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Appetizer

前世はきっとヤギだったんでしょうね。紙を食べるのがやめられなくて。いえ美味しいとか不味いとかそういうことじゃないんです。食べずにいられないんです。身体か精神のほうかわかりませんが、根元から欲しているというか。本能に忠実にしているだけなんです。いやなんでも食べるわけじゃないです。好き嫌いはあるんです。その商品パッケージみたいなツルツルに加工してある紙だと消化不良を起こします。そういうのはごみ箱に捨ててください。普通の家庭ごみですよ。その手の紙はリサイクルに向かないんです。そしてリサイクルできない紙は私の胃も受け付けないんです。わかりましたか。きっかけですか。最初はキャラメルの包み紙でしたね。夏、べとべとになった紙が剥がれなかったんで、幼かった私はキャラメルごと口に放り込んだんです。そしたらキャラメルだけ食べるよりずっと美味しいんですよ。子供ながらに感動しましたよ。いったん試してごらんなさい。しませんか。そうですか。ふふ。ああほら、春巻きって紙に包んでるっぽいじゃないですか。あの感覚で、キャラメル以降はいろんなものを紙に包んで食べるってことをやり始めたんですよ。そして今に至るわけで。さまざまな紙食(かみしょくって、ええ私の造語です)を体験した結果、紙食に向く紙、向かない紙を私は熟知しているんです。ティッシュやトイレットペーパーは味が全くしないんで食べる気になりませんね。感光紙もご免ですね。食べられないことはないけど、不味いんですよあれ。私の紙食はただの嗜好なので、シュレッダーだと勘違いされると困るんですよね。労働契約書にあれば別ですけど。だいたいカミングアウトしてからだって、社内の紙はほとんど食べてなかったんですから。あ、ほとんどないっていうのは、不要になった名刺とかかじってみたことがあるってだけのことですよ。名刺はまあまあいけますね。いい紙使ってる名刺はやっぱりひと味違いますよ。だいたい現代の紙って美味しくないんですよ。30年くらい前の本なんかだとまあまあいけますよ。パピルス紙なんて、味見してみたいですねえ。江戸時代の巻物なんて絶品でしたから、紀元前のものなどさぞかし……あ、昔ちょっと拝借する機会がありましてね……。やだなあ。そんな理由でこの会社に入ったわけじゃないですよ。古書に触れる機会が多いって知ったのは入社してからですもん。はいはいたしかに誘惑が多いことは認めますよ。けど私だってヤギではないし子供でもないんだから、食べていい紙とそうでない紙の区別はしてますよ。紙幣はさすがに食べないし。あ、ちょっと誰に電話してるんですか。まさか疑ってるんでるんじゃないでしょうね。違いますよ先週の紛失はけっして私のつまみ食いなんかではなくちょっとしたトラブルが……

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