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向精神薬の影響による薬剤性眼瞼痙攣の診断と治療

若倉雅登医師
井上眼科病院(東京・千代田区)名誉院長

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わかくらまさと プロフィール 
1949年東京生まれ。北里大学大学院医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、同客員教授、井上眼科病院副院長、院長を経て、2012年より同病院名誉院長として神経眼科 心療眼科の特別外来を担当。東京大学医学部非常勤講師、日本神経眼科学会前理事長(現名誉会員)などを歴任、現在NPO法人目と心の診察室副理事長、心療眼科研究会共同代表世話人。「その目の不調は脳が原因」(集英社)など著書多数。

精神科で向精神薬を服薬している患者さんの中に、目の眩しさや痛みなどの不調を訴える方々が少なからずいます。こういった方々が何軒も眼科医を受診しても診断がつかず、最後に心療眼科の専門医である若倉雅登先生の外来にたどり着き、薬剤性の眼瞼痙攣(がんけんけいれん)と診断されるという話をしばしば耳にします。2020年12月にオンライン上で、若倉雅登先生が行った講演会『眼球使用困難症障障害認定に向けての調査研究の動き』(フィロンティア会主催)の講演録では『眼球使用困難症』という状態について詳しい解説を聞くことができました。さらに2021年秋に、精神科領域を取材している月崎の立場から、若倉先生の見解や治療方針などについてさらに詳しく知るために、ロングインタビューを行いました。約90分間のお話に加え、先生が発表された論文などの情報も紹介していきます。

https://note.com/tokio_tsukizaki/n/nb9452c980673

目次              

1 1990年代に眼科の患者さんを診察して気づいた薬剤性眼瞼痙攣
2 添付文書にも記載されない副作用&離脱症状問題
3 英国 論文誌が日本のベンゾジアゼピン多剤処方を想定外と指摘
4 薬剤性眼瞼痙攣の重症例としての眼球使用困難症
5 治療法はなく唯一あるボトックス注射は対症療法
6 刺激を減らし養生し自然治癒力を引き出して誤作動を止める
7 高齢者が白内障手術をする前にチェックしたい薬のこと
8 眼瞼痙攣の三要素は、運動障害 感覚過敏 精神症状
9 脳のセントラル・センシビリティ・シンドローム(CSS)という仮説
10   繊細さを持った脳神経を事前に見極める方法はあるのか
11 神経眼科医として支援するベンゾジアゼピンの減薬
12   自分の専門領域以外は診ない知らない医師が大多数
●若倉雅登先生の近著
●情報へのリンク
※原稿中の図版は若倉先生作成のスライドを使用しています。


1 1990年代に患者さんを診察して気づいた薬剤性眼瞼痙攣


月崎 眼科医である若倉先生が精神科の薬と目の眩しさや痛みの訴えの関係に気づかれたのは、いつ頃で何がきっかけだったのでしょう?

若倉 私は、1990年に相模原の北里大学病院から、井上眼科病院(東京・千代田区)に来ました。井上眼科病院で心療眼科の外来診察を始めると、ある女性の患者さんが予約の電話で「目が眩しくてしょうがない。診てほしい」と言ってきたわけです。その患者さんの予約は2ヶ月後でした。ところが診察室に来たその方が「先生もう治っています」というのです。「予約の電話をかけたときは、眩しくて、急に眩しくて、とてもつらかったんです。でも実はその1週間ぐらい前から睡眠がうまくとれないので、内科の先生に睡眠導入剤というのを処方してもらい飲んでいたんです。それで、ひょっとしたらこの睡眠薬のせいかなと思って飲むのをやめたら1週間で眩しくなくなったんです。そんなことってありますか?」と尋ねられました。その方は「もう治ったから来るのをやめようかと思ったけど、せっかく予約したので、神経眼科の先生に聞いてみようと思ったんです」と話してくれました。

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月崎 その患者さんの診察が、睡眠薬と目の不調を関連付けて考える初めての経験だったわけですね。

若倉 それで私は、「そんなことあるのかね?知らないなあ、でも可能性はあるかもね」って言いました。そして「もし再発したりしたらまた来てね。それから睡眠導入剤は飲まない方がいいかもしれないね。やっぱり自分でおかしいと思ったことは大切にした方がいいよ」と伝え、診察を終えたのです。でもその時は「これは何か珍しい例外的な話だろう」と思っていたのです。ところが、また1ヶ月後くらいに、別の患者さんが似たようなことを訴えて受診してきたのです。

月崎 同じ話が2つ続いたわけですね。

若倉 はい。それ以前から目が眩しいとか痛いとかを訴え、眼瞼痙攣と診断できる患者さんは大勢診察していました。でも他科の薬剤のことを積極的に尋ねたことはなかったのです。このことが気になり始めてからは、初診の患者さんに、服薬している薬について聞くことにしました。すると3割以上の人が向精神薬を服薬していることがわかった。眼瞼痙攣や目が眩しいという訴えに、向精神薬、とくにベンゾジアゼピン系関連薬とはかなり深い関係があるんだと最初に気付いたのが2000年ころで、それを国際誌にはじめて発表したのが2004年でした。
(下の図は2004年に調査した359例の眼瞼痙攣の患者さんで薬物性の眼瞼痙攣と考えられる人の服薬していた薬剤です)

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月崎 目の眩しさや痛みなどのを訴える方はみんな向精神薬が関係しているのですか?

若倉 私が診察している患者さんの6〜7割が、眩しさや痛みなどを訴える眼瞼痙攣などの眼球使用困難症と言われる状態です。その中の3割以上は薬剤性なんですね。完全に薬剤性であるとは言い切れないですけども、発症前に薬剤を飲んでるという意味で、「薬剤性」と考えています。

月崎 その目の不調は向精神薬全般に関係する副作用なのでしょうか?向精神薬には、抗精神病薬、抗うつ薬、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)など様々な種類があると思いますが。

若倉 向精神薬はいずれも神経系に作用する薬ですので、中枢神経系をなしている視覚系にもなんらかの影響があると考えられます。中でもベンゾジアゼピン系薬物は非常に多用されているので注意です。眼科医として留意すべきなのは、こういった薬の影響で、眼部のジストニアという不随意運動(意志とは無関係に勝手に動いてしまう状態)が瞼(まぶた)に起きていないかや、薬によるぼやけや眩しさが発生していないか検討することですが、眼科医の中でも神経眼科を勉強している人でないと、なかなか判断が難しいかもしれません。

月崎 添付文書などを読むと、ジストニアという不随意運動は、統合失調症などに使われる抗精神病薬の副作用として記載されていますね。それによると、手足や首などの筋肉が異常に緊張したり、異常な動きをする状態のことですね。

2 添付文書にも記載されない副作用&離脱症状

若倉 そうですね。抗精神病薬の添付文書の副作用には、「ジストニア」というのがほぼ例外なく書かれていますが、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬)の添付文書の副作用には、デパス(一般名エチゾラム)を除いて、ジストニアのことも羞明も眼瞼痙攣(局所ジストニアのひとつと位置付けられている)についても記載がありません。

月崎 なぜデパスだけにはその記載があるのですか? コロナ禍でますますメンタルが追い詰められて精神科を受診する人が増え、ベンゾジアゼピンなどの睡眠薬を飲む人が増えているので心配です。

若倉 そうなんです。現在、田辺三菱製薬のデパスだけは、私が眼瞼痙攣についての論文を書いた2004年に以下の副作用が添付文書に載るようになりました。
〔眼瞼痙攣 、 瞬目過多 、 羞明感 、 眼乾燥感 〕
当時のほうが、副作用について今より敏感だったんですね、きっと。国際誌に論文を発表したら、当時の三菱ウェルファーマ(2007年に田辺製薬と三菱ウエルファーマは合併して田辺三菱製薬となる)の担当者が私のところに面会に来て、その方が担当してPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に申告して、添付文書に新たに書き加えたんですよ。はい。すごいスピードだったですね、私たちの論文が出てすぐだった。多分企業内に副作用に関して網を張っている部署があって、その論文をいち早く見つけたのだと思います。それに追随して他社から出ているベンゾジアゼピンも添付文書に副作用の記載を追加するだろうと私は思っていた。でもそのままなしで終わっちゃったんです。その後にも何度かベンゾに関する論文で書きました。私はそういう論文の別刷を同封して、PMDAでしっかり取り上げてくださいと手紙を書きましたが、まったく対応はなかった。つまり「一例ずつ副作用報告を書いてください」という姿勢なんです。

月崎 PMDAに取り上げてもらうためには医師による1例ごとの副作用報告が必要なんですね。

若倉 そうなんです。でも、論文での報告より一例の副作用報告が大事なんておかしいですよね。副作用はまれにしか出ないなら、そういうこともできるでしょう。1例1例副作用報告を書くということをですね。しかし、今までどんな薬を飲んでどういうふうな状態になったのかを、何百人もいる副作用が疑われる該当者のデータを、副作用報告のために全部詳細に調べて書いていたら、普段の臨床の仕事はできなくなるわけですよ。

月崎 それは大変なことですよね。

若倉 多数例の副作用というのは想定していないのではないでしょうか。そうかといって、その中から1,2例だけ書いたら、珍しい特殊例と思われてしまう。論文で何百例もいることを示唆しても、1例1例の副作用報告が出てこないと、知らぬふりしいるのは、おかしいです。

月崎 本当に失礼ですよね。

若倉 失礼というよりは、患者の安全性の観点からもおかしいです。患者は信用して内服しているわけですから。車などの製品にはリコール制度がありますが、人間が体に入れる薬についてはそういうのがないのも変です。でも本当はPMDAももしかしたら、知ってるんだと思うんですよ。でも、それを認めて薬害として公言し、保証しだすとなると、下手をすれば何兆円もの賠償、補償になるかわからない大事(おおごと)になる。

月崎 知らないふりしていたいのですね。

若倉 あて推量ですが、そうだろうなと思います。だから、たまに一例とかの事例は、ちゃんとPMDAはまれな副作用として認めるんだけど、ワーッとこの薬害として大きくなるのは困る。しかも薬の性質上いくら飲んでも死にはしないよねと。日本ではとにかく異常なほど大量が処方されています、使いすぎですよね。

※PMDAは医薬品や医療機器。再生医療等製品の承認審査・安全対策や健康被害救済などを集めその有効性や安全性について承認審査や情報の収集。提供を行う機関

3 英国 論文誌がベンゾジアゼピンの想定外の多剤処方を指摘

若倉 過去に日本は乱用ではないかと警告されてるでしょ、国際麻統制委員会からですね。1990年ころにイギリスでは1万人以上の原告団がベンゾジアゼピン系薬物の製薬会社を相手取って訴訟を起こしたことがあります。途中で国が介入して訴訟費用を負担することで、最終結論には至らなかったようですが、医師にも、社会にも不充分ながらも、それなりの注意喚起になった。当時私は同国に留学していましたが、ベンゾ系は一時的に使う薬としての意識が医師の間に次第にできていきました。例えば2週間、長くても2ヶ月以上は続けないというなんとなくコンセンサスができた。そもそも日本と違い、イギリスでは基本単剤処方で、多くても2剤。1つの薬を試してうまくいかなければ別の薬に変更するというやり方が多い。日本の場合は自覚症状が増えるたびにどんどん薬を重ねていくと処方がよくみられますね。処方はいつもプラス、薬を増やす方向で進む、マイナスの方向には滅多に進まない。

月崎 そうですよね。減薬については誰も関心がなく、調べていないですよね。複雑に絡み合ったものから、副作用でも減薬でも炎症が起こっちゃうのにそれを実証できずに苦しんでる人がたくさんいます。デパスの添付文書に掲載されるきっかけとなった2004年の論文とはどんなものだったのでしょう?

若倉 2004年に、私の見た症例を集めて、『Etizolam and benzodiazepine induced blepharospasm =ベンゾジアゼピンと眼瞼けいれんについて』という論文を作って『JOURNAL OF NEUROLOGY, NEUROSURGERY & PSYCHIATRY』という神経内科、脳外科と精神医学の領域を扱うイギリスの有名な学術誌に投稿したのです。ところがそれは当初リジェクト(掲載拒否)されたの。そのコメントをみると、「こんなにベンゾジアゼピンをたくさん使ってるのは信じられない」ということが掲載拒否の主な理由だった。

月崎 つまり論文の査読者にその内容以前に、そこに書かれた日本のベンゾジゼピンの使い方そのものに疑問を持たれたんですね。

若倉 そうです。イギリスでは、こんなにベンゾジアゼピンを使うことはあり得ないと。そこで、日本では異常な使い方をしていることを示すデータを一緒につけて、もう1回読み直してくれと送り直した。結局、論文はフルの論文ではなく、レターのような短報に書き換えたものが掲載されました。日本の事実は認めたが、国際的にはこんな使い方はしないので、フルの論文として掲載するには及ばないという判断なのだろうと私は感じました。

4 薬剤性眼瞼痙攣の重症例としての眼球使用困難症

若倉 2012年、私は井上眼科病院をそろそろ引退する時期になってきたんです。それで私の外来診療で最も多数を占めている眼瞼痙攣の患者さん、1年間分のデータ1016例を全部見直したんです。そうしたら、やっぱり約3分の1の患者さんが発症前に向精神薬、特にベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を飲んでいることがわかった。最初に気づいた「早期にベンゾをやめたら治った2人」の話が10数年ぶりに、このデータと符合したわけです。それでこれはまとめて報告しなければということで2018年に「日本の眼瞼痙攣、東京の最大の眼科病院 における臨床観察研究」と題して国際誌に投稿し、掲載されました。こういう研究をしていると、日常生活でほとんど目を使うことができないほどの非常に高度な羞明や眼痛がある例が多数みつかります。そうした重症例を『眼球使用困難症候群としての眼瞼痙攣』という論文にし、今度は『神経眼科』誌に2017年に掲載されました。学術論文の上で「眼球使用困難症候群」という用語を初めて用いたのです。

月崎 その2017年の論文で考察された患者さんたちについて少し教えてください。

若倉 先ほどいいましたように、2012年の1年間に井上眼科病院を受診していた(初診を含む)眼瞼痙攣の患者さんの中で、原因のわからない本態性眼瞼痙攣は674例、と薬物性が疑われるものが342例ありました。その中でも特に症状が重い 最重症例8例について書いたのです。年齢は26歳から67歳までに分布、男女比は3:5でした。最重症例とはまぶたを開けた状態での日常生活ができず、いつも両目を閉じているか、それでも光が眼球内に侵入するため、アイマスクや帽子などを常用し、暗室や暗くした室内での生活をしている方たちです。受診することすら難しく、何度も通院するなどとてもできません。

月崎 想像を絶する大変な状況ですね。私が世話人をしている患者会でも目が眩しい、痛いという方のほか、床が波打ったような状態で、ずぼずぼする感じで歩けないとか、見え方がおかしい感覚異常みたいなことを訴える方がいます。

若倉 これらの方々は重症なのに必ずしもジストニアが目立たないか、ない状態で羞明(眩しさ)や痛みを訴え、光が目に入ると失神してしまう方もいました。そういうケースを診たことがない医師は演技ではないかと思って、「詐病」や「心因性」を疑ったりします。詐病や心因性では疾病利得(病気が発現することでその人にとって何らかの大きな利益)があるのが絶対条件ですが、病気としても障害者としても認められず、暗い部屋から出るのが極めて厳しい困難な状態では、利得なんて全くありえません。また、眼球使用困難とは眼球には問題がないのに、それを自在に使えない状態の総称ですが、羞明、疼痛といった感覚過敏が強いこの8例のような事例以外に、身体の位置感覚と目の位置感覚がずれてしまっていたり、左右眼のピント調節が急に不調になったり、ものを注視しつづけることが不可能になったりなどと、脳の誤作動が原因と思われるさまざまな「眼球使用困難」もあります。

月崎 これは炎症というものに関係あるのでしょうか? どうしてそんなことが起こるのでしょうか? 神経系が何かずれてしまうとか誤作動しているのでしょうか?またこの炎症病変を鎮めるにはどうしたらいいのでしょうか?

若倉 眼瞼痙攣では先ほど示したような基底核を含む神経回路に伝達異常が生じているという仮説は有力です。脳の中にあるその回路は主として、興奮系はドパミン、抑制系はギャバという神経伝達物質で絶妙なバランスを取っているはずです。神経、中枢感作の部分に炎症が起きているのを、そこに例えばベンゾジアゼピン系薬物が入ると、GABAAという抑制系の受容体のダウンレギュレーション(受容体が減ったり、変化して作用が減弱する)が起こり、絶妙だったバランスが崩れるわけです。早く見つけて、調整し直せば改善することもありますが、大抵は発見が遅れ、次第に不可逆的な変化になる。そうなった場合、回路を何とか正常化させる良い方法がないかっていうのが、治療上大事なことなんです。しかし、一旦崩れたバランスを回復させる妙案はまだない、とりあえず今の医学では何も根本療法はないのですよ。残念ながら何にもないです。

月崎 ええ、何にもないのですか(涙)ボトックス治療があると聞いていますがどうでしょうか?

若倉 根本療法はないが、予防と対症療法は大切です。たとえば、軽い薬だとか言われて、漫然とベンゾジアゼン関連薬を継続するのは、リスクを高めます。症状を軽減させる対症療法のうち、ボトックスは今のところ世界中で認められた第一選択の治療法です。ボトックスはボツリヌス菌が産生する麻酔効果のある物質を製剤化したものです。

月崎 ボトックス治療はどの眼科でもできるのですか?

若倉 ボトックスを注射することができる医者のことを施注医といいます。治療は施注医しかできません。施注医というのは、講習を受け免許を取った医師です。製薬会社GSK(グラクソスミスクライン)の主催する講習を受けると施注医の資格が得られます。

月崎 でもボトックス治療が合わない人もいますね。よくなったという人と、かえって調子が悪くなったという話を両方聞きます。もしボトックス治療を受けたい場合は、どのように情報を探せばよいのでしょうか?

若倉 そうですね。一時的に効果が出る場合が多いものの、症状が軽減している継続期間は2,3カ月なので、多くの方は3カ月後ごとに施注を受けています。ただ、1,2割の人は効果がないか、合わない場合もあります。施注の意味と限界を説明できる医師が探せればいいですね。神経眼科医として眼瞼痙攣について理解していて、ボトックス施注医であるという2つの条件を満たす医師ということですね。以下のWEBサイトを2つ見て近くにある医療機関を探し、まず電話などで「眼瞼痙攣を診てもらえますか?」と尋ねてみるのがいいかもしれません。

●日本ボツリヌス治療学会
http://www.j-neurotoxin-therapy.jp/map

●日本神経眼科学会 相談医
http://www.shinkeiganka.com/consult/index.html


6 刺激を減らし養生し自然治癒力を引き出して誤作動を止める

月崎 残念ながらこれと言って有効な治療法はないということですが、何か回復に役立つことはないのでしょうか?

若倉 私がいつも患者さんに言うのは、「爆発させてしまうと戻りにくいんですよ」ということです。

月崎 爆発ですか?

若倉 はい、要するに病的状態を強くしてしまうと、治りにくいのです。こういった状態が始まったらね、無理に慣れようと思って光に当たったり、自分にはつらいことをやろうとするのは絶対やめてください。やればやるほど誤作動がひどくなるんです。自分に合った生活空間で、病状悪化につながるようなことは極力避ける、つまり生活の仕方を根本的に見直すことが大事です。

月崎 ああ、やればやるほど・・・誤作動がひどくなるんですね。

若倉 それで誤作動がひどくなれば、自然回復力が働きません。とにかく神経系に作用する薬、光、ストレスなどの刺激からは可能な限り遠ざかるようにしてください。少なくとも1年間は。

月崎 なるほど、そうなのですね。休養をとることが大事とは思っていましたが、誤作動の習慣を脳につけさせないほうがよいという理由でも安静が必要なのですね。

若倉 だから「休職してもいいし、お家に閉じこもっていてもいいから、過度な刺激を受けないでくださいって」言うんです。昔からそうですけれども、人間の自然回復力を引き出すことしか医者にはできないのですよね。

月崎 刺激せず養生しなさいってことでしょうか?

若倉 そうです。そのときに「光に弱いんだったら、光に徐々に当たるように訓練しなさい」みたいなことを言う人がいる。それは絶対駄目ですよ。それは、ある程度確実に回復してきてからのことです。

月崎 睡眠障害の人などには、「散歩して朝の光に当たりなさい」とか言うことが多いかと思います。しかし眼科医の視点は違うわけですね。

若倉 目(視覚)が過敏になっている時は、そういった刺激は逆効果ということです

月崎 わかりました。

7 高齢者が白内障手術をする前にチェックしたい薬のこと


月崎 今回は薬剤性の目の不調のことを中心にお話を伺っていますが、高齢者には睡眠薬などのベンゾジアゼピン系の薬を気軽に服薬している方が多いようです。また高齢になると白内障などの方も多いですが、白内障でも眩しいという症状があるようですね。

若倉 そうですね。白内障の症状として眩しさというのはあるけれど、その眩しさは持続的なものではありません。逆光、直射など光の条件によって一過性にでるものです。これに対して、眼瞼痙攣における眩しさは持続性で、一般に高度です。眩しさを白内障のためだと思って手術したが、かえって眩しさがひどくなった、つまり手術後に、眼瞼痙攣や眩しさが発現、増強したという場合がある。隠れていた眼瞼痙攣という病気が、白内障手術で光の入り方が変化したら表面化した事例が結構あって、私たちは論文にして警告しています。とくに、ベンゾジアゼピン系関連薬を常用、連用している場合には、ちょっと注意が必要です。

月崎 えっ注意ですか?「白内障は加齢によるもので白髪と同じだから、簡単な手術で見えやすくなるのなら、気軽手術しましょう」と考える方は多いでしょう。

若倉 そうですね。気軽に手術をすることが多いし、白内障手術の得意な医師は開業医師に多く、気軽に勧めます。確かに99%は手術による恩恵を受けます。ところが、先ほどのように、手術をしたらもっとひどくなっちゃったという例があるのです。

月崎 それは手術の失敗とかではないんですか?。

若倉 よく患者と医師間でトラブルになっていることがありますが、ほとんどの場合手術手技の失敗とは違います。簡単に言うと、白内障の手術はレンズを入れ新しい目にするようなものなのです。ところが新しい目にすると、それをコントロールする脳の神経もチャンネルを調整して変えなきゃいけないんですよ。

月崎 ああ、なるほど。

若倉 ところがこれが、感覚系のセンシティビリティが高い人ほど、うまく変えられない。そこでトラブル、術後不適応が起きることになります。

月崎 目という器具は新しくなったけど調節の仕方がうまくコントロールできないってことですね。それで眩しく感じるようになってしまうんですね。

若倉 またもともとベンゾジアゼピンなど睡眠薬を服薬していて、無自覚であっても実は、軽い薬剤性の眼瞼痙攣などによって実は眩しさとかを感じていた人もいます。眩しさを白内障のせいだと思って手術することでひどくなっちゃう危険性もある。つまり、白内障術後不適応のかなり部分が、まだ診断されていない薬剤性眼瞼痙攣か、その予備軍と考えられます。
月崎 つまり睡眠薬とか抗不安薬を飲んでいる人は白内障の手術をする前に、医師に服薬情報を伝え、かなり慎重にならないといけないってことですね。また眼科医の中にもベンゾジゼピンによる眼瞼痙攣のことを知らない先生も多いんですね。

若倉 そういうことです。患者さんが眼科に行き「眩しい」と訴えると、まず白内障だとか、角膜や網膜の問題とか、ドライアイという診断にしやすいんですけどね。でも本当は、薬剤性の眩しさである可能性も気をつけなくちゃいけない。特に高齢者は睡眠薬などのベンゾを飲んでいる人が多いですから。

月崎 なるほど。これは重要な情報ですね。

8 眼瞼痙攣の三要素は、運動障害 感覚過敏 精神症状

月崎 眼瞼痙攣との三要素とはどんなことなのでしょう?

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若倉 上の図のように 眼瞼痙攣に出現する症状は、運動障害、感覚過敏、精神症状の3つの症状、要素の混在です。運動部分だけ見れば、眼瞼痙攣は従来から言われている局所ジストニアと見ることができるわけです。でも実際には、運動障害より、感覚過敏症状や、精神心理症状が強い例も多いのです。
1 運動障害は、まばたきの多さや、まばたきの異常、まぶたが開きにくい、閉まりにくいなど、
2 感覚過敏は、まぶしい、異物感がある、乾燥している感じ、目の痛み、
3 精神症状には、抑うつ、焦り、不安、不眠といった要素。

月崎 症状は実にいろいろな形で現れるのですね。

若倉 これら三要素のうち、どれが強くでているかは個人差がありますが、だいたい3つとも重なっていることが多いですね。この症状を100年前の医師が眼瞼痙攣と名前をつけました。例えば目を開けようとすると、目がうまくあかずに目の周りの筋肉が勝手に動いてしまうなどの状態があるので痙攣(けいれん)と表現したのだと思うんですね。

月崎 実際に目は、疲れた時に瞼がピクピクするみたいな感じでいつも痙攣しているんですか?

若倉 病名に「痙攣」という言葉が入っているので、誤解されやすいのですが、一般に理解されているような痙攣とは少し違いますね。目を開けようとする、目を開け続けようとする、あるいは光を発するもの(画面など)を見続けるというような目的のある行動をしようとした時、目的に合わない不随意運動が出たり、その行動を妨げるような諸症状が出たりするのが特徴で、これが「痙攣」と称している現象の実態です。「目をつぶってください」と指示すると動きが何かおかしいとか、「眼をぱっと開けようとすると一拍遅れることがあります」とか・・・。必ずしもピクピクする不随意運動が表面化しているわけではありません。とくに、比較的軽症例では常に症状があるわけじゃなく、そういうふうな不具合が時々起こります。ですから、診察室での短時間では運動症状が検出できない場合もよくあります。

月崎 ビデオで撮るとわかると言う話もききましたが。

若倉 ビデオを撮っても、その時に瞬目(まばたき)テストとかいろいろやってみないとわからない。その判定も、この病気を熟知し、多数例を経験している医師でないと難しい。羞明とか違和感とか異物感とか、ゴロゴロとか乾燥するとか感覚過敏が強い人もいるため、一般眼科では単にドライアイと診断されてしまいがちです。また睡眠薬や抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)などの影響による薬剤性の方は、羞明、眼痛などの感覚過敏や、不安や不眠などの精神症状が前面に出ている場合が多いですね。

月崎 薬とは関係なく眼瞼痙攣になる人もいるのでしょうか?

若倉 3分の2は原因不明です。その場合は運動性障害が比較的多いです。運動性の場合でも、感覚や精神のバランスが崩れ、他の症状も出てくる場合もあります。また抑うつや不眠が元々あり、それで薬を飲んで悪化させていいるという可能性もあります。まだ議論があるところだと思うんですが。

月崎 3つが関係しているだろうということですね。


若倉 私はいつも患者さんに「運動と感覚と精神ってどこにありますか? 目にはないでしょう。だからあなたは脳の誤作動でこの状態になっているんですよ。眼科で眼球を調べてもわからないのは、この状態の根拠が脳の誤作動にあるからなんですよ」と説明します。眼科ではどうしても眼球しかみないし、「眼球の問題として解決してしまいたい」という習性が眼科医にはあります。

月崎 脳の誤作動ということですと患者さんが本当に行くべきなのは脳外科とか脳神経科ですか?

若倉 そうではありません。もし脳外科に言っても、MRIを取っても「異常なし」で終わりなんです。形には表れないです。結局、信号の伝達の誤作動は画像には表れない。血液検査なのでももちろんわからないし、生物学的マーカーがないため、診断できる医師が少ないのです。眼科でも、神経内科でもこの病気を得意としている医師は残念ながら少ないです。

月崎 専門家はいないのですか

若倉 そう。専門家っていうのはまだ少ないし、これからこの病気を研究しなければ、わかってこないでしょう?

月崎 研究してほしいです。困っている方多いと思います。

若倉 研究は遅れています。確たるマーカーがなく、人の言語でしか症状を伝えられないこうした病気は研究しにくいし、研究に客観性を持たせることは難しい。しかも、医師、医学研究者は生物学的マーカーを持たない疾患については問題意識が薄く、先ほどお話したように、実際に臨床現場では「心因性」などとして放置されている傾向にあります。だから医学テーマとなりにくく、なかなか研究費もつきません。問題意識が多少あっても、研究計画は立てにくいので、いわば泥沼なんですよね、こういうのって----。大学などの若手研究者にとっても、成果が出にくテーマですし、そうなると研究者としての就職も大変です。だからやる人はほとんどいないと思うんです。私も正直言って、大学にいたらこの研究をやろうとは思わないかもしれません。

月崎 そうなんですか?

若倉 やはり大学の研究っていうのはヒットを打って、次の年の研究費を取らなきゃないから。いつヒット出るかわからない研究テーマはなかなかできないです。

月崎 でもかなり多くの人が困ってることではありますよね。

若倉 私ぐらいの歳になってくると物を俯瞰的に見ることができるようになるから、ああなるほど、この病気は臨床的にも、社会的にも大問題だと気付きます。しかも脳の誤作動は、眼瞼痙攣だけに注目すれば良いというものでは決してないという見え方も出てきます。

月崎 そうなんですか。それで脳の誤作動というのは、どういうことを言うのですか?

若倉 脳の一部、特に脳の底の基底部っていうところにいろんな大事な要素があるんでです。視床とか視床下核とか線条体とか、それから記憶の辺縁系とか前頭葉とか、眼瞼痙攣に関係ある運動野とか、これらが繋がってるわけですね。ここに示す神経系のループは眼瞼けいれんという病気と関係の深い場所です。

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9  脳のセントラル・センシビリティ・シンドロームという仮説

若倉 この基底核を含むループ、繋がってるところというのは、人間が生きるためのバランスをとっているところでもあります。眼瞼痙攣の発現仮説は、慢性疼痛の発現メカニズム仮説である脳の「中枢性感作」とも関連づけられると思います。中枢性感作は下の図のようなイメージで説明できますが、このことはまだそんなに研究が深まっておらず、研究と臨床が十分にリンクしていないんですけれど、魅力的で有力な考えです。脳の中で、自律神経とかホルモンとか体内時計とかそれから感覚と運動のバランスを取るとか、そういうことをやっいてる非常に大事なネットワークです。実際に患者さんを診ていると、目を開けて光が入ってくることのほかに、精神的ストレス、身体的ストレスがかかること、そして薬剤が入ってきても誤作動が起きる。

月崎 デリケートで誤作動が起きやすい場所ということでしょうか?

若倉先生PPTpdes201217wakakura10241024_18


若倉 まだ仮説ではありますが、関連する記述をしている臨床家は結構たくさんいるんです。眼瞼痙攣の患者さんの中には線維筋痛症と合併してる人がいたり、過敏性腸症候群を合併してる人がいたり、偏頭痛、顎関節症、むずむず脚症候群、間質性膀胱炎、原発性月経困難症、化学物質過敏症などを合併している人が結構いたりします。

若倉先生PPTpdes201217wakakura10241024_19


月崎 なるほど、メンタルの当事者の方の中には体の痛みを訴えたり、化学物質がダメという方は少なくありません。確かにいろいろなものが合併していると思います。

若倉 しかし例えば患者さんは眼科に来た場合には、月経のことは言わないですよね。足や腰が痛いなんて言わない。だけどこちらから意識して聞いてみると、複数の関係する訴えがあるというようなことは結構あるわけです

月崎 なるほど、そういう視点で医師が尋ねれば話が出てくるわけですね。

若倉 つまりこれは、繋がった病気で、共通する元のメカニズムは、中枢性感作、セントラル・センシビリティ・シンドローム(CSS)これじゃないか。ただ表現されている部位が眼であったり、足であったり頭痛であったり、顎関節症であったりするのだと。

月崎 そうかもしれませんね。また患者さんに対しては、「気のせい」だとか、「怠けてる」と決めつける人もいますね。

若倉 新型コロナの後遺症にも似たものがあるそうです。やはりコロナにかかって免疫系を介して、脳神経系やおかしくなってるんだと私は思うんですよね。

月崎 先生の論文の中で眼瞼痙攣の方で子宮頸がんワクチンを受けている方もいますね。

若倉 はい。何かワクチンが関係しているのではと思う方もいます。新型コロナワクチの副反応にも似たものがあると聞きました。

月崎 原因としては、もともとその方の中枢神経系がデリケートだということですか?

若倉 そうです、中枢神経系のうちの大脳の奥深い部分、とくに側脳室周囲にある視床、視床下部などを含むネットワーク、これは眼瞼痙攣のところで図で示した「大脳皮質-基底核-視床ループ」とかなり重なる部分があるのですが、そこの感度がもともと敏感なのではないかと考えています。この部分は、人間が快適に生きてゆくためのいろいろな神経機能のバランスを取っているネットワーク、バランサーだと私は言っています。ちなみに心理学用語では(ハイリーセンシティブパーソン)HSPと表現されることがありますが、そういわれる人達は、多分このバランサーが元来デリケートなのだと思います。光、音、においなどに過敏な人は、HSPの可能性があるのです。

月崎 脳のバランサーの感度が高く、刺激に反応しやすいということですね。様々な刺激、ウイルス感染とか、例えば子宮頸がんワクチンでもなるかもしれない、他のワクチンでなるかもしれないし、交通事故など頭の外傷でなるかもしれないということでしょうか。

若倉 そうですね。何かのワクチンなど1つのきっかけトリガーにはなる可能性も十分にあると思う。だから新型コロナワクチンでもそうだしインフルエンザワクチンなど他のワクチンや薬物でも影響を受ける人はいると思いますね。

10 繊細さを持った脳構造を事前に見極める方法はあるのか


月崎 あるワクチンが全員に影響を及ぼすわけではないけれど、影響を受ける人がいるということですよね。精神科ユーザーの患者さんの中にも、ベンゾジアゼピンだけでなく、ワクチンなどの薬剤がトリガーになった人はいるのかもしれませんね。またインタビューしていると、出生児に未熟児だったり、子どものころから体が弱く、抗生物質など様々な化学薬品に暴露していた方も少なくないような気がします。でも誰がそういった繊細さを持った人なのかはあらかじめわからないですよね。

若倉 もともとの脳に気質そのような繊細さがある可能性というのもあります(大脳過敏という用語を使う人もいます)が、結構、免疫系、内分泌ホルモン系も関与しているのではないかなと思うんですね。

月崎 なるほど。もともとその人の脳に器質的デリケートさとか特徴とかがあるとしたら、薬を飲む前に、それらを見極めて予防する方法などはあるんでしょうかね?

若倉 確かにどの人が薬やワクチンに影響を受けやすいか、予めわかるようになればいいのですが、まだそこまではわからない。臨床経験的にはやっぱり、元々光に弱いとか、あと音や匂いに過敏とか、疲労感、倦怠感や痛みなどを強く、持続的に感じてしまうような傾向がある人とかは注意が必要かもしれません。

月崎 自分が繊細さを持っている場合は、それを意識して、薬や病気など外からの刺激に注意することが何か役に立つかもしれないですね。離脱症状に困っている方に生じているさまざまな感覚異常みたいなものは、視覚の方に出やすいと考えていいでしょうか?

若倉 そうですね。視覚は感覚器の中の王様ですから。

月崎 なるほど。

若倉 運動は外側から見えるからすぐ診断できますけど、感覚というのは本人が言葉で表現したことしかわからないです。運動と感覚についての遺伝子や解剖絹学的構造というのには、個人差がものすごくあるんだろうと思います。例えば小さな痛みを強く感じるという人は、慢性疼痛になりやすいかもしれない。

月崎 はい

若倉 例えば注射の痛みでも、腕の痛みがひどく1ヶ月ぐらい痛さが続く人もいるでしょうね。腫れも何もなくなってもずっと痛いような気がして慢性疼痛になってくると言った人もいます。痛みの悪い流れ、痛みの渦巻きの中から抜け出せなくなっているというか---。

月崎 そうなんですね。

若倉 中枢性感作症候群の例としていろいろな病気を挙げた図を見てください。星印は、その症状を持つ人の中で「羞明」を感じる人が多い病気です。中枢性感作症候群っていうのをもうちょっと研究していくと、線維筋痛症なりいろんな視覚異常の症状とかの共通項が解明されて行きそうだし、現代病のいろんなものがわかってくるような気がするんですけどね。

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月崎 そうですよね。

若倉 本来は、痛みがあれば、その痛みに対して、疼痛を緩和する成分が働いて、ちゃんと人間は天然のモルヒネを局所に出すようにできてるわけです。だけど、そのメカニズムが弱かったり、疼痛が繰り返し繰り返しくると、この仕組みが壊れてきて病的になって疼痛ばっかりの信号が来て、それを抑制する信号が出なくなってくるわけです。それで慢性疼痛になるというわけです。

月崎 ある刺激の繰り返しが問題かもしれないですね。子ども時代に虐待や戦争など繰り返し生死に関わるような過酷な緊張状態を強いられたりすると、神経系がもろくなるという話も聞いたことがあります。

若倉 そこのメカニズムの研究をもうちょっと進めていかないと、答えは出てこないんじゃないかな。ここに何かがありそうということわかったら、これは免疫とどう関係するのか病原体とどう関係するのかなどの研究に進めていけばいいのだと思います。

月崎 興味深いですね。

若倉 可能性があることっていっぱいあります。初めから「ありえない」などと即断して思考停止にならなければ、見えてくるものがある。例えば、コロナの後遺症などもそうかもしれない。実は、マイコプラズマ眼瞼痙攣になる可能性があるかもしれないと考えられる患者さんがいます。マイコプラズマは不顕性感染が多いのですが、脳症になっていた可能性のある眼瞼痙攣の男性の例があります。直接的な肺などの感染症状、マイコプラズマ症は出なかった。しかし、急に高度な眩しさが出現してきて、いろいろ調べていたらマイコプラズマ脳症があったかもしれないとされたんですね。髄膜炎にはなっていないけれど、脳の中にマイコプラズマが入ったことにより、免疫系なり、信号伝達の故障を二次的に起こした可能性があるかもしれないと私は考ますが、MRIをとってもそれは証明できないのですけどね。

月崎 素人の憶測ですが精神科の患者さんの中には長年、多種多様な向精神薬を頻繁に変えて服薬し続けてきた方々がいます。こう言う方が減薬したりする時にも、離脱症状という衝撃強く現れる可能性があるのではないかと思ったりしています。

若倉 多剤併用している場合は、複雑すぎて難しくなりすぎますが、精神科医ではない私でも気づくのはベンゾジアゼピンを2種類も3種類も重ねて出ているという例はそんなに珍しくなくあります。離脱はとても大変ですし、できない場合もあります。

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月崎 特に作用時間の長いメイラックスやリボトリールという薬を減らした時の激しい離脱症状を訴える方がよくいます。そして訴える方はなぜか女性が多い。

若倉 そうですね。そもそも眼瞼痙攣も女性の方が圧倒的に多い。薬剤性もそうです。それは性ホルモンが何か関係してるのかもしれないですね。片頭痛も女性が多いからね。

月崎 デリケートなのかもしれないですね。以前若い方のリウマチを取材しましたが、出産後の女性が多かった。

若倉 女性は感覚系にデリケートいうのと同時に、疼痛に対しては本来強いのです。だいたい目の手術で外眼筋という筋肉を動かす斜視などの手術は、筋肉を引っ張るんです。そうするとすごく痛いんですよね。この時男がものすごい痛がって途中でやめなきゃならないこともあるのですが、女性はそこまでいかないですよね。

月崎 性差というのも大事なポイントかもしれませんね。素人考えですが、このように探ればいろいろ出てきそうな印象がありますね。

11 神経眼科医として支援するベンゾジアゼピンの減薬

月崎 眼瞼痙攣とベンゾジアゼピンの関連についてはわかってきた感じですが、実際に先生はベンゾジアゼピンの減薬についてはどのような考えをお持ちですか?

若倉 「時間をかけてベンゾジアゼピンの服薬を止めることで改善することがある」とは考えています。しかし、すでに5年とか10年以上使用している人はなかなか離脱が難しいですね。そして特に、羞明、眼痛と言った目の症状は離脱しても治りにくいです。下手に急に断薬、減薬するとかえって悪化することさえあります。私たちの研究では、服薬して2〜3年以内なら、断薬も比較的円滑にゆきやすいし、回復が期待できるところなのだけど、10年以上になると、離脱は相当難しいと考えています。というのもベンゾの離脱時には視覚症状のほかにも、いろんな苦しい症状が起きますから。

月崎 はい。本当に。取材していていつも悲しくなるほどです。

若倉 精神科医も含めて多くの医師が、ベンゾジアゼピンを出して、重ねて増やすことは上手だけど、減らすことについては経験が少ない。離脱法を全く知らない医師が大半です。例えば私がベンゾジアゼピンの眼への影響についてアドバイスを患者さんにすると、患者さんにそれを処方していた先生は「副作用で目がおかしくなると言うんだったら睡眠薬はやめましょう」って簡単にいうわけです。でも急な減・断薬をするともっとひどくなっちゃって、もう暗闇から出られなくなっちゃう人もいる。たとえあわてて薬を飲み直そうとしても、間に合わないことすらありますから。

月崎 例えば減・断薬して出た離脱症状で眼の問題が起きた時、どのくらいの時間で飲み直せばリカバーできますか?

若倉 正確な時間はわかりません。薬に対する反応性も、あるいは断薬におけるリバウンドにも大きなバリエーションがあるので、一概には言えません。薬を急に断薬して症状が極度に悪化したら、ただちに戻して飲みなおせばもしかしたらよいのでしょうが、もたもたしているうちに戻す機会を失って、もう深みにはまってしまう。そうなると症状が不可逆的なってしまう。そういう人を何人も経験しています。

月崎 不可逆的離脱症状、恐ろしいですね。

若倉 はい。ベンゾジアゼピン系の薬と言われているもの以外で「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれる睡眠薬(マイスリー、アモバン、ルネスタ)も同じタイプの薬ですので注意が必要です。離脱症状に関してはいろいろ幻視が起きたり、倦怠感が起こったり、悪夢を見たりね。あるいは全然動けなくなったり、ものも言いたくなくなったりなど、とんでもない離脱症状がいっぱい出てくることがありますよ。でも、それが精神症状の一部なのか、離脱症状なのか専門家でも判断しにくい。

月崎 本当に注意が必要です。患者さんに薬のことを話す時には細心の注意が要りますね。

若倉 「先生からベンゾが原因と言われたのでやめたら、もうすごいひどいことになりました」って患者さんに怒られたこともあります。最近は、精神科の先生が離脱症状を配慮して丁寧な減薬を支援してくれないのなら、私の指導のもとにやりましょうということでやる場合もあるんですね。ゆっくり減薬することを指導していますが、もともとの処方医が自分ではないので難しいこともままありますけれど。

月崎 そうなんですか。どんな方法で支援なさる感じですか?

若倉 私の場合はとにかく“体にわからないように”2年間かけて離脱するっていうのがいいでしょうと。少なくとも2年間はかけます。もし2年間でうまくいけば最高と考えないといけないと。

月崎 体にわからないようにというのはできるだけ神経系を刺激しないようにということですね。基本は2年間計画なんですね。

若倉 それで最初は、例えば睡眠薬を毎日飲んでいたら週に1日だけ飲まない日を作るんですね。半錠から始めるときもあります。そしてそれに慣れてきて2〜3ヶ月したら、週に2日間飲まない日を作りましょうと。「一時的にはどうしても苦しいところがあるけど、必ず超えますよ」と伝え、超えたら今度は減らす日を週2日にしましょうといった感じで徐々に、そして計画的にゆっくりとやっていきます。

月崎 睡眠薬を減薬していると患者さんは「眠れない」とか「苦しい」といいませんか?

若倉 寝れなかろうが、気持ちが悪かろうがその一日なら構わない、我慢していただく。調子の悪さはかならず終わるからと言います。

月崎 でも患者さんは眠れないと不安になるのでは?

若倉 若いころ私は睡眠研究をしていたことがありますが、日本人は睡眠依存症だと思いますよ。血圧だろうが脳梗塞、心筋梗塞だろうが、いろいろな不調をみな睡眠のせいにしていますね。研究で終夜脳波に協力していただいた被検者さんが「今日は環境が変わりすぎて、2時間しか寝られませんでした」とかいいますが、実際脳波を見るとそういう方でも脳波上は4時間以上眠っていることも多い。浅くても記憶がないだけで、実は結構寝てい睡眠になっています。
だから睡眠依存、睡眠薬依存になっている人には「あなたの体がいま睡眠を要求してないのだと割り切って考えてください」「短くても自然睡眠は、薬物睡眠より体にいいはずです」と説明するんですね。そして睡眠を1週間単位で考えてくださいと。その日に寝られなくても次の日やその次の日に寝られれば、1週間単位で大丈夫ですから。こんな風に睡眠自体の考え方を指導したり、ベンゾジアゼピン系睡眠薬ではなく、覚醒物質であるオレキシン抑制作用のあるベルソムラ、デエビゴ、あるいは体内時計調整薬としてのロゼレムなどの新しい睡眠導入薬も利用したりしながら、うまく離脱できる人もいます。

月崎 なるほど。たしかにただ睡眠薬を減らすだけでは不安になりますよね。結局、睡眠薬の減薬指導は、一方で睡眠についての指導というのが必要なんですね。

若倉 5年10年睡眠薬を飲んでる人で、やっぱり原発的な精神病を持ってる人は、もちろんそう簡単に行かないです。主治医とよく相談しながら減薬する場合もあります。

月崎 うまく連携できるといいですよね。

若倉 しかし、この人はもうそういう減薬のような治療は難しいので、しないでいかざるを得ないなという人も、もちろんいます。その辺の見極めは大切です。でも、大半は必ずしも必須ではない薬を飲んでる場合が多いのです。うつ病といったら必ず抗うつ剤とベンゾジアゼピン系薬(抗不安薬や睡眠薬)とセットで処方されてしまう習慣が一部にあるようですが、これも問題ですね。

月崎 そこでお聞きしたいのですが、私は、ゆっくり減薬する方法についていろいろな患者さんのやり方をライターとして調査しています。先生の教えてくださったいわゆる漸減法という方法、例えば1週間に土曜日だけ減らすといったやり方をしてもそのペースでは離脱症状がひどく出てしまうという方も少なくありません。その方達は、例えばマイクロテーパリングというような方法で、薬を粉砕して数パーセントずつ減らすとか、削り出す、あるいは水に溶かして水溶液にして減薬するという方法も使っている様子ですが、これについて先生はどのように考えますか?

若倉 私自身は一番指導しやすいので先ほど説明した隔日法とか漸減法が良いと思います。眼科の患者さんは目に不調があるわけですし、細かく切るとか削るとか測るとかは難しい面もあります。1錠、半錠といったように、わかりやすく計画的にしていくことが確実ではないかと思います。理解できる人は、計画を作るためのメニューを差し上げることもあります。もちろん医師の処方と患者さん独自のペースを併用してもいいと思います。自分の体調と相談しながら、すごい細かく減らしていくのもいいでしょう。いろんなやり方があると思いますから。ただ医師の立場からは、みんなにその同じ方法をというのは難しいと思うんですよ。そういうことに対応してくれる薬局を探すだけでも大変ですから。

月崎 そうですね。ただ本当に微量な減薬でないと激しい離脱症状がでるというデリケートな方が存在することも確かです。

若倉 まあいろいろありますよね。逆に10年も連用していて、急に辞めてもケロッとしてる人がいるようですし。

月崎 はい、たしかに結構ケロッとしてる人もいると思うんですよ。不思議です。3ヶ月程度の服薬で激しい身体依存になる方もいるようですし。

若倉 だからやっぱり私は、いつもそういう指導を一応するんだけど、個人差が大きいから、自分の体の声をよく聞いて、大丈夫なら迅速に減らしてもいいし、それでも苦しいならペースをさらにスローダウンしつつやってもいいと。それはね、こちらからは測れないこと。自分でしかわからないことなので、「自分で考えなきゃ駄目なんだよ」ってまず言うんです。ただ、ベンゾジアゼピン系薬は国際的にも「準麻薬」と位置づけられているので、麻薬を離脱するのと同じく苦しい場面はどうしても通らなくては離脱に成功しないということも付け加えます。

月崎 それは大事なことですね。取材していて思うのですが、ベンゾに限らず、向精神薬を減らしていくときに、寄り添ってくくれる人、例えば医師や家族を信頼できるかどうかとか、自分と先生の関係を信頼できるかどうか、あるいは自分がやっていることに確信が持てるかどうかっていうのが、結構離脱症状の出方にも影響するみたいな気がします。

若倉 私の外来は患者さんとじっくり話をする時間を取るからね。診療報酬的には報われませんけれど。

月崎 若倉先生がその患者さんに対して「自分の体の声を聞きなさい」っておっしゃり、患者さんが「そうなんだ。私は自分の体の声をちゃんと聞いて、自分にあった私の飲み方や減らし方を見つければ減らしていけるのかもしれない。若倉先生も応援してくれる」って思えることがすごく大事な気がします

若倉 そう。確かにその通りで、ただ減らすということだけではない。でもなかなかそこまで医療者が寄り添ってくれないでしょう。

月崎 残念ですがそうですね。また離脱症状そのものを認めてない医師もいますね。減薬の離脱症状を再発であると決めつけ「もっと増やさなきゃ」と増薬されてしまうこともあります。

若倉 うーん。離脱症状を全く認めないような想像力がない医師はいないと思うけどなあ。

月崎 そうですか?患者さんの話を聞いていると精神科の先生で、ベンゾの問題やその依存性、離脱症状の怖さを全然認めない先生っているのだなと思います。

若倉 でもそれは口だけですよ。本当はわかっているけども、自分の処方した薬だから認めたくない。医者も人間ですから。

月崎 そうですか。弱みを追及されるのが嫌なんでしょうか?

若倉 多分そういうことだと思います。

月崎 日本はアメリカのような訴訟社会でもないし、例えば、「今までこうやって処方してきたけれども、あなたが言うようにそういう副作用や減らした時の離脱症状が出てるんだったら、あなたにはそういうことがあるのかもしれないから、これから一緒に考えていこうね」と一言言ってくれたら、この関係性はだいぶ良くなり回復に向かって進めると思うのですが。

12専門領域以外は診ない知らない医師が大多数

若倉 ベンゾジアゼピンによる眼瞼痙攣のことを指摘したら、「そんなこという目医者はおかしい」と今までの2倍ぐらい薬を出してくるような精神科医も、確かにいますね。そんな時に、「眠れないとか鬱状態になることより、目の眩しさや、痛みがつらい、それが不眠や鬱を引き起こしている」と自分で分析して、患者さんは私の方に戻ってくるんです。そんなにつらい病気なのです。この眼瞼痙攣というのは。

月崎 本当ですよね。目の不調って本当に困難さがあると思います。患者さんが精神科医のほうではなく若倉先生に戻って減薬をしようとするのは、もちろん目の病気が辛いと言うこともあると思いますが、先生がちゃんと患者さんに向き合い対話して、信頼関係を作っているということも大きいのではと思います。

若倉 私は患者さんに薬、何飲んでいるのとか、どうして飲んでるのとか、いろいろ全身のことから聞くんですね。

月崎 先生がそういうことを聞いてくれるんだってわかれば、みんな話したいでしょうけれども、一般には短い3分診療の中で話していいことは限られていると思っていますね。

若倉 私はそれなりそういう知識も持ってやってるけども、普通の眼科医はね、ベンゾにこと言われてもそんなにはわかっていないですよね。眼瞼痙攣の不随意運動が目前の患者の眼瞼に持続的に生じているのをみても、それは見過ごされてドライアイと診断されてしまうこともある。

月崎 そうなんですね。

若倉 線維筋痛症の専門家という人の話を聞いても、薬剤性というような話は少しも出てこないね。多分医者はどの薬が効くかという関心が先で、薬を出すことばっかりしか考えてないからね。薬をどう減らすなんてこと考えてない。マイナスの処方なんて念頭にないんです、診療報酬的にも減らすことは損になりますし。

月崎 残念です。つまり薬をとても信じてるってことですね。

若倉 医者はそうですね。おかしいですよね、それも医学教育、臨床教育の問題だと思います。あと、薬を減らす、中止するという医師の判断に、プラスの診療報酬で評価すればいいのにと思いますね。

月崎 かなり強く薬を信じちゃってる人に、違うことを言ってもなかなか根本的な考えや信念を変えてはくれないのでしょうね。

若倉 だから本当に理のある人を見つけていくことしか方法はないと思いますね。眼球使用困難症や眼瞼痙攣といった症状についてもメディアなどを通してアピールしたりすることがあっても、学会としてはなかなかテーマとして取り上げてくれないですから。

月崎 お医者さんたちも、臓器ごとに知識を縦割りするのではなく、医師を頼ってくる患者さんについてもっと全体像を捉えてほしいです。出ている症状の場所が違っても共通点があるなら、一緒に研究して欲しいと感じます。
本日はいろいろなお話を長時間ありがとうございました。


【若倉雅登医師の著書】

『心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因 (集英社新書)』

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『医者で苦労する人、しない人: 心療眼科医が本音で伝える患者学』  (春秋社)

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眼瞼痙攣関連 情報へのリンク
● 非営利活動法人 目と心の健康相談室
電話・ファックス 042−719−6235
ホームページ 
URL:https://metokokoro.jimdofree.com/

● みんなで勝ち取る眼球困難フロンティアの会(G-frontier)
https://g-frontier.xyz

● 井上眼科病院 神経眼科・心療眼科 特別外来
https://www.inouye-eye.or.jp/hospital/outpatient/special/

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