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「眼球に異常はないけれども、目を使えない状態」をさす「眼球使用困難症」

      神経眼科医 若倉雅登医師 講演録

「向精神薬のゆっくり減薬」に関する取材やワークショップを続けていると「目が眩しい」「目が開けにくい、痛い」などの症状を訴える方々が多く見られます。この症状はベンゾジアゼピンを始めとする向精神薬の影響による「眼球使用困難症」〔がんきゅうしようこんなんしょう〕または眼球使用困難症候群と命名できる、非眼球性の一種の視覚障害ではないかということが言われてきています。そこで一般の眼科領域でもはなかなか診断がつきにくい「眼球使用困難症」について取材を続けることにしました。「眼球使用困難症候群」の提唱者で、全国から患者さんが訪れる東京・御茶ノ水の井上眼科病院で長く神経眼科、心療眼科医として診察と研究を続けている若倉雅登医師の講演録を紹介します。
この講演は眼球使用困難症の当事者会 フロンティア会主催で2020年12月にオンラインで行われた。『眼球使用困難症候群―障害認定に向けての調査研究の動き』と題する講演録です。講演の記録を若倉先生の許可を得て文字起こしし、講演者の校閲を受けたものをパワーポイントともに紹介します


今日はまず眼球使用困難症候群〔がんきゅうしようこんなんしょう〕の定義からお話ししましょう。
眼球使用困難症候群というのは、ある1つの病気のことを指すのではなく、眼球や神経をうまく使えない状態を意味します。「目の異常はないけれども、目を使えない」ということの「おそれ」が主体となっている病気です。

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まだ解明されていないもの含め色々な病気や症状が入ると考えられていますが、その中で一番よく知られているのは眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕という病気です。これはもともと目を開けようとしても、瞼に勝手な運動、例えば余分な瞬きや、目を強くつぶろうとする攣縮運動〔れんしゅくうんどう〕が出て、目を開けたいのに開けられない病気、局所ジストニアと位置付けられました(ジストニアは不随意に筋肉が攣縮する症状)。これには眩しさ(羞明)や目の痛みや不快感などの感覚症状もしばしば伴います。瞼の運動異常はないか、目立たないのに、眼を使おう(つまりものを見よう)とすると、いろいろな感覚過敏症状が出てせっかく健常な眼球を持っているのに、それを自在に使えないのです。

そういう症状を持つ人は意外にもかなりおられます。これらは脳の誤作動による運動感覚異常ととらえられますが、そういう状態を総称して眼球使用困難症ととらえようというのが、私たちが提唱していることです。本日はそのことを紹介し、解説しようと思っています。

今の話以外にもいろいろ眼球使用困難症ととらえるべき病態があります。発達障害の1つとされる読字障害、目に異常はないのに文字を読めないとか、読もうとする文字が踊ってしまうなどの状態。それから眼球振蕩(眼振)や眼球運動異常異常=物を見るには、両眼の眼球の位置が目標とする対象に向き、固視できることが必要ですがそれが出来なくなる、そういった病気も含まれてくるでしょう。

これらはどれも眼球そのものには異常がないのに、眼球がうまく動かない。あるいは眼球が勝手に動くことにより、本来の視力や視野が使えない状態です。このように眼球使用困難症にはいろいろな状態が含まれています。

この眼鏡使用困難症候群という言葉は実は私が作った名称です。
学術的な専門家にはあまり評判がよくありません。というのもこの言葉が1つの病気を指すものではなく、いろいろな病態が含まれるため診断基準が曖昧なため「学術的でない」とされるのです。未知のもの、未解明のものがいろいろ含まれているから、初めから基準や学術定義はできるわけがないのですが、学会の先生や科学者はまずそれを求めるので、評判が「いまいち・・・」なのでしょう。

一方の患者さんたちからは、わかりやすいと高評価をいただきます。自分の目の不調についていろいろ調べているうちに眼球使用困難症というこの言葉をどこかでみつけ、「私もこれじゃないか」と思って診察に来ましたという患者さんも多くいます。私はそういう方々から、逆にこの病気のことを学んでいるという日々でもあります。

眼球使用困難症を最初に論文にしたのは2017年のことです。それまでにも、講演会で話したり、自分のエッセイなどの著作には書いていましたが、2017年の日本神経眼科学会の学会誌『神経眼科』に『眼球使用困難症候群としての眼瞼痙攣』というタイトルで論文を初めて書きました。

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この症状は、眼球自体の病変が原因ではない。けれども「眼球の機能がうまく使えない」ために生活上の視覚障害来す諸症状をさしているため、症候群という用語を使うわけです

私は神経眼科を専門としています。その観点から、非眼球性疼痛や羞明など感覚過敏が主体の病状も広義に眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕と解釈しています。しかし神経内科の先生は眼瞼痙攣というのは、どうしても局所ジストニアの1つと解釈しますので、ジストニア(勝手に筋肉が動いてしまう不随意運動)が表面に出ていないと診断しにくいのです。この病気の専門家はその限りではありませんが---。

例えば手が震えて字が上手く書けない『書痙』という局所ジストニアがあります。「食事の時にお箸やコップを上手く持てない」場合もあります。これは物書きや芸術家などにも起こるようですが、ものを書こうとして筆を下ろすと揺れて勝手に動いてしまう。ゴルフで、パターをしようとすると腕が動かなくなる、あるいは余計な動きが出てしまい、球がとんでもない方向にいってしまうイプス(Yips)という現象がありますが、これもその仲間です。

このように、自分の意思に反して起きてしまう運動症状はジストニアの一つとして理解されています。そういうジストニアがまぶた、眼瞼に生じることをさして「眼瞼痙攣」と診断しますが、先ほど話したようにジストニアは必ずしも診察室でいつも出ているわけではないのです。

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ジストニアは身体のどこにでも起こり得るし、全身に起こるケースもあります。つまり、とても範囲が広いため、眼瞼痙攣のように「目や目の周辺だけのジストニア」と言われると、何だか小さな範囲で軽そうな病気に聞こえるんですね。全身ジストニアに比べれば見た目は大したことはない、部分に起きるだけだから軽症だと思われてしまいがちなのです。

しかし目の周辺にジストニアが起きるというのは、実は視覚障害に限りなく近い。私は神経眼科医としては視覚障害そのものだと思っているわけです。

一方、眼瞼痙攣という言葉は、“けいれん”という言葉に非常にインパクトがあるために、いわゆるピクピクするような“けいれん”が常に起きている症状と勘違いされがちです。

神経内科医は局所のジストニアと考え軽視しがち

目の不調で苦しんでいる患者さんが、神経内科を受診する際にけろっとした顔をして診察室に入ってきて「私は眼瞼痙攣だと眼科医に診断されました」と訴えると、神経内科医からは「あなたは不随意運動が全然ないじゃないか? 何でもないですよ。それは間違いだよ」と言われてしまうケースが゙よくあります

残念ながら神経内科の先生たちは、ジストニアという不随意運動が目立たない場合は「眼瞼痙攣ではない」と判断してしまいがちだと先ほど言いました。しかも彼らは、視覚障害という点については念頭にないため、その方が羞明〔しゅうめい〕などでどれだけ生活上で不自由かには思い至らない、そのためにこの症状を持ったケースを軽視あるいは、見逃してしてしまうわけです。
繰り返しますが、運動症状ばかり重視するところは、我々神経眼科医とはちょっと見方がずれているところです。

一般の眼科医は、ドライアイや眼精疲労と診断し軽視しがち
また眼科医であっても眼瞼痙攣やジストニアについてあまり知らない先生は、この症状を、眼球そのものの病気と考え、単なるドライアイ、眼精疲労などと誤診していることも多いです。
しかし患者さんはドライアイの目薬をもらっても一向に良くならない。目の表面の病気ではないためドライアイの目薬で症状はおさまりません。

患者さんも、ご自身の状態をどのように表現したらいいかわからないため、眼科医に対して、「目がしょぼしょぼする」とか「眩しい」とか、「乾く感じがする」などの目の表面の病気であるかのような訴えをするわけです。このため眼科医は眼球を診察し、ドライアイや眼精疲労であると診断しがちなのです。

ドライアイというのは実はある統計によると日本人に2200万人もいると言われています。つまり45人に一人はドライアイです。私も冬の乾燥期にちょっと長い間読書したり、あるいはテレビ、パソコン画面をずっと見ていると、目がしょぼしょぼしてくる。これもドライアイの一つです。

しかし眼球使用困難症における眼瞼痙攣は、そのような軽い、一過性の異常ではありません。目薬をさして「はい治りました。改善しました」という病気ではありません。

目の病気そのものに関心がない精神科医

次に精神科医ですね。精神科医はこの病気を知っている先生は非常に少ないです。
精神科医が扱っている領域は、目を含む身体的異常が否定されている精神神経疾患です。目の症状は眼科の領域と思っているので、視覚関連の訴えには関心が薄いのです。眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕では時に精神疾患、症状がベースにあることもあり、また神経系に作用する向精神薬を処方しているにも関わらず、この病気への理解が進んでないのが現状です

このように患者さんが眼瞼痙攣として目の不調について訴えてもなかなか適切な医療にたどり着きにくいということが問題です。このため眼瞼痙攣という表現より、「『眼球使用困難症候群』という言葉を使ってこの病気を捉えた方が医師にも注目されやすく、患者さんに寄り添った考え方ではなかろうか」と考え、私たちはこの呼称を提唱しているわけです。

運動障害・精神症状・感覚過敏の3つが重なる

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ここで眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕と言う病気をもう一度まとめてみましょう。典型例はジストニアという眼球周囲のまぶたの不随意運動〔ふずいいうんどう〕がある。まずまばたきに注目です。パチパチまばたきをするのが多過ぎる。あるいは、きれいなまばたきができずに、強すぎる、リズムの悪い、歯切れの悪いまばたきしかできない。まばたきというより眼の開け閉めという感じになる人もいます。自分自身でまばたきのコントロールができない。もっと酷くなると、目をつぶっていて目を開けようとしても閊(つか)えたり、非常にゆっくりだったり、一瞬開けられてもすぐに閉瞼してしまう場合もあります。

もっと重度の状態の患者さんの中には、診察室に入ってきて出るまでずっと目をつぶったままで、少しも開けられないという方もいます。

診察のために「目を開けてください」というと、患者さんが自分の手で一生懸命まぶたをあけようとするけれど、すぐ閉じてしまう、あるいは目の周りの筋肉が無目的に動くだけでなかなか開けられないという方もいます。こうなれば神経内科の先生も認めるジストニアということになりますが、これほど重篤なケースは比較的少数です。

ほとんどの場合この病気には、さらにここに感覚過敏が加わります。非常に高度な眩しさ(羞明)、それからショボショボするとかチクチクするとか、異物感、不快感、あるいは乾いた感じがする。それから痛みなど。常時痛くてしょうがないという方もいます。まぶしさに加え複数の感覚過敏がいっしょにあります。
さらに加えてここに精神症状が出てきている人もいて、抑うつや焦燥、不安、不眠と色んな症状が出てきます。
運動、感覚、精神症状の3つの要素のそれぞれの図の各円の占める面積は症例によって違いますが、運動・感覚・精神の3つの要素がそろって1つの病気、眼瞼痙攣になっていると言うことができます。

ですが、例えば感覚過敏だけが強くてジストニアがあんまり表面化されてないような人は眼科に行き、単なるドライアイだとか眼精疲労と診断されていますし、抑うつや不眠が主体になっている人は精神科やメンタルクリニックに行って不適切なお薬をもらってしまうというようなことが実際に行われているのです。

そして運動・感覚・精神というこの3つの機能というのは、実際には目そのものにはないわけですね。つまり、明らかに脳の中のネットワークの誤作動がおこっていると解釈できるのが、眼瞼痙攣という病気の特性といえます。

眼瞼痙攣の3分の1に精神科の薬物が関与している

私どもの井上眼科病院には、年間1400人くらいの眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕の患者さんが通院されています。このうち1116例を調査していますが、うち男女比は男性の方が女性より少ない。年齢は15歳から90歳まで広いですけれども、大体50〜70歳くらいの患者さんが多いです。

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原因不明の例が多いですけれども、しかし3分の1ぐらいは、薬物が関与したものです。これはあとで、詳しく述べます。後は症候性の眼瞼痙攣です。パーキンソン病やそれの関連疾患である進行性核上麻痺〔しんこうせいかくじょうまひ〕の一部に眼瞼痙攣がみられます。

次に眼瞼痙攣として診断されるまでの期間ですけれども、やっぱりなかなかこの病気が医師に認識されていないということで、5軒目、10軒目の医療機関でやっと診断がついたという方も結構いらっしゃいます。

これは眼瞼痙攣の症状がどの眼科でもドライアイとされる、どこでも「なんでもない」と言われる。あるいは精神科や心療内科に行けば、加齢性の眼瞼下垂と言われたり、「不眠でお疲れでしょう」と睡眠薬が処方されるというようなことですね。このためなかなか正確な診断には至らない。診断までに一年以上の時間がかかってる人が多いですね。

眼瞼痙攣が初めてみつかったのは1910年ごろですね。フランスのアンリ・メイジュという医師が自分の勤務する精神病院で、精神的には特別問題がないのに、診察で目を開けてくださいって言っても全然開かない人が何人かいた。

顔中をしわしわにして、力を入れて目を一生懸命開けようとしてくれるんだけど、「全然開きません」というのがこの報告の最初です。発見した医師の名前から『メージュ症候群』という病名になり、今でも通用します。


これは大脳基底核を含む神経ネットワークの不調が原因とされていますが、MRⅠでは形は正常なのでわかりません。眼瞼痙攣の方を観察していると、その一部の方ではまぶたの周りだけはなく、顔の色んなところ、笑いの表情に関わる筋肉とか、喉とか舌とかそういうところにも不具合が見られる場合があります。このようにな眼瞼以外にも不随意運動が目立つ場合には、メージュ症候群の呼称を用いる場合が多いようです。

診断がつきにくいベンゾジアゼピンの影響による眼球使用困難症

私のところを受診される患者さんで多いのは、睡眠導入剤を連用していることで症状が出てきた方です。たとえば、数年前から不眠や不安のために主としてベンゾジアゼピン系関連薬をもらいだして、ある時から目が開きにくくなり、次第にまぶしさが増強したというのが典型的な例です。眼科では出ている薬物のことを聞くことはまれで、ひどいドライアイなどと診断されるというパターンですね。そしてその後に数軒、眼科や脳外科、心療内科などを転々するも確定診断なかった、といったような経緯を持つ症例に頻繁に出会います。

私の診察室では、入ってきた途端に眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕と分かる場合もあります。大体、お話を聞きながら表情を観察しますが、診察室は普通の明るさの部屋なのですが、そういう患者さんは眩しそうにしています、

目の症状の発症以前に服薬していた薬は、複数の薬の場合もありますが、1つの薬の場合も多い。多いのは、睡眠薬や抗不安薬として処方されるベンゾジアゼピンですね。この順位を見てみるとエチゾラムが一番多いです。それで2番目はマイスリー。これらはGABAAという受容体に作用するベンゾジアゼピン系関連薬です。


抗不安薬や睡眠薬の副作用や離脱症状で起きる眼瞼痙攣

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グラフにあるのは、頻度の高い薬物ですが、こういったお薬を飲んでいた方や、あるいはこのベンゾジアゼピンを急に減薬や断薬して離脱症候群として出てくる場合もあります。そういうことがきっかけになって眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕あるいは羞明症候群〔しゅうめいしょうこうぐん〕が起こっている。あるいは眼球使用困難症が起こっているという方をしばしば診るわけです。

向精神薬のなかの抗うつ薬や抗精神病薬などのお薬も、局所ジストニアが起こることはよく知られていますけれども、抗不安薬や睡眠薬として使われるベンゾジアゼピンがこれだけ、目の症状の原因になっているということは、ほとんどの先生が知らなかったんですね。

このことは、私たちが2004年に報告したのが最初です。実はその後一生懸命調べていると、眼瞼痙攣の3分の一の方は、このベンゾジアゼピン系の連用者もしくは離脱失敗者でした。

日本だけが気楽に長期処方しているベンゾジアゼピン

これらの薬は日本で非常に気楽に処方されているんですね。「一生飲んでも大丈夫な軽いお薬だよ」と言って処方されているんです。

しかしヨーロッパ、特にイギリスなんかは、二カ月以上連用することは少ないようです。2週間あるいは2か月以上は原則処方できないというようなことが2000年ころから決まっている国もあります。

日本は国際麻薬統制委員会からベンゾジアゼピン系薬物の乱用について10年ほど前に一度警告を受けています。それに対する国や医師の反応は鈍かったのですが、ようやく最近はやや反省して、2018年ころからベンゾジアゼピンの多剤処方や長期処方ができない決まりができましたが---。

光に対する過敏性は眼瞼痙攣の中核症状?

運動障害(まばたき過多 まぶたが開かないまばたきの異常など)
感覚過敏(まぶしさ、異物感 不快感 乾燥感 痛み)
精神障害(抑うつ 焦燥 不安 不眠)

これらの眼瞼痙攣の症状の三要素の中で、運動症状がめだたない、精神症状や感覚過敏が主体の例があります。私たちは今、眼瞼痙攣の診療ガイドラインを第二版を作っているところでますけども、その中でもちょっと議論になっているところです。

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精神症状や感覚過敏が中心のものは、別個に扱わなきゃいけないんじゃないかという意見もあります。しかし私は、広い意味で眼球使用困難というくくりで共通項がかなり多いので、これは「感覚主体型眼瞼痙攣」としていいんじゃないかなという考えで、論文にも記述しています。

実際に眼瞼痙攣を研究している他国の論文を見ると非運動性の症状として、精神症状が出てくるんですけども、感覚症状も非常に重要であって、特に光に対する過敏性、羞明(眩しさ)は、もしかすると眼瞼痙攣という病気の中核症状ではないかという風に記載している研究論文もあるくらいになってきました。

眼球使用困難症の方の実際の生活

次に、眼球使用困難症が重症な方はどのようにして生活されているかっていうことです。病院に来られる時には帽子や上着で光を完全に遮った格好をして来院する方々が何例もおられます。

重症な方の場合、家の中ではほとんど真っ暗な部屋で暮らしています。小さな豆電球でも眩しいという状態で過ごしている方もいます。

そのようなある30代の男性は、昼間少しでも光が入ると気分が悪くなってしまうので、夜暗くなってからしか病院に行くことが出来ないというのです。この方の場合は、外がまっ暗になる夜の7時すぎまで待って診察をしました。

その方は深い帽子に特製のゴーグル、その上にさらにコートを頭からかぶってというような恰好でやってこられました。親の車で連れてきてもらったのですが、急に光を入れると倒れてしまうというので、まず病院の中の暗い部屋に入っていただき30分ほど待機していただいた後に、ようやく落ち着いて消灯した診察室に入ることができました。勿論廊下も照明を消してあります。私は、非常に弱い赤の光を利用して診察しましたが、眼球に異常はみつかりませんでした。

このような患者さんの様子をみると一般の眼科医はびっくりしてしまうわけです。「頭がおかしい? 大袈裟なんじゃないの?」と。しかし患者さんは演技をしているわけではもちろんなく、実際にこのくらい大変なのです。想像できますか?

ある別の女性の患者さんは20代で膵炎を体験し、β細胞といってインシュリンを出す細胞が全部壊れ、Ⅰ 型糖尿病になってしまいました。この患者さんの場合、低血糖発作による低血糖脳症を何度も起こしまして、そのうちに光に対し過敏なってしまったのです。この方もカーテンを閉め、消灯した部屋で毎日を過ごしています。

それから交通事故などで頭を打ったり、むち打ちになった方の場合があります。羞明が強くなってほとんど寝たきりになっている方も少なくありません。

かけると真っ暗になる眼鏡をかけて生活する患者さんもいる

ところで、眩しさが起こる原因にもいろいろな場合があります。眩しさは明るさに対しての反応だと考えがちですが、必ずしも照度などの物理量に対応しているだけではなく、眩しさに対する恐怖だったりする場合もあります。たとえ暗いところでも、頭の中で眩しさを感じてしまうわけです。

このようにいろいろな種類の眩しさがあるわけですが医学用語としては「羞明」という用語でまとめてしまっています。

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こういった眩しさを訴える患者さんのために、かけると真っ暗でほとんど見えなくなるメガネが東海光学から発売されました。透過率1.5%のメガネ(HDグラス)です。

このメガネは発売に至るまで約十年要しています。発売までが大変でした。というのは日本産業規格に照らすと、「『見えない眼鏡』を売っちゃいけない」ということになるからです。見えなくする眼鏡など、危険だから商品として販売してはいけないということなのですね。「眼瞼痙攣という眩しさに困る病気がある」といくら説明してもはじめなかなか許可が下りなかったようです。
それでさえなおも眩しい、光過敏がある人は、電気溶接用眼鏡ということになりますが、これをかけたら、非常に強い光以外はほぼ全くみえません。


ボトックス注射は3ヶ月しか効果が持続しない

眼瞼痙攣〔がんけんけいれん〕という症状については第一選択、エビデンスのある治療法としてボトックスがあります。

ボトックスは簡単にいいますとボツリヌス菌から得た毒素を製剤化して、それを目の周囲の筋肉に注射し、わざと目をつぶりにくくする治療法です。それによって目を開けるのを楽にしよう、あるいは逆にぎゅっとつぶるのを減らそうという治療法です。

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しかしこれは決して根本療法ではなくて対症療法ですので、辛い状態を少し助けようというだけのことです。ボトックス治療をすると状態は緩和される方が多いですが、約3ヶ月後には元に戻ってしまいます。一時的にちょっとましになるだけのものなんです。
ボトックス施注の評価は、他覚的指標より自覚的指標が大事です。痛みの強さを自覚的に評価する10点満点(10点が想像できる最大の痛み、0は痛みなし)のNRSという物差しを使います。大体7点以上だと、まず普通の日常生活をするのは無理です。私たちの研究では、施注前が平均7点、施注後最善期に4-5点になりますが、施注3カ月後にはまた7点に戻っています。

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眼球使用困難症は新しく想定された視覚障害の一種


眼球使用困難症、これは眼球や視覚自体には異常がないのに物を見続けるのに不都合な状態で、やはり一種の視覚障害です。

ただし、これは過去に想定されていなかった視覚障害と言えます。光を見ようとする、ものを見ようとする、あるいは見続けることによって症状が悪化したり、さらに別の身体症状が起きる。頭痛や吐き気、心臓がどきどきする、めまいや気分が悪くなって倒れてしまうなど、目だけにとどまらないいろいろな症状が出てきます。

そして一旦悪化して、身体症状が出てくると、これは私も最初は信じられなかったんですけども、短時間、たとえば数分、数時間で収まるものではなく、身体症状が改善するのに何日もかかる。場合によっては一か月も二か月も元に戻らないなんていうことが起こるんですね。これは、眼の病気での視覚障害では起きないことです。眼球使用困難症は「人が労働してお金を得る」という観点からみると単なる視覚障害より重篤かもしれない。

ある当事者の方は「目の病気で全く見えない方は一つの作業なり仕事を覚えてしまえば継続してできるじゃないですか。だけど私たち眼球使用困難症でひどい眩しさを感じる人間たちは、一瞬は見えるけどもそれを続けていれば気分が悪くなって寝込まなきゃならないんです。だから仕事をしなさいといわれても出来ない」と状況の難しさをこのように説明します。

視覚障害というのは現行法では視力と視野でしか評価されません。眼科などで測定した視力と視野はいつでも使えるという前提で法律は作られているのですね。だから実際には視力や視野はあっても使えないっていう方々が、このように結構いらっしゃるということは、国も医師も分かっていなかったんです。

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さまざまな症状と合併しておこる「まぶしさ」

そこで眼球使用困難症に類するものに真剣に向き合って、色々対応を一生懸命考えることをやっておられた先生方に集まっていただいて、眼球使用困難の症例を全国から集めました。そして、そのうちの33例について考察したものを論文として発表しましたが、その要約を示します。
その結果、羞明は31例、目の痛みは25例あり、33例全員、目に原因のない眩しさか目や頭の痛みもっていました。

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先ほどもお話しましたが、多い症状としては見ようとする、あるいは見続けるという行為によって、眩しさや痛みが悪化したり、さらに別の頭痛や吐き気など身体症状まで出てくるというのがかなり共通した特徴になっていました。だから単に運動機能障害としての局所ジストニアではなく、目の病気による視覚障害ともかなり違うという観点を持たければいけないのです。

この図は、局所ジストニアの発現メカニズムの仮説ですが、眼瞼痙攣にもあてはまります。脳の大脳皮質、基底核、視床からなるネットワークの中の信号の流れに不調が起こったという風に考えられます。なぜ起こったかについては、薬物性とか体質の影響があるかもしれないし、ストレスがあるかもしれません。目に主たる症状はでているが、実は病気は目ではなく、脳の誤作動であることが示されています。

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脳の問題だと言いますと脳のMRIを撮影しに行く患者さんがいますが、MRIは正常です。つまり形には表れないのです。そこで形だけでなく機能を見る機能画像を撮像しました。右のほうに上下に示したのが糖代謝を測定したポジトロンCTの図です。
その画像をみると、健常者(下)に比べて眼瞼痙攣の人(上)は、脳の中心付近の底にある基底核の淡蒼球や視床の部分が赤くなっていって、代謝が強く出ています。

このように、眼球に原因のない羞明などの感覚過敏は、やっぱり脳のネットワークの中で異常が出てるんだなということが証明されました。

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羞明、眩しさというのは常識的には目の病気と思いがちですが、実は色んな場合に出てきます。近頃は、眼瞼痙攣の中核症状だという研究者もいますし、いろいろな眼球使用困難症でも出てきます。ほかにも、化学物質敏症、慢性疲労症候群とか、本人が片頭痛をもっていたり、家族に片頭痛を持っている方の一部の人に高度の眩しさが合併します。

繊維筋痛症という寝られないほどの痛みが全身を駆けまわる難病がありますが、その方の70%は羞明も訴えるというような論文もあるくらいです。眩しさは線維筋痛症におけるもう一つの副症状なんですね。

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それから精神科の領域での発達障害とか広場恐怖、パニック障害とか、読字障害の方などもしばしば高度の眩しさを訴えます。眩しさは色々な症状とともに存在しており、視力や眼球そのものは良くても、その目を快適に使えない大きな原因になりつつあります。痛みもそうですが、痛みの親戚ともいわれる羞明もそういうことになります。


セントラルセンシビリティシンドロームという仮説が当てはまる

これはもう約30年前から言われいてることですけど、痛みなど感覚症状発現の1つの有力な仮説として、中枢性感作という概念があります。英語ではセントラルセンシティビティーシンドローム(CSS)といいます。

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ここから、CSSについて少し説明しますね。例えばみなさんが、原因は何であれ、体のどこかに痛みが起こったとします。すると、疼痛抑制物質といって中枢、脳のほうからの命令で、痛いところの痛みを抑えようという麻薬のような物質を出すしくみを私たちの体はもともと持ってるんです。

しかしそういう痛みが、もし何度も、何度も、何度も異常な痛みとして繰り返されたり、脳の本来のメカニズムを壊すような薬物に影響を受けたりとか、あるいは繰り返す精神的ストレスなどで刺激されると、この自然なメカニズムが壊れてしまい、痛みがさらに増強、「痛み過敏性」が高度かつ持続してくる。これが慢性疼痛です。普通の痛み止めはほとんど効かない状態です。セントラルセンシティビティーシンドローム(中枢性感作症候群)はこの慢性疼痛を説明する有力な仮説です。

そして様々な原因のよくわからない現代病が、この中枢感作症候群で説明できる病態ではないかと、図のように続々といろいろな病気や症状が名乗りを上げてきています。

今まで病気のメカニズム分からず、MRIを撮っても採血しても、画像を取っても原因がよく分からないような多彩な症状について、このメカニズムが関与しているのではないかと言われるようになってきたのです。

線維筋痛症、むずむず脚症候群、化学物質過敏症、慢性疲労症候群、PTSD、過敏性腸症候群、間質性膀胱炎、原発性月経困難性とか、舌痛症、偏頭痛など がCSS症候群のメカニズムとして共通項があるだろうと言われています。アロディニアといわれる、皮膚感覚の異痛症もそうかもしれません。黄色い丸印は羞明を伴いやすいものですが、これをみても症状が出ている部位は身体のあちこちで互いに無関係にみえますが、羞明というところで共通項があったりするのです。

多くの原因不明の病態の中にも眩しさの訴えが合併している


私が経験している神経眼科関連の症例の中では、眼瞼痙攣を含む眼球使用困難症候群、中枢性羞明症候群、眼部疼痛性障害、脳脊髄液減少症、片頭痛関連視覚陽性現象、こういったものもはこの症候群に当てはまると考えているところです。

いま、いろいろな症候群をあげました。これらが二つ、三つと複数合併していることも結構ありまして、例えば線維筋痛症と眼瞼痙攣とか、化学物質過敏症と眼瞼痙攣はよく合併してきます。こういうところからも、全然違う病名、異なる場所の症状ではありますが、脳の誤作動という共通点を持ち、お互いに関連がありそうだなということが推測できるわけです。

横浜市立大学神経内科の主任教授だった黒岩義之先生は、今までの話とはとは別に、脳室周囲器管制御破綻症候群(視床下部症候群)という概念を出しています。脳室周囲に、視覚とか音とか匂いとかそういう感覚刺激に対して制御、コントロールをしているところがあります。精神的ストレスや、身体的ストレス、体内時計の乱れ、自律神経や、免疫の乱れなどもこのあたりの構造、機能に影響していると考えられます。ベンゾジアゼピン系を含む神経系に作用する薬物、神経ホルモンに相当する化学物質もこのネットワークにおける神経伝達機能や脳機能全体の変調をきたす原因となることは十分考えられます。
このように感覚過敏に関してはいくつかの仮説がありますが、これを科学的に確実に証明してゆくのはこれからの仕事ということになります。
仮説のメカニズムを医学的、科学的に解明することは非常に大事ではありますが、現実には、症状に苦しみ、困っている方がいて、確かにこの眼球使用困難症という視覚障害が現にあるわけです。しかも現行法では視覚障害には該当しないことになっているわけですが、眼科医としてこういう方々をやっぱりどうしても救わなきゃいけないというのが私たちの考えです。

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このような状況の中で、私自身も患者会を作ることに協力したり、支援したり、あるいは当該患者や患者会とともにできる限り各政党や厚労省に足を運んでこのことを訴えておりました。
メディアの取材にも積極的に協力してきました。そしてついに厚労省は令和2年の福祉推進事業として『羞明等の症状による日常生活に困難を来している方々に対する調査研究』を取り上げたのです。すなわちこれに関連するどんな患者や障害者がいるのか、どんなことに困っているのかの実態調査です。

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これは、初めて国がこの病気あるいは症状を多少とも重大だと認め始めたと第一歩だろうと思います! 世界でも類例のない調査研究です。今、患者さんに協力していただいて、この調査が進んでおります。まもなくこの一年間の課題がまとまります。
(その後、本実態調査の成果は下記URLに公表されました。また同時に、令和3年度においては「いわゆる「眼球使用困難症」により日常生活に困難を来している方々の支援策等に関する調査研究」という課題に受け継がれています)
URL
http://www.crp.co.jp/business/universaldesign/R02_syumei.shtml

※ この講演は2020年12月7日のフロンティア会のオンライン講座の講演録です。
みんなで勝ち取る眼球困難フロンティアの会(G-frontier)
https://g-frontier.xyz

プロフィール
若倉雅登(わかくら まさと)
1980年 北里大学大学院医学研究科博士課程修了、 グラスゴー大学テネント眼研究所シニア研究員、北里大学医学部助教授、客員教授、東京大学医学部眼科非常勤講師などを歴任。2002年井上眼科病院院長、12年より名誉院長。2006年会長として国際神経眼科学会総会を開催、同年から16年まで日本神経眼科学会理事長。2007年心療眼科研究会、2014年NPO法人目と心の健康相談室設立に参加、現在同研究会共同代表、相談室副理事長。
一般書『医者で苦労する人しない人』(春秋社)『心療眼科医が教えるその目の不調は脳が原因』(集英社新書)


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