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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#3

承前

「そんで?結局、キンキューかつジュウヨーな依頼とか言っちゃってさ。貨物車両専用のハイウェイ上で?事故で立ち往生してる自動操縦ビークルから?荷物を引き取るだけって?実際のところ、ただのお使いじゃん!?ボクが出張るような案件じゃないんじゃないの!?」

薄い金属繊維羽を震わせながら、ふわふわと滞空しているように見えて、その実、相当な高速飛行をしている、手のひら大の金属球は不機嫌そうに甲高い音声を出力した。

「分かってるよ、んな事は。ただ、オレはこっちのエリアじゃ、そんなに土地勘ねえからよ。別に報酬割合もそっちの言う通り、ビタイチ負かってねぇし、なんなら荷物を無事受け取ったら、そのまま直帰でも良いから!ちょっとくらい黙って付き合ってくれんかね、モナカさんよ!」

ガランは二輪駆動ビークルにまたがり、ハンドル部に据え付けられたアクセルグリップを捻りこんで車体を加速させながら、これも音声出力で返す。

「オッケイ!言質取ったよ!流石にカテゴリ間を何往復もするのは無駄だかんね!」

「何だよ、自分の工房があるフランス・カテゴリ入ったから、さっさと帰りたくなってきただけじゃねえか?いや、気持ちは分かるけどよ!」

数分かけて依頼人の貴重なご意見を拝聴し、何とか依頼内容を聞き出すことに成功したガランは、依頼を受けた時点で要請していたアシストとオフィス前で合流していた。

一人は先程から不満を漏らしながら、都度有利な条件を勝手に増やしていっている、羽根付き金属球。人体を模した二足二腕のボディが、その操作効率の良さからマジョリティを占めているにも関わらず、奇矯にも小型球体オーニソプタを普段遣いのボディにするモナカ。そして。

「へへっ、オイラは合法的にカットバセりゃ何でもイイからよウ、今回も最後までバッチリ付き合うぜエ!!」

ハイウェイ上を駆ける二輪駆動ビークルからも荒い音声が出力される。マイナなボディ嗜好を持つ人物の中でも、とびきりの変わり種であるのが、このカバスだ。前時代のバイクと呼ばれるビークルの再現に血道をあげるあまり、自らがバイクになった業の深い人物として、車輪式ビークル愛好者界隈では有名である。

「いや、最後までも何も、カバスの製作工場はベルリン・クラスタじゃん」

戻るだけでしょ?ズルいよなあ、とピュンピュンと小刻みに軌道を変えながらモナカは飛び回っている。

「それを言うなら、オレはカテゴリどころか、エリアまで越えて来てんだがな?」

「そういえば、ガランはアジア・エリアが拠点なんだっけ。割とコッチの依頼受けてる気がするけど、このへんってそんなにAクラス居ないわけ?」

「アー、確かに絶対数が少ないこともあるんだがな、なんつうか、厄介な緊急依頼が出たとき、大体オレくらいしか手が空いてるのがいなくてな…。全くツイてんだかツイてないんだか…」

「オイラ達はそのおかげでアシスト報酬もらえてんだからなア。Aクラス・シューター様様ではあるさねエ」

「そうさな、Aクラス・シューターはカテゴリ間の移動にかかる申請手間が多少簡易化してるから、な。そうでもなきゃお前さん方とつるむようにはならんかったのは確かだな」

ガランの言葉通り、Aクラス・シューターにはカテゴリあるいはエリア間の移動に融通が効くため、概ねAクラスを指定するような依頼は、カテゴリ間の移動を短時間に行うことが必要な、機動力が物を言う案件であることが多くなっている。勿論、今回の依頼も、”事故現場”がジャーマニー・カテゴリから西方面、更にカテゴリを一つ挟んだ先であるため、高速で移動、運搬が行えるアシストが必須であった。

そのため、丁度その条件を満たす二人がボディ込みで、ジャーマニー・カテゴリに所在しており、なおかつアシストを引き受けてくれたことは、ガランにとって不幸中の幸いであった。なんとなれば、最初からケチの付いているこの”クソッタレな”依頼が、多少不都合な展開を迎えても、どうとでもなるような気分にすらなっている。

「そういえば、さ、疑問があるんだけど。カバス、自律走行できるよね?なんでガランがフル・マニュアルで操作してんのさ」

「イヤイヤ、モナカの方こそ何言ってんだよウ。バイクが自分勝手に動く訳ナイだろウ?」

「そうだぞ、モナカ。フルオート機能なんてついたら、そりゃバイクじゃねえだろ!」

「えー、なにコレ、ボクがおかしい流れなの」

これだからマニアック連中は、とボリュームを落としブツクサ言い始めるモナカを尻目に、車上の二人はご機嫌に飛ばし続けている。

「舗装された直線道路はやっぱり良いやねエ。街中だとエンジン出力の10%くらいしか出せないンだよウ。やっぱり、たまにはアクセル全開吹かさないとなア。ハイウェイは貨物専用だから、普通は走行なんざアできないのよウ。ここをブッ飛ばせるのが報酬でも、オイラは全然構わないくらいさア」

「ん?そうなの?そんじゃあさ、カバスの分、ボクにちょっと回してよ。近々、贔屓のレーベルから新製品が出るみたいでさ」

「相変わらず、がめついなア、モナカは。オイラは報酬いらないとは言ってナイぞウ。オイラのボディは金食い虫だっての知ってんだろウ?貰える分はシッカリ貰わなくっちゃア」

カバスのエキゾーストパイプがドルンと音を立てる。

「ま、報酬に魅力無いんなら、アシストなんかやんないしね。ていうか、カバス、なんかまたボディの形、変わった?その駆動装置の辺りとか、そんなじゃなかったよね?」

「オ!何だイ、ようやくバイクに興味出てきたのかイ?そいつア結構!なんだけれどもよウ。前回のアシストで会った時はネイキッド!今回はフルカウル!そんくらいの違いは、一目で見分けてくれよウ」

「し、知らないよ、そんなの!ていうか種類なんてあるのかよ。ほとんど同じに見えるんだけど!」

「ご歓談の中、悪いんだけどなあ!そろそろ事故のあったカテゴリに入るぞ!折角カバスが専用のホールドポイントをボディに取り付けてくれてんだ、ちゃんと収まっとけよ」

「いやいや!だ・か・ら!飛行制限区域だとボクがいる意味ないじゃん!って話だよ!」

当初の憤懣を思い出したかのように、ひときわ大きく不満げな声を上げるモナカ。実際、事故の影響なのか、”事故現場”の周辺には飛行制限がかかっている。

「飛ぶ時は、常に信号出してなきゃいけないことくらい知ってんだろ!?あ、信号出さなきゃいいだろ、とか言うなよ?ボクの知り合い、バレてボディ没収されてんだからな!」

「いや、シューターが規定違反の無信号飛行させるわけねえだろ。ンー、それに、な。意味ないこともねえんだよ。ちょいとその事故ってのがキナ臭くてな、イヤな感じなんだよ。いざってときに上を抑えられるメンツが居るか居ないかじゃあ大違いなことくらい分かんだろ?なあ、モナカさんよ、これでも、かなり頼りにしてるんだぜ?」

「…エー、また、そのイヤな感じなの?ガランって、どの仕事でも、毎度毎度、イヤな感じがしてんじゃない?その上、本当に毎回ロクな事になんないしさぁ」

でも頼りにされてるんじゃなぁ、仕方ないなぁ、とモナカはハンドルバーの中央、アナログメータの上方に増設されているホールドポイントに渋々ながら着陸してみせる。三本爪のアタッチメントが立ち上がり、球状のモナカのボディをしっかりと固定した。

「…ところで、ガランの旦那よオ、オイラは頼りにサレてんのかねエ?」

「あたぼうよ、カバス、お前さんもしっかり頼むぜ?」

声を掛けつつ慎重な力加減でカバスのタンクをはたきながら、ガランは更に車体を加速させた。

【続く】

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