ストイックな人たちは、常に眠気と戦い続ける。その果てに見えるものとはいったい?『デタラメだもの』

眠気というのは、なぜこんなにも強敵なのかと思う。ストイックな人たちの間じゃ「ショートスリーパー」なんつって、睡眠時間が人より少なくても生きていける人たちがフォーカスされる。それはそれは、人よりも起きている時間が長いもんだから、人よりもいろんなことに取り組み、いろんな経験ができるんだろうな。

以前、IT系ベンチャーに勤める後輩と話していたところ、あまりの仕事量に寝る時間がほとんど取れないとこぼしていた。というか、寝ちゃうと仕事が追いつかなくなってしまうため、寝るとマズいことになるらしい。

とは言えそこは人間。体力に限界がやってくれば寝落ちしてしまう。でも、寝落ちが許されない立場。そこで考えついたのが、フローリングの上で仮眠を取る、というもの。フローリングの上はゴツゴツしていて、とても安眠できやしない。あまりの寝心地の悪さにすぐに目が覚める、という工夫をしたそうな。

とは言えそこは人間。ドロドロに疲れていれば、多少背中がゴツゴツを感じたくらいじゃ起きない身体になってしまう。しまいに仮眠じゃ収まらなくなり爆睡。仕事に支障をきたしてしまったということで次なる作戦。次は、ソファの肘置きの固い部分を枕にして仮眠を取るというもの。

肘置きに頭を乗せれば、そりゃ首への違和感たるや凄まじいものがある。固さだけじゃない。肘を置く高さと尻を据える高さ。その高低差に首はほぼ直角に折れ曲がり、安眠なんてできるわけがない。真正面に自分の足先を臨んでいるような状態なわけだ。

とは言えそこは人間。グデングデンに疲れていれば、首が折れ曲がっていようが起きない身体になってしまう。そんな過酷な状態でも仮眠じゃ収まりきらなくなったんだってさ。またしても仕事に支障をきたしてしまったということで次の作戦。次は、浴槽に湯を張り、そこで仮眠を取るというもの。

浴槽に身体を浮かべた状態で深い眠りに落ちてしまった場合、やがては脱力し、顔が湯の中に沈んでしまう。そうすると、物理的に呼吸ができなくなり、命に危険を感じた身体は、必然的に目を覚ますというもの。

最終的にこの作戦はほぼ大成功することになる。なぜ、「ほぼ」大成功かと言うと、実際のところ、グワッシャグワッシャに疲れた身体を湯船に浮かべて仮眠を取ったそうな。作戦通り、身体が脱力し、湯船に沈む。顔も沈む。呼吸が苦しくなる。

ここで誤算があった。グワッシャグワッシャに疲れた身体は、呼吸が困難になっているシグナルを、身体のあちらこちらに伝達することができず、しばらくの間、目が覚めなかったそうな。当初のイメージである「湯船に沈む、息が苦しくなる、飛び起きる」という状況ではなく、息が苦しくなったことにすら気づかず、沈みっぱなしになっていたらしい。

文字通り、死ぬ思いで目覚めたそうな。微睡むどころか生死を彷徨うほどの壮絶な仮眠。一歩間違えれば、死んじゃうところだったんだぜ。バカやってんじゃないよ。なぜ会社は、なぜ社会は奴にそこまでの重荷を課すのか。ストイックが意味するところは、一体なんなのだ?

その話をしながら奴は、「実は、フローリングで仮眠を取るって作戦の前に、もうひとつ試したんですよ。えっと。立ったまま眠るって方法です。でも、全然ダメでした。人間って、立ったままで普通に安眠できますから、作戦は失敗でした」と、笑った。何を言っているのか僕には全く理解できなかった。

ここでふと、人類規模の大きな疑問にぶち当たる。

物理的には、人生ずっと起きているほうが、人より多くの時間を確保できるため、たくさんのことができたり、いろいろな経験ができたりする。もちろん、不眠がもたらす健康への悪影響などの要因は置いといての話。

となると、若くて元気でアクティブで何でもできる年代。赤ちゃんや子どもの頃ほど、起きて起きて起きまくって、より多くの経験を積み、いろいろな体験を経た上で大きな人間になればいいものを、「寝る子はよく育つ」なんつって、人は寝るのを推奨する。

もちろんこれも、睡眠が人体に与える好影響などの要因は置いといての話。

その反面、老いて身体に疲れを感じやすくなり、人によってはアクティブさを失ってしまう中年から晩年にかけてほど、「もう、この歳になると、何時に寝ても早く目が覚めてしまうわ」と、睡眠時間がどんどん短くなっていく。

要するにだ、若くて元気でアクティブな年齢の頃には睡眠を推奨され、老いて疲れやすくなりアクティブさを失った年齢の頃には、睡眠を望まない身体になっている。

このことから察するに、人類というのは、そこまで頑張らなくていい前提で、この世に生を授かったのではないだろうか、と考えてみた。ストイックというスタンスは、生命本来が望むスタンスの逆を行っているのではないか、と。

だったら、頑張らないほうがいい。むしろそれこそが、人間のあるがままの姿だ。そう思いつき、ひと度、頑張ることをよしてみた。

前の日の酒の酔いに任せて、朝はダラダラと惰眠を貪り、身体がシャキッとするまでゴロンゴロン。ようやく目が覚めはじめても、布団の上でボーッと文庫本を読む。寝転んだまま朝食を頬張り、つまらん芸能ニュースばかりが流れるテレビ番組に目を通す。

あ。もうこんな時間。正午が近づき、動いてもいないのに立派に減る己の腹を撫でながら褒めてやる。ゴロンゴロンと寝転んだまま、昼食を貪る。食った食ったなんて言ってると、急激な睡魔に襲われ、そのまんま流れのまんま、瞳を閉じて再び惰眠の世界へ。

西日に照らされ寝苦しさを感じ、目覚める。汗ばむ身体。二度と元に戻りそうにない寝癖。痒いが手が届かない背中。再び文庫本を手に取り、さっきの続きを読もうとするも、どこまで読んだか思い出せず、虚しく本を閉じる。

あ。もうこんな時間。夕方が近づき、動いてもいないのに立派に減る己の腹を撫でながら褒めてやる。冷蔵庫の余り物で料理ができる奴ほどカッコイイなんて思われる世の中だが、冷蔵庫の余り物で料理をする人間の究極は、買い物に出るのも億劫過ぎて、特に食材を買い足すことなく有り物で済ませちゃおうと考える無精者なんだぜ、などと呟きながら、キッチンに立つ。

ローカルエリアを散歩ばかりしているテレビ番組に目を通しながら、食材を調理し、優雅な皿に盛り付けるでもなく、調理器具の上で調理された状態の料理を立ったまま食す。ふぅー。なんて息を履きながら、食べ過ぎた腹を再び横に寝かせる。

真新しい動画が無限に追加される便利な昨今の動画サイトを眺めながら、欠伸を一発。あ。もうこんな時間。寝る時間だ。ちょうど満腹がもたらす睡魔と相まって、即座に惰眠へ突入。

梅雨入り前の湿度に寝苦しさを感じ、目覚める。汗ばむ身体。二度と元に戻りそうにない寝癖。痒いが手が届かない背中。妙な時間に起きてしまった。文庫本を読むか、動画サイトを眺めるか、さぁ、どうしよう。と、考えているうちに、強靭な選択肢、眠るという行為が誘惑してきたため、そのまま惰眠。

朝、目が覚める。何気なく仕事用の携帯電話を手にする。すると、着信が40件も入っているじゃあないの。パソコンを起ち上げメールをチェックすると、150件近くのメールが受信され、受信中の文字が消えない。僕は恐怖を感じた。この状況どうしよう。もう取り返せないことになっているかも。きっと怒っている人たちもいるだろう。徒党を組んで、僕を叱りにやって来るかもしれない。嗚呼、どうしよう。嗚呼、どうしよう。

全てを諦めた僕は、とりあえず惰眠を貪ることにした。ただし、湯船に身体を浮かべながら。

デタラメだもの。

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エッセイ『デタラメだもの』

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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