えになってしまうけれど、きっと誰が観てもどこかしら感動することができる。

見終わった後外に出ると雨が降っていたけれど、映画の中でもふたりは雨に降られていて、車のヘッドライトの反射もふたりの体からしたたる水もぜんぶきれいだったので、自分も濡れてしまったって、悪い気がしない。いい映画を見た後はこういうことが起こる。だから私は映画が好きだ。

黒人差別の色濃く残る南部への旅ということで、当時の厳しい現実も描かれていくし、優しくていいやつのトニーにだって初めは刷り込み的に疑いもなく植えつけられた差別意識が宿っていた。それでも、お互いのことを一人の人間としてちゃんと見直した瞬間から、そんなものはどんどん薄まり出して、いつからかただの相棒という関係性に変わって行くのだ。

この映画を見ている私たちは、いつからか、ただの二人を見守る微笑ましい観客になる。そして、ふたりの人間としての可愛らしさに胸を打たれて行くからこそ、ドン・シャーリーが理不尽な黒人差別を受けるとき、それがマイルドな表現であっても、胸が引き裂かれるように痛むのだ。きっと、もっともっとやさしい表現にしてあったとしても、あんなに素敵な彼が少しでも侮蔑されるだけで、私たちの心は痛むだろう。侮蔑した相手を憎むだろう。そして画面の中で、トニーも同じように怒り狂ってくれるのだ。この映画は、そんな中でもユーモアだけは失わないまま旅の最後まで私たちを連れて行ってくれる。笑って泣ける、ロードムービーの傑作だ。

この映画がアカデミー作品賞を受賞した時、同じくノミネートされていた「ブラック・クランズマン」を監督したスパイク・リー氏は、怒りで席を立とうとしたという。

そのエピソードに紐づいて、「グリーン・ブック」の受賞の背景には喜びとともに多くの批判がなされていた。

とある映画雑誌では「白人である監督が黒人差別を描こうとすることが偽善」という文脈で語られていたりもした。確かに「グリーンブック」に見られる差別表現は実際の史実よりもかなりマイルドになっていたらしいし、「ブラック・クランズマン」や同アカデミー賞で助演女優賞を受賞した「ビール・ストリートの恋人達」の、黒人差別の実態をより事実に基づいて厳しく痛々しく描こうとした作品群と比べてしまうと、甘ったるい映画だと言われるのも少しは理解できる。

だけれどそもそも、映画というものはそれぞれに違う役割を持っていて当然なのだ。もっというと、それぞれに役割が少しずつでも違わなければ、同時に上映されていることの意味が薄くなると思う。「ブラック・クランズマン」には「ブラック・クランズマン」の、「グリーンブック」には「グリーンブック」の、そこに存在するべき理由がそれぞれあるだけだ。比べるものでもない。

「グリーンブック」は、差別問題を提起する映画、と捉える以前に、人間と人間の関わり合いを描いた、真にすてきなヒューマンドラマなのだ。そして、この映画に対して差別問題の描き方という視点からしか批評をしていない人たちのほうに、むしろわたしは危機感を感じる。

ドン・シャーリーは黒人だけれど、ステレオタイプな黒人の文化を生きてきたわけではない。ピアニストとして生きてきて、その才能で地位と名誉を手に入れたけれど、裕福な白人達に招かれてどんなに立派なピアノを弾いても、どこかに馴染めるわけではなかった。白人の社会の中にも、黒人の社会の中にも、はっきりとした居場所がない。彼には彼固有の、彼にしかほんとうの色と形をわかることのできない、たったひとつの孤独がある。

それはドン・シャーリーが特別な存在だから、ということでは決してなく、当たり前に、本当はひとりひとりの孤独というものはその人固有のものである、というだけの話なのだ。

わかりやすく、肌の色がこうだから、出身がこうだから、などと分けることでその人のもつ苦痛の種類をわかったつもりになるのは、もちろん他者理解への重要なプロセスのうちだと思うけれど、そこで思考を停止してしまっては、本質まではたどり着かない。

「グリーンブック」を差別問題の描き方という視点でしか評価しないひとたちは、あんなに細やかに描かれていたドン・シャーリー自身の孤独と悲しみも、すべて「黒人だから」という視点で済ませてしまうのだろうか?

もっと細部を見ていくと、この映画が本当の意味で、一見分かり合えない人間同士の心の交流を丁寧に描いた、シンプルに映画として限りなく豊かで面白い傑作映画だとわかることができると思う。

素直な作品に対しては、ちゃんとこちらも素直な気持ちにチューニングを合わせて向き合うということを大切にしたい。

ここから学べるのは、どんな差別問題も、実は向き合い方次第で自分の身近に引き寄せることができるということ。

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