見出し画像

レポ11:六連島灯台(2019/4/4)

古来より海上交通の要衝であった関門地域。その由来である下関・門司両港には「明治」の頃より六連島・部埼という灯台があり今なお現役です。幾年月を経て「令和」の新時代を迎える今、山口県下関市にある六連島(むつれじま)の灯台を巡ります…

=================================

年々その数を減らしている灯台を護るため、灯台病の記者が灯台訪問の魅力などをお伝えする『全国の灯台巡礼レポ』。灯台マニアの方のみならず、灯台のある風景を通じて地域の魅力を再発掘したり、地元の原風景を護りたいと願う地元の方々にも参考にして頂ければ幸いです。

※今後も不定期で灯台情報を更新していきます(無料)。ご興味のある方は『全国の灯台巡礼レポ』をフォローお願いします

◼️レポ11:六連島灯台(2019/4/4)

画像1

六連島(むつれじま)へは下関の竹崎渡船場から往復便が出ています。渡船場にはJR下関駅から降りてに徒歩10分程度で辿り着けます。

ちなみにJR下関駅は対岸の福岡県北九州市の門司にも1駅で行ける距離で、気軽に関門海峡を横断した観光ができます。

画像2

駅の西口から450mほどの距離に竹崎港の渡船場があります。途中、ちょっとエッチなホテル街を横切りますがスルーして進みます。港にはトイレ付きの待合所もありますので、早めに着いてもゆっくり休めます。出港時刻は下関港webサイトでよく確認しましょう。

画像3

画像4

20分ほど船を走らせ島へ向かう途中も関門海峡を通る大型船舶ともすれ違いますし、下関市・北九州市の関門地域の風景を色々と楽しめます。外海なので波もそれなりにあって少し揺れますね。

画像5

画像6

景色に見惚れていると、あっという間に港に到着。早速、赤色の六連島東防波堤灯台がお出迎え。その奥には今回の本命である六連島灯台がチョコンと顔を覗かせています。

画像7

港から灯台が見えているので、迷うことはないと思いますが港を降りて右手に進むと灯台へ続く階段の案内看板が見えてきます。この時期は可愛い草花で隠れてしまっていますが…

画像8

画像9

それなりの傾斜の階段を登り、少し荒れた道を歩くとその先に灯台が見えてきました。

画像10

画像11

六連島灯台(灯台名は「むつれしま」と読みます)には桜の木が植えられており、丁度見ごろの季節でした。灯台の手前には広めのスペースがありますし、ここでお花見がしたくなります。

画像12

画像13

六連島灯台は江戸幕府最後の年に、兵庫港を開港するにあたり、関門海峡から瀬戸内海にかけての外国船の安全確保ためにイギリスと大阪条約で設置を約束した5基の灯台のうちの一つです。

関門海峡はかつて「ダークシー」と呼ばれるほど暗い航海で座礁する船が絶えませんでした。そこで関門海峡を通る船舶の道しるべとして、明治4年11月21日に六連島に灯台が灯されました。また対岸の北九州市の門司にも大阪条約に基づき部埼灯台が設置されています[レポ4:部埼灯台]

画像14

ちなみに初点灯記念銘板の「廿一」は旧字で「21」を意味します。また、日本では明治5年まで太陰暦を使用していたため、「明治4年11月21日」というのは「西暦1872年1月1日」のことを指しています。一応、銘板上部にも英字で記載されていますね。

画像15

六連島灯台は「灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントンが手がけた石造りの灯台として注目されるのですが、全国の航路標識を記している『灯台表』では「白塔形」とされています。

これはおそらく港や海上から見える六連島灯台はあくまで上部しか見えないため「白塔形」としているんだと思います。無骨な部分を隠すそんなシャイな感じもイカしてます。

画像16

18:30の出港ギリギリまで点灯するのを粘って待っていましたが、出港10分前まだには結局点灯せず泣く泣く帰りの便に乗船しました。残念無念。

…と思ったら、出港直後に灯台が点灯し始めました。この日の日没は18:37とのこと。ニアミスにより点灯を間近で拝めませんでした。仕方がないので、また次回のお楽しみにします。

画像17

画像18

帰りは夕陽を背負った六連島を眺めながらでしたが、とても美しかったです。

ちなみにすぐ隣の島は馬島といって、こちらは福岡県北九州市の島で小倉渡船場から船が出ています[レポ6:馬島西防波堤灯台]。夕陽は丁度、六連島と馬島の間へ。

画像19

画像20

六連島灯台すぐそばの脇道には「明治天皇行幸所六連島燈臺」という石碑があります。

これは六連島灯台点灯の翌明治5年に、天皇御即位第五年大詔を記念して地方巡幸される際、灯台行幸として初めて六連島灯台を訪問された記念碑です。

石碑の裏側には当時の様子が記されており、明治天皇は明治5年6月12日午前10時から午前11時までの1時間、六連島にて灯台を天覧されたとのこと。

個人的には結構、長居されたんだなぁと感じますが、それだけ明治という新しい時代に諸外国との貿易を行う証たる灯台がいかに注目されていたかが分かります。

画像21

画像22

日本は「令和」の新時代を迎えることになりますが、そんな時こそ「明治」が生んだ灯台に出会って当時の時代に思い馳せることも良いかもしれません。

村上 記

年々その数を減らしている灯台を護るため、灯台を訪れる魅力などをお伝えするプロジェクト。灯台マニアの方のみならず、灯台のある風景を通じて地域の魅力を再発掘したり、地元の原風景を護りたいと願う方々の想いを大事にしていきたいです。