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こぐま座アルファ星

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カクヨムで連載中の長編小説『こぐま座アルファ星』のまとめ
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記事一覧

Sirius

 翠ヶ崎に入学して、初めて他校という立場から櫻林の試合を見たとき、二年前までは毎日のように見ていた奴らの弓が、どこか知らない人間のもののように見えたことをよく覚えている。俺の知らない間に彼らが上達した、という当たり前の事実を差し引いてもだ。それは、離れたことによって客観的に見られるようになったからだとか、俺が翠ヶ崎のやつらに影響を受けてすこし感覚が変わったからだとか、いろいろ理由はあったのだろうし

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Regulus

 潮が舞台の上で楽器が吹けなくなって、曲の頭のソロで音を止めて、そのまま動けなくなったあの日、先生や俺たちになにを言われても俯いて無言で首を振るしかできなかったあの日、胸のうちにあった感情がいまでも半分も言葉にならない。なんでだよ、説明しろよと思った。俺らが何日も何週間も苦労してきたことを、いままであんなに簡単そうにやっていたくせに。どうして今日に限って、と。そのあとに、ちょっとだけざまあみろと思

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終章 きみがきみの行きつく場所へ - こぐま座アルファ星

「優都?」
 旅館の入り口に据えられた低い階段に腰掛けてどこか遠くを眺めている後ろ姿の名前を呼ぶと、優都はいきなり明るくなった視界に目を細めたまま振り返り、「あ、千尋か」と呟いたあとに安堵の笑みを浮かべた。比較的標高の高い長野の山の中では、真夏とはいえ夜は長袖がほしいくらいには肌寒い。周りに民家もない、電灯もない、月明かりだけに支えられた暗闇が、千尋のかざしたライトで一気に開けていく。「眩しい」と

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第六章 - こぐま座アルファ星

 一月の騒動の直後、三日ほど学校に出て来なかった潮がやっと部活に顔を出したとき、まっさきに頭を下げたのは千尋だった。「ごめん、一方的に言いすぎた」と膝を折って潮の前で手をついた千尋に、潮は立ち呆けたまま目を丸くして、なんと返事をしようか迷ったように何度か言葉を飲み込んだ挙句、「千尋先輩のガチ土下座初めて見たんですけど」と言って笑った。
「一昨日集まったとき、森田と京に、さすがにあの言い方はないって

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第五章 - こぐま座アルファ星

 合宿後すぐに開催された八月末の都個人大会で納得のいく成績が残せなかった優都は、櫻林での合同練習を経たその一ヶ月後、ぎりぎりで選抜資格を得た九月末の関東大会個人戦ではそれに輪をかけて調子が悪く、予選からほとんど中らずに準決勝に進出することすらできない状態だった。昨年、自身が都個人の優勝者として出場した同じ大会では彼は入賞こそ逃したものの決勝までは順当に勝ち上がっていたし、今年こそはという思いもあっ

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第四章 - こぐま座アルファ星

「森田、櫻林と合同練習する気ない?」
 合宿後すぐに行われた個人戦の大会が終わって数週間後、練習終わりに部室で携帯を弄っていた雅哉が優都に声をかけた。着替え終わった直後の優都を彼は自分の元に呼び、携帯の画面を見せる。優都はそれを覗き込みながら何度か瞬きをして、え、と短く声を上げた。
「そうか、おまえ、松原のチームメイトだったんだもんな」
「あいつは中学のときからずば抜けて上手かったわ」
 優都の口

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第三章 - こぐま座アルファ星

 合宿に向かうバスの中は中学三年間いつも憂鬱だった、と由岐は後ろに流れていく田んぼと畑の繰り返しを眺めながら思い返していた。もっとも、二十二人乗りのマイクロバスをひとりで二席占領できるこの部の人数は中学の頃の記憶にはそぐわない。後ろから二列目の窓際に座る由岐のちょうど反対側では拓斗が窓に寄りかかって眠り込んでいて、ひとつ前の列では潮と京がわざわざ隣同士に座って携帯のゲームに興じている。そのさらに前

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第二章 - こぐま座アルファ星

 「おまえの体内時計はほんとうに六十進法か?」と呆れたように千尋が肩を竦めたとき、優都は何度か瞬きを繰り返したのち、心底驚いたと言いたげな表情で、「千尋、比喩とか言えたんだ」と言ってのけた。
「感性の欠片もないやつだと思ってたけど、やっぱり文系なんだな」
「うるせえ。なんならだいぶ字義通りの疑問だよ」
 期末考査一週間前で部活がオフとなった土曜日の午後、一時を回ったころから千尋と机を並べてテスト勉

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『こぐま座アルファ星』作品概要

『こぐま座アルファ星』作品概要

カクヨム版:『こぐま座アルファ星』
2018年4月~7月に連載していた作品です(7月9日完結)
同人誌版(https://sae-todo.booth.pm/items/1008579

■概要
 中高一貫校の弓道部に所属する坂川潮は、部の主将である一学年上の森田優都のことを心から尊敬していた。人数不足で一時は廃部の危機にもあった弓道部をほぼ独力で立て直した優都は相当な努力家で、後輩たちにとって

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登場人物一覧 - こぐま座アルファ星

『こぐま座アルファ星』 登場人物
森田 優都(もりた ゆうと) ±0 [優都との学年差]
 翠ヶ崎には中等部から入学。中等部・高等部と主将を務める。
矢崎 千尋(やざきちひろ) ±0
 翠ヶ崎には初等部から入学。中学時代は副将。
古賀 雅哉(こが まさや) ±0
 翠ヶ崎には高等部から入学。高等部の副将。櫻林大附属中学出身。
坂川 潮(さかがわ うしお) -1
 翠ヶ崎には中等部から入学。
伊藤

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序章 きみがきみの居るべき場所へ - こぐま座アルファ星

 思えば、このひとと二人でどこかに行くことはあまりなかったと、真夜中の電車で潮(うしお)はここ四年間の記憶に指を滑らせる。部活が終わったあとにファストフード店で夕飯を食べた、テスト期間に泣きついて放課後の教室で勉強を教えてもらった、休日に何度か家に訪れて共通の趣味の話をした。部活の先輩後輩の付き合いとしては親密なほうなのだろうけれど、それくらいだ。意外といえば意外だった。それくらい、隣に座る先輩は

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第一章 - こぐま座アルファ星

 部活動を始めるのは早くても朝七時半から、というのが高等部全体の決まりごとで、弓道部もそれに従って朝練の開始時刻はその時間だった。そもそも大会前以外は強制ではないその練習に、潮は中等部の頃からわりあい毎日律儀に参加している。週に一度くらいは寝坊して、七時半には間に合わなかったり、今日はもういいかと思って二度寝を決め込んでしまったりすることもあるものの、それを加味しても参加率は高いほうだ。
 冬が顔

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