ピエロ

 父親と喧嘩をした次の日、数年ぶりに熱を出した。午前四時に目が覚めたかと思うと、肩まで布団を被っているにも関わらず、ひどく寒くてもう一度寝付くことができなくなっていた。寝起きで焦点を失った思考がゆっくりと中心に集まってようやく現実と調和し、漠然とした寝苦しさが悪寒によるものだと把握してしまってからは、布団の中で身を縮めて耐えるよりない。風邪を引いたのだろうか、と気付いた瞬間、寒さの表面で体が火照る感覚が追いかけてくる。
 喉奥と胃の中でぐるぐると渦巻くものが吐き気だとは思いたくなくて、しばらく浅い呼吸をしながら逃げるような寝返りを繰り返す。部屋はどこも真暗だが、瞼を閉じるたびその内側から鋭い痛みが光となって襲ってくる錯覚に苛まれ、声をあげずに呻けば張り替えたばかりのシーツが足元で皺になった。呼吸が質量を持って肺から出てくることを拒み、飲み込むように必死に空気を送り込む。覚醒は進むのに頭は重い。立ち上がったときの鈍い痛みと熱を持った倦怠感を想像すると、ここから動くことはできないと思う反面、胃の中に巣くう違和感はもはや限界だった。誤魔化すことはできないのだと諦めた途端、勢いをつけて喉元までせり上がってくる痙攣に背中を押されて潮(うしお)はベッドから跳ね起き、電気も付けないままの洗面所に駆け込んで胃の中身をひっくり返した。

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