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毎月勤労統計問題を考える

 厚生労働省の「毎月勤労統計調査」の不適切調査を受け、約8割の国民が「政府統計は信用できない」と考えていることが、共同通信社の世論調査によって明らかになりました。経済統計について研究、教育している端くれとしては大変悲しい出来事です。

 この問題については、隠蔽が意図的だったのではないか、安倍政権への忖度で賃金上昇率を高めに見せようとしていたのではないかといった意見が、メディアやネットで挙げられています。それについて、私には判断する材料がありませんので、私は、政府統計機構のあり方という観点からこの問題を考えてみたいと思います。結論を先に述べれば、「分散型」の統計機構の限界が露呈したのが、今回の不適切調査だと考えております。

 今回の不適切調査の問題は、本来は全数調査すべき、「500人以上の規模」の事業所について、東京都について3分の1の事業所しか調査していなかったことにあります。また、2019年からは、神奈川県、愛知県、大阪府についても全数調査をやめるという方針を示していたことにあります。

 つまり、

(1)「500人以上の規模の事業所について全数調査している」と対外的に示しているのに、こっそり標本調査(調査対象の一部を統計的手法で抽出して調査する)していた。

(2)標本調査にも関わらず、全数調査とみなして集計していた(いわゆる「抽出率の復元」をしていなかった。

 という2つの問題があります。

 統計を扱うものであれば、全数調査と標本調査では得られる統計の性格が異なることは知っています。にもかかわらず、厚生労働省が1月11日に出したニュースリリース(下記のリンク)を読むと、その意味を理解していなかったのではないかと疑われます。今回の問題が露呈するきっかけが、2018年12月13日に統計委員会委員長などに「東京都における「500 人以上規模の事業所」を抽出調査していることを説明したところ、統計委員会委員長から全数調査ではないのは大きな問題ではないかという主旨の指摘」があったと書いてあるためです。つまり、全数調査とうたっているのに、実は標本調査(抽出調査)をしていることに問題があると、厚生労働省の担当者は認識していなかったと推察されるのです。

 毎月勤労統計調査については、昨年夏ごろにも問題が起きてました。毎月勤労統計調査で示される賃金上昇率が過大なのではないかという疑いが、民間エコノミストなどから挙げられたのです。この調査は、GDP統計における雇用者報酬(日本の全雇用者の給与総額等)の推計にも用いられているため、そちらも過大になっているのではないかと指摘されたのです。これについては、私もホームページでメモを書かせていただきました。

 この問題は、2018年から毎月勤労統計調査の調査方法を以下のように変更したことに起因しています(安倍政権への忖度という見方もメディアでは書かれていますが…)。

(1)従来は、2~3年に1度のタイミングで500人未満の調査対象(標本)を変えていたのを、統計委員会での議論を踏まえて、毎年、一部ずつ入れ替える方式に変える(他の多くの統計調査と同様に)。

(2)その代わりに、標本入れ替えに伴い生じる過去のデータとの断層は調整しない。

(3)参考データとして、前年との共通標本で見た賃金などのデータも示す。

 厚生労働省としては、この方針に従って調査をしているつもりだったのでしょうが、2018年は標本調査を結果を用いて調査対象全体を推計するベンチマーク(調査対象の全体を把握する統計。ここでは経済センサスの調査結果)も変更していました。このベンチマーク変更の影響により、2018年の賃金上昇率が高めに出たのです。

 ベンチマークを変えた場合、異なるベンチマークで推計した前年データとの断層を調整するのは、統計を扱う者なら常識です。しかし、上記(2)を根拠に厚生労働省はそれを行わなかった模様です。結局、現時点まで毎月勤労統計調査の方で修正は行われず、GDP統計を推計している内閣府側が下記のリンクの説明にあるように断層修正してデータを使うことになりました。私はGDP推計の基礎となる統計を直さないという対応に疑問に思っています。

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/seibi/kouhou/contents/pdf/181031_choseihouhou.pdf

 さて、毎月勤労統計調査をめぐる今回の問題をみると、厚生労働省の担当者の経済統計作成に関する意識、技能の低さが表れているのではないかと思います。失礼な申し上げ方をすれば、「素人か!」と言いたくなるのです。この問題の元にあるのが、冒頭に書かせていただいた「分散型」の統計機構の限界ではないかと思います。

 総務省統計局の下記の資料にあるように、統計機構には日本のような「分散型」、すなわち各行政機関に統計調査の機能を分散させる仕組みと、「集中型」、統計を一元的に一つの機関に集中させる仕組みがあります。「分散型」には「行政ニーズに的確、迅速に対応することが可能」「所管行政に関する知識と経験を統計調査の企画・実施に活用できる」メリットがあると書かれています。

 しかし、一方で、集中型のように統計の専門性は発揮しにくいと考えられます。総務省統計局のような統計業務が中心の省庁でなければ、統計業務は人事ローテーションの一つとして扱われます。統計は専門性が求められる業務なのに、それを十分に理解する前に異動するリスクがあります。また、十分な人材が統計部門に充てられないという現状もあります。統計人材を増やそうという努力は始まっているようですが、一気に増やすのは難しいでしょう。かねて多くの論者が指摘してきたように、日本の統計機構も「集中型」に移行すべき時が来たのではないでしょうか?

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