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日本伝統と、春の歓び。柚子とどぶろくを調和させるということ。

それぞれに季節にどのような印象を抱くだろうか?

夏は暑い。涼しくなりたい。さっぱりしたい。汗を大量にかくから水分補給・栄養補給が大事だ。(今でも運動後にはちみつレモンを食べたりするのだろうか?)

秋は過ごしやすい。しかし段々と冬に向かって冷え込んでいく。乾燥しはじめる。食べ物は美味しい。実りの秋だ。

冬は寒い。じっと動かずに熱を保存しておきたい。ゆっくりと温かいものを食べたいし、飲みたい。滋味深いものを欲する。

春は歓びの季節だ。冬が明けて春の匂いがし始める。花が咲く。甘酸っぱい季節。

これを書いている今は、2月ももう終わりを迎えようとしている。ちょうど春と冬の境目だ。まさに三寒四温といったようで、温かい日と寒い日が入り交じる。

三寒四温について調べてみると、どうやらもともと中国や朝鮮半島における冬の気候を指す言葉だったようだ。勿論、日本列島では冬にはその気候の特徴は現れず、早春における気候を指すらしい。日本でも冬にこのような不安定な気候が続くのであれば、寒造りという酒造文化は生まれなかったかもしれない。

閑話休題。

さて、今年は3月頭まで緊急事態宣言下にある状況だ。新型感染症の勢いも弱まることへの期待をいくらか抱きつつ、我々は春を迎えることになる。今年は例年以上の春の開放感があるのか、あるいは閉塞感が続くのか。春の歓びを人と味わえないことを想像すると、何とも悲観的になってしまう。

そう考えると今回造ったどぶろくは、春の歓びを無事迎えられることへの、一種の祈りであったような気分にもなる。

現在、三軒茶屋醸造所から出ている最新作は、柚子と蜂蜜を使って一緒に発酵させたどぶろくだ。甘酸っぱい風味と、柚子の香りがしっかり感じられることが特徴である。


今回はまず「柚子を使ったどぶろくを作ろう」というアイディアが先行して始まった。勿論柚子のみを使ったどぶろくに仕上げることもできたが、あえて今回は蜂蜜も併せて使ったことに意味があると考えている。

「柚子と蜂蜜」というコンセプトに大きく関わるのが、季節性だ。リリース時期は2月の半ば。これ以降に飲まれるのであれば、シーンとしては冬と春の間を想定しなければならない。

柚子と聞いて想起するのはまず「冬」のイメージではないだろうか。冬至の柚子湯の印象が大きいからかもしれない。柚子の要素を強く出すのであれば、酸味はやや強調して仕上げていく方向性に舵を取る方が、一体感が出やすい。柚子酒のどぶろく版のように仕上げていく必要があり、おそらく柚子が非常に良く香る、冬に相応しいどぶろくになっただろう。

たが今回はそうしなかった。

柚子を「冬」の要素ではなく、どうやって「春」の要素に転換するか。そこで蜂蜜が登場する。

春に甘酸っぱいイメージを覚えるのは私だけだろうか?春=甘酸っぱいと見立て、どぶろくにその要素を取り込むことを考えた時、柚子との相性を考えてみても、まず蜂蜜が良好な選択肢として挙がった。蜂蜜は花からとれた蜜の集まりである。花のような香りを加えられることを考えても、春を想起させるには相応しい。

実際に蜂蜜が加わることで、コク深くなり、より複雑な甘酸のバランスを描くことができた。(とても気に入っているポイントだ。)

また柚子と蜂蜜には意外な共通点がある。それはどちらも日本人にとって馴染み深いものであると同時に、古来より薬効を期待されていた素材でもあるということだ。

まず柚子は日本の書物に始めて登場するのは平安時代の『続日本紀』で、その後は『延喜式』をはじめ様々な書物で名前を見ることができる。またその中でも日本最古の薬物辞典『本草和名』にもその名が記されるというのは、やはり興味深い。

柚子は昔から風邪の特効薬、ひびやあかぎれなど手荒れを整える、節分に柚子を食べると長生きする、薬師の日に柚子に味噌をつけて食べると腹痛にならないという云われもあるようだ。実際に成分を見ても柚子はビタミンCもが非常に豊富で、これらのことも納得ではある。

蜂蜜も栄養豊富な素材として、昔から人々の生活を支えてきた素材だ。柚子でもそうだが、漢方でも使われたり、民間療法にも多く登場する。

また、このようなエピソードもあった。いつも蜂蜜は三軒茶屋の老舗蜂蜜店「花恵み」のアカシア蜜を使用させていただいているのだが、今回も同様にして仕入れに伺った際の出来事だ。店主の方と話していると、どうも最近蜂蜜の売れ行きが良いそうだ。というのも、現在の感染症流行の状況下で免疫機能を向上させることに関心を持つ人が増えているらしく、そういった方々が買い求めにくるらしい。現在でも蜂蜜がこのようにして多くの人に求められているのを実感し、より今回のどぶろくでも身体を労る要素を出していきたいと改めて思ったのを良く憶えている。

さて、このように"蜂蜜"と"柚子"という2つの素材について綴ってきたわけだが、今回の主役は柚子だ。春をイメージした味わいも、身体を労るということも、あくまで柚子が持つ特性を蜂蜜が補強しているに過ぎない。だから、最後は柚子についての話をして終わりにしよう。

柚子といえばもはや日本を代表する果実と言って間違いないだろう。食の世界では、柚子の風味に注目したフランスやスペインの名だたるレストランが使いはじめたのが始まりと云われる。

筆者は2020年の2月から3月にかけてフランスに行っていた。WAKAZEがフランス・パリ郊外に建てた「KURA GRAND PARIS」に助っ人として急遽派遣されることになったからだ。ちなみに帰国したのはフランスでルーブル美術館の職員がボイコットした日で、あと少しでも遅かったら帰れていたかどうかわからない。さて、まだマスクをせずに歩けていたころの(!)パリを歩いてみると、一つ驚いたことがあった。歩くたびに目にとまる数多くのパティスリーが、柚子を使ったケーキなどを季節限定で出していたのだ。

勿論柚子が日本を代表する果実として世界に知られていることは知っていたが、これほどとは思わなかった。遠い異国の地でYUZUという文字列を沢山見るのはなんだか奇妙な気分でもあった。

また「KURA GRAND PARIS」では先日柚子を使ったSAKEを醸造した。早速ECで販売したところ、想像を超えたものすごい勢いで売りていったらしい。それをフランスのメンバーから聞いても違和感が無かったのは、現地のそういった光景を見てきたからかもしれない。要するに、それくらい柚子というのは日本のシンボルの1つにもなり得るポテンシャルを持っているということだ。

WAKAZEも創業初期からあるプロダクト、FONIA SORRA / FONIA TERRAも「和のボタニカル」をテーマにしてどちらにも柚子が使われている。ちなみにこの2つの柚子も、今回の柚子も同じ高知県・馬路村産のものだ。柚子で非常に有名な産地なので、気になった方はぜひ調べてもらいたい。

さて、そんな柚子を三軒茶屋醸造所でも使う、しかも日本酒の原型であるどぶろくと調和させることは、とてもやりがいがあったことだと思っている。柚子×酒の伝統的な価値観・側面だけでなく、なにか新しさを持ったお酒に仕上げたいという思いもあった。お酒自体は実は酸味をしっかり感じられるし、蜂蜜の甘さがどぶろくには出せない味わいを補強してくれていたりと、どぶろくとしても面白いように仕上がったように思う。

今回は春に相応しい味わいで、滋味深い、柚子の魅力がたっぷり詰まったどぶろくだった。今まで想像もできなかった素材も面白いが、日本の伝統的な素材を使う楽しさもある。次はどんなどぶろくを造ろうか、今からワクワクが止まらない…!

ちなみにこちらは会話形式でも魅力をお伝えしています。

https://stand.fm/episodes/60210d0783a482938954756b


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