見出し画像

五城目町の教育留学から一年 留学と移住を振り返って

 五城目町の教育留学が実施され2年目に入り、教育留学を経て移住した私たちに質問を頂いたり、お話しさせて頂いたりする機会が多くなりました。五城目町の子供たちの学力の高さに加えて、「世界一子どもが育つ町」というスローガンを掲げている町であることから、教育に力を入れている町という印象が強いようです。
 我が子の教育留学から丁度一年、五城目町に住みながら自身の子供の変化と共に五城目町の教育について考えることを一旦ここでまとめたく、既存文献(特に教育の3類型)を参考にしながら考察しました。たった一人の子どもの考察であるというサンプル数の少なさによる限界と、親子であるという多分にバイアスがかかった考察であるという制約は十分承知しつつも、特定の子供の変化をつぶさに定点観測するということで見えてきたことをまとめてみたいと思います。

【記事を書く動機:教育留学から一年を機に五城目町の教育を振り返ってみたい】
 今から1年前の2022年の11月下旬~12月上旬、長男が小学校5年生の時に17日間五城目町に滞在し、教育留学に参加しました。町内初の教育留学として私たちを受け入れて頂いたことから、当時の教育留学体験記を五城目町の教育留学を紹介するHPにも掲載頂いています(体験記は本文末尾の参考資料 五城目町教育留学へ)。五城目町の教育留学は、最長2週間、町内の小・中学校に通学体験し、在籍校の出席日数にも認めてもらえる制度です。町内の宿泊施設に滞在することもでき、親子で五城目町の生活を体感してもらうことを想定しています。
 私たちは教育留学を終えてすぐの一か月半後、2023年1月中旬に千葉県船橋市から五城目町に移住という決断をしていますが、その話をすると「親子がすぐ移住を決断したくなるほど素晴らしい学校教育が五城目町にあるのか!(それって本当なのか?)」とか、「子どもの(習い事や塾などの)選択肢が限られている農山村地域で、本当に『世界一子どもが育つ』環境なのか?」といったような反応を頂くこともあり、五城目町が目指そうとしている教育と世間の認識に少し乖離があるように感じるようになってきました。また、様々頂く質問や疑問に対し、時間的な制約などから充分お話ができず、お伝えしきれなかったことも沢山あります。
 そこで、五城目町の教育を1年間体感して変化している長男を事例に、教育の3類型をふまえながら五城目町の教育についてまとめてみたいと思います。五城目町の教育留学に興味のある方はもちろん、農山村地域での子どもの教育に関心のある方など、参考になれば幸いです。

【土台となる議論:教育の3類型について】
 まず、五城目町の教育についてNOTEに書きながら考えていこうと思った時、どこから議論をスタートさせたらよいのか悩みました。一口に五城目町の教育といっても、学校で受ける公教育、地域の大人が企画運営してくれている習字やプログラミング教室、それに五城目町の自然を体感して学んでいくことも教育の一環と言えるかと思います。それこそ五城目町の豊かな自然でいえば、今、町内では冬眠前の食欲旺盛な熊たちが沢山出没し、町の防災無線で毎日熊被害に対する注意喚起を聞きながら、ランドセルに熊鈴をつけて登校し、猟友会の方々の熊の解体現場を見せてもらいながら熊肉をおすそ分け頂く経験は、これこそ日々の生活からの貴重な学びと言えそうです。
 これらの学びを一旦整理して論じるために、教育の3類型を土台にして五城目町の教育を整理しながら書いていきたいと思います。教育の3類型とは、「フォーマル教育」「ノンフォーマル教育」「インフォーマル教育」と整理されていて、著名な既存文献では、それぞれの特徴は以下のように整理されていました。

表1 フォーマル教育・ノンフォーマル教育・インフォーマル教育の特徴 Haim Eshach (2007)

 そして私はノンフォーマル教育とインフォーマル教育について、具体的なイメージが付きにくかったのですが、同論文に二つの違いは以下の図ように整理もされています。

ノンフォーマル教育とインフォーマル教育の違い Haim Eshach (2007)

 この3つの教育形態は、どれがより重要であるとか、どれかとどれかが相反するものとして位置づけられているのではなく、相互補完的です。これは、例えば日本の都市部で時折みられる「学校での公教育では学力が十分伸びないから子供を塾に通わせる(フォーマル教育の不完全性をノンフォーマル教育で補強しようとする)」といった構図ではなく、フォーマル教育だけでは十分に提供しきれない体験学習や分野横断的な学びをノンフォーマル教育やインフォーマル教育を組み合わせることで相互に補完することにより、教育全体の質の高さを確保していくということです(Haim 2007)。また、持続可能な社会の実現には教育の役割が重要であり、特にノンフォーマル教育に注目している論文も目立ちます(丸山 2016)。
 では実際の五城目町の教育を事例に考えると、この3類型に対して、まずはどのように考察できるのでしょうか?

1)五城目町のフォーマル教育
 まず最初に特筆すべきは、町のフォーマル教育への意識は非常に高く、これは小学校が現在の場所に移転・新築されるに伴い、全町民を対象にしたスクールトーク(小学校新築を契機に、大人も子供も地域の学びをどう見直していくかを議論した全10回のワークショップ)の町役場と住民の取組みにおいても見てとれます。このスクールトークをふまえて、新しい小学校のテーマである「越える学校」をはじめとして、学校設備の内容や学校と地域との関り方まで決めている上に、小学校の先生方の働き方の快適性まで考慮し今の小学校が出来上がっています。尚、このスクールトークは、小学校建設についての話し合いがなされた場ですが、この学校が建設される場所を地域の学びの中心とするという考え方が共有され、地域図書館(「わーくる」と呼ばれ、小学生も大人も同時に利用することができる場所で、電源設備・WIFIもありリモートワークの利用も可能)も小学校建設と同時に作られました。周辺にはその他の教育関連施設も立地しています。これは、スクールトークを発端としているものの、結果的には五城目町のまちづくりの方向性を全住民参加型で軌道修正しているため、五城目町のまちづくりを再考した取組とも言えるかと思います。(きっと様々な困難はあったであろうことが想像するものの、それでも結果として)10回もスクールトークを継続して行ったということからも、地域の人たちの心豊かで安定した土壌から、地域全体で「学び」を軸にまちづくりをしよう!という意識が共通認識となったのだと感じています。
 よって、五城目町の教育留学では、その教育設備インフラの完成度の高さや独自性、デザイン性の高さと実用性の両立などが目に入り、まずはそのインパクトに圧倒されますが、充実したインフラを存分に活かした各教職員の授業展開の自由度の高さも感じることができます。また何より、スクールトークを経て小学校をみんなで創ったという経験から、現在の小学校に対する住民の信頼感や愛着形成が醸し出され、町民と小学校の間に存在する双方向のフォーマル教育に対する自信と風通しのよさは、学校建築の段階から既に始まっていたのではないかと私は感じています。

2)五城目町のノンフォーマル教育
 現在の小学校が誕生してから、都市部に比べると確かにノンフォーマル教育のバリエーションが少ない五城目町では、それでも多彩な五城目町らしいノンフォーマル教育をいかに創出するかということについて工夫がなされていきます。教育委員会が地域の子供に提供する「わらしべ塾」は、様々な習いごとの最初の一歩の経験となりうるリソースにアクセスできない子供たちに対して、サッカー・将棋・英語など興味に従い体験を広げることのできる入口を用意しています。また、2022年から開始された「みんなの学校」(詳細は参考資料 みんなの学校HP)では、小学校の施設などを使い町民自身が先生となり大人も子供同じ空間で様々な分野の学びをしていく取組みがなされています。それは、フォーマル教育である学校教育の中にノンフォーマル教育であるみんなの学校の講座が組み込まれる姿です。講座は例えば、国際教養大で小学校の子供たちが英語で五城目町のプレゼンをする「五城目で世界一周」というのがあり、大学がない町でも大学生を身近に感じることができると同時に世界に目を拓くチャンスを設けています。その他、馬場目地区にある五城目町地域活性化支援センターであるBABAME BASEで実施されている学習塾や英語教室、町の中心部である朝市通り沿いで地元の方が企画する習字教室やプログラミング教室、朝市ふれあい館や小学校に併設されている地域図書館「わーくる」で実施されている地域の方々の手作り絵本読み聞かせ企画「五城目おはなし会」など、その時々の子供のニーズや地域の人たちが提供できるものに応じて流動的に動いています。
 また、農山村地域の地域資源を利用する際には、教育資源だけでなくその他の資源利用でも言えることですが、近隣自治体との連帯が必須です。例えば子育て支援施設については、五城目町民は井川町や八郎潟町の子育て支援施設を積極的に利用することで、町内にはない子供の遊び場(大型遊具やアスレチックのある公園や未就学児の子育て支援センター等)を確保しています。個別ニーズに近い習い事は、秋田市へアクセスすることにより解決している家庭も多く、移動に対する時間的コストはあるものの近隣に都市があることで細かなニーズについては解決し、都市と農山村との関係性において、このある程度の都市へのアクセスがある五城目町の地理的メリットも大きいと感じています。

3)五城目町のインフォーマル教育
 Haim 2007のノンフォーマルとインフォーマル教育の違いの図を見ると、五城目町は教育の3類型の中でこの部分が一番豊かだと感じています。山や川、田んぼや畑から施される様々な自然体験はもちろん、地域の伝統建築や文化が生き生きと残っています。地域のおじいちゃん・おばあちゃんから学ぶ自然との向き合い方や、季節の食べ物が生み出され加工されていく様子を子供たちは日常から体感し、過去から続いてきた今の暮らしとのつながりと意味を理解していきます。何より、地域の大人たちが屈託なく子供たちへ分け隔てなく知恵を伝えていく姿勢は、インフォーマルな教育内容そのものに価値があるだけでなく、対等に人へ接する姿勢そのものを伝えています。五城目町のように鉄道駅がない町の場合、町のにぎわいの中心や地理的なアイデンティティの拠り所を創出しにくいのがまちづくりの課題としてよく挙げられるのですが、五城目町には朝市通りを中心とした520年続いた朝市があり、朝市通りが地域のにぎわいの中心として誰もが疑いなく認知しています。朝市はただのモノを売る場所として機能するのではなく、町の暮らしの伝統を日々こつこつと伝えていく場であり、まちの今の動きを垣間見ながら人と人との交差点となる社交場です。モノの交換のあいだに、人と話すことで必要な情報が得られ、生活を整え豊かにする機会があり、自己表現・自己実現の場にもなっています。

 また、教育の3類型を考察しながら考える更に大切な視点は、教育というと子供の教育のみに目を向けられがちな中、極端な少子高齢化が起こっている地域において、乱暴な言い方をしてしまえば、最もマイノリティな人口層である子供の教育に焦点を当てるというのは、資源配分の観点では非効率となるはずです。シニア層の福祉政策を充実させる方がニーズも多いはずで、限られた町の資源を考えれば多数派に手厚い政策となっていくのが自然な流れです。しかしながら、教育にこれだけ特化したまちづくりが出来るのは、教育が子供たちのものだけでなく大人も含めて地域全体の豊かさを創出するのに大切という認識を、スクールトークを皮切りに町民が認識しているため、教育全体に対する共通認識の下地ができているのではないかと思っています。

【五城目町の教育留学は、教育の3類型を親子で自分たちの意思に従い横断している】
 教育留学を経験している親子の皆さんとの会話を通じて頻繁に感じることは、全てが違う唯一無二の教育留学体験となっているということです。これは滞在日数やお世話になる学年・先生が違うということだけでなく、五城目町で何をするか・どう過ごすかは、季節や天候はもちろん、滞在中の偶発的な出会いによって組み立てられていくからです。また、同じ親子が二回目に滞在する際には、一回目の出会いや経験をふまえて、また更に違った教育留学として体感していきます。
 また、五城目町はフォーマル教育の寛容性を感じるだけでなく、五城目町の様々なインフォーマル教育を地域の方々の生活を通じて親子で体感していきます。そして、それを感じ取っていく方法論は、五城目町を訪れる高校生や大学生がよく行っているフィールドワークのようです。もしくは、社会課題を解決することを目的とせずとも、新たな考え方・行動の仕方・自分自身のあり方を五城目町の経験を通じて学び取っていくため、サービス・ラーニングという学び手法そのものだなと感じています(サービス・ラーニングについて詳細は参考資料 ICU2023へ)。ノンフォーマル教育については、確かに都市部に比べてその数や多様性は少ないですが、地域に今必要だと思われるものを、地域自体が感じ取り、自分たちで創り上げる姿を目にすることできます。また、農山村地域の教育だけでなく、まちづくりにも言えることですが、近隣市町村が異なるリソースを提供しあうことにより、相互補完する関係性も先に述べた通りです。

【教育留学と移住を経て、実際の長男の教育効果はどのように展開してきたのか】
 五城目町の教育留学として参加させてもらった当時、長男は自律神経の乱れによる体調不良により、実はほとんど学校にいけない不登校の状態が続いていました。教育留学に参加するにあたって、初の教育留学受入れ児童なのに、毎日通えないであろう子どもが参加することに私は申し訳なさがあり、五城目町の教育委員会や小学校の先生方には、予め子どもの状態を伝え相談させて頂きつつ受入れの準備を整えていきました。その時、五城目の方々からかけて頂いた言葉で印象に残っているのは「小学校生活だけではなくて、五城目町の雰囲気を子供もお母さんも楽しんでもらえたらいいんじゃないかなと思います。」と言われたことです。教育留学に参加というと、子供の学校生活であるフォーマル教育に焦点があてられがちで、これがどれだけ素晴らしいのかということに目が向けられがちです。また、長男も「半分も学校に通えないかも…。先生も新しくできたお友達もがっかりさせちゃう、どうしよう…」というプレッシャーを感じていたものの、そんな言葉を聞いて「なら、まずは五城目町に行ってみたい。」と言い、教育留学に向けて体調を整えていくことに集中し始めました。実際、教育留学中は、朝から丸一日学校に通えた日は数えるほどで、遅刻したり欠席したりしながら17日間の五城目町滞在を終えました。ただ、本人の表情は少しずつ生気を取り戻し、新しくできた友達と楽しく過ごせる時間も多く、久しぶりに学校生活が楽しいと思えたと感じ「自分は学校に通いたかったし、通えるんだ!」と手ごたえを感じていました。その後、船橋での生活に戻って本人は体調の再度の変化を感じ取りながら教育留学を振り返り、明確に長男から「五城目町が良かったし、そこの小学校に通いたいんだ。だからママ、僕は移住したい。」と伝えられました。

 長男が教育留学に参加するまでの凡そ一年間、ずっと続いていた本人の体調不良の原因は、自分の大切な大人の一人が強度の精神疾患にかかっていく様子を目の当たりにし、長男は自分の理解が追いつかないままに様々な恐怖心に襲われたことによります。そして徐々に、大人との交流そのものに対しても体が極度に緊張するようになり、特定の大人に対しては自分の意思とは関係なくトラウマ反応が出てしまい、更に学校生活の小さなネガティブな刺激にも自律神経が過剰反応し、教育留学に参加する直前は、これまで通っていた小学校の建物を見るだけで腹痛や頭痛がしてしまうようになっていました。
 このような現状に対し、小児科の先生はもちろん、臨床心理士さんや東洋医学で漢方治療を施すお医者さん、トラウマに対する治療に特化したソマティック・エクスペリエンス(SE 詳細は参考資料SE Japan2023へ)のカウンセラーさんなど、多くの専門家の方々にお世話になりながら、長男本人が自分でどの先生に何をどのようにお世話になるか決め、心身の声に耳を傾けながら回復を目指していました。五城目町への移住により、お世話になっている先生方と一気に距離が離れてしまう不安はありつつも、SEのカウンセラーさんには「転地療法というのもあるし、教育留学で心身が回復できそうという感触が本人にあるならば、そこを試してみるのは価値があると思う。」と背中を押され、私たちは移住に向かっていきました。
 今思えば、この移住前の段階で私が見ていた治療は、「フォーマル(病院での保険治療)」と「ノンフォーマル(カウンセリングなどの保険外治療)」のかけ合わせです。「インフォーマル」な要素(小学校生活や地域生活などの周辺環境を整えることでの治癒)については考慮していませんでした。しかし、教育留学で長男が感じた心身の回復は、五城目町の自然の豊かさや地域の人たちや子供たちから感じる安心で、今振り返ると、これが本人の自律神経の過敏反応を抑える効果が大きかったと思っています。これはフォーマルな医療である病院の治療でいくら腹痛止めや頭痛薬を飲んでも落ち着かなかった症状を和らげるのに大きな効果がありました。また、五城目町で長男が安心できる環境を整えたことで、SEカウンセリングで習った自律神経をコントロールする訓練の効果がはっきりと表れ始め、ノンフォーマル治療の手ごたえも感じていきます。更には、漢方治療の効果もはっきりと出てきて、最後は長男本人が身体の声を自分で感じとり、「もう漢方薬は飲まなくて大丈夫。あとは、また必要になったらママに言うから。」と言って自分で薬をやめるタイミングも判断もしました。そして心身が落ち着いてくると同時に学習意欲も上がり、学ぶことの楽しさも実感していきます。
 そんな回復基調の中で、長男は地域で色々な大人が自分らしい仕事を創りながら日々楽しく活動している姿が目に入るようになります。そしてそこで、白衣を着ている姿を一度もまだ見たことのない、私服姿で町の人に慕われている「総合診療医」のお医者さんがおり、地域に愛されていた空き家を改修して、誰もが気軽につどい心身の健康を話し合える町のリビングを作っている様子を間近で見かけるようになりました。これまで自分がお世話になったお医者さんは病院での白衣姿しか知らず、しかも診察ではやや疲れ気味の(?)お医者さんが多い中で、普段着で自然と町の人たちと楽しそうに健康の話をしている姿に驚くと共に、長男は「こういうお医者さんにもっと早く自分が会っていたら、僕が心身の不調で右往左往していた時に、自分で自分の治療方針を判断する不安を相談できたかもしれないのにな。」と口にするようになります。
 総合診療医は、お医者さんの中ではまだまだ珍しい職種で、全医者の3%しかいません。また、一人一人の総合診療医の先生方の活動内容は、そのお医者さんの個性(医療に限らずそのお医者さんが得意とすること・医師という仕事を通じて実現したいこと等)と地域の文脈(どのような医療が求めらている地域なのか・その地域に多い疾患とそれにまつわる困りごとは何なのか)に寄り添って創られているようです。そして私からすると、総合診療医はまるで教育の3つの型を医療分野で全て行き来するようなお医者さんに思えます。フォーマルな医療として病院に勤務しつつも、ノンフォーマルに学会や地域で健康についての講座も行い、インフォーマルに地域のあらゆる場所でコミュニケーションをしながら健康をサポートする。このお医者さんは朝市に健康相談のブースも出す上に、秋田大学医学部生を朝市に招き出店を促すことで地域と交わり、五城目町ではお医者さんが病気じゃなくてもお話ができる存在として身近です。長男は、自分が治療を受けていた時に、自分の周辺環境まで考慮した治療方針を誰かに提示してほしかった。でもいなかったから自分で試行錯誤して、辛かったし大変だったという経験から、自分が受けたかった医療そのものを提供しようとしている総合診療医という仕事に、大きく心を動かされるようになりました。
 
 今年の五城目小学校の学習発表会では、長男のいる6年生は同窓会ごっこをしていて、みんなが大人になって色々な仕事をしていることを想像しているシーンがあり、それぞれの将来の夢を自分たちで考えたセリフで発表する子供たちの姿がありました。6年生全員が全く違う夢を生き生きと持っているというのが素晴らしかったのはもちろん、多くの子供が「何故それになりたいのか」「その仕事のどんなところが魅力的なのか」と解像度高く話している姿に驚きました。
 長男の自分の将来は、「僕は医者をやっているんだ。内科が専門なんだけど精神科の勉強もしていて、心に悩みを抱えている人の力になりたいんだ。」と言っていました。まだ自分の体調に波はありつつも、自分に起こった出来事の意味を感じとり受け止めたと共に、地域の大人の生き方から自分はどう生きていきたいのか自分の言葉で語れるようになったのは、五城目町の学校教育の根気強いサポートと、地域の大人一人一人が生き方を子供たちにみせ、子供たちがそれを感じ取っていく姿を肯定的にサポートしていく、ここの生活そのものがインフォーマル教育となっていることが、子供が自立的に育つ土壌を豊かにしてくれていると感じています。ですから、長男は将来本当にお医者さんになるかどうか、はたまた実際なれるのかどうかについて焦点をあてられるべきなのではなく、大切なのは「自分にとって学ぶことはどういう意味を持つのか」ということに対し、長男がこの一年間で自分の経験をふまえて理解を深めることができた、このことが五城目町の教育を受けることで得たことだと私は思っています。
 また更に、もう一つ学習発表会をみて気づいたことは、五城目町のフォーマル教育の中にある柔軟性と寛容性です。学習発表会では大きな声を出して発表することが苦手な子供は、ピンマイクを使ったり、録音した音声を流したりしていました。これは、本人がやれるところまではやらせてみる、でも難しいところは何かしらサポ―トして可能にするという先生方の柔軟性を強く感じます。これは、発表会に限らず普段のクラス運営でもそうですし、長男の体調に合わせた小学校のサポートについても日々感じることです。そのような先生方の日々の教育の姿勢は、子供たちの日ごろの心持ちにもしっかりと表れており、誰かが苦手と思うことや他の子よりも出来ないことについて、子供たちはそれを揶揄することなく、それを個として認めている姿勢に表れているように思います。
 教育留学制度を実施するためには、最も大事なのは五城目町の子供たちが留学に来た子どもから感じる色々な違いについて、自分たちを卑下するでもなく相手を特別扱いするでもなく、そのまま認めるということにあるかと思います。常に色んな子供が全国から留学にくることに対し、子供たちの懐の深さには目を見張ります。長男にとっては、教育留学時に感じた「ありのままの自分でいいんだ」という受容感は、その後に長男が五城目町の子供たちに自己開示ができ心地よい空気感を共有していく経験を経て、地域に対する信頼につながっています。
 また、フォーマル教育の中にインフォーマル教育が重層的に起こることも豊かな学びにつながっています。長男のクラスでは、学習発表会の小物にと、地域のお医者さんが長男に貸してくれた本物の聴診器は、授業の合間に子供たち同士で使い方を試行錯誤しながらお互いの心臓の音を聞いてみたりして、そのリアルな心拍に驚き、勝手にお医者さん体験でした。本物をそのまま貸してくれた地域のお医者さんの懐の深さと、その様子をひたすらに見守ってくれている学校には心から感謝しています。

【まとめ:長男の五城目町の一年間の学びを通じて考える「五城目町の教育」とは】
 様々な子供の教育に対して情報も機会もあふれる昨今、私の二人の息子たちも船橋に住んでいたころは、その選択肢の多さから脳の発達科学をふまえた幼児教室に通ったり、モンテッソーリ教育を受けてみたり、インターナショナル保育園に通っていたこともあります。長男の不登校の際には、ホームスクーリングのオンライン教材を使用していました。どんな教育でも二人は柔軟に吸収し愉しんで学んでいましたが、長男は成長過程にある最中で、自分を取り戻すための環境が必要となり、やや硬直的なフォーマルな教育と縦割りのフォーマルな医療だけでは本人の健やかな成長が望めなくなっていきました。五城目町の教育留学とその後の町での生活を通じて私たちが学んだことは、どんなに高額で素晴らしいカリキュラムを提供しているフォーマル教育であったとしても、フォーマル教育だけでは時として子供の心身の健やかで自立した成長にはつながらないこともあるということです。ですので、よく皆さんに訊かれる「五城目町の教育が素晴らしかったから移住したんですよね、本当なんですか?」と訊かれた時の私の答えは、「教育というとフォーマル教育である小学校教育にだけに焦点があてられがちですが、五城目町は(インフォーマル教育も含めて)教育全体が有機的で重層的です。この五城目町の教育の良いところと長男の求めていたものが一致したので移住したんです。」という答えとなり、「本当に『世界一子どもが育つ町』なのですか?」という質問については、「子供が地域の大人の生き方を自由に行き来しながら自立して学び、子供自身が自らを育てていく力を学校も地域もきっと世界一信じている町なので、子どもが育つ町なんだと思います。」という答えになると感じています。

 最後に、五城目町の教育留学に興味を持っている皆さんに、「五城目町の教育留学とはどんな制度ですか?」訊かれたとすれば、それに対する私の現時点での答えは「五城目町の豊かで軽やかな教育を、教育留学に来た親子の自立した学びによってどこまでも感じとっていける制度です。」と答えるかと思います。ですので、これから五城目町の教育留学に来る方々には、それぞれの親子らしい留学物語をこれからも体験していって頂くことで、五城目町にとっても留学に来ていただいた方々にもかけがえのない学び体験になると信じています。そして、五城目町の豊かな教育を、今後も我が子2人の成長と共に見守りながらサポートしていきたいと考えています。


【参考文献・資料】

五城目町(2023) 五城目町教育留学
https://gojome.net/ryugaku/

Haim Eshach (2007) Bridging In-school and Out-of-school Learning: Formal, Non-Formal, and Informal Education, Journal of Science Education and Technology, Vol. 16, No. 2, April 2007, DOI: 10.1007/s10956-006-9027-1

丸山秀樹(2016)持続可能な開発とノンフォーマル教育のグローバルガバナンス, 国際開発研究 第25巻第1・2号

みんなの学校(2023)https://gojome-gakko.net/

ICU (2023) サービス・ラーニングについて
 https://www.icu.ac.jp/academics/undergraduate/sl/

SE Japan (2023) ソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing)について
https://www.sejapan.website/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?