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令和版粋なゲーマー養成講座:ライトサイド2:成長志向と高品質幻想の迷宮

解説:昔々、だいたい25年ほど前、エンターブレインのTRPG専門誌『ログアウト』で連載していた『粋なゲーマー養成講座』の続編的な何か。今回はTRPGの技術向上とシナリオ製作について語っておきたい。

文:朱鷺田祐介 イラスト:田中としひさ

ようこそ、私の研究室へ。


 前回に続き、クトゥルフ神話TRPG(以下CoC)の拡大によって、「最初に見たTRPG動画を親と思う」向きから誕生したゼロリスク世代について、検討していきたい。
 TRPGの黎明期にはシナリオが豊富に存在していた訳ではなく、GMやKPは自分でシナリオを書き、自分で回すのが当たり前だった。Do It Yourselfな時代であり、そもそも、シナリオそのものをプレイヤーに見せることもなかったから、書式を守ることもなかったし、可読性も求められなかった。場合によっては「手なり」で回す経験と技術を持ったGMがノート1ページもないネタで、ほぼアドリブだけで5時間のセッションをこなすのもよく見られた状況だった。筆者も明らかにアドリブ派である。
 しかし、時代は変わった。
 公式シナリオがあり、お手本となるリプレイや動画があり、それらに魅力を感じて入ってきた「新世代」が爆発的に増えた。90年代後半の「冬の時代」を乗り越えた平成初期世代の生き残りとはまた違う顔ぶれで、彼らはお手本を大事にし、オリジナル・シナリオを高く評価した。そして、オンライン・セッション・ツールの充実により、立ち絵やBGM、ハンドアウトなどを充実させることが出来るようになった。オンライン・セッションの様子をスクリーン・ショットで切り取るのも珍しいことではなく、参加したセッションは具体的に評価しうる対象となった。その時に、親である動画と比べて自分の質を判断するKPたちは、「一線を越えて、書く側に踏み込んだクリエイター」と「シナリオを購入して数多く回す消費者」の間で右往左往することになる。

平成4年2月

KP娘に悩みあり


 とある邪神系TRPGコンベンション(*1)の昼休み、今回はホラー系オンリーコン(*2)である。例によって、会場の隅っこで、もはや髪の毛が白い難解好夫(なんかい・すきお。59歳、フリーランス、TRPG歴40年)と色々知照(いろいろ・しってる。52歳、政府外郭団体系NPO管理職、TRPG歴36年)が、雑談をしているところへ、今回の主催者、少々梶郎(ちょっと・かじろう、47歳、会社員、TRPG歴35年)がやってくる。

少々「本日はKPを引き受けていただき、ありがとうございます(*3)」
色々「新クトゥルフ神話TRPG(*4)の予備卓(*5)だが、結局、やることになった。まあ、現代ものはストックがあるから大丈夫(*6)」
少々「ウェブで公開しないんですか?(*7)」
難解「サイトならいつでも作ってやるぞ?(*8)」
色々「一応、公務員に近い立場なので(*9)」
難解「公務員で作家や漫画家やっている奴(*10)なんて、なんぼでもおるぞ? 同人業界、わかるだろ?」
少々「難解さんの方はええっと」
難解「『Vaesen』(*11)。「ザ・ループTRPG」(*12)のフリーリーグが出した北欧ホラーだな。19世紀のスウェーデンが舞台だ」
少々「マニアックですね」
難解「同じフリーリーグの『エイリアン』(*12)でもいいかなと考えたが、まあ、若い子だと見てないかもしれないしなあ(*13)
 そう言えば、今日も梶理ちゃんがKPだって?」
少々「ええ」
難解「中学生2年生(ふりがな:リアル・プリキュア)(*14)がなあ」

 少々梶理(ちょっと・かじり。14歳、中学2年生)は少々梶郎の娘である。梶郎がクトゥルフ系コンベンションを主催しているのは、最近、クトゥルフ神話TRPG(以下CoC)にハマった娘、梶理に比較的安全なプレイ機会を与えるためである。

 はっきり言って、親ばかである。

 そして、そこへ当の梶理ちゃんがやってくる。
 悲壮な顔で彼女は言う。

梶理「TRPGが上手くならないんです!」

上昇志向の功罪

 
 さて、梶理ちゃんの相談を受けた難解さんと色々さんだが、二人とも頭をかいて、困った顔をした後、少々父の首根っこをひっつかむ。

難解「おーまーええええええ」
少々「え、なんで? なんで俺?」
梶理「パパをいじめるなあ」

 少女の介入で動きを止める難解さん。
 大魔神(*15)は、美少女の祈りには弱いのであった。

梶理「ちゃんと説明してください!」
色々「中学2年生に、TRPGの上手下手なんか意識させちゃ、いけませんよ」
難解「こういうのは、成長病(*16)だ。たいていの場合、親の責任だ。
 お前、今日も、『上手いプレイヤーさんを選んで上げたよ』とか言ったんだろう?」(*17)
少々「言いました」
色々「親が常日頃、上手い、下手で人を評価すると、子供は上手くならないといかんと思うんだよ。ある程度はいいが、何でも上手くやりたいは無理だから、子供の負担になる」
難解「という訳で、まず、親に鉄槌を下した。
 ガキが遊んでいるのに、上手下手なんて技術の話をするな。
 好きなように遊べ、お前のゲームだ(*18)」

気分は着せ恋


 それはさておき、やっぱり上手くなりたいそうで。

難解「で、どんなふうに上手くなりたいんだ?」
梶理「KPが上手くなりたい」
難解「初KPはまあ、アレ(*19)だが、まあ、最初はそんなもんだ」
梶理「ダメです! だって、電撃ぬれぬれ鬼女しぼりじめさんみたいにうまくKPできないんです!」
少々「はあ?」

 なんか。とんでもない単語が、中2の娘の口から出てきて、びっくりする少々父。

梶理「邪神系Vtuber(*20)の電撃ぬれぬれ鬼女しぼりじめさんですよ。ハリ湖の住人(*21)で、去年まではオリジナル・シナリオ『夢、時々、プロヴィデンス』(*22)の生配信動画をやっていて、最近だと、『ときどき二次元四次元』さん(*23)の超C級トークバラエティ『ざつ探』(*24)にも出ているんですよ!」

 立板に水の説明についていけない、少々父こと梶郎君。
 一方、難解さんは拝むポーズ。

色々「何、やっているんですか?」
難解「いやあ、着せ恋(*24)アニメ第一話の名シーンが目の前でリアルに再現されるとは、眼福、眼福」
色々「普通に、キモい発言しないでください」
難解「いや、再現度高いわあ」(*25)
色々「とりあえず、なんか助言を」
難解「(検索完了)はあ、あ、ぬれ女さんか。確か、中の人(*26)は」

色々「ダメです!」

梶理「それは禁句」(*27)

時の涙を見る。


 なんか、色々あったが、会話再開。

梶理「難解さんって、何回ぐらい、KPしてますか?」

 そこで、妙なポーズ(*28)を取る難解さん。

難解「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」(*29)

 きょとんとする梶理ちゃん。妙なポーズのまま固まり、その後、変な感じに崩れ落ちる難解さん。(*30)

梶理「数が数えられないんですね」(*31)
難解「……」
色々「いいですか。マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』第一部は1987年です,
35年前です」(*32)
少々「あ、私はその時、小学生でした」(*33)
難解「ぐは!  アニメもやってるじゃろ?」
少々「10年前です(*34)」

 年取ると、時間の経過がわからなくなる。時の涙を見た。(*35)

卓修羅、それは


難解「40年もTRPGやっていれば、セッションの数なんて数え切れない」
梶理「じゃあ、通過したシナリオ・リスト(*36)が大変なことに!」
難解「そういう梶理ちゃんは?」
梶理「あ、この前、50を超えました!」
難解「この卓修羅(*37)め、週何回?」
梶理「月曜日がかんちゃん卓(*38)で、水曜日と木曜日と金曜日がKPで、土曜日は夜昼で2セッション(*39)。日曜日の昼間はここで、夜のもう1回オンセ」
難解「週3回KPしてたら、もう十分じゃろ?」
梶理「ダメです! だって、電撃ぬれぬれ鬼女しぼりじめさんみたいにうまくKPできないんです!」

 以下、リピート。

難解「悪いが、ぬれ女さんはプロ(*40)や。確かに、配信者の中には、趣味の個人もいるが、ぬれ女さんみたいなトップ配信者は会社やチームで、中の人は声優だし、あらかじめ、構成台本もある(*41)。素人がプロ並みに出来るわけがない(*42)。そこは誤解するな。
 お前らは完成度を目指しすぎなんじゃよ」 (*43)

回るピングドラム


 それでも、梶理ちゃんの悩みは「シナリオがうまく回らない」。

難解「いや、いつもシナリオはどうしている?」
梶理「お父さんの棚にあるクトゥルフのサプリメント(*44)とか、同人誌のシナリオ集(*45)とかを遊んでいますが、オリシ(*46)がうまく回せなくて悩んでます」
難解「オリシ? 今日のは?」

 そこで、梶理ちゃんが出してきたのは、10ページ以上のプリントアウト(*47)、Wハンドアウトつき(*48)

難解「ていねいやな。ちなみに、わしのシナリオはこれや」

 魔物(トロール)の怒りを買った北の村。
 塚を壊した狩人と村娘の恋。

梶理「2行しかないじゃないですか!」(*49)
難解「ああ、これでええんや」と、傍らにあるVaesenのルールブックを開く。「最近のナラティブ(*50)系の特徴で、Vaesenのモンスターリストにはシナリオの骨格となる、倒すための儀式の手順が書いてある(*51)。トロールを出す、と決めた瞬間にシナリオの半分は出来たも同然。まあ、シャドウラン(*52)でも、これに敵キャラのデータとマップが加わるだけや」
梶理「えーーーー」
難解「重要なのは、ゲームの方向性を見極めて、やることをはっきりさせることや。このシナリオは、情報多すぎて、梶理ちゃん自身がインストールできてない(*53)」
梶理「むーーーーー」

 何か納得しない感じの梶理ちゃん。

色々「また、会話が噛み合ってないなあ」(*54)
難解「え、どういうことや」
色々「梶理ちゃんの目指すのは、お手本にした同人誌のシナリオみたいな『今、流行のCoCシナリオ』だね?」(*55)
梶理「そうそう、サークル『ぐるぐる十三不塔暗黒神話』(*56)さんの『揺れる森、風の街の神話』(*57)みたいな」

 出てくる同人誌は実に凝った装丁でこだわりを感じるもの。裏表紙には、少人数用シナリオ(*58)✕4、各々が秘匿ハンドアウト(*59)付きと書いてある。

難解「だーかーらーーーーー、ハンドアウトはCoCのルールでは別の意味なんじゃ!(*60) こういう……」
梶理「黙れ」(*61)

 ちょっと怖い梶理ちゃん。

色々「KPとして上手くなりたい、というのは分かる。でもね、今回、お客さんと意識がずれているような気がする」
梶理「お客さん?」
色々「プレイヤーをお客さんと呼ぶのは語弊があるのだが(*62)、お父さんが選んだのは、長年、クトゥルフ神話を遊んできた超ベテラン、それも、たぶん、ホビージャパン版(*63)から遊んでいて、原作(*64)も読んでいる人じゃなかったかな?」
梶理「そう言えば、40代の人が多かった」(*65)
色々「ロードス育ち、平成元年(1989年)にソードワールド初版と出会ったような世代だな(*66)。まあ、今もTRPGコンベンションに来ているようなプレイヤーは動画とかも見たことはあるんだが、動画風の遊び方にぴんと来ない人もいるんだ」(*67)
梶理「???」
色々「20世紀のCoCは、ホラーと遭遇してそこから生き延び、暗黒神話に立ち向かう部分が強い。魔道書読んで邪神の弱点を探し、ダイナマイトで吹き飛ばすんだ(*68) 謎解きもあると面白いし、それが出来ないで発狂するのもしかたない(*69)
 ゲームそのものではその辺のボーダーラインは、今も変わっていないんだが、梶理ちゃんは、もっとキャラ同士の関係性とか、キャラの持つ秘密とかの生み出すドラマを求めてないかい?」
梶理「ええ、キャラ同士のエモい掛け合いをもっとしてほしいんですよ! でも、KPとして、それを引き出せない」(*70)
色々「ごめん、俺らの年のプレイヤーには、それは無理だ(*71)。
 たぶん、君と感性というか、物の感じ方が違っていて、もう、萌えることの限界がある」
難解「萌え萌えきゅん」(*72)

 そして、拳が炸裂した。岩のような拳であった。(*73)

完成度神話


色々「梶理ちゃんはTRPGを始めて何年?」(*74)
梶理「半年!」
色々「ぐは! 半年で卓通過50オーバーか。若いって素晴らしい」

 ちょっと立ち直れない色々さんであった。

色々「まあ、俺も高校の頃、毎日、放課後に遊んでいたからな(*75)。
 梶理ちゃんの世代は、オンセメインだったよね? ツールは?
 どどんとふ?(*76)」
梶理「何それ?」

 そこで難解さんがぽんと色々さんの肩を叩く。

難解「どどんとふは、Flashとともに終わったんや(*77)」
色々「時の涙を見た」
難解「今なら、ユドナリウム(*78)とか、ココフォリア(*79)とか、ボイスだったら、Discord(*80)やな。まさかFVTT(*81)?」
梶理「ユドナリウム+Discordですね」
難解「音声はクリアやし、ユドナリウムは画像が使いやすい。いい組み合わせだと思う」
色々「で、きっと、キャラの立ち絵(*82)とかよく使うよね?」
梶理「毎回、キャラ絵を描くのが大変(*83)ですねー。絵描きさんがプレイヤーにいる時は緊張します(*84)。この前なんか、Pixivに転載されちゃって(*85)」
少々「Pixivたんに娘。デビュー?」(パニック中)
難解「SNSに夢見すぎや。
 俺が2ちゃんねる(*86)で何回、弾劾板建てられたことか」
梶理「2ちゃんねる?」

 難解さん、時の涙を見た。

難解「今日はこのぐらいにしといたるわ」(*87)

 そう言って卓に戻っていった。

梶理「あ、アドバイス!」
色々「下手とか上手くとか、まだ気にしないでいいよ」
梶理「そうですか?」
色々「今、オンライン・セッションや同人誌のクォリティが上がり、それをお手本にして入ってきた人が、『もう無理!』って言うんだよね。でも、気にしないでいい。あのおっさん、見てよ」

 指差す先には、卓に戻った難解さん。
 ホワイトボードに、適当な洞窟の絵を書き始める。

難解「ええか、ここにトロールがおるねん」

 そして、なんかムーミンみたいな巨人を書く。
 プレイヤーがげらげら笑う。

少々「あれでいいんですよ。俺たちは素人なんだから」

 とっぴんぱらりのぷう。

解説っぽい何か

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