裏側

きょうは朝からあなたが好きと言っていた黒いワンピースを着て出かけるのです。もちろんあなたに会いに行くために。あまり細身ではないわたしの身体が少し見えすぎてしまうこともあまり気にしなくなりました。あなたが連れて行ってくれるお店でキスをするのも随分慣れました。世間の目なんて気にすることはないということをあなたは教えてくれました。あなたはわたしの美しいところをたくさん教えてくれました。あなたはいままでであった男のひとが言わなかったようなことをたくさん言ってくれるので、なんだか幸福な気持ちになるのです。あなたに会うまではわたしは人よりたくさん心に傷を負った人間だと思っていたけれど、そんな傷はぼくが治してあげると言ってくれるので、傷なんてなかったような感じがしてくるから不思議です。夕食をとったあとはいつもベッドで抱き合うのが好きです。あなたがわたしの服をゆっくりと脱がして、わたしの身体の隅々を点検するようにキスするのが好きです。あなたがいつもそうするものだからわたしは服を脱がされるまえから濡れてしまうのが少し恥ずかしい。あなたの唇がわたしのその部分に到達するころにはいろいろなところがずいぶん濡れてしまっているから恥ずかしくて目を瞑ってしまう。わたしもそのあとお返しにキスをします。あなたは耳をなめられるのが好きだから、あなたが息を洩らすのを聞きながら、たくさんなめてしまう。身体を密着させてなめるとあなたのペニスが動くのが分かる。だからあなたがより感じるようになめるのが楽しい。でも、あたしがなめている最中、携帯に出るのがにくい。さりげなく時計を見るのもにくい。時間なんて腐るほどあるのにわたしにあっているときに他のことをするのがにくい。わたしは舌と唾液であなたをわたしのものにするだけなのに。


わたしはわたしがわたしからこぼれ落ちてしまうのがこわい。あなたはわたしをわたしではないものに変えようとするのがにくい。このままで生きていくのがつらいから、あなたはわたしを変えようとするのかわからない。あなたは好きでもないのにわたしのやわらかい場所をなめるからにくい。あなたはあなたの指でわたしの内側を探そうとするからにくい。そうしてわたしが変わっていくのを見て安心するような顔をするからにくい。わたしはすべてを差し出しているのに、あなたの知りたいことは、わたしの知っていることではないからにくい。あなたの望むものは今のあなた以外のもので、けっしてわたしではないからにくい。わたしが一緒に死のうと言ったら、死ぬつもりもないのに、うんとうなずくのがにくい。あなたは本当にうそをついているのに、うそだよと言ってはぐらかすからにくい。あなたもわたしもほんとうに生きていきたくないのに手をつなぎ合っているからにくい。あなたがこのままどこかに消えてくれたらわたしも消えてしまえるのにと思って、きょうも逢ってしまうのがつらい。わたしはけっして変わらない。いないわたしに流す涙はいらない。そもそも涙なんていらない。わたしにもらえる気持ちなんてない。あげる気持ちもない。ふわふわしていて気持ち悪い。壊す気もないのに本気で抱き合うだけの欺瞞が心地いいとあなたみたいに笑えない。わたしはあなたを愛している。だから、あなたに壊せないあなたをわたしはえいえんに憎み続ける。あなたの嘘はもういらない。

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