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三軒茶屋のどぶろく〜生酛〜 製造過程を公開します。

はじめに

三軒茶屋醸造所では今まで出会ってこなかった新しい素材に向き合い、常に日本酒のあり方を拡張していくことを意識しています。日本酒とは全く別の世界とクロスオーバーすることで、味わい的にも技術的にも、新しい側面を浮かびだそうという試みの日々です。

今記事では、そんな醸造所での挑戦や新たな発見、あるいは技術的工夫・革新を全部公開していこうと考えています。
これを行う理由としては

日本酒の醸造技術の発展にほんの僅かでも寄与したいという思い。
未知の酒の醸造工程を公開することで、
酒類の垣根を超えた議論のきっかけとなる可能性を感じている。
まだ未熟な私の醸造技術背景に対して、
諸先輩方の意見を聞きたいという自分の願望(笑)。

といったことを持っています。

注意書きです。上記からも分かる通り、これは「専門的な酒造知識を持つプロ向け」の記事となります。専門用語や知識は前提なく使用しますので、ご承知おきください。

また、酒造分野においては日本酒、ビール、ワインなどの醸造酒はもちろん、蒸留酒や発酵を生業とする方など、多方面の方に読んでいただき、新たな文化の出発点となるような議論に発展できれば、これ以上のことはございません。是非意見お待ちしています。様々な分野の諸先輩方のお力を貸してください!

なおこの試みはシリーズ化し、できるだけお酒が出来上がるごとに更新していこうと考えています。

三軒茶屋のどぶろく 〜生酛〜

上記のように壮大なことを言っておきながら、初っ端はクラシカルな生酛という…。やや出落ち感がありますがご容赦ください笑

とはいえ、4.5坪という狭い醸造所で最低限の設備で行った生酛ですので、これから小さいサイズで仕込まれたい方、あるいは小さな醸造所で行う方の参考になれる可能性は大いにあると思っています。

醸造経過

まず最初に、私は生酛をWAKAZE CTO である翔也さん(@shoya_imai
) と 群馬県・土田酒造 杜氏の星野さん(@genki_hoshino
)から習っています。お二人からご教授いただいた貴重な知識も含みますので、改めての感謝とともに、暖かい目で見守っていただけると幸いです。

1.酛だて

まず米はやや固めを目標に水を吸わせ、放冷後に布でくるんでカラーボックスに放置し、埋け飯を行いました。当醸造所では併設して飲食店もあることからあまり気温が下がらないため、去年自分が挑戦した時は5℃程度に設定した冷蔵庫にいれて埋け飯しましたが、老化(β化)が強く進みすぎた記憶があったため、今回は室温で放置しました。冷蔵庫の環境は乾燥が強すぎるのかもしれません。今回はちょうど良く米の外側が硬くなり、噛んでも弾力の残る米になりました(弾力があるということは、α化したデンプンが多少残っているということだと判断しています。)。

水については去年までは事前に汲みおきした水に木片をいれて、最初の亜硝酸を強く出す工夫をしていましたが、今年はやめました。というのも、去年は逆に亜硝酸のピークが強く出すぎて、消長も早くなったためです。生酛は硝酸還元菌の出す亜硝酸によって野生酵母の早湧きを防ぎますが、硝酸還元菌が活発になりすぎるとすぐに消失していまうため、ちょうど良い塩梅で亜硝酸が出ていることが肝要です。具体的には、亜硝酸が出たタイミングで暖気をいれる(加温する)ことで、グルコースを出し乳酸菌を活動させ、硝酸還元菌の動きを抑制することで、これ以上亜硝酸を還元することを防ぎます。

当醸造所では仕込水に三軒茶屋地域の井戸水を使用していますが、おそらく硝酸還元菌が出やすい環境なのだろうと推測します。

また当醸造所では最近製麹を始動させましたが、生酛には丁度間に合いませんでした。なのでオードヴィ庄内様に委託製麹している、通常の醪用の黄麹を使っています。通常酒母用麹には糖化力を高めた麹を用いますから、そこをカバーするために酛での麹歩合は50%としました。また、昨年は乳酸菌の中でも桿菌(Lactobacillus sakei)が立ち上がりづらい経験があったため、そこの立ち上げサポートの意味でも麹の使用量を多くすることで、ビタミン量の多い環境を整えました。

また汲水歩合は最終的に60%とかなり詰めた状態で行っています。麹の吸水が甘く、どうしても水分量の多い生酛になってしまう傾向があったためです。

さて、これら3原料(米・米麹・水)を2つのビニール袋に分け入れて、8℃程度に設定した冷蔵庫の中に保管しました。

翌日朝に十分に水を吸ったのを確認した後、ハンドブレンダー(よくキッチンで使うやつ)で米をペースト状にしていきます。このペースト状が肝で、料理でいうとレバーペーストなんかを造る時がわかりやすいですが、水分と固形物に分離した状態ではなく、米を砕いてして散らすことでペースト状にし、自由水を減らして微生物汚染に強い環境をつくります。ちなみにずっと使っているとハンドブレンダーは悲鳴を上げてモーター部分がめっちゃ熱くなります…笑

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こういうやつ…笑

上記工程は精米歩合の低い米、もしくはもっと強い麹であれば不要だと思います。(なんにせよ状態によって判断ですね。)

その後は亜硝酸が出るまで袋をひっくり返したり、状態見て揉んだりしながら冷蔵庫で放置し、今回はもとだて後5日目で亜硝酸の発生を確認し、6日目で酛寄せを行いました。硝酸還元菌が出てくるタイミングは何となく匂いで分かる気がします。磯っぽい香りで、鼻の抜けが悪くなったタイミングで大体出ていると感じています。

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ここから暖気入れが始まります。神経がすり減る期間です…笑 まず当醸造所の環境は特殊で気温はだいたい12~15℃と高くなっています。また行火がないため、暖気樽として百均で購入した耐熱容器を熱湯消毒してから使用しています。最初は65-70度お湯だき1本 1時間でいれ、5.6℃→9.4℃に上がりました。そこから放置しても品温度が下がらないため、氷暖気(氷水をつめた容器)をいれて一晩放置します。

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ペースとしては早い時間に暖気いれを行い、温度を上げた状態をしばらくキープしてから帰宅時に氷暖気をいれる、というようにすることで、すぐに冷まさずに乳酸菌の活動時間を作ってあげるイメージです。

ちなみに最終的にぬくみとりは行っています。というか温度上げすぎて、最後の枯らしのタイミングに超おとなしくなってしまい、ヒヤヒヤしてました…笑

2.醪経過

仕込配合において特異的なところは酒母歩合です。今回は20%ほど使っています。理由としてはまず大きなサイズでないと外気による温度変化をモロに受けてしまうため、ある程度の量で酛をつくりたいということと、あとは酸を多く出すためです。

基本的に三軒茶屋のどぶろくでは酸度が3.5-4.0ほど出ます。普段は白麹を麹のうち50%ほど使用しています。その酸を酒母由来で確保するため、この配合となっています。またどぶろくの場合は足し算に近い味の設計だと考えているので、生酛の要素をより強く出して、それをまとめていく方が魅力的だと考えました。

ちなみに最終分析値はbe 3.0 alc 12.0 ta 3.6となっています。甘さも残っているので数値ほどの酸味は感じないと思います。

また昨年の経験から酸の要素は乳酸だけでなく、白麹由来のクエン酸も交じる方が酸味の複雑性が出て面白いということを感じていました。なので、今回も麹のうち15%ほどですが白麹も使用しています。

またどぶろくでは溶け具合がそのままテクスチャとなって体験に影響するため、よく溶かすことを念頭に置いています。具体的には前半の温度経過を高めにとるようにして米の溶解を促しています。酵素も経時的に徐々に活性を落とすこと、酵母増殖期の発熱が溶解に多く影響すると感覚的に思っているので、醪前半、特に増殖期での経過で工夫しています。ただ酵母の発酵優位となりすぎると粗い発酵になってしまうので、それをコントロールしながら10℃以上の温度帯をいかにキープできるかがポイントかなと思っています。(10-9℃あたりを境に溶けが悪くなる印象です。)

特に白麹の使用や高酒母歩合であることを考えると、酵母由来の酸は穏やかにコントロールしたいところです。予め高い温度で仕込み、温度を落としながら10℃以上の温度帯を長く取ることで、酵母由来の酸も抑えながらテクスチャをなめらかにできるようにしています。(それでも低く留めて最高温度を低くするのに比べたら酸は出ますが…笑) ちなみに留温度は15℃くらいです笑。というのも、井戸水を汲んで使っているため水温が20℃近くあるので、冷やしづらいことが理由の1つにあります。ちなみに上槽する酒を仕込む場合は水を冷蔵庫にいれたり空いているタンクに貯蔵して冷却することで、留後の温度もなるべく低くするように工夫しています。

あとは基本的には酵母が活発になりすぎないように、温度を徐々に下げながらブレーキを踏んでいきます。個人的には9℃帯以下に温度を下げていき、徐々に糖を切らせながら完成させていくときは温度の下げ幅に大きく気をつかっています。醪後半以降も温度が高いままだと味がキレすぎて渋味の強い酒になるイメージです。また急激に下げすぎると、味わいが単調になってしまい、一口飲むには美味しいが喉を通らなく、身体に入ってこないお酒になる印象を持っています。”身体に入ってくる”という要素を僕は重要視しているため、後半戦が一番楽しくもあり、気を遣うフェーズです。ここのコントロールは8割は香りで判断しています。香りが鼻に抜ける時に、勢いよく抜けて香りが消えてしまう場合は発酵が強く、逆に鼻に抜けずこもった香りになるときは発酵が弱いと判断していて、理想は鼻から入った香りが身体の奥まで通ってくる状態がベストだと思っています。とても感覚的な話ですが…笑

3.狙った味わい

酸については上記の通り、乳酸+クエン酸を意識しています。また翔也さんが初年度に生酛を行った時に言っていたのが生酛では「淡味」が出せる可能性がある、ということです。もとは精進料理における”三徳六味”という概念の中での”六味”に登場する味わいです。ちなみに淡味以外は現在一般的に知られている五味と同じです。

五味では表わせられないが、何かを認識している感覚、とでも言えば良いのでしょうか。様々な菌が活動して丁寧に仕上げる生酛だからこそ、不思議なコクのような風味を出すことができると、僕も思っています。

今回も当然意識しました。そこで重要になってくると思うのが、酒の余韻の形成です。先程醪後半期における”身体に入ってくる感覚”とくのは”余韻が長くまとまりがあること”と同義だと思っています。淡味というのは余韻に大きく関係していると思っています。なので、渋くさせず、余韻をしっかり出すという点でのコントロールが特に重要だと感じていました。今回はまだ100点満点とは言えないですが、「淡味」を出すことには成功したと思っています。特徴的なのが、口に含んだ瞬間から味わいが伸びて、余白を多く感じるという点で、その余白こそが淡味と思っています。

おわりに

初めての試みでどういった反応が来るかドキドキでもありますが、兎にも角にも、ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回は科学的なところよりも、実際的な工夫や感覚的なところが多かったですが、次回以降はボタニカル×SAKEについて醸造の見地から、新たな発見や工夫を書いていければと思います。今回で愛想つかさないでください…笑

まだ酒造歴も浅く、未熟な点も多いですが、今回の情報の公開から議論が巻き起これば、酒造分野全体にもなにかしらの貢献ができるのではと思っています。またこの記事を通じて、先輩方からぜひ学ばせていただきたいです…!ソーシャル上で公開しづらい方は、DMでもお待ちしています。
⇒⇒@toda_wkz

指摘や補足の情報やご意見などなど、お待ちしています。

written and edited by 戸田

戸田京介
WAKAZE 三軒茶屋醸造所杜氏。1997年生まれ。2016年度 東京工業大学に入学。2018年 醸造への興味から物理学科から生命科学科へと変更。同年夏に三軒茶屋醸造所に関わり始め、木戸泉酒造・土田酒造にて修行。2019年6月より正式にWAKAZEにjoinし、同年9月より三軒茶屋での醸造の指揮を執る。

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