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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#2

承前

薄暗く静謐な部屋の中、キュイキュイと、やや場違いに思える甲高い金属同士の擦過音が転がり。

『接続確立。コネクト』

いかにも機械的なシステム音声が響いた。暫時、静けさが再び占有権を取り戻したかに思えたが、ブゥーンという重低音が響き、部屋の中央に据えられたテーブルの上から、布製カバーごと部屋のヌシが身を起こすと、途端にガチャガチャとノイズがちな駆動音とプシュっと何かから空気が抜けていくような音が空間を満たした。

「アー、アー、テステス」

大仰な音と共に一通り両腕端部、球状の掌から120度ずつの角度で生えている三指式マニピュレーターを曲げ伸ばしした部屋のヌシは、おもむろに首筋に配置されている二基のスピーカーを鳴らす。

「かなり長いことノーメンテで放置されちまってたみたいだが、動かすぶんには問題なさそうだな」

テストの続きなのか、あるいはクセなのか独り言をわざわざ音声出力しながら、現在のこの部屋の主であるガランは、ドスンと無遠慮に床に降りたった。

「しかし、今夜は看板だと思ったんだが、はるばるユーロ・エリアでの緊急依頼とは、な。しかも、こっちは…まだ昼下がりかよ、お天道さんが眩しいな、オイ」

ガランが壁面に指先を向けると、透過採光モードが起動し外光が部屋内を満たす。舞い上がるホコリがチラチラと乱反射し、少し前までの落ち着いた雰囲気を完全に消し飛ばしていく。

「このシューター・オフィスは…ジャーマニー・カテゴリ、の、アー、ベルリン・クラスタ?オイオイ、”ハイア”への連絡昇降路が近えじゃねえかよ。ってこた、セキュリティ・レベルも…高いな。トラブル発生件数も少ねえし、常駐シューターは、ほぼCクラス、Bクラスがちょっぴりに、Aクラスは皆無、と」

ブツブツと、誰ともなく呟きながら、ガランは視界内の仮想ウィンドウに情報を流しながら、四肢を曲げ伸ばし、身体感覚の確認を続ける。

「しかし、個人からのAクラス・シューター指定の緊急依頼か。システム発の依頼ほど緊急度は高くはねえだろうが、概ね依頼自体か依頼人のどっちかが、ロクでもねえんだよなあ。今回はどうかねえ。Aクラスはカテゴリ越えて、依頼が入ってくるから、マジで当たり外れがデカイのが難だぜ」

Bクラスのままの方が良かったのかねえ、などと独りごちながら、ガランは机上のウェスを掴み、直線と直角で構成された無骨な顔の真ん中に据えられたメイン・カメラと、ついでに鎖骨のあたりにある左右のサブ・カメラのレンズからホコリを拭う。

「ンー、後はアシストだが、ヨシ。モナカもカバスも二つ返事。偶然、ジャーマニーに居てくれてラッキーだったぜ。…しっかし、このボディ。動くは動くが…流石に、チっとばっかし重いか、なッ!!っと!!」

末端に向けて拡がる円筒状のデザインが特徴的な脚部でズタンズタンと不恰好なステップを踏んでいたガランは何を思ったか、突然、勢い良く跳ね上がり、後方に宙返りしようとしてーーー思い切り背中から床に墜落した。

一段と派手にホコリが舞う中、ビビッ、と微かなビープ音が聞こえる。

「…アー、どうやら依頼人が到着したみたいだな。遊んでる暇はねえぞ、ってな」

ここまで来ると完全にクセなのだろう。ノイズ混じりの独り言を出力しつつ、のっそりとガランは起き上がり、いつの間にか下敷きにしていた古茶けたコートを無造作に羽織ると下階に続く階段へと向かった。

その先で待っていた、見た目は完璧に木製の階段は、ギシギシとガランの重量に抗議するように軋み音を立てる。

「…まさかとは思うが、マジで木を使ってんのか?わりと貴重品じゃねえか。…壊したら、マズイ、よな?」

おっかなびっくり、慎重に歩を進める、などという事は、このボディには望むべくもない。ドタドタと、一歩ごとに乱暴に踏み板を蹴立てながら下降していく。

「しかし、ここのシェア・ボディは最低の部類に入るな。こんな状況じゃなけりゃ絶対に使うこたないだろうぜ。…スリルがある分、退屈はしないがね」

というのが、ガランの正直な感想だ。整備状態もそうだが、構成も杜撰というか適当に有り合わせのパーツをくっ付けているような有り様で、特定の美意識を所有している人々には耐え難いに違いない。ガランは何処か楽しげですらあるが、それはそれで特殊な反応だ。

しかし、あにはからんや。下階、接客用のスペースにおりたガランの視界に映ったのは。

(…おおっと、コイツぁ、中々のハズレくじかもな…)

白磁のような独特の光沢を放つ曲面を主体に成形されたボディが、最低限の手入れはされているのだろうが、どうにも見窄らしい応接室のソファに収まっている光景だった。間違いなく高級レーベルに所属する職人の手からなるワンオフ物であろう”ソレ”は、オフィスの内装とは明らかにミスマッチであり、妙に場違いな印象を与えてくる。

(…ありゃあ、全身同一レーベル同一アーティストで揃えてんな。ってことは、十中八九、”統一的構成思想(ユニコーディズム)”の信奉者、だよなあ、やっぱり)

いわゆる、”特定の美意識”の所有者であることが十二分に推察できる依頼人、である。

こういった思想に染まった方々は啓蒙にも余念が無い事が多く、関わる都度、思想の押し売りに閉口してきた苦い記憶がガランの思考野に浮かんでは消える。

(…まぁ、このボディにゃ開け閉めするような口も苦味を感じる舌も付いちゃいねぇみたいだが)

音声出力はとっくに止めてはいるものの、それでも益体も無いことを考えながら、しかし嫌気をおくびにも出さぬよう、ガランは依頼人の向かいのソファにゆったりとした動きで収まる。

「…まさか、君がシューターなのかね?」

一拍おいて、表面装甲下に巧妙に配置され外観からは認められない依頼人のスピーカーから、想定通りの定型句が吐き出された。整備が不足しているとはいえ、音声センサはその定型句をきっちりと拾い、ガランは少しげんなりとした。

「…エエ、そのまさかで間違いありませんがね。…ミスタ・スタンリア?」

「マルグラフ・フォン・スタンリアだ」

微動だにせず依頼人は即座の訂正を行う。
人類のほとんどが脳髄以外、生身の肉体を有さず、遺伝的形質が形骸などというレベルですら無い、この時代にあっても貴種の血という概念と、それに連なる貴族主義思想は保護を勝ち取っており、かろうじてではあるが、その存在を残すことに成功してしている。

(そういや、この辺は貴族主義思想の保護地区だったか。とはいえ、ガチの貴族かぶれは初めて見るぜ。いやはや、コイツはどうにもツキにゃ恵まれなさそうな依頼な気がしてくるってもんだ)

何故かプリセットされている舌打ち音を思わず出力しかけるのを、すんでのところで我慢しながらガランは改めて問う。

「アー、申し訳ない、フォン・スタンリア。早速ですが、依頼の内容をお聞かせ願いたいのですが…」

「待ち給え。君は未だ私にシューター・ライセンスの提示を行っていないようだが。正当なプロセスを踏まずに依頼内容を聞かせられるわけがなかろう」

「アー、こいつぁ重ね重ね申し訳ございませんでしたな。普通、シューターのオフィスに依頼人とシューター以外が潜り込んでいる、なんてこたないんですがね?まあ、そちらがお求めなら、いくらでも見てって下さいや」

依頼人を怒らせてこの案件をフイにした方がマシかもしれんな、と、どうしようもない思考を働かせながら、ガランはわざとらしく大袈裟なアクションで、喉部のあたりに埋め込まれた光学式出力装置を起動、ライセンスをホログラフ表示する。

「…Aクラス・ライセンス、シューター・ガランに間違いないようだな」

一体どのような感情が込められているのか、類推することもできない平坦な音声が依頼人から出力される。

「…アー、今回の依頼は、随分と緊急だと伺っているんですがね?」

まさに、ガランが依頼を受諾したのは僅か数分前のことである。その上、エリアをまたいだ依頼でもあったため、個人持ちのボディを輸送する暇もなく、オフィスのシェア・ボディでの対応となったのだが。

「そのとおり。緊急なのだ。そして、それ以上にまた、重要でもある。そのためのAクラス指定、そのための高額な追加報酬だろう。だが、どうだ?実際に現れたのは、頭部こそ汎用型の傑作品、パラグリン・レーベルのマークⅣを戴いてはいるが、胴から脚にかけては単純な構造ゆえの頑丈さだけが取り柄のハーマサット・レーベル、それも二世代前の型落ち品、腕部に至っては精密さの欠片もないケヌークァ・レーベルの低価格モデルなどという、美意識の欠片も感じさせない、かといって機能性を重視しているわけでもない、愚劣なボディ構成の人物だ。まさに正気を疑うと言わざるを得ないコーディネートではないか。本当にこの緊急かつ重要な依頼に足る人物か、私が疑うのも当然ではないかね?」

そんな事情を酌むわけもなく、依頼人はあくまで平坦な音声を出力する。

「君もプロフェッショナルであるのならば、依頼人が実力に疑問をもつようなボディの使用は即刻やめ給え」

(…まったくツイてないぜ…クソッタレめ…)

啓蒙モードに入りつつある依頼人を眺め、ガランは心中で依頼人を選ぶことのできない己の生業に人生何度目かの呪詛を吐きつけた。そんな、現在の主の内心に呼応したのか、肘部の関節モータはガリガリ、と不機嫌な唸りを漏らしはじめていた。

【続く】

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