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【対談】「僕らのWillでつくる地球」 (村上悠×戸田裕昭)<3>

戸田裕昭・対談企画。村上悠さんをお迎えして始まりました記念すべき第一弾が、ついに最終回。強力なパートナーとして認め合う二人の思いや志Visionは、なぜ生まれたのか??背景には大切な原体験がありました。皆さん自身も、自分を振り返りたくなるかもしれません。

<3> 原体験:今ここに自分がいる意味==========

村上:利他的学びとか地球国とか、そういう誰かのために、っていう考え方はいつ頃から芽生えたの?とだっち、小さい頃は絶対いじめっ子じゃん?

戸田:逆、逆!いじめられっ子だった。

村上:あれ、そうなの?

戸田:いじめたこともあるけど、どちらかというといじめられた。何もしてないのに。中学に入った時、俺を知らない奴が、戸田ってどいつだ、俺は絶対戸田にカウンターパンチくらわすって言ってたのね。会ったことない奴からもなぜかすごい嫌われるっていう。カウンターパンチって俺がやらないとカウンターにならないじゃんて思ってたけど。

村上:確かに(笑)

戸田:あと、中学テニス部のとき。うちの顧問が変わってる人で、みんなを集めてレギュラーになりたい人って聞くのよ。それで手をあげた生徒は全員レギュラーになれるの。俺も手をあげてレギュラーになったの。

でも、あとになって手をあげなかった奴らが、なんで戸田がレギュラーなんだって、怒ってて。部活から帰ってくるとカバンのなかピシャーって出されてたりとか。

村上:そういうわけわかんない嫌われ方をしてたから、今、理不尽なことに対して嫌だと反応するのかな?人のために何かしようっていうのは、その時はまだ思っていない?

戸田:そうね・・・高校かな。高校は自分の学区とは違うところに行ったのね。このあたりの奴らと合わねーなって思ってたから、全然違う学区のところいこうと思って、常葉菊川っていうところにした。

俺の中学からその高校に行ったのは、俺しかいかない状況だったから、友達ゼロっていうスタートだった。その状況で入学して、一番最初に仲良くなったやつとの出会いがめちゃくちゃでかかった。友達の大切さに気づかされた。

村上:なんで気づいたの?直接言われるわけじゃないでしょ?「とだっち、友達は大事だよ!」って。

戸田:うん(笑)

櫻井ってやつでね。サッカーやってて超人気者だったの。ジュビロユースで、将来を期待されてたけど、常葉菊川で選手権を目指すんだっていって学校に入って部活をやってたのね。そいつが友達を色々と紹介してくれた。でも、俺はそいつを裏切ったことがあったの。

村上:ほう。

戸田:学校の合宿があったの、座禅をするっていう合宿。そこにはお菓子持ってっちゃいけなかった。でも櫻井が持ってきてて、こっそりガムくれて。それがバレた。先生になんでお前ガム持ってるんだって聞かれたとき、俺、櫻井にもらったって言っちゃったんだよ。

櫻井はブチ切れて、俺はお前がそういう奴だと思わなかった、って言われた。それからしばらく櫻井と口をきかなくなった。

それで、俺、友達を裏切るって最悪なことをしたなぁって思った。俺のためにそこまでしてくれたやつなのに、先生に怒られたから裏切ったっていう、やってはいけないことをやってしまったっていう。その時に、友達の大切さを知った。

村上:なるほどね、それ仲直りしたの?

戸田:仲直りした。

村上:そこから、友達や誰かのために、って思うようになった?

戸田:友達を大事にするっていうことかな。だから裏切りとか嫌いだね。

村上:仁義を大事にするよね。

戸田:うん。誰かのため、社会のためにと思ったのは、やっぱり娘ができたとき。それまで、大学時代も友達は大事だったけど、モテたい、偉くなりたい、有名になりたいっていうのが強かった。

娘が生まれたのがちょうど30歳の時で、転職を考えていたんだよね。いろいろ決めかけていたけど、その時、子どもに何か誇れる仕事をしたいって思った。娘が誇れることをしたいって。

それに、娘が生まれてすぐ、娘が死ぬ妄想したとき、生きるために心臓が必要なら自分の命をあげられるって思えた。自分の人生の主人公が自分から娘に変わった。娘を幸せにするために命を使おうと思った。

でも、社会を良くしないと娘の幸せをつくれない。教育を一番変えたいって思うのは、娘のためだからね。娘がやりたいことをやって、笑顔で生きていける社会をつくりたい。今はやっぱり大学に行けとか、自分の選択とは違う道歩かされる社会だと思ったから、まず教育を変えたいと思った。

先生になって思ったのは、俺が何もやってなかっただけなんだっていうことなんだけどね笑

IMG_4464のコピー

              ”先生”になって

■ 想いがVisionになるきっかけはいつもそばに

村上:地球国を掲げているのはいつから?

戸田:それはCSWのときかな。会社から、CSWは何を目指すのか、って聞かれたけど、それって僕が決めることじゃないですよね、みんなで決めていくって言ってた。でも考えろって言われてて。

ちょうどその時、社会起業家が集まる世界大会があって呼ばれたんだよね。そこでCSWが何なのかを簡単に説明できないといけないなと思った。

自分は何をつくりたいんだろうって考えながら、年末に『Independence Day』っていう映画を観てたの。隕石が落ちてくるか宇宙人がくるっていう場面でね、アメリカの大統領がこう言ったの。「最期のこの瞬間だけは、何々人とか宗教とか関係なく、みんなが一つになって地球を守ろう!」

それで、あ!俺はこういうのをつくりたい、って思ったんだよね。できるじゃん、って。宇宙人が来るっていう危機があるとできるっていうことは証明された。だから危機がなくても一つになれるっていうことを信じてやろうって思ったんだよね。

じゃ、一つになるってどういうことだー?って考えてたら、地球国・・・あ、地球に生まれた地球人じゃないか!って思ったの。それで、恥ずかしいけど言ってみたらけっこう受けた。

村上:なるほどね。


■ お弁当とチョコレートに救われて、サッカーで自信を持った

戸田:みんな原体験はもっているよね。ビジョンって、いろんな原体験の積み重ねとその気づきからできるから、みんな内省する時間を持ったらだいぶ違うはず。

村上:そうそうそう。内省する時間ってすごい大事で。ヒューマンスケープっていうのも、原体験があるんだよね。

小学校の頃、アレルギーで乳製品が食べれなかったから、給食はあるけどお弁当を持っていってた。献立は給食と同じなんだけど、乳製品抜きで母親がつくってくれて、それも毎日。今考えるとすごいことだと思う。

給食より美味しいから喜んでいたんだけど、そういう違うことやってると、嫌がらせしてくるようなやつもいて。それで、クラス替えの時は、あいつがいる同じクラスにはなりたくないなあって思ってた。

でもあるバレンタインの日にね、チョコレートをもらって。チョコレートもらっても食べれないなと思っていたんだけどね。実は、そのチョコレートには乳製品全く入ってなかったんだよね。くれたのは男友達なんだけど(笑)、僕が食べられないのを知っていて、わざわざ作ってくれたらしくて。それでだいぶ救われた。みんなと違っててもいいんだって思うようになれた。母親のお弁当とそいつのチョコレートにめちゃめちゃ救われた。

戸田:おぉ・・・


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          チョコレートをくれたホアちゃん!


村上:もう一つあってね。中学で不登校になってた友達がいて、そいつをどうやったら学校に連れ戻せるかを考えたことがあって。

毎日昼休みに適当にやってたサッカーがあったんだけど、それを使おうって考えた。クラブAとクラブBに分けて、勝ち負けとか毎日つける。それで、その友達をクラブのオーナーにしておく。ひと学期が終わると、オーナーにチーム編成させたり。こいつ得点王だから出したくねえなとか。そういうちょっとした仕組みをつくってみたら、友達が学校に来るようになった。

戸田:へぇ!

村上:そのとき、僕でも、ちょっとやってみるだけで、周りの状況って変わるんだな、と思えたんだよね。チョコレートでやってもらったことの恩返しみたいな意識だったかな。

そのあたりから、人のためにっていう気持ちが芽生えたんだと思う。それが、今のヒューマンスケープアーキテクトにつながっている。

戸田:なるほどね。

村上:でね、そういう原体験が、自分の中で言語化されたタイミングっていうのがあって。

30歳の誕生日の前日が、2011年3月11日だったんだよね。20代最後の日が大震災。30歳になった瞬間に、僕って何者なんだろうかとすごく考えて、さっきの原体験も思い出した。

そのときすでに、ひとりファンタジスタとしていろいろなプロジェクトをつくっていたけど、まだまだ個人の活動でしかなくて、本当に素晴らしいことをやってる人たちと僕個人が一緒にプロジェクトつくっていればいいやと思ってた。

それが、ファンタジスタを、いよいよちゃんとチームにしていこうと思うようになった。僕の周りにいる、やりたいことをやれていない、うずうずしている人たちの伴走をしたいなと。そこから、人のために、仲間のためにっていう想いがより一層強くなった。周りの人がやりたいことをやりはじめる、その瞬間が嬉しいんだよね。

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         チームファンタジスタのガッシュク


戸田:うんうん。

村上:大事なのは、原体験として何があったか振り返って言語化してみると、ちゃんと自分は何者なのかが見えてくるということだと思う。そうすると加速的に動きの量が増える。

たぶんそこからかな、CSWを知ったり、改めてソーシャルウィルを大事にしたいなって思ったり。

で、冒頭の話に戻るわけ。

戸田:そうかー!

村上:というわけで、だいぶ話してきたけど、締め的にはどうなの??

― 今後どんなことをとだっちと一緒にやっていきたい?

村上:とだっちと一緒に?恥ずかしいなぁ、みんなの前で。

(笑)

戸田:俺とっていうだけじゃなくてもさ!

村上:一緒にやりたいことははっきりしているよ。
地球国という言い方かかどうかわからないけど(笑)、僕らに関わる一人一人が、つくりたい未来を語って、そこに向かってやっていく、その未来を僕も一緒になって実現していきたい、一つひとつ丁寧に。

でもそこには「やりたいことは何ですか問題」がある。社会人も学生も常にやりたいことは何?って問われている。やりたいことが変わると、君はやりたいことがころころ変わるよね、一貫性がないね、と言われる。表面の話ばっかり。

だから僕は、やりたいことを聞く一方じゃなくて、やりたいことを言語化するにはどうしたらいいかとか、やりたいことは変わってもいいんだよとか、やりたいことを実現するためにはこういうことをするといいよとか、ちゃんと「やりたいこと」周りの手法を共有していきたい。

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               ”伴走”する

一緒にやっていくっていうことを口だけじゃなくて、本気で向き合って一緒にやっていく、これに尽きるね。お前やりたいことなんだよ?やってこい!じゃなくて。

戸田:うんうん!そう、本気で一緒にやりたい。

村上:それを、今やっている大学×地域×企業のプロジェクトからはじめて、徐々に広げていきたい。まずは一つ一つちゃんとカタチにしていきたいな。みんなでね。

戸田:やるよ!やろう!!


ひろくんゆうくん

(終わり)
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村上悠さん、ありがとうございました!





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